【完結】転生三回目、俺はもう幸せだけを追わないことにした「ようやく人生を掴んだ俺の話」

なみゆき

文字の大きさ
8 / 10

8

しおりを挟む
 三度目の人生は、これまでで最も穏やかで、最も慎重な歩みだった。

文官試験には合格した。 
だが、俺は文官として働く道を選ばなかった。
代わりに、騎士としての任務に身を置いた。


理由は単純だ。騎士の仕事には、危険が伴う。 
事故や事件に巻き込まれる可能性が高い。 
それは、幸福ポイントを減らすためには、ちょうどよい“不幸”だった。


王都の治安維持を担う騎士団の中で、俺は異例の昇進を果たした。 
功績を重ね、ついには副団長の座に就いた。 
だが、その肩書きが重くなるほど、俺は慎重になった。

「マルヴェール副団長、また誘拐事件の解決ですか。さすがです」


部下たちの称賛に、俺は笑顔で応えながらも、心の奥では別のことを考えていた。
──幸福ポイント、また減ったな。


女神エリシアの言葉が、頭から離れない。 
人は幸福ポイントを使い切ると、死ぬ。 
二度目の人生では、それを知らずに二十五歳で早逝した。 
だから今は、幸福と不幸のバランスを意識して生きている。


騎士副団長という地位は、確かに名誉あるものだ。 だが、称賛も昇進も、幸福ポイントを大きく消費する。 俺はそれを避けるため、団長への昇進の話が出るたびに辞退した。 代わりに、あえて危険な任務に志願し、時には失敗も演出した。 それは、幸福ポイントを使い切らないための“調整”だった。



 * **

そんなある日、騎士団長ハロルド・グレイから見合いの話が届いた。 
紹介された女性の名を聞いた瞬間、心が震えた。

――エレナ・エヴァンス。


二度目の人生で結婚するはずだった、あの女性。 
文官として出会った彼女が、今度は騎士団経由で俺の前に現れるなんて。


彼女は変わらず聡明で、穏やかな笑みを浮かべていた。

「あなたとは、初めて会う気がしませんね」

その言葉に、俺は微笑んだ。 
記憶を持つのは俺だけのはずなのに、まるで彼女の魂も覚えているようだった。
──結婚生活は、穏やかだった。 
彼女の笑顔は、俺の心を静かに満たしてくれた。



 * **

そして、ある日の報告書に目を通したとき、俺はふと手を止めた。 
外交官として活躍する二人の名前が、そこに記されていた。
――ジュリアン・ヴァルモン伯爵と、セリーヌ・ヴァルモン伯爵夫人。


一度目の人生と同じく、二人は結ばれ、伯爵家を継いだ。 
だが、今回は違う。 彼らは、俺の選択によって結ばれた。 
俺が幸福を手放し、彼らの未来を守ったからこそ、今の彼らがある。


セリーヌは外交の場で冷静な分析力を発揮し、 ジュリアンは誠実な交渉術で信頼を得ていた。 
王国の未来を担う二人の姿は、俺にとって何よりの報いだった。

「エドガーのように、誰かのために生きたい」 

そう語ったのは、ジュリアンだった。


「彼が選んでくれたこの道を、私たちも誇れるものにしたい」 



そう誓ったのは、セリーヌだった。

俺が手放した恋は、王国を救う絆へと変わった。 
それは、幸福と不幸の均衡を選び取った者だけが得られる“誇り”だった。


 ***

夜、エレナと並んで紅茶を飲みながら、俺は静かに窓の外を見つめた。 
春の風が街路樹を揺らし、遠くで鐘の音が響いていた。

「……俺は、まだ生きていていいのか?」



その問いに答えるように、白銀の光が部屋を満たした。

「よくやったわね、エドガー」


女神エリシアが、再び現れた。 
その姿は、以前よりもどこか柔らかく、温かみを帯びていた。

「幸福ポイントは、使い切っていない。 だけど、あなたはもう“使い方”を理解している。 そして、自分だけの幸福ではなく、人の幸福を守った」


俺は、彼女の言葉に頷いた。

「幸福も、不幸も。どちらも必要なんだな」

その言葉に、エリシアは静かに微笑んだ。


「そう。人は、どちらか一方だけでは生きられない。 あなたは、それを――三度目の人生で学んだのです」

光が薄れ、女神の姿が消える。
 代わりに、あたたかな陽光が俺の頬を照らした。

──目を開けると、そこにはエレナの笑顔があった。

「おはようございます、エドガー」 「おはよう、エレナ」

彼女が入れた朝の紅茶の香りが、部屋いっぱいに広がる。 
外では、小鳥たちが楽しそうにさえずっていた。


幸福と不幸の均衡を保ちながら、俺は今日も生きている。 
過ぎゆく一瞬一瞬が、愛おしい。

もう、幸福ポイントの残量を気にすることはない。 
それは、俺が“生き方”を理解した証だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

処刑から始まる私の新しい人生~乙女ゲームのアフターストーリー~

キョウキョウ
恋愛
 前世の記憶を保持したまま新たな世界に生まれ変わった私は、とあるゲームのシナリオについて思い出していた。  そのゲームの内容と、今の自分が置かれている状況が驚くほどに一致している。そして私は思った。そのままゲームのシナリオと同じような人生を送れば、16年ほどで生涯を終えることになるかもしれない。  そう思った私は、シナリオ通りに進む人生を回避することを目的に必死で生きた。けれど、運命からは逃れられずに身に覚えのない罪を被せられて拘束されてしまう。下された判決は、死刑。  最後の手段として用意していた方法を使って、処刑される日に死を偽装した。それから、私は生まれ育った国に別れを告げて逃げた。新しい人生を送るために。 ※カクヨムにも投稿しています。

婚約破棄を申し込まれたので、ちょっと仕返ししてみることにしました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約破棄を申し込まれた令嬢・サトレア。  しかし、その理由とその時の婚約者の物言いに腹が立ったので、ちょっと仕返ししてみることにした。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

婚約破棄!?なんですって??その後ろでほくそ笑む女をナデてやりたい位には感謝してる!

まと
恋愛
私、イヴリンは第一王子に婚約破棄された。 笑ってはダメ、喜んでは駄目なのよイヴリン! でも後ろでほくそ笑むあなたは私の救世主!

処理中です...