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あなたがいないとさみしいの
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「メアリ」
それは甘さを含んだ声色だった。ウェーブのかかった茶色の長い髪がよく似合う小柄な彼女は、ふわりと微笑む。
「なんですか?アラン様」
「いや、かわいいなって思って」
メアリに名前を呼ばれた彼は彼女にそっと手を伸ばす。
けれど、その手が彼女に触れることはなかった。
「アラン様、今日のデートはここでおしまいですわ」
「……え?」
「それではごきげんよう」
突然の事態を飲み込めていない彼を残し、メアリは立ち上がる。スカートを持ち上げ淑女の礼をするとそのままカフェを出た。
◇◇◇
空は雲一つない晴天で、ちょうどよい気候だった。爽やかな風が彼女の髪を揺らす。カフェの外に出ると入り口には列が出ていた。さすが女性に人気の流行のカフェだ。
そんな列に外れて、ひとりの端正な顔立ちの青年が仁王立ちをしている。騎士団の制服を身に纏う彼とメアリは目が合った。
「…」
「無視するな、メアリ」
「ハインツ、どうしてここに?」
ハインツと呼ばれた彼はメアリの言葉に、睨むような視線を向けた。それは怒っているのではなく心配しているのだとわかるのは彼女が彼の幼馴染みだからだろうか。
彼らは家が隣同士の幼馴染みだ。お互いの両親も仲がよく、幼い頃からいつも一緒に遊んでいる仲である。
「お前がまたどうでもいい男と出かけたと、お前の友達が教えてくれたからな」
「友達?」
「あの黒髪の子だ」
「アリッサね」
「たしかそんな名前だったな。あと、お前の侍女も困ってるぞ」
カフェの外で待っていてくれたエマがどこか申し訳なさそうに頭を下げた。皆が心配してくれているのは知っていた。ここ最近、メアリは毎日デートしているから。恋人でもなく、ましてや婚約者でもない男性と一緒に。
カフェに行ったり、散歩したり、学校が終われば放課後を誰かと過ごすようにしていた。けれど誰かに咎められる理由はない。なぜなら彼女は彼らと一緒にいるだけだからだ。手を繋ぐことも、愛の言葉をささやくこともしていない。
「なんのつもりだよ」
「なんのつもり…?」
その問いに答えなど持ち合わせてはいなかった。理由なんてないのだから。強いて言うなら「さみしいから」だろうか。
「…お友達とお出かけしているだけだわ」
「じゃあ、女友達にしろよ」
「みんな婚約者とのデートで忙しいもの」
きっと誘ったら一緒に過ごしてくれるだろう。彼女達の優しさはメアリが一番よく知っている。けれど、婚約者と過ごす彼女たちの可愛さも知っているから、婚約者とのデートを邪魔したくないのだ。
だからどうでもいい人に声をかけ、一緒にいてもらうようにしたのだ。それには関係性の薄い男子生徒がちょうどよかった。メアリに誘われてついて来る彼らもきっとメアリと同じようなものだ。ただ少しだけ、可愛い女の子とどうでもいいような楽しい話がしたいだけ。少しだけ、将来のことや難しい現実を逃避したいだけ。
お互いがお互いを利用している。だから罪悪感も湧かない。
「みんな心配してる」
「…」
「もちろん俺もだ」
そんなことを言われないとわからないほどメアリはバカではない。けれどそれでもひとりでいたくなかった。
「だって、ひとりは、さみしいわ」
少しだけ目を伏せた。その言葉にハインツは頭をがしがしとかく。
「あーー!もーー!じゃあ、俺が行ってやるよ!カフェでもなんでも。だから、どうでもいい男と一緒にいるな」
「いやよ」
「は?」
「ハインツだけはいや」
「…どういう意味だよ」
声のトーンが1つ、2つ低くなる。鋭いハインツの視線がメアリに刺さった。
「…あの、…すみません」
一触即発の彼らの間に、どこか弱々しい声が割って入る。
「その、ここでお話をされると…その、困るのですが」
声の方に視線を向ければ、カフェの店員が申し訳なさそうに頭を下げながらそう言った。言われて見渡せば、列に並んでいる客のほとんどがこちらを見ている。
「…すみません」
「申し訳ありません」
ハインツとメアリは同時に頭を下げた。
「そのよければ、…余所でやっていただけませんか?」
それはお願いという名の命令だった。
「はい、すみません」
謝罪をすると、ハインツはメアリの腕を摑んだ。少しだけ強引に歩き出す。
「行くぞ、メアリ」
「…どこに?」
「家だよ。帰る方向一緒だろ」
ハインツは自身が乗ってきた馬車にメアリを乗せた。
「エマは?」
「うちのやつに送らせるから心配するな」
馬車での会話はそれだけだった。何も言わないハインツに、メアリも何を言えばわからなかった。痛いほどの沈黙が2人を包む。けれど逃がさないと主張でもするように、ハインツはメアリの手を離さなかった。
◇◇◇
白と黒を基調としたシックな客間は見知ったものだった。メアリは、座り心地のよいソファに腰をかける。ハインツもメアリの対面ではなく、隣に座った。手は未だに繋がれている。
「言い訳を聞いてやる」
「…」
「なんでここ最近、馬鹿な男を捕まえて一緒にいるんだよ」
「みんなお友達だわ」
「友達?じゃあ、昨日一緒にいた男の名前言ってみろよ」
「えっと…その………」
「はい、時間切れ」
ハインツの言葉にメアリは何も言えなかった。昨日一緒に過ごした彼は、黒髪だっただろうか。それすらも思い出せない。
「ここ一週間くらいか、お前がよくわからない男と遊びに行くのは」
「…」
「どうしたんだよ」
少しだけのぞき込むようにメアリの顔を見る。その視線には心配が含まれているのがわかった。安心させる声色に、なぜだか無性に泣きたくなる。
「…ひとりでいるとさみしいの」
「さみしい?」
「エマ達はいるけど、お仕事があるわ。アリッサ達もいるけど、放課後は婚約者と一緒に過ごす。だから、…授業が終わってしまうとさみしいの。だから」
「なんで俺はいやなんだよ」
「…」
「もちろん毎回は無理だけど、予定がない日は一緒にいられる。でも、俺はいやなんだろ?なんでだよ」
「…」
「メアリ…教えて?」
ハインツは少しだけ首を傾げる。視線を向ければどこかさみしげな表情が浮かんでいた。触れられている手が温かい。ハインツのその顔にメアリは昔から弱かった。
「…だって」
「だって?」
「だって、これ以上一緒にいたら、もっとハインツのことが好きになってしまうもの」
視線を逸らしながらメアリはそう言った。
「…それのどこがだめなんだよ」
「…」
「俺もメアリもお互い恋人がいなくて、婚約者もいない。好きになってだめな理由なんてないだろう?」
「だめなの」
「なんで?」
「だって、私、ハインツの邪魔をしたくないもの」
メアリの言葉の意図が読み取れず、ハインツは眉を持ち上げた。言いたいことは山ほどある。けれど黙ったままメアリの次の言葉を辛抱強く待った。
「一週間前に見たの、ハインツがナビア様と一緒にいるところ。腕を組んでいたわ」
ナビアと言われてハインツは一瞬誰のことかわからなかった。そういえば最近やたら声をかけてきた隣のクラスの女生徒がいたことを思い出す。たしか一週間前にやった騎士団での学年別模擬戦で一位になってからだ。勝手に腕を組んできたり、ランチを一緒に食べようとしたり、しつこかった。
「あんなに可愛い人に言い寄られたらうれしいものね」
「いや、別に」
騎士団の先輩の妹だったので多めに見ていたが、さすがにうっとうしかったので、昨日、本気で睨んだら逃げるようにいなくなった。
「鼻の下、伸びていたもの」
「んなわけあるかよ」
そんなわけあるはずがない。だって、ハインツが可愛いと思うのは一人だけだから。ナビアが可愛いと言われても興味がなさ過ぎて、どんな顔だったのか思い出せない。
ハインツの即答に、けれどメアリは不安そうな表情を浮かべている。
「メアリ?」
「…気づいてしまったの。いつまでもハインツと一緒にいられないかもしれないって。だってそうでしょ?ハインツに恋人ができたら、ハインツに婚約者ができたらただの幼馴染みでは傍にいられないわ」
「まあ、ただの幼馴染みってだけならな」
「もしかしたらお父様にお願いしたらハインツの婚約者になれるかもしれないって思ったの。でも…私、きっとあなたの邪魔になってしまうわ」
「邪魔?」
どうしてそう思うのかわからなくて、ハインツはメアリが言った言葉を繰り返した。そんなハインツにメアリは小さく頷く。
「ハインツが騎士団に入ってから、一緒にいる時間が少なくなったわ。学校では別のクラスだし、騎士団の訓練もある。休みの日はハインツのお父様の仕事を手伝っているでしょう」
「ああ、そうだな」
「ハインツと一緒にいると楽しくて、楽しすぎるからずっと傍にいて欲しいと思ってしまうの。ずっと隣にいてほしいって。どこにも行って欲しくないって。でも、そんなの無理だわ。それに、頑張っているハインツが一番好きなの」
「…うん」
「ハインツを想うとひとりがとってもさみしく感じてしまう。だから、誰かに一緒にいて欲しくてでも、仕事をしているエマ達に迷惑をかけるのも嫌だし、婚約者とデートに行く予定のアリッサ達を引き留めるのも違うなと思って」
「だから、どうでもいい暇そうな貴族の息子たちを捕まえて一緒にいたってのか」
ハインツの言葉にメアリは小さく頷いた。メアリも彼らも少しだけ現実逃避をしたいだけ。それだけだった。
「ハインツと一緒にいたらもっと一緒にいたくなって、ハインツをこれ以上好きになればハインツの邪魔をしていまいそうだもの。それは一番嫌だから。だから、…ハインツが隣になくてもさみしくなくなればいいなと思って」
「相手が本気になったらどうしてたんだよ」
「それは…」
正直そんなことまで考えていなかった。ハインツとナビアが腕を組んでいるところを見てから頭がうまく回らない。
言葉が止まったメアリにハインツは大きなため息をつく。
「メアリ、お前さ、自分がかわいいって自覚してる?」
「え?」
「お前の笑顔見て好きにならない男なんていねぇよ」
真剣な目で、真剣な表情でハインツはそう言い切った。そんなハインツにメアリは小さく笑う。
「そんなことないわ」
「ある」
「ないって」
「あるよ。だって、俺はお前が俺に笑いかけた日からお前が好きだから」
ハインツはずっと触れていた手に力を込めた。ハインツの体温が移る様な気がして、メアリの頬が少しだけ熱を持つ。
「メアリが俺を好きなら絶対にこの手を離さない」
「ハインツ…」
「たしかにずっと傍にはいられない。だって俺はもっと強くなりたいから。剣術ももっと学んで、領地のことも覚えたい。…メアリがいつでも笑っていられるように。誰からでもお前を守れるように。だから、我慢をさせてしまうかもしれない」
「…」
「でも、さみしくならないように、一緒にいるときにいっぱい愛を伝えるから。だから俺以外のやつでさみしさを埋めようとしないでくれよ」
「ハインツ、もしかして、…その…私のことが好きなの?」
そう尋ねるメアリにハインツは小さく笑う。
「それ知らないの、お前だけだよ」
「…」
「だからさ、メアリももっと俺のこと好きになって。俺以外でさみしさを埋めようなんて考えなくなるくらいに」
「あのね、ハインツ」
「ん?」
「ハインツ以外といたらね、もっとハインツに会いたくなったの」
「そりゃそうだろ。メアリは俺のこと好きなんだから」
「私、ハインツのこと好きでいてもいいの?」
そう尋ねるメアリをハインツは抱きしめた。
「好きでいてくれなきゃ困る」
「あのね、ハインツ」
「なんだよ」
「大好き」
そういってメアリはふわりと笑った。その笑みにハインツの鼓動は早くなる。
「俺も大好き」
「ねぇ、もっとぎゅっとして?離れていてもさみしくないように」
ハインツはメアリの背中に回した腕に力を込めた。
「メアリ、すげぇ好き。愛してる」
「うれしいわ」
「メアリは?」
「私も愛してる」
ハインツは幸せそうに笑うメアリの頬に自分の右手を置いた。左手を頭に回す。少しずつ近づいてくる彼に、メアリはそっと目を閉じるのだった。
それは甘さを含んだ声色だった。ウェーブのかかった茶色の長い髪がよく似合う小柄な彼女は、ふわりと微笑む。
「なんですか?アラン様」
「いや、かわいいなって思って」
メアリに名前を呼ばれた彼は彼女にそっと手を伸ばす。
けれど、その手が彼女に触れることはなかった。
「アラン様、今日のデートはここでおしまいですわ」
「……え?」
「それではごきげんよう」
突然の事態を飲み込めていない彼を残し、メアリは立ち上がる。スカートを持ち上げ淑女の礼をするとそのままカフェを出た。
◇◇◇
空は雲一つない晴天で、ちょうどよい気候だった。爽やかな風が彼女の髪を揺らす。カフェの外に出ると入り口には列が出ていた。さすが女性に人気の流行のカフェだ。
そんな列に外れて、ひとりの端正な顔立ちの青年が仁王立ちをしている。騎士団の制服を身に纏う彼とメアリは目が合った。
「…」
「無視するな、メアリ」
「ハインツ、どうしてここに?」
ハインツと呼ばれた彼はメアリの言葉に、睨むような視線を向けた。それは怒っているのではなく心配しているのだとわかるのは彼女が彼の幼馴染みだからだろうか。
彼らは家が隣同士の幼馴染みだ。お互いの両親も仲がよく、幼い頃からいつも一緒に遊んでいる仲である。
「お前がまたどうでもいい男と出かけたと、お前の友達が教えてくれたからな」
「友達?」
「あの黒髪の子だ」
「アリッサね」
「たしかそんな名前だったな。あと、お前の侍女も困ってるぞ」
カフェの外で待っていてくれたエマがどこか申し訳なさそうに頭を下げた。皆が心配してくれているのは知っていた。ここ最近、メアリは毎日デートしているから。恋人でもなく、ましてや婚約者でもない男性と一緒に。
カフェに行ったり、散歩したり、学校が終われば放課後を誰かと過ごすようにしていた。けれど誰かに咎められる理由はない。なぜなら彼女は彼らと一緒にいるだけだからだ。手を繋ぐことも、愛の言葉をささやくこともしていない。
「なんのつもりだよ」
「なんのつもり…?」
その問いに答えなど持ち合わせてはいなかった。理由なんてないのだから。強いて言うなら「さみしいから」だろうか。
「…お友達とお出かけしているだけだわ」
「じゃあ、女友達にしろよ」
「みんな婚約者とのデートで忙しいもの」
きっと誘ったら一緒に過ごしてくれるだろう。彼女達の優しさはメアリが一番よく知っている。けれど、婚約者と過ごす彼女たちの可愛さも知っているから、婚約者とのデートを邪魔したくないのだ。
だからどうでもいい人に声をかけ、一緒にいてもらうようにしたのだ。それには関係性の薄い男子生徒がちょうどよかった。メアリに誘われてついて来る彼らもきっとメアリと同じようなものだ。ただ少しだけ、可愛い女の子とどうでもいいような楽しい話がしたいだけ。少しだけ、将来のことや難しい現実を逃避したいだけ。
お互いがお互いを利用している。だから罪悪感も湧かない。
「みんな心配してる」
「…」
「もちろん俺もだ」
そんなことを言われないとわからないほどメアリはバカではない。けれどそれでもひとりでいたくなかった。
「だって、ひとりは、さみしいわ」
少しだけ目を伏せた。その言葉にハインツは頭をがしがしとかく。
「あーー!もーー!じゃあ、俺が行ってやるよ!カフェでもなんでも。だから、どうでもいい男と一緒にいるな」
「いやよ」
「は?」
「ハインツだけはいや」
「…どういう意味だよ」
声のトーンが1つ、2つ低くなる。鋭いハインツの視線がメアリに刺さった。
「…あの、…すみません」
一触即発の彼らの間に、どこか弱々しい声が割って入る。
「その、ここでお話をされると…その、困るのですが」
声の方に視線を向ければ、カフェの店員が申し訳なさそうに頭を下げながらそう言った。言われて見渡せば、列に並んでいる客のほとんどがこちらを見ている。
「…すみません」
「申し訳ありません」
ハインツとメアリは同時に頭を下げた。
「そのよければ、…余所でやっていただけませんか?」
それはお願いという名の命令だった。
「はい、すみません」
謝罪をすると、ハインツはメアリの腕を摑んだ。少しだけ強引に歩き出す。
「行くぞ、メアリ」
「…どこに?」
「家だよ。帰る方向一緒だろ」
ハインツは自身が乗ってきた馬車にメアリを乗せた。
「エマは?」
「うちのやつに送らせるから心配するな」
馬車での会話はそれだけだった。何も言わないハインツに、メアリも何を言えばわからなかった。痛いほどの沈黙が2人を包む。けれど逃がさないと主張でもするように、ハインツはメアリの手を離さなかった。
◇◇◇
白と黒を基調としたシックな客間は見知ったものだった。メアリは、座り心地のよいソファに腰をかける。ハインツもメアリの対面ではなく、隣に座った。手は未だに繋がれている。
「言い訳を聞いてやる」
「…」
「なんでここ最近、馬鹿な男を捕まえて一緒にいるんだよ」
「みんなお友達だわ」
「友達?じゃあ、昨日一緒にいた男の名前言ってみろよ」
「えっと…その………」
「はい、時間切れ」
ハインツの言葉にメアリは何も言えなかった。昨日一緒に過ごした彼は、黒髪だっただろうか。それすらも思い出せない。
「ここ一週間くらいか、お前がよくわからない男と遊びに行くのは」
「…」
「どうしたんだよ」
少しだけのぞき込むようにメアリの顔を見る。その視線には心配が含まれているのがわかった。安心させる声色に、なぜだか無性に泣きたくなる。
「…ひとりでいるとさみしいの」
「さみしい?」
「エマ達はいるけど、お仕事があるわ。アリッサ達もいるけど、放課後は婚約者と一緒に過ごす。だから、…授業が終わってしまうとさみしいの。だから」
「なんで俺はいやなんだよ」
「…」
「もちろん毎回は無理だけど、予定がない日は一緒にいられる。でも、俺はいやなんだろ?なんでだよ」
「…」
「メアリ…教えて?」
ハインツは少しだけ首を傾げる。視線を向ければどこかさみしげな表情が浮かんでいた。触れられている手が温かい。ハインツのその顔にメアリは昔から弱かった。
「…だって」
「だって?」
「だって、これ以上一緒にいたら、もっとハインツのことが好きになってしまうもの」
視線を逸らしながらメアリはそう言った。
「…それのどこがだめなんだよ」
「…」
「俺もメアリもお互い恋人がいなくて、婚約者もいない。好きになってだめな理由なんてないだろう?」
「だめなの」
「なんで?」
「だって、私、ハインツの邪魔をしたくないもの」
メアリの言葉の意図が読み取れず、ハインツは眉を持ち上げた。言いたいことは山ほどある。けれど黙ったままメアリの次の言葉を辛抱強く待った。
「一週間前に見たの、ハインツがナビア様と一緒にいるところ。腕を組んでいたわ」
ナビアと言われてハインツは一瞬誰のことかわからなかった。そういえば最近やたら声をかけてきた隣のクラスの女生徒がいたことを思い出す。たしか一週間前にやった騎士団での学年別模擬戦で一位になってからだ。勝手に腕を組んできたり、ランチを一緒に食べようとしたり、しつこかった。
「あんなに可愛い人に言い寄られたらうれしいものね」
「いや、別に」
騎士団の先輩の妹だったので多めに見ていたが、さすがにうっとうしかったので、昨日、本気で睨んだら逃げるようにいなくなった。
「鼻の下、伸びていたもの」
「んなわけあるかよ」
そんなわけあるはずがない。だって、ハインツが可愛いと思うのは一人だけだから。ナビアが可愛いと言われても興味がなさ過ぎて、どんな顔だったのか思い出せない。
ハインツの即答に、けれどメアリは不安そうな表情を浮かべている。
「メアリ?」
「…気づいてしまったの。いつまでもハインツと一緒にいられないかもしれないって。だってそうでしょ?ハインツに恋人ができたら、ハインツに婚約者ができたらただの幼馴染みでは傍にいられないわ」
「まあ、ただの幼馴染みってだけならな」
「もしかしたらお父様にお願いしたらハインツの婚約者になれるかもしれないって思ったの。でも…私、きっとあなたの邪魔になってしまうわ」
「邪魔?」
どうしてそう思うのかわからなくて、ハインツはメアリが言った言葉を繰り返した。そんなハインツにメアリは小さく頷く。
「ハインツが騎士団に入ってから、一緒にいる時間が少なくなったわ。学校では別のクラスだし、騎士団の訓練もある。休みの日はハインツのお父様の仕事を手伝っているでしょう」
「ああ、そうだな」
「ハインツと一緒にいると楽しくて、楽しすぎるからずっと傍にいて欲しいと思ってしまうの。ずっと隣にいてほしいって。どこにも行って欲しくないって。でも、そんなの無理だわ。それに、頑張っているハインツが一番好きなの」
「…うん」
「ハインツを想うとひとりがとってもさみしく感じてしまう。だから、誰かに一緒にいて欲しくてでも、仕事をしているエマ達に迷惑をかけるのも嫌だし、婚約者とデートに行く予定のアリッサ達を引き留めるのも違うなと思って」
「だから、どうでもいい暇そうな貴族の息子たちを捕まえて一緒にいたってのか」
ハインツの言葉にメアリは小さく頷いた。メアリも彼らも少しだけ現実逃避をしたいだけ。それだけだった。
「ハインツと一緒にいたらもっと一緒にいたくなって、ハインツをこれ以上好きになればハインツの邪魔をしていまいそうだもの。それは一番嫌だから。だから、…ハインツが隣になくてもさみしくなくなればいいなと思って」
「相手が本気になったらどうしてたんだよ」
「それは…」
正直そんなことまで考えていなかった。ハインツとナビアが腕を組んでいるところを見てから頭がうまく回らない。
言葉が止まったメアリにハインツは大きなため息をつく。
「メアリ、お前さ、自分がかわいいって自覚してる?」
「え?」
「お前の笑顔見て好きにならない男なんていねぇよ」
真剣な目で、真剣な表情でハインツはそう言い切った。そんなハインツにメアリは小さく笑う。
「そんなことないわ」
「ある」
「ないって」
「あるよ。だって、俺はお前が俺に笑いかけた日からお前が好きだから」
ハインツはずっと触れていた手に力を込めた。ハインツの体温が移る様な気がして、メアリの頬が少しだけ熱を持つ。
「メアリが俺を好きなら絶対にこの手を離さない」
「ハインツ…」
「たしかにずっと傍にはいられない。だって俺はもっと強くなりたいから。剣術ももっと学んで、領地のことも覚えたい。…メアリがいつでも笑っていられるように。誰からでもお前を守れるように。だから、我慢をさせてしまうかもしれない」
「…」
「でも、さみしくならないように、一緒にいるときにいっぱい愛を伝えるから。だから俺以外のやつでさみしさを埋めようとしないでくれよ」
「ハインツ、もしかして、…その…私のことが好きなの?」
そう尋ねるメアリにハインツは小さく笑う。
「それ知らないの、お前だけだよ」
「…」
「だからさ、メアリももっと俺のこと好きになって。俺以外でさみしさを埋めようなんて考えなくなるくらいに」
「あのね、ハインツ」
「ん?」
「ハインツ以外といたらね、もっとハインツに会いたくなったの」
「そりゃそうだろ。メアリは俺のこと好きなんだから」
「私、ハインツのこと好きでいてもいいの?」
そう尋ねるメアリをハインツは抱きしめた。
「好きでいてくれなきゃ困る」
「あのね、ハインツ」
「なんだよ」
「大好き」
そういってメアリはふわりと笑った。その笑みにハインツの鼓動は早くなる。
「俺も大好き」
「ねぇ、もっとぎゅっとして?離れていてもさみしくないように」
ハインツはメアリの背中に回した腕に力を込めた。
「メアリ、すげぇ好き。愛してる」
「うれしいわ」
「メアリは?」
「私も愛してる」
ハインツは幸せそうに笑うメアリの頬に自分の右手を置いた。左手を頭に回す。少しずつ近づいてくる彼に、メアリはそっと目を閉じるのだった。
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