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ダーヴィッツ

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3章『革命』

ニルヴァーナ家

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私の家系はいわゆる騎士の名家だった。長年、旧ガルサルム大国の主君に騎士として仕えてきた。統率力、忠誠心、治安維持をする実力を誇示してきた。それもあってか貴族や領主からも信頼が厚く、数多くの警護任務や武力鎮圧・魔物征伐、各国との戦争などを任されてきた。『最終戦争』もその1つだ。苛烈な戦場において多大な実績を挙げると歴代の騎士団長として名を残した者も多い。名誉な事だ。例え殉職したとしても主君のため、神のために死ねるのだから。

だが、それは『男』社会の話だ。私は『女』としてこの世に生を受けた。今思えば生まれる家と時代を間違えたに違いない。もし男として生まれていたならば、こんな捻れた生涯を歩まなかっただろうに。父は私が生まれた時に女だと分かると母を責めた。父の代はニルヴァーナ家が始まって以来、男の赤子に恵まれなかった時代。父は相当焦っただろう。嫡男がいなければエバンスゲート家が築いてきた騎士家業が他の騎士家系に奪われてしまうかもしれない。勿論、騎士団長は世襲制というわけでは無いのだが、父が騎士団長を務めている間にせがれを作らなければ、ニルヴァーナ家の権威を引き継ぐ者がいなくなり、それが揺らぎかねないと思っていたようだ。

実際、父は母以外の女とも子供をもうけた。私にとっては腹違いの姉妹になるのだが、やはり、男が生まれることは遂になかった。男は戦場を駆け、女は家を護る。そんな古く固執した考え方は今の時代も引き継がれている。誰が決めたのだろうか。確かに、生物学的には男の方が戦闘向きかもしれないが、女は騎士になれないのだろうか。女は政治に参加出来ないのだろうか。女は貴族になれないのだろうか。女は男の後ろを歩まなければならないのだろうか。

そんなのは間違っていると思う。

父はやがて最終戦争の最中に戦死した。当時は各国間での衝突が激しくなり、かなり不安定な戦時下に旧ガルサルム大国騎士団はいた。敵国が野営地に夜襲を仕掛けて来ることも珍しくない。父は最後まで私を騎士として認めなかったが、ニルヴァーナ家を最期まで護ろうとした。それだけは私の誇りだった。あんな騎士になりたいとは残念ながら思わない。母をないがしろにした父の行為は騎士らしからぬからだ。女をなんだと思っている。長女であった私はニルヴァーナの家督を継いだ。父が亡くなった事で、しばらくトップが不在の騎士団は士気を大きく下げた。

先代グランギューレ王は『金獅子』レックス王子を騎士団長、『銀龍』シュバを騎士副団長として新たに着任させた。実際、『最終戦争』は佳境を迎え、列強とも勢力争いがピークを迎えていた。やがて対外国への戦力補強のために騎士団への徴兵が旧ガルサルム大国全土にかかることになる。

それを知った時には、私は母の静止を振り切りガルサルム大国騎士団に志願していた。私が16歳の時である。女の私にもこの国のために何か出来る事がある筈。ニルヴァーナ家を存続するため、この国を担って行く子供達を護るために、何より騎士になるため、私は自ら徴兵に参加を志望した。

しかし、幾ら戦時下とはいえ、戦闘力の無い者は選抜されない。ましてや、女など。周りは男だらけの世界。女が剣を持ち騎士として戦場へ立とうとすることへの奇異の眼差し、嘲笑の声。まるで男と肩を並べることが罪であるかのような。

騎士団に入団するには試験が課された。元素(エレメント)の使役、武器の熟練度、軍事知識、ガルサルム大国地理の把握など。騎士団長の父の背中を見ていただけあってか、私はそのどれにおいても秀でた成績を収めた。特にこと武器の熟練度(主に狙撃武器)とガルサルム大国の地理の把握には一目置かれた。これだけ広大な国土の正確な把握は戦場においても必要になる。

試験には無事に合格をして正式に騎士として認められた。当時は女性騎士いなかったわけではないがまだ珍しい時代で、やはり男性騎士からの風当たりはキツかった。私の場合は特にニルヴァーナ家の名前を利用したのではないのかという、男騎士からの謂れのないことも言われる。

だが、その風当たりを防いでくれたのがシュバ隊長とレックス王子だった。彼等は私を女性として扱いつつ、騎士としても扱ってくれた。風属性を使役する私は主に狙撃手として戦場に駆り出される事が増えた。任務を繰り返している内に実績を積み、数年かかったが。私はシュバ隊長の補佐役まで位が上がった。お二人の推薦があってこそだが、なんとか成り上がって見せた。ニルヴァーナ家という家柄が多少周りからは疎ましく思われたかもしれない。だが、私はそれ抜きで騎士として務めてきたつもりだ。そこに一片の悔いも嘘もない。それから『最終戦争』は英雄達によって集結し、やがてガルサルム大国は真の大国として『第1世界(ファースト)』に君臨する。やがてレックス王子は星の守護者(ガーディアン)バルトロを討伐を経て獅子王となり、シュバ隊長は『五騎士』の団長となった。


そして、『国崩し』を経て彼等は死んだ。


私は2人の墓前の前で立ち尽くす。その事実を知ったのは英雄アークによって創られた巨人からの攻撃から市民の避難誘導を完了した時だった。私は2人が密かにガルサルム大国を解体することを計画していたことにまったく気付かなかった。再び再開したのは損傷の激しい死体だった。相手は『最強』黒凪のレイ。無敗伝説を誇る元同僚の謀反によって2人は殺された。私は絶望した。2人は私の生きる道標だった。それ以上にシュバ隊長は生きる場所だった。彼は私をそのクーデターには誘わなかった。そういう男(ひと)だった。私を女性として扱い、騎士として認め、だからこそ危険な所には連れて行かず、後方支援にあたらせた。私は泣き崩れる。どうして、どうして連れて行ってくれなかったのですか。貴方が言ってくれれば、私は何にでもしたと言うのに。

それから選抜隊のゼロにダイダロス新大国の治安維持組織に誘われた。ガルサルム大国騎士団は解体され行く宛も生きる意義もなかった私は二つ返事をした。実力を買われて隊長にも就任した。主な任務は国内の治安維持。隊の皆も私についてきてくれる。女性隊員も増え始め、今では隊の3分の2が女性隊員となった。それでも男性隊員からは白い目で見られることは未だにある。女が隊長にあることが相応しくないと思われているのだろうか。

「エバンスゲート隊長。あんなの気にしなくていいですよー。男の僻みはネチネチしててやらしー」
「……隊長、心配、不要」

副官のミラとルビーが私を気にかけてくれる。彼女達はガルサルム大国騎士団時代からの付き合いだ。こんな不甲斐ない私に長い間付いてきてくれる信頼出来る部下だ。

「すまないな。2人とも」
「……もー!隊長は悪くないんです!もっと自信持ってください!男尊女卑なんて時代錯誤だってことを思い知らせてやりましょ!女は女同士で支え合っていけばいいんです!」
「……同意」
「そんなことより、オストリアからの難民、どうします?」
「……ふむ」

先日、宗教国家オストリアは解体された。コキュートスと共にサウザンドオークスを滅ぼそうとしたオストリアはあと一歩のところでヴィンセントを入れ替えることで新大国を成立させるつもりだった。それをジンが独自調査の延長で事実背景を察知し、ゼロとルシュと共に未然に防ぐことになる。暗躍していたグラハム司祭が討たれた後、崩壊しかけたオストリアはサウザンドオークスのベテルイーゼ大王によって、サウザンドオークスと領土が併合された。ヴィンセントを2つ操るなど人類史上初めての歴史的な出来事だった。

ともかく、オストリアの領土はサウザンドオークスと併合されたのだが、先の内戦で特に『貧困地区(スラム)』の町は星の守護者(ガーディアン)カグヅチを封印するため、ヴァムラウート皇帝が水属性最上級魔法オケアノスで湖となってしまった。信仰の対象も指導者も失った彼等は生きる場所を失いさまよい続けた。一部はサウザンドオークスによって保護されたが、大部分はダイダロス新大国に流れてきた。ダイダロス新大国でも十二支教が広く布教されているのも1つの理由だろう。何よりその星の守護者(ガーディアン)を使役するフェイムス獅子王とジンは、歪だったオストリアを救った新たな指導者として導いてくれると切望している。

ただ、問題なのはオストリアという外国人をどこまで受け入れるかということだ。既に5万人もの難民が海を渡ってダイダロス新大国に逃れてきており、国境付近で入国を今か今かと待っている。フェイムス獅子王は6番隊にオストリア難民を収容出来る一時的なベースキャンプを設置することを指示した。私達はその監督・管理を任されている。保護自体は可能だが、入国となると様々な課題が出てくる。例えば……。

『オストリア難民入国反対!オストリア難民入国反対!』
『祖国へ帰れ!ここはお前達の国じゃないぞ!』
『ここは『ガルサルム大国』だ!歴史的な大国だ!お前らのように歴史の浅い奴らが住んでいい場所じゃない!』

……またか。国境付近の難民ベースキャンプに押し寄せているのは『反乱組織(レジスタンス)』。彼等は旧ガルサルム大国を本来の母国として、ダイダロス新大国の成立を認めていない。その多くはかつてガルサルム大国騎士団に所属していた騎士や、フェイムス獅子王から爵位を剥奪された領主や貴族、その思想に賛同する者達の集まりだ。こういった抗議活動自体は問題ではない。だが、一部ではクーデターや反乱を計画している、または他国へ情報を流したりしているという諜報部からの情報がある。無視出来ない組織だ。

「また『反乱組織(レジスタンス)』ですねー。どうします?」
「ほっとく訳にもいかんだろう。規制線を張ってベースキャンプから離すぞ」
「らじゃです」
「……了解」

ミラとルビーは6番隊の部下に指示を出すと、抗議活動を行う『反乱組織(レジスタンス)』をベースキャンプから一定の距離を取るように警告する。『反乱組織(レジスタンス)』は我々に対しても幾らか悪態をついたが、ベースキャンプに滞在しているオストリア難民は彼等を恐れている。その中にはまだ幼い子供もいる。貧困地区(スラム)出身だったためか彼等の身体は随分やせ細っていた。オストリアからダイダロス新大国まで辿り着くだけでも相当辛い道中だった筈だ。だが、彼等の処遇に関してはすぐには決められない。簡単に受け入れる訳にも、拒絶する訳にもいかない。

『裏切り者!ダイダロス新大国の狗共はガルサルム大国への大義を忘れたか!』
『騎士道はどこへ行った!』
『優先すべきは他国民ではなく祖国の民草だろ!』
『王国騎士の面汚し!』

彼等の怒りの矛先がオストリア難民から我々に向き始めた。心無い言葉だ。だが、熱くなってはいけない。心を殺して任務にあたらなければ。こんな非難は慣れている。オストリア難民への注意がこちらに向くのなら、それでいい。

「……今の、取り消しなさい」
『あ?』
「私の隊長のこと馬鹿にした奴、出て来なさいよ!今ここで粛清してあげるわ!さっさと出てこい!殺してやる!」
『な、なんだと!』
「お前らこそダイダロス新大国を受け入れなかった逆賊共だろ!何も出来なかった奴らが今更吠えるな!」
「……弱者、否、敗者」
『ってめぇ!』

ーーそこまでです。

『反乱組織(レジスタンス)』と6番隊がまさに衝突をする直前だった。私が静止をする前に、後ろから声がすると3番隊のジンとサナ殿がオストリア難民ベースキャンプに現れた。そういえば副総隊長は就任後に現場確認のため警邏をすると聞いていた。一触即発だった異様な雰囲気の現場が一気に静まり返った。『反乱組織(レジスタンス)』は副総隊長の登場に困惑している。王位継承権を放棄したとしても、フェイムス獅子王と血縁関係がなくとも、ダイダロス新大国ではフェイムス獅子王の娘という取り扱いなのだ。下手には手を出せない。ましてや『十一枚片翼(イレヴンバック)』の副総隊長。『核(フレア)』の適合者である彼女は間違いなく今のダイダロス新大国の最高戦力。

『……ま、魔女め!』

沈黙を破ったのは、振り絞ったような掠れた『反乱組織(レジスタンス)』の声だった。それに呼応するように他の『反乱組織(レジスタンス)』も徐々に声をあげ始める。自分達の不自由さを、不満を。それはまるで共鳴していくように大きくなり、歪み、黒く染まっていく悪意。自分達の正義を信じて、自分達の信念を信じて、たとえそれがお門違いの事だとしても、自分達は正しいと信じて疑わずに全てを許されると思い上がってしまう正義中毒。わかりやすい攻撃対象を見つけて罰することに悦びを感じる。これは一種の暴走だ。

『魔女め!』
『死ね!悪魔!』
『この国から出ていけ!』
『お前なんかいなければ……』
『『核(フレア)』なんて無ければ』
『お前がこの国を壊したんだ!』
『あぁ、なんて卑しい存在』
『魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女』

それは更に大きく、熱く、黒くなる。『反乱組織(レジスタンス)』の1人がとうとう足元にあった石をサナ殿に投げ付ける。それはサナ殿に衝突する前にジンの亜空間である『無限剛腕(ヘカトンケイル)』へと吸い込まれる。『反乱組織(レジスタンス)』達は虚をつかれたような反応をするが、それを皮切りに他の者も一斉に石を投げ始めた。その石が当たらないことが分かっていても、彼等は自分達の意思を投げるために、信じている自分達の正義を確かめるために。

これはもう制圧の対象だ。抗議活動の度が過ぎている。明らかな犯罪行為だ。私は部下達(石を投げる前から喧嘩を売っていたミラとルビー以外)に事態の沈静化のため制圧の許可を出す。だが、それよりも前にサナ殿が『反乱組織(レジスタンス)』に向かって歩き出してしまう。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』で護っていたジンもその行動は予想外だったようで、すぐに制止に入る。だが、サナ殿は振り返らずにジンに左手を全開にして向けた。それを見るとジンは追いかけるのを辞めて、グッとその場で立ち尽くし唇を強く噛む。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』の射程圏外から出るとサナ殿の肩や額に小さな石が投げつけられる。額を切ったのか、一筋の血がこめかみを沿って流れる。

「……痛いですね」

サナ殿の思わぬ行動に『反乱組織(レジスタンス)』達はたじろく。彼等からすれば、サナ殿は恐ろしい存在だったに違いない。遥かに強く、権威も実力も兼ね備えた国のトップ。そんな適いもしない雲の上の存在が、本気を出せば自分達は一瞬で殺せるような化け物が、自分達の目線まで下がって来てくれているのだから。

「……この痛みは忘れません。だから、貴方達もどうかその傷みを覚えていてください。これは過去と今の私達の痛みです。未来や他の誰かに渡してはいけません。私はいつか貴方達を含めて、皆がこの国にいて良かったと思えるような国を築いていきます。だから、どうか、今日はお引き取りを」

サナ殿は『反乱組織(レジスタンス)』に頭を下げる。額から流れる血は頬を伝って地面にぽつりぽつりと滴る。私達は彼等の行き過ぎた行動を力で制圧することだけを考えていた。しかし、サナ殿は言葉と行動で彼等の熱を下げた。なんて人なんだ。私は黙ってそれを見ているしか出来なかった。

すると、『反乱組織(レジスタンス)』の後方から誰かが人混みをかき分けて出てくる。ウィリアム・ニルヴァーナ。かつてレックス王の直属の副官を務めた元ガルサルム大国騎士団員。私にとっては腹違いの妹だ。

『ひっ……』
『ぐぁっ』
『ウィリアム様っ……お許しを!……がふっ!』

ウィリアムは先程サナ殿に石を命中させた『反乱組織(レジスタンス)』の数人を殴り付けた。元素(エレメント)が込められていたので『衝撃(インパクト)』に近い攻撃だった。それで殴られた者は数m吹き飛ばされた。

「痴れ者が!我々は議論をしなければならないのだ!自分の想いを押し通すために武力行使に出るなど、それはもはや侵略と変わらぬ!」
『……も、申し訳あ……りま……』
「……その点では向こうの方が上だった。貴様らは騎士にあらず。正義を全うするならば筋を通せ。おい」

ウィリアムは私を真っ直ぐ見る。

「此奴らの身柄を引き渡す。煮るなり焼くなり好きにしろ。そして、先の非礼を詫びよう。すまない」
「良いのか」
「構わない。罪には罰だ」
「……」
「……だが、我々の大義は変わらない。ダイダロス新大国など我々は認めない。レックス様が築きあげたガルサルム大国を乗っ取った貴様らが逆賊だ。それに与するエバンスゲート、貴様も戦犯だ」
「……国崩しはレックス王とシュバ隊長が計画されたものだ。ウィリアムもレックス王のメッセージは見ただろう」
「巫山戯るな。『あんなもの』を貴様は信じているのか?」
「何?」

ウィリアムはズンズンと近付き私との距離を詰めて胸ぐらを掴んだ。部下達が今にもウィリアムに飛び掛りそうだったので、私が手をかざして制止する。ウィリアムは顔を近付け、耳元で私にしか聴こえないように話した。

「死人に口なし。英雄アークが現れた以上、『あんなもの』いくらでも創れると思わないか?それすらも英雄アークの筋書きならば?全て『創造(クリエイター)』によって操られていたならば?……だとすれば、十一枚片翼(イレヴンバック)は既に英雄アークの傀儡となっている可能性もあるのではないか?」

……否定、出来なかった。国崩しの際、私はその場にいた訳では無い。駆け付けた頃には、ゼロ、ジン、フェイムス獅子王、人造人間(ホムンクルス)のベアトリクスがいて、ヴィンセント『Garsalm』は『Daedalus』に転換された後だった。その後、旧ガルサルム大国騎士団と十一枚片翼(イレヴンバック)が合流して、事態の収拾にあたった。それまでの事は当事者から聞いただけで、私が実際に見たわけではない。ただ状況と彼等の話が辻褄が合っていたから。レックス王のメッセージがあったから納得した。納得せざるを得なかった。もし、これが本当に十一枚片翼(イレヴンバック)によるクーデターだったなら。それを否定出来る根拠がなかった。全て計画された事で、創られたものだとしたら?……本当に?

「気をつけることだ。今や誰が味方かわからん。エバンスゲート。貴様が今歩んでいる道は、本当にシュバ隊長が目指した道なのか?」

ウィリアムはそれだけ囁くと『反乱組織(レジスタンス)』を引き連れて難民ベースキャンプから離脱した。先程サナ殿に石を投げた者達は、サナ殿の恩赦によって、王族関係者への暴行の罪を不問とされ、足早にウィリアムの後を追いかけた。

ウィリアムの言葉がきっかけで心が揺らぐ。
ただの揺さぶりか?
ウィリアムが?私に?
何か根拠があるのか?
私は、どうすれば良い?
シュバ隊長、私は……。

「大丈夫ですか?」
「あ……、さ、サナ様こそ、お怪我は……」
「嫌だなぁ、『様』なんて。普通に呼び捨てで良いのに」
「い、いえ、王位継承権を放棄したとしても、貴女はフェイムス獅子王の親族。我々とは……」
「私はエバンスゲートさんの同僚のサナです。畏まって対応されるのは苦手なんです。だから、普通に接してください」
「……そうですか。では、サナ殿」
「んー。……まだ距離を感じるなぁ。まぁ、いっか。はい、なんですか?」
「改めて、お怪我は?」
「これくらいへーきです。慣れっこですよ」

サナ殿は笑いながら制服の袖の部分で額を拭う。白いシャツの袖が彼女の血で黒赤く染まる。ジンが慌ててサナ殿に駆け寄る。

「サナさん!俺がいるのに変に無茶するのやめてください!危ないじゃないですか!あぁ、シャツの袖なんかで拭かないでください!今ガーゼ出しますから……」
「えー、上手くいったから良いじゃないですかー」
「そういう問題じゃないです!もう、サナさんだけがわざわざ傷付く必要ないんですよ。自分だけを犠牲にして解決しようとしないでください。もう独りじゃないんですから……」
「……!……うん。……ごめんね。……ありがとう、ジン君」

ジンは『無限剛腕(ヘカトンケイル)』から手頃なガーゼを取り出すとサナ殿の額にあてがった。サナ殿はガーゼを自分の手で抑えながら、治癒魔法をかけ始める。血は止まり、傷も徐々に塞がっていく。彼女の行動は自分を危険に晒したが、結果的に人の心を動かした。どうしてそこまでして……。

「2人は現場の警邏ですか?」
「それもあるんですが、本格的にダイダロスを拠点にするなら1度自分の領土に戻って荷物を取りに行こうと思いまして。その途中でさっきの方々を見つけてしまったので、つい口を挟んでしまいました」
「リーヴ領に?」
「副総隊長になったら中々地元には戻れない気がするので、今のうちに顔を出しておきたいんです」

……そういえば、サナ殿はフェイムス獅子王とどのように出会ったのだろうか。ジンやゼロとの関係も深くは知らない。私は彼等についてまだあまり知らないことに気付いた。サナ殿がどういった経緯でここにいるのか。ジンやゼロとどのように出会ったのか。彼女の人間性を。私は知らない。

私は騎士だ。自分の信じる道は自分で決める。だからこそ、その道に何か疑念があるならば、まずはそれを知らなければならない。それを知らない以上、『反乱組織(レジスタンス)』のように、ウィリアムのように、議論の席にすら立てない。確かめなければ。私の信じる道を。シュバ隊長が築いた道を。その道を私が正しく歩めているかどうかを。

「……それは、私が同行しても宜しいですか?」
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