愛のかたち

凛子

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 今夜もやはり『いとう家』の暖簾をくぐる。

「いらっしゃい」

 カウンターの向こうから、健太が笑顔で迎えてくれた。
「こんばんは」と挨拶してカウンター席に腰を下ろすと、「生ビールとウーロン茶でいい?」と聞かれ、二人は頷く。
『本日のおすすめ』から数品注文してから「お疲れ様」と言って、彩華は笑顔で翔とグラスを合わせた。

「今日の晩飯は何だった?」

 ジョッキの半分以上を一気に流し込んだ後、翔が彩華に尋ねた。

「今日はチキンカツの予定だったんだよ」
「マジか……食ってから来れば良かったな」

 そう言って残念そうな表情を見せた翔を可愛いと思ってしまう彩華は、未だに翔にベタ惚れだった。

「ふふ、翔ちゃんの大好物だもんね。明日カツサンドにするから持っていってね」

 彩華がそう返すと、翔は口角を少し上げた。今日は気分がいいのか、翔のジョッキがハイペースで空になり、彩華は少し心配した。

「ご夫婦ですか?」

 隣に座っていた中年の男性が翔に声を掛けた。
「ああ、はい」と答えた翔に、「新婚さんですか?」と重ねて尋ねた。

「いえいえ。えーっと……もう十年になるかな」

 翔が確かめるように彩華に目を向けた。

「はい。十年です」

 翔に代わって彩華が笑顔で答える。

「へえ、仲がよろしいんですねえ」
「いえいえ。だって仲がいい時にしか一緒に出掛けないですからね」

 男性からの褒め言葉に謙遜するように翔が返す。

「いやいや。うちなんて女房と一緒に出掛けたって会話が続かなくて間が持たないよ」
「そんなのどこも似たり寄ったりですよ。でもまあ、うちのやつは見た目がなかなかいいし、会話がなくても観賞用としては悪くないだろうってね」

 そう言った翔は、彩華を見てにやりと笑う。

「翔ちゃん、それってどういう意味?」

 彩華が首を傾げると、常連客から笑いが起こった。
 そろそろ翔のエンジンが掛かり始めたようだ。カウンター越しにこちらに目を向ける健太もそんな顔をしていた。
 ふざけているのか本気なのかは知らないが、いつものことで彩華も特に気にはしていない。自分相手になら別に何を言おうが構わないと思っていた。他の客に絡むよりはましだ、と。
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