24 / 37
23.公爵令嬢4
しおりを挟む“僭越ながら申し上げます。
フリッツ殿下との婚約は私が生まれた時からのお約束でしたが、それが数刻前にフリッツ殿下ご自身から私情を交えた婚約破棄を一方的に宣言されたよしにございます。
かねてよりミリー・デル男爵令嬢と懇意にされていらした数多の男性陣によって公の場での誹謗中傷の数々、高位貴族の子息とは思えぬ行動の旨をここに書き記しておきます。
陛下並びに首脳陣に無断で私にありもしない罪を被せて地下牢行きを言い渡した背景を是非ともお調べくださいませ。
男爵令嬢と「真実の愛」で結ばれることをお望みのフリッツ殿下ですが、かの令嬢の「真実の愛」のお相手は残念ながらフリッツ殿下お一人ではございません。
常々、男爵令嬢は博愛精神に溢れる女性なのだと、私も彼女を見習うようにフリッツ殿下方から助言を受けていたのですが、申し訳ございませんが、仮にも筆頭公爵家の娘である私には理解しがたい行為でございました。
ですが、大勢の殿方に平等に愛を与える事が出来る男爵令嬢をお選びになられたフリッツ殿下は男性として途轍もない大器でございます。
血を重んじ、公に生きる私には、規律や慣習を軽んじて乱すフリッツ殿下のお気持ちに寄り添うことは終ぞ出来ませんでした。
貴族の若き子息、御令嬢方が私を「堅物の人間」と呼ぶように、本当に私は「つまらない存在」なのです。
人間の本能に忠実な方々とは相容れないことでしょう。感情の起伏が激し過ぎる学園在籍の学生達との輪にも中々入ることが出来なかったほどでございます。
私のような合理的で秩序を大事と考える人間は、自由意志と理性なき感情論を振りかざす我が国の貴族子弟方にとっては、不快しか感じさせなかったことでしょう。
貴族として、王族として生まれ、今の今まで生きてきました私には理解出来ないことでございますが、この国の将来を担う者達が、法なき無秩序の社会を望み、そのような国王陛下と王妃陛下を望んでいたとは露知らず、数々の苦言を、フリッツ殿下を始めとした、皆様にお伝えしてきたことをここでお詫び申し上げます。”
懐かしいものが出てきたので、ついつい、読みふけってしまったわ。
昔の遺書を。
これは遺書であって遺書ではありませんからね。
事実しか告げていませんが、やっぱり若かったのでしょう。
文章が拙すぎます。
ひねりが全くありませんもの。
馬鹿正直に書き過ぎましたわ。
今ならもっと気の利いた悲壮感溢れる文章が出来た事でしょう。
毒を呷って誇り高く死のうとした王族、と私を揶揄する人々もいますけれど、事実はそうではありません。
あの日、飲み干した液体は毒ではなく一時的に仮死状態に近い状態にする薬だったのですもの。
もっとも、帝国の皇室にのみ伝わる秘伝の薬ですから、王国の者達が分からなかったのも無理ない事ですけれどね。医者に診せても「生死の境をさまよっている」という判断しか出来なかったはずです。
そうしなければ、私は今ここにはいられませんでしたもの。緊急の事態だったのですから仕方ありませんわ。
王家の秘密も闇も知り尽くした他国の皇族の血を引く公爵令嬢の存在は思っている以上に危ういものだったのです。
基本、王国は帝国に対して感謝して従順ではありましたが、内心では邪魔に思っていた事でしょう。平和になった今、帝国の存在が目障りになったといっても過言ではありません。帝国側にいるせいで自由貿易が出来ない事も理由の一つでしょうしね。
王国としては戦争の危機がなくなったならば、交易を更に増やして外資獲得に精を出したかった事でしょう。その考えの前に帝国という重しがある以上迂闊に動けない、というジレンマがあったはずです。
貴族の中には味方のふりをした敵。そんな存在なんて、そこかしこにいました。
本当に危なかったですわ。
騒動に乗じて始末されては敵いません。
地下牢に入れられ、看守たちによってこの身を汚され尽くされた挙句、身籠ってしまえば、あの宰相のことです。「王太子殿下を裏切って他の男の子供を身籠った」と言い出しかねません。
帝国を甘く見すぎていますわ。
平和ボケもここまでくれば感心します。
私の消息が不明になった段階で帝国軍がなだれ込んでくるとは考えなかったのでしょうか?
御自慢の三枚舌でなんとかなると思っていたようですが、それは無理というものです。外交手腕は確かですけれど、国家暴力装置の前には風前の灯火ですわ。
「アレクサンドラ様、どちらにいらっしゃるのですか?」
あらあら、ララが呼んでいますわ。
今日は息子の晴れの舞台ですもの。
母親の私が遅れるわけには参りませんわ。
息子は今日から『公王』になるのですから。
これで最初の約束通り、帝国の血を引く正当な王の誕生です。
ふふふ。国ごと変えてしまう事になるなんて当時は誰も思わなかったでしょうね。
契約違反のツケは重いとこれから嫌というほど王国貴族たちは理解するでしょう。
まだ、始まったばかりですわ。
1,401
あなたにおすすめの小説
【完結】高嶺の花がいなくなった日。
紺
恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。
清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。
婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。
※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
はっきり言ってカケラも興味はございません
みおな
恋愛
私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。
病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。
まぁ、好きになさればよろしいわ。
私には関係ないことですから。
年上令嬢の三歳差は致命傷になりかねない...婚約者が侍女と駆け落ちしまして。
恋せよ恋
恋愛
婚約者が、侍女と駆け落ちした。
知らせを受けた瞬間、胸の奥がひやりと冷えたが——
涙は出なかった。
十八歳のアナベル伯爵令嬢は、静かにティーカップを置いた。
元々愛情などなかった婚約だ。
裏切られた悔しさより、ただ呆れが勝っていた。
だが、新たに結ばれた婚約は......。
彼の名はオーランド。元婚約者アルバートの弟で、
学院一の美形と噂される少年だった。
三歳年下の彼に胸の奥がふわりと揺れる。
その後、駆け落ちしたはずのアルバートが戻ってきて言い放った。
「やり直したいんだ。……アナベル、俺を許してくれ」
自分の都合で裏切り、勝手に戻ってくる男。
そして、誰より一途で誠実に愛を告げる年下の弟君。
アナベルの答えは決まっていた。
わたしの婚約者は——あなたよ。
“おばさん”と笑われても構わない。
この恋は、誰にも譲らない。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる