『 』

ダーヴィッツ

文字の大きさ
上 下
9 / 69
1章 『国崩し』

無限剛腕(ヘカトンケイル) ジン

しおりを挟む
目が覚めると、いつもの無機質な天井ではなく、木製の天井が目に映る。こんな天井だっけ……。そういえば手錠も鎖も付いてない。いつもの風景と違うことを徐々に実感していく。自分は何処かの部屋でベッドに横になってる。久々に柔らかい寝心地を身体に感じる。

ーーそういえば、昨日、誰か、いたような。

身体をなんとか起こす。周りを見渡すと女性が椅子に座り、ベッドの傍(かたわ)らにいた。

「あ、ジン君。起きましたか」

その女性はにっこり笑った。

「……誰、ですか?」

初めて見る人だった。黒髪の女性からは、『いつもの人達』のような敵意は感じられなかった。綺麗な人だ。素直にそう思った。柔らかい雰囲気でそばにいてくれると居心地がいい。

「初めまして、私、サナっていいます」
「サナ……さん」
「はい」

ーーあれ?

突然、涙腺が緩み、涙が溢れてくる。なんで、なんでこんなに胸が苦しいんだ。あの場所にいないからかな?温かいベッドで眠ることが出来たからかな?
違う。サナさんが目の前にいることが嬉しいんだ。わからない。初めて会った人なのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。どうして会えて嬉しいだろう。

サナさんは僕の首元を撫でる。何かが光ったと思ったら、首元が温かくなる。長年僕の首元に刻まれていた黒いタトゥーが浮かび上がり、サナさんの掌によって握り潰される。

「もう、大丈夫ですよ。ジン君」

サナさんが、僕の頭にポンッと手をのせて優しく撫でてくれる。それをきっかけに、ダムが決壊したように感情が溢れ出す。

「あ……あっ、うぅ、あぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁ!」

声にならない声が溢れてくる。僕はこんな声が出せたのか。叫ぶ度に頭をがくらくらしたけど、止まらなかった。
サナさんが近くに寄って、僕を抱き締めてくれる。サナさんのにおいがする。頭をポンッポンッと撫で、落ち着かせてくれる。

「がんばりましたね、えらかったね」

久しぶりに気を許せた。毎日殺されると思って役割を果たしてきた。生きる活力も、支えてくれる何かも、助けてくれる誰かも、僕には何も許されなかった。

ーー太陽みたいだ。

サナさんの背中に両手をまわし、僕の指でサナさんのシャツの端を掴む。その温かい存在を何度も確かめたかった。



チョキ……チョキ……

耳元でサナさんが僕の髪を切る音がする。長年手入れをしてこなかった僕の髪は腰の辺りまで伸びていた。椅子に座った僕の足元に僕の黒色の『これまで』が落ちていく。

ーーなんか、新しくなっていくなぁ。

前髪が切り落とされて、視界が開ける。まぶしい。世界ってこんなに明るかったんだなぁ。『あの部屋』にいた頃は外に全然出してもらえなかったから、太陽が登ってるのを久々に見た気がする。

「はい、おしまい」

サナさんがハサミを置く。

「ありがとうございます。なんだか頭軽くなりました」
「うん。カッコよくなりましたよ」
「あ、……ありがとうございます」

サナさんと目が合い、なんだか恥ずかしくなる。

「歩けますか?」
「はい……なんとか」
「まずはご飯食べて、その後お風呂入りましょ」

支えてもらいながら、なんとか立ち上がる。どうやら昨夜、僕はサナさんに『あの部屋』から助け出されたようだ。一生出れないと思っていたから、感謝してもしきれない。

ところで、ここはヨークという温泉街の宿屋らしい。サナさん達は僕を救出した後しばらくの間、ここを拠点にしていたみたいだ。『サナさん達』というのも、他にも助けてくれた方々が宿泊されているみたいなんだけど……。

ーーなんだか、知らないことだらけだ。

寝ていた2階の部屋から宿屋の食堂に続く道をサナさんと一緒に歩く。少し歩いただけなのに、すごい息が上がる。肺が痛い。節々が痛い。吹き抜けから見えている所にあるのに、とても遠くに感じる。なかなかうまく前に進むことが出来ない。あれだけ長い間閉じ込めらていたから当然かもしれない。

「ゆっくり、で、大丈夫ですよ」

サナさんが支えてくれながら階段をなんとか降りる。

「はい。ありがとうございます」

階段を降りきると、なんとか食堂の扉の前に辿りつけた。扉をサナさんと一緒に開けた。
しおりを挟む

処理中です...