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ダーヴィッツ

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3章『革命』

シガーライオン

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ダイダロス新大国は岐路に立たされている。

レックスから引き継いだ旧ガルサルム大国をダイダロス新大国に転換(コンバート)して間もなく1年か経つ。神器ヴィンセントの『Daedalus』の扱いにも大分慣れてきたところだ。当初は管理の仕方が分からず、エネルギー消費が激し過ぎて何度も気絶した。王の意識が揺らげば国が揺らぎ、王あるいはヴィンセントが消失すれば、その国は崩壊する。暫くは死に物狂いでヴィンセントの制御を研究したもんだ。数ヶ月もすると、徐々にそのコツを掴んでくる。元々広大だったガルサルム大国の領土をそのまま引き継いだんだ。それを管理するには莫大なエネルギーと集中力が求められた。

エネルギー量の確保はなんとかなった。星の守護者(ガーディアン)ダイダロスだ。元々は前世界の起源種という化け物だが、元素の集合体である『元素核(エレメントコア)』として俺にエネルギーを補給してくれるお陰で、この国を維持する元素(エレメント)を補給する事が出来ている。俺がヴィンセントの所有者である限り、ダイダロスは協力的だ。普段はジンの『無限剛腕(ヘカトンケイル)』の亜空間にいたり、ダイダロス新大国の地中深くをうねりながら徘徊しているので、ジンと俺は戦闘において何度かダイダロスを召喚する場合がある。地属性に特化している星の守護者(ガーディアン)のため、どちらかと言えば防御特化だが、守護者(ガーディアン)の中でも温厚な奴だ。

問題は集中力だ。……『国崩し』以来、色々あり過ぎた。サナの死(いや、結果生きていたが)、盟友レックスの崩御、シュバの死、レイの裏切り、コキュートスの独立、サウザンドオークスとの同盟、オストリアの崩壊。先々代であるグランギューレ王の時代から国政に携わってきたが、まさか自分が王になるなんて思いもせず、ダイダロス新大国の行く末を憂いている。

(……なぁ、レックス。お前なら、どう導いていたんだろうな)

レックスは本来ならば助かってこの玉座に座っていた筈だ。サナから未来のルートは聞いていた。だからこそ、ドン・クラインで『完全回復薬(エリクシール)』を回収したのだ。サナがテラと対峙する前提だったため、幾らか貴重な『完全回復薬(エリクシール)』を消費したが、レックスの不治の病を治すくらいは残していた。シュバもそれが『国崩し』に参加した目的だった。

レックスとシュバは予定通り、ゼロとジンと衝突をして『核(フレア)』をガルサルム大国に呼び寄せた。だが、それはレイの裏切りによって阻まれる。2人はゼロとジンを『核(フレア)』に向かわせるために殿(しんがり)となり、既に先の戦闘でボロボロだったが死力を尽くした。『最強』対『最強』。今思えば、それが『核(フレア)』を呼び寄せたのかもしれない。サナの未来史によればレイの裏切りはそのタイミングでは無く、『もっと後』だったはず。そして英雄アークの登場もイレギュラーなものだった。明らかにサナが通ってきた未来史からズレている。……何処でズレた?

ジンを先に助けたからか?
だが、サウザンドオークスは救われた。

ゼロがベアトリクスと出会ったからか?
しかし、お陰で、新生十一枚片翼(イレヴンバック)を組織出来た。

サナが殿(しんがり)になったからか?
結果論だが、『核(フレア)』の適合者となった。

(暗転しているのか好転しているのか分からねぇ)

正直、頭の中がめちゃくちゃだ。分からない事ばかり。整理出来ない。消化できない。呑み込めない。そして、問題は山積みだ。どれから手をつければいいかがわからん。

「はぁ~……」

一番キツかったのはサナの消息不明。あの時は相当まいった。ダイダロス新大国の建国でやらなければならないことが山の様にあった。だが、心ここに在らずという感じで、公務にまったく身が入らなかった。我ながら情けねぇ。どんな危険も喪失も有り得る旅だった。自分の娘さえ失うかもしるない可能性すら十二分にあった。だが、実際に失うと、俺の世界は瓦解した。

サナはドン・クラインの『執行者(エクスキューショナー)』だ。最終戦争の時に何度か外交の場や戦場で目にした事があった。その当時からサナはジンと一緒にいた。後から聞いた話だが、ジンは英雄アダムの抹殺を当時のクラインから命令されていたらしい。サナはそれの監視。だが、英雄達とぶつかり、議論し、接する内にジンは英雄達と打ち解けてしまった。ドン・クラインでのアイツらの立場は知らないが、サナは相当迷ったと思う。今でこそジンに首ったけだが、『執行者(エクスキューショナー)』として、もしもの事態になればジンを抹殺するように命令されていただろう。当時のサナは今からは想像出来ないほど、……冷徹だったと思う。だが、ジンという存在に出会ってサナの世界観は変わったのだろう。だからこそ、クラインの命令に従うかジンに着いていくかで葛藤をしたそうだ。クラインの命令に背いたジン、そのジンを抹殺出来なかったサナ。結果、2人はドン・クラインを出て世界のために闘うことになる。

最終戦争の後、世界は英雄イヴによって5つに分けられて終戦を迎える。俺とアドラは最終戦争での貢献が認められ『三賢人』として昇格した。活動拠点だったリーヴ領をしばらく離れて、レックスが座する首都のガルサルムに異動になりそうだったので、リーヴ領の海岸を眺めながら歩いていた時だった。

「……は?」

血塗れになったサナが渚に打ち上げられていた。戦後とはいえ、かつての敵対国のしかも『執行者(エクスキューショナー)』。ぶっちゃけ何をしてくるか分からない。意識が戻ると普通に斬られるかもしれない。ドン・クラインの『断罪者(ジャッジメント)』や『執行者(エクスキューショナー)』には仲間が沢山殺された。それくらい緊張状態が長年続いたドン・クラインとガルサルム大国。その『執行者(エクスキューショナー)』を助ける義理があるか?

……関係ねぇ。

気付いた時には打ち上げられていたサナを担ぎ上げて自分の城まで全力で走っていた。城に着くなりアドラに状況を説明すると、すぐに救護班を呼びサナの治療にあたらせた。サナの意識は1週間戻らなかった。一体どんな戦闘をすればここまでになっちまうんだ。こんな、まだ若い少女に……。

アドラはそれから暫く、首都ガルサルムで公務を終えてはリーヴ領に戻ったりを繰り返した。途中で、それがまどろっこしくなり、アドラはとうとう仕事を俺に押し付けてサナの傍を離れなくなった。俺も激務をこなしつつ(ほとんどがアドラの分だが)、折を見てリーヴ領に戻る生活を繰り返した。サナは意識が戻ったが、まるで生気が無かった。こちらが話しかけても、食事を出しても、まるで死んでいるように反応がなかった。点滴でなんとか生きながらえていたが、それもいつまでも続かないことは俺もアドラも分かっていた。

ある日、アドラがいつものように食事をサナに出した時、サナはその食事をわざと床に落とした。俺が駆け付けるとサナは涙を流しながら「どうして死なせてくれないのですか?」と初めて喋った。第一声がそれかよ、とも思った。

「……お願いします。もう、死なせてください」
「……死にたいのかよ」
「……はい」
「なんで?」
「……私の、世界はもう終わりました。もう、護るべき彼はいない……。もう、……どこにも……いないんです」

細くなったサナの身体は震えていた。その身体をアドラが優しく抱き締める。サナは一瞬戸惑って、「離してっ」と、アドラの腕の中で必死に振りほどこうと暴れ出すが、しばらく何も食べてない、ましてや、重症の身体では振りほどけるわけもなく、息を乱し涙を流しながら、抵抗することをやめた。

「……どうしてっ、ねぇ、どうしてぇ……?」
「……私が貴方に生きて欲しいからよ」

アドラはサナの背中を優しくさする。サナの眼からは更に涙が溢れてくる。そして大声で泣き叫ぶ。暴れようが、言葉にならない声を出そうが、アドラはサナを離さなかった。

(……まだ泣けるじゃねぇか)

それからもしばらくアドラはサナの世話をし続けた。俺に出来ることは、サナの生活に必要な物資を届けることや生活しやすい環境を手配するくらいしか出来なかった。首都のガルサルムに戻っても山積みの公務。気付いたら俺も、1週間の量を3日で終わらせて、急いでリーヴ領に戻る生活を繰り返していた。『執行者(エクスキューショナー)』であるサナの存在はガルサルム大国にも報告していない。バレると色々と面倒だったからだ。それに、今はこの3人の時間を大切にしたかった。密かにサナを匿う生活はしばらく続く。

ある日、サナはとうとう食事を口にした。それを見たアドラは密かに泣いていた。俺も内心は安心というより、あれほど死にたがっていたサナが生きようとしている姿を見て嬉しかった。サナがアドラに根負けしたら瞬間である。そんな俺達を見てサナも泣く。泣きながら食べる。生きるとはそういうことだ。しばらくの間何も食べなかったサナの胃はかなり萎んでいた。少しずつ食事の量を増やしてはいったが、何回かに1回は吐いてしまった。それでも、サナは食べ、アドラは待ち、俺は見守った。ある程度食べられるようになるまで数ヶ月かかった。

今度は身体の筋肉を再び動かすリハビリが始まった。当時は歩くことすらままならないほど衰弱していた。最初は部屋の中を歩く練習から始まった。アドラと俺はサナを支えながら、1歩、また1歩と踏み出すのを待った。その距離は着実に伸びていった。1年が過ぎた頃、サナはついに自分の力だけで歩けるまで回復した。

最終戦争から戦後1年を迎え、いよいよ俺達は三賢人として首都ガルサルムに拠点を移さなければならない時期になっていた。まぁ1年の間、無理言って首都とリーヴ領の行き来を許されていたのは正直助かった(その分の仕事はしてきたからな)。だが、立場上これ以上リーヴ領に留まることは難しそうだった。だから、俺はアドラに提案した。

「サナを養子に迎えないか?」
「そうしよう」

ふたつ返事だった。俺達に子供はいなかった。だからこそアドラは我が子のようにサナに愛情を注いだのだろう。正直、そうした方が俺達3人の時間はまだ続けられたから都合が良かった。サナの経歴はいくらでも改竄出来る。なんせ2人とも三賢人だからな。俺達にとって、サナはいつの間にか大きな存在になっていたのだ。

「……私が……いいんですか?」
「あぁ、サナさえ良かったら」
「……私、ずっと、親がいなかったんです。だから、……はい。……嬉しいです」
「……」
「……お、お、お母さん、……お、お父……さん」

その時も3人で泣いたのを覚えている。歳をとると涙腺が弱くなるって本当なんだな。俺達は公務をササッと終わらせて急いでサナの待つリーヴ領に帰る生活を繰り返した。サナを独りにしないように時には交代しながら。サナは軽い運動を出来るようにまで回復していた。

(……アイツはもう、闘わなくていいんだよな?)

戦後、ガルサルム大国は確かに平和が訪れていた。ガルサルム大国騎士団をレックスとシュバが先導したが、星の守護者(ガーディアン)バルトロの征伐以外は大きな争いはなかった(イグザ帝国は除く)。俺達はサナの回復と成長を喜んだ。この生活がいつまでも続くと思っていた。

「お父さん、お母さん、驚かないで聞いて欲しいです。今、私は未来から来ました」

サナが来て2年が経った。サナは今年で20歳になる。そんな愛でたい折、サナは急に大人になったように話し始めた。これが未来でサナが『時間制御(クロノス)』を発動して過去にサナの記憶をアップロードした瞬間だった。

サナの口からこれから起こり得る未来史の話だった。レックスの寿命。ガルサルム大国の存続に関しては国の中でもトップシークレットだった。だから、サナが知るはずがない。それらを鑑みるとサナの言葉は信憑性が増した。

ゼロという宿命を背負った青年。サナが失ったと思っていたジンが生きていたこと。人造人間(ホムンクルス)の製造。サウザンドオークスの崩落。ギュンターによる革命。ユグドラシルの植樹。オストリアの生贄。イグザ帝国の世界征服。英雄コンラッドの暴走。ドン・クラインの領域完成。『第4世界(フォース)』の崩壊。神の帰還。世界を滅ぼす3つの『業(カルマ)』の存在。人類がやがて行き着く最終到達地点(やくそくされたばしょ)。そして、創造主による大焼却の前に英雄ベガによって過去に飛ばされたということ。

スケールがデカすぎて言葉が出なかった。サナが言う未来史が事実だとすれば、この国、いや、この星すらも滅んでしまう。そんなことになれば、またこの娘は……傷つかなくてはならない。

「……それは、どうしてもサナがしなくちゃ駄目なのか?」

俺は、逃げるように聞いた。もう、いいじゃねぇか。この国が、この世界が、この星が終わろうとしているなら、ほっとけよ。そんなことより、また3人で出掛けよう。俺達だけいればいいじゃねぇか。そう、俺達だけの世界なら……。

「はい」

サナは真っ直ぐに俺を見た。その眼は、一体何を見てきたのか。どれだけの、どれほどの地獄を見てきたらそんな眼になるのか。そんなになるまでお前は誰を護ろうというのか。だってよ、護れる人間の数なんて決まっているじゃねぇか。

(俺の世界なんざ、サナとアドラさえ居ればそれで完成するんだけどな……)

俺はサナとアドラの腕を引き寄せて抱き締める。そうさ。俺にはこの2人がいなきゃ駄目なんだよ。戦闘力と権力と頭がそこそこある俺には出来ることが限られている。それでも。この娘が、そうしたいと決めたなら。俺は助けなければならない。俺はサナの父親だ。これが愛じゃなけりゃ、なんなんだよ。

俺は今、ダイダロス新大国の玉座に座りながら、あの時の事をふと思い出す。

「あぁ……煙草吸いてぇ……」

何はともあれ、色々あったがサナがまた無事でいてくれることに安堵している。『核(フレア)』を引っさげてきたのも予想外だったが、元気でいるならなんでもいい。

『王よ!ご息女の見合い相手に我が息子はいかがでしょう。文武両道。博識で金もあります!』
『王よ!『核(フレア)』の研究をさせて頂けないでしょうか。未知のエネルギー集合体。英雄イヴの忘れ形見。是非、未来のために!』
『王よ!サナ様は……』

これは想定内だったが、上手く取り入ってサナを利用しようと躍起になっている貴族や領主共が想像以上にウザいな。明らかに下心が丸出しじゃねぇか。お前らに話をさせるほど、俺の娘は安くない。次に来たらダイダロスに喰って貰おう。それにしても、先の『核(フレア)』お披露目でサナと『核(フレア)』の存在が公になっちまった。いや、それが狙いではあったが、父親としては悪い虫が付くのが1番心配だ。俺がダイダロス新大国の獅子王になったんだから、王女にでもなってしまえば色々と箔が付くし、五月蝿い虫達からも守ってやれると思ったんだがなぁ……。サナにはあっさり断られてしまった。

いや、サナの傍には常にジンがいる。アレも元『執行者(エクスキューショナー)』。サナに近づく奴には俺より容赦しないだろう。サナの『核(フレア)』も何故かジンの傍では安定する。ジンはサナを護り、サナはジンを護る。それに、サナがずっと捜していた存在がジンだ。アイツらは最終戦争と国崩しで2回離れ離れになったんだ。……なんだかんだ運命はアイツらの味方をしているのかもしれない。

いや、だからと言ってジンにサナをやるのはまた話が別だからな。お父さんまだ心の準備が出来てないからな。……なんだか子離れ出来ない親みたいだな。

(……まぁ、せいぜい2人で生きてみろ。俺とゼロとアドラが、お前らの周りに来る全ての障害を寄せ付けないからな)

王室に来た貴族共を全員追い出すと「はぁ」と溜め息を吐く。ダイダロス新大国の目下の課題はコキュートスだったんだが、それ以上の難題がいくつか出て来た。

ヴィンセントを操れば大抵のインフラ設備は人手を借りずとも星の守護者(ガーディアン)ダイダロスの恩恵で造れるようになった。ダム、道路、住宅街、商業施設、学校、電波塔、ゴミ処理場、病院など。国民の生活を支えるものは大体造ってきた。旧ガルサルム大国よりもヴィンセントのスペックが高いからか、まだまだ領土を拡大することは可能だ。

だが、国民が3億人ほどを超え始めると国を安定してコントロール出来ないことが分かってきた。ダイダロス新大国の維持は不安定だ。『第1世界(ファースト)』で最大の国土を誇る我が国はあまりに広過ぎる。王の権威やカリスマ性、治安維持組織『十一枚片翼(イレヴンバック)』や律法だけでは全土を十分に管理掌握することは不可能だということをこの1年で痛感した。王という主権の名のもとに全ての国民が集う訳ではない。レイシズムや絶対王政など1部の独裁政治を行えばそれが叶うかもしれないが、それは俺の本意ではない。

実際、旧ガルサルム大国を尊重する一派『反乱組織(レジスタンス)』のような組織が形成されている。ダイダロス新大国を国内から打倒しようとする者が出て来たのは、少なからず今の国政に不満を抱いているからだろう。不満を持てるのはある意味自由度の高い国の表れでもある。だが、問題はそこじゃない。国土が広過ぎて、そういった動きを最近は監視出来なくなって来ている。現在の首都ダイダロスに王都と十一枚片翼(イレヴンバック)の本部は位置している。各地にも支部は配置しているが、まだ全国には至っていない。

(……主要都市を増設する必要があるかもな)

俺はやがて、『副王』と呼ばれる位を新設して4人の領主と貴族をこの位に推薦した。金に汚いような奴らではなく、旧ガルサルム大国時代から信頼の厚い者達だ。

西の都『ニブルヘイム』にガルサルム大国騎士団の歴代団長を務めてきたニルヴァーナ家よりウィリアム。『反乱組織(レジスタンス)』のリーダー格である事は知っているが、旧ガルサルム大国への愛国心といいニルヴァーナ家特有の騎士道といい、反骨精神もあって、こんな器を持ったやつを単なる抗議活動だけをさせるには惜しかった。当初は猛反発されたが、『副王』に誘う時に言ってやった。「そんなに俺の国に不満があるなら自分でやってみろ」と。『反乱組織(レジスタンス)』にはデモをさせるより、自分達の領土とある程度の権力を与えた方がかえって不満も燻らないだろう。それでも旧ガルサルム大国への回帰を願うなら好きにやってみればいいさ。だが、協力はしてもらう。

北の都『ルインクラフト』には旧ガルサルム大国時代から大手運営商会(ギルド)を運営してきた領主バレンタイン。したたかなオカマ……いや、野郎だが、かつてのガルサルム大国騎士団にも武器や馬の搬入をしていた国家クラスのビジネス組織を束ねる奴だ。サウザンドオークスや、あの鎖国国家大和とも交易路が確立された今、こんな美味い話に乗らない理由がない。数年間の市場の斡旋許可と独占禁止法の緩和をする代わりに、中小組織への下請け課業の斡旋を条件とした。空港も港もある。輸出入の中心拠点にしたい。昨今は休耕地の土壌が悪くなり、食料自給率が低迷している。加えて主要な農作物の稲などが今年はいもち病にやられた所も多かった。野菜も水不足で不作が続いた。サウザンドオークスなどの輸入に頼らなければ、オストリアの難民はおろか、自国民すら護れない。しかし、だからと言ってすぐには土壌の回復は見込めない。今年いっぱいは輸入品に依存しつつ、農地の回復と品種改良が目標だ。

南の都『アルタイル』には8番隊のアッシュをそのまま支部長と兼任で『副王』に任命した。いずれ来る要塞化したコキュートスとの決戦は、彼国が南方に位置しているため、ダイダロスの南部が決戦の地となるだろう。そのために南側の軍備は強固なものにしておきたい。それに、元イグザ帝国に所属していたアッシュの戦闘訓練や軍略には見張るものがある。騎士団と軍とでは戦闘方法も武器も統率力も異なる。十一枚片翼(イレヴンバック)も軍として訓練した方が良さそうだ。隊長格が出張っても最終的には兵士の基礎力や平均値で差が出るのが戦争ってもんだ。

東の都『アトラス』には俺の腹心であるセバスチャンを配置した。貴族の中でも俺が唯一王の器があると思う程の人格者だ。人心掌握が巧みで、三賢人の時代から俺と思想が似ているからなのかウマが合うんだよなぁ。実際、俺が王になってからも献身的に尽くしてくれている。かつてのレックスと俺のように。それに東にはリーヴ領がある。奴隷解放運動で救った者。オストリアからの難民。庇護の対象である彼等を任せられるのはアイツしかいない。『アトラス』はやがて第2の首都にする予定だ。『万が一』の時に備えてな。

十一枚片翼(イレヴンバック)の支部の設置。都市の運営。行政管理。経済の循環。他国からの防衛。社会的弱者への人道的な支援。『副王』の役割はおおまかには以上だ。主権は俺である事には変わりなく、万が一『副王』の暴走があった場合に際して、俺と『元老院』の採択無しには越権行為は許可していない。愛国心、信条、理想、忠義。はてさて、上手く機能してくれるかね。

あとは、サウザンドオークスとのワイマール同盟だ。長い条文だが、要は『お互いが戦時、困窮時には支援し合うこと』『背徳せず両国が人道的な行為を尽くすこと』『相国が崩壊した際には無条件で彼国のヴィンセントを引き継ぎ、領土を再回復すること』ということだ。べテルイーゼ大王のおっさんからの共同戦線依頼。現に十一枚片翼(イレヴンバック)4番隊のシキを向こうの警備にあたらせているし、サウザンドオークスからも『樫の木(オークス)』とかいう部隊がこちらと共同警備をするために近々ダイダロス新大国に来るらしい。人造機械(ゴーレム)に加えて最新の飛空艇なども提供してくれるそうだ。

問題は『有事の際は無条件でヴィンセントを譲渡する』という箇所。やはり、べテルイーゼ大王はやがてダイダロス新大国すらも呑み込むつもりなのか?オストリアもその過程で獲得したとしたら末恐ろしいおっさんだぜ。

もし、万が一その逆が有り得たら。あのおっさんのことだ、そんな可能性は限りなくゼロに近いと思うが、べテルイーゼ大王が討たれるようなことがあれば、俺がサウザンドオークスとオストリアのヴィンセントを引き継がなければならない。そうなるとヴィンセントを3つ背負う事になる。それは恐らく、べテルイーゼ大王ならば出来るだろうさ。だが、俺はダイダロス新大国を維持するだけで精一杯だ。そういう展開になるのもゼロではない。

そうなると、コキュートスの打倒が急務だ。いつまた英雄アークが現れるか分からない。人造人間(ホムンクルス)の製造もどこまで進んでいるんだか。あの国に居住している国民達はどんな生活をしているのか。食料の確保は?軍の形態は?要塞化して空中に浮遊しているコキュートスの情報が乏しい。

なんにせよ、サウザンドオークスと1度軍会議を行わなければならないだろう。ゼロを『総隊長』から『元帥』という役職にして十一枚片翼(イレヴンバック)の全ての指揮権とサウザンドオークスとの共同戦線を任せた。

「……」

いつもの癖で胸元から煙草を探す。獅子王になってから禁煙中だということを空を掴んでようやく気付く。十二分に来たるべく何かに準備はしている。目の前の課題にも対応している。不満にも応えている。だが、見えない不安に焦燥感が消える事はない。サナから聞いた未来史を知ってもなお落ち着かない。俺は、案外小さい男かもしれない。

「はぁ~……」

カチッ。という音がする。音がする方を見るとアドラが煙草を咥えてライターで火を付けるところだった。

「何回目の溜め息だ」
「あっ、てめっ、俺が禁煙中だってのに!」
「……私が吸わない理由にはならないでしょう」

ふぅーっとアドラは何も無い空間に煙を吐く。懐かしい煙のにおいがする。あぁ、良いなあ。吸いてぇ。俺はその副流煙を吸うと、その残り香に無性に煙草を吸いたくなる。気付けば右足が貧乏ゆすりし始める。

「吸えばいいじゃない。獅子王が煙草を吸ってはならないという法もないだろう」
「……いや、これはケジメであり決意の表れだ。獅子王に着く前に最後の1本を吸っちまったからな。アレ以降はこの国を死ぬまで支えると誓った。それまでは吸わねぇよ」
「……難儀な奴だ」
「!」

アドラに胸ぐらを掴まれ引き寄せられるようにキスをされる。煙草の匂い以外にアドラの甘い香りがした。1秒ほどの短いキスで、口が離れた後にアドラは自分が吸っていた煙草を俺の口に添えた。

「王様だってたまにはサボっていいんだぞ」

そう言うとアドラは王室から去っていった。ぽかんとしながら人差し指と中指で貰った煙草を挟む。口で吸い込み肺に行き渡らせてから思いっきり口から吐き出す。

「うめぇ……」

煙草をふかしながら俺は天を仰ぐ。アドラのおかげで自分が急ぎすぎて視野が狭くなっていたことに気付いた。自分の時間ってやっぱり必要なんだなぁ。煙草をふとみると、アドラの口紅が微かに付着していた。これがホントのシガーキスってか。思わずにやけてしまう。

「あ~、好きだわ」

俺はくっくっくっと独り笑い。
煙草をやめることをやめた。
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