後宮の右筆妃

つくも茄子

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第一章

43.混乱の後宮

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 事の始まりは、内侍省の手伝い……長官である包青に後宮内での記録を書き記して欲しいと言う依頼からだった。

『青、これを?』 

 私は目の前で疲れた顔で筆を走らせる青に、渡された紙を見るなりそう問いかける。
 それは後宮の妃嬪たちの名前と年齢、そして生年月日から始まり日々の行動やら何からまで、全てを記した紙の束であった。

 これを私も書くの?
 妃達の言動を? 
 え?
 良いの?

 正直言えば気が重い。
 何故ならば私も後宮の女なのだから。しかも、この紙に書かれた内容を確認すると明らかに内情が書かれていて……。
 
 『これ、私が見てもいいものなの?』
 
 こんな事が他の人に……というよりも後宮の者に見付かったりすれば不味いのではないかしら?
 一応、私も皇帝の妃。
 他の妃たちの情報をこういった形で得るのはどうなのかと思うのだけど、その辺りが心配になった。青の顔色を窺う限りではその様な気配は一切無いようだ。寧ろ、そんな私の心配など知らぬように平然としていて、ただ溜息混じりで筆を動かしていた。そして一言。
 
 『大丈夫だ。杏樹は“女官”でもある。ただの妃とは訳が違うからな。それに……の許可を取ってある』
 『…………そう』

 つまり陛下は知っているってことね。……じゃあ、仕方がないわよね。でもね、青。私の「妃兼女官」という設定を覚えているのって、皇帝陛下と姉上を除けば貴男だけよ、きっと……。
 
 こうして私は、とりあえず言われた通りの仕事をこなす為に、まず名前の確認から始めたのだった。
 一通り全ての確認を終え、後はひたすら筆を走らせていくだけの単純な作業を繰り返していると、やがて夕刻近くになり、気付けば部屋の中には日差しが射し込んできていた。

『ふぅっ……』

 一息吐いて腕を上げ、固まってしまった身体を伸ばしていると扉を叩く音がした。振り返ると青が立っていたのだ。どうやらもう仕事が終わったらしい。流石、長官だけあって仕事が早いのだろう。


『お疲れ』

『青も……お疲れ様』

 互いに苦笑し合う他なかった。
 なにしろ、内容が内容だったから。

『後宮の妃たちにも困ったもんだ』

『妃たちも必死なんでしょう』

『にしても、こうも……しつこいとはな』

 辟易する青の態度も理解できる。
 今、後宮は混乱の真っただ中。

 今回の国家試験に対する新たな取り組み。
 この制度は、後宮にも多大な影響を与えていた。

 それというのも不正合格者を身内に持つ妃が多かった事が混乱の理由だった。親兄弟、引いては親族の誰かが職を追われていく。または、閑職に飛ばされる。そういった事実を知った彼女らの心境を考えると想像を絶するものがあることだけは間違いないだろう……。そして、それを黙って見ているだけの彼女達ではなかったのだ。当然、彼女たちは自身の兄弟、或いは甥のために奔走した。皇帝陛下に陳情に行った妃もいたらしい。ただ、それは無駄に終わったけれど……。

 皇帝と親族の板挟みの中で精神に異常をきたす妃や、自暴自棄になる妃が続出した結果が現状を招いたと言ってもいいかもしれない。それも致し方ない事だった。誰だって自分の大切な人を守りたいものだから。とはいえども、試験の合格率が低いのもまた事実。だから青としては頭を抱えるばかりなのだそうだ。それでも改革の手を止める訳にはいかない。

『妃達の件、陛下に考えがあるようだ』

『……考え?』

『ああ、密かに動いている。朝儀で話されるはずだ』

 そうなの? 
 何かしら? 
 青の話によれば、後宮内の混乱を一気に片付ける良い案だそうだけど……。一体何を考えているのかは、私には見当がつかないのであった。


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