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ダーヴィッツ

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1章 『国崩し』

コキュートス潜入

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フェイムスが貴族宮殿で三賢人ギュンターの気を引いている間に、俺はこの街を少しだけ騒がせるきっかけを探していた。フェイムス曰(いわ)く、貴族宮殿の地下には奴隷化したモンスターがいるらしい。何故そんなもんがいるのかというと、三賢人のギュンターがガルサルム王国からコキュートスを独立させるために集めているらしい。見たところ、ここに貴族宮殿の地下にいるのは下位モンスターがほとんどだ。ウルフ、ゴブリン、ウィッチ、リザード……。様々なモンスターが檻に閉じ込められており、使役するためのタトゥーが体の一部に刻まれている。

ーー今は、大人しいな。

モンスターってこんなに落ち着いてるもんか。
使役の影響なのか。

「さぁ、さっさとやっちゃいましょう!」
「で、なんでお前まだこっちにいるんだ?」

俺の横で張り切ってるサナを横目に見る。

「いやぁ、お手伝いしようかなって」
「お前なぁ、発電所の方に探してるやつがいるんじゃないのかよ?」
「そうなんですけど、その前にですよ」

サナは近くにあったウルフの檻に近づき、昼間にララのタトゥーを取ったような作業を行った。ウルフに刻まれていたタトゥーを剥がすと、大人しかったウルフは殺気立った様子で唸り始め、サナを睨みつけた。

「これのやり方教えておきますね。多分ゼロには出来ると思います」
「そうなのか?」
「ゼロが全属性適合者(オールラウンダー)なら尚更です。高等技術(ハイスキル)ですが、あれは元々、発現者の元素(エレメント)による契約を利用したものなんです。つまり、その契約を上書きするんです。では、やってみてください」
「やってみてくださいって……」

俺は炎属性を右手に纏いながら、近くのゴブリンのタトゥーに触れてみる。するとタトゥーは浮かび上がり、タトゥーから反発のエネルギーが漏れ、電撃による痛みが右手に走る。なるほど、元素(エレメント)を纏ってるのはこのためか。簡単には解除させてくれないみたいだな。
改めて炎属性を纏い、タトゥーに手を伸ばす。相変わらず反発エネルギーが向かってきたが、今度はタトゥーまで手が届いた。浮かび上がったタトゥーを掴むと炎属性で握り潰した。タトゥーは消滅し、ゴブリンは元のモンスターの性(さが)を取り戻す。

「……っと、こんな感じか」
「そうそう、出来るじゃないですか」
「って、サナお前、それもう全部終わったのか」

いつの間にか、その場にあったモンスター達はサナによって奴隷化が解除され、正気を取り戻していた。

「まぁこんなとこですね。下位モンスターですし、4番隊の方達でも対応出来るでしょう。私達が移動したら、警報を鳴らして電子ロックを解除しましょう」
「分かった」
「では、発電所に行きましょうか」

俺たちはその場を後にすると、手筈通りに警報を起動し、モンスターの檻のロックを解除した。モンスター達は開いている出口に向かう。そちらはわざと開けておいた出口で、その先には地上に続く道がある。


『緊急。緊急。4番隊各位に通達。貴族宮殿地下にて緊急事態発生、ただちに急行せよ。繰り返すーー』


地上で戦闘音が聞こえる。どうやらうまくいったようだ。俺たちは貴族宮殿の地下から東の発電所に続く通路を進んだ。その先からは東の発電所内部で、しばらく進むと警備隊員が2名立っている部屋があった。『電力管理室』と書いてある。俺はサナに目で合図を送ると、サナは俺の意図を理解し頷いた。3、2、1と指を折るタイミングで、それぞれが1人ずつを攻撃し、気絶させる。フェイムスから貰った仮面のお陰なのか、相手が気づく前に接近出来るから、攻撃も容易だった。
『電力管理室』に入ると、モニターや電力装置が設置してあり、電力量の他に、各フロアの監視カメラの映像が映し出されている。やはり、地上ではさっきのモンスターと4番隊が衝突している。ふと部屋の端を見ると、もう1つ扉があった。ロックを解除し中に入ると、そこには天井から吊るされた鎖と手錠に繋がれた少年がいた。気を失っている。

「ジン君……」

サナが剣に水の元素(エレメント)を纏わせて鎖を斬った。ジンと呼ばれたその少年は衰弱していて、筋肉もほとんどなく、痩せこけていた。髪も随分伸びており、手入れなどはされていなかった。

「随分、お待たせしましたっ……」

サナは涙を流した。肩を震わせて鼻水をすする。嗚咽しながら、サナの中で『何か』が溢れてくる。ジンを自分の腕の中に抱き締めて、その存在を確かめる。細くなった身体中を擦りながらサナは泣き続ける。

「がんばりましたね……、ごめんねぇ……」

ジンが何者なのかは未だにわからない。ただ、常に、にこにこしていた『あの』サナが報われたかのように彼を抱き締める姿を見て、ジンがサナにとってどういう人物なのかを理解した。自分が哀しい想いをするより、誰かが哀しんでいる方が、胸が締め付けられはり。サナにかける言葉が見つからない。だから、せめて今は誰にも2人の邪魔をされないように、外を見張っているべきだと、俺は自身の本心に従った。



しばらくすると、サナがジンを担ぎ部屋から出てきた。目元は赤く、涙の痕が残っている。ジンは相変わらず気を失っていて、意識がない。

「……もういいのか」
「すみません……。ありがとうございました」
「……」
「行きましょう。お父さんと合流しなきゃ」

サナがそう呟いた瞬間、『電力管理室』に4番隊が数名流れ込んできた。既に抜刀しており、そのうち数名は銃口を俺たちに向けている。遅れて1人の男が入ってきた。褐色(かっしょく)の肌に赤髪をしている騎士団員は高官のようだ。腕章から中隊長ということが分かった。

「……貴様等が侵入者だな。我が名は4番隊中隊長ジャガーノートである。『無限剛腕(ヘカトンケイル)の番人』の強奪の罪により拘束をする。構えろ」
「……ちっ」

思ったより来るのが早かったな。さすが、腐ってもガルサルム王国騎士団4番隊ってところか。しかし、どうする。出口はこいつらの先にあるし、ジンを守りながら戦えるのか?

「……ゼロ、ジン君をお願いしていいですか?」
「え、……あっ、おい!」

サナは担いでいたジンを俺に預けると、ジャガーノートの正面に立つ。剣と銃を抜くと4番隊を見つめる。ジャガーノートを含めて10人くらいだろうか。両者、臨戦態勢だ。

「貴様1人で相手に出来ると思っているのか?その男こそ、ガルサルム王国全土に電力をもたらせる『無限剛腕(ヘカトンケイル)の番人』。東の元素(エレメント)発電所において核となる者だ。それを奪うなら、ただ、では済まないぞ」

ジャガーノートは警告をする。
『無限剛腕(ヘカトンケイル)の番人』って確か、世界の何処かにあるっていう、前世界の空間倉庫を守る番人だったっけ。その空間自体、謎が多く古(いにしえ)のアイテム、武器、モンスターが存在するダンジョンだとか。番人は能力を使い、ゲートを行き来出来るって伝説だったが、ジンがその番人なのか?

「ジン君を使って、発電所のエネルギーを空間移動させていたんですね」
「そうとも。我々コキュートスにしか出来ない神から与えられし使命だ。そして寵愛(ちょうあい)の加護を受ける。我々はその男を渡すことは出来ない。返して貰おうか」

俺は、ジンの首元に黒いタトゥーが入っていることに気づく。奴隷のタトゥーだ。そういうことかよ……。こんなガキまで奴隷にして、自分達の都合のいいように使ってやがったのか。ふつふつと怒りが込み上げる。こいつら腐ってやがる。今すぐ潰さなきゃ……。

ふと、それ以上の怒気、いや、殺気に気づく。そんな生易しいものでもないかもしれない。禍々しい黒いそれはサナから感じる。それが何かわからない。暗闇に包まれて、何も感じなくなるような。音が無くなった。

「返してもらう?」

サナがにっこり笑った。

「返してもらう、ですか?」

その場に居合わせた者全員が命の危険を感じるような悪寒を確かに察知した。ジャガーノートは冷や汗を流し、構えを解かない。流石は中隊長なのか、サナから視線を外さない。4番隊員達は身体を震わせ、怯えている。

「今、私、頗(すこぶ)る機嫌が悪いので、貴方方を殺してしまうかもしれませんが、構いませんよねぇ?」

サナがにっこり笑った。

勝負は一瞬だった。気づいたらサナの姿は消えて、ジャガーノートの周りの4番隊員は倒れる。『縮地(ソニック)』と呼ばれる戦闘技術(スキル)だ。足の裏に元素(エレメント)を集めて高速に移動が可能になる。各隊員に一撃を喰らわせ戦闘不能にする。ーーその間、2秒。
残るはジャガーノートのみ。サナが部屋の壁に着地したところで俺の目はようやく追いついた。どうやらジャガーノートも同じタイミングだったようだ。サナとジャガーノートの視線が交錯する。

「ヌォォォォォォ!!」
「ーー蓮の花」

サナの水属性と風属性は突破力に秀でている。壁を『縮地(ソニック)』で蹴り、風でさらに加速しながら剣全体に水属性を纏い、『一閃(スライス)』。斬れ味を高める戦闘技術(スキル)だ。一瞬サナが放った剣撃の残像が花のように見える。ジャガーノートの剣よりも先にサナの剣が届く。

「……ぐっ、は……」

ジャガーノートは前のめりに倒れる。鮮血が『電力管理室』に散る。だが、ジャガーノートはなんとか致命傷は避けていた。いや、というより、サナがわざと外したのだ。サナにとって、この場の全員を殺すことは造作も無いこと。だが、必要以上の事はしないのが本心なのだろう。サナは剣を払い、同時に血も払う。

「さ、行きましょうか」

サナはにっこり笑った。



俺たちは東の発電所を後にすると、コキュートスの東ゲートをそのまま抜けた。4番隊が混乱している間に、このまま次の目的地、リア火山の麓(ふもと)にあるヨーク街に向かう予定だ。そこは先代国王がバルトロ討伐の際に拠点にしていた温泉で有名な村だ。元々、バルトロが出現する以前は癒しの温泉街で賑わっていたのだが、あの討伐以降は星の守護者(ガーディアン)の出現した影響で客足は遠のいているらしい。今の俺たちには好都合だ。

「よぉ、2人とも無事か」

東ゲートを抜けた先にフェイムスが煙草をふかしながら立っていた。

「フェイムスもな。レイ隊長はまだなのか?」
「まだ別件で忙しいんだよ」
「そうか。ギュンターの件はどうだったんだ?」

フェイムスがブーツの裏で煙草の火種を消す。

「思った通りだ。アイツはコキュートスを独立させて1つの国にしようとしている。奴隷のタトゥーを使って、星の守護者(ガーディアン)を管理下に置くつもりなんだ。しかも、新兵器まで創るらしい」
「ま、マジかよ……」
「そっちがジンか」

フェイムスが俺の背中で寝ているジンをチラッと見る。年頃の男にしては体重が軽過ぎる。

「なんだ、知り合いじゃないのか。てっきり顔見知りなのかと」
「あー、その件は、いずれ説明するわ。だから、サナもまだ(・・)ジンとは知り合いじゃない」
「……?それってどういう?」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。とりあえずヨークでジン君を休ませてあげましょう」

サナが俺の背中で寝ているジンの頭を優しく撫でる。ジンの伸びた髪を指に絡める。

「髪も切らないとね」
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