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「綺麗な奥さん羨ましいですよ」
カウンターの端に座っていた「野上」と名乗る男が口を開いた。
翔は「白藤といいます」と返してから続けた。
「見た目だけですよ。社会に出たらうちのやつなんて通用しないですから」
そう言うと彩華に目を遣り、「お前何もできねぇもんな」と微笑を浮かべた。
彩華は唇を少し尖らせた。
「お前なぁ、そんなこと言ってたら罰当たるぞ。毎朝弁当持たせてもらって、温かい飯作ってお前の帰りを待っててくれんだろ? 毎日パリッとアイロンがかかったシャツ用意してくれて、お前の靴なんていつもピカピカだ。お前がお前らしく生活送れてるのは、全部彩ちゃんのお陰だろ」
手際よく皿に盛り付けた刺身をカウンター越しに翔へ手渡した健太は、呆れたような、少し怒りのこもったような口調でそう言った。
「そんなの専業主婦だから当たり前だろ」
そう言い放った翔は、今度は野上からも反感を買った。
「当たり前じゃないですよ。夫婦であっても、感謝の気持ちを忘れたら絶対に駄目ですよ」
野上の言葉に先程の中年の男性も同意したが、翔が言うのも間違いではないのかもしれない。
確かに自分は何も出来ない、と彩華は思う。今まで外で働いたことは一度もなかった。特にやりたいこともなく、とりあえず行った短大を卒業後は、両親が営む洋食店の手伝いをしていた。けれど、夢がなかったわけではない。
彩華の夢は『お嫁さん』だった。
幼稚園児が想像するような、可愛いウエディングドレスを着たお姫様的な意味のお嫁さんではもちろんなく、真剣に、大好きな人のお嫁さんになることだった。
幼い頃から、仲の良い幸せそうな両親を見ていて、それが当たり前だと思っていた彩華だったが、思春期に親友二人の両親が立て続けに離婚した時、当たり前だと思っていたことが、当たり前ではないことに気付かされた。
自分は両親のように幸せな家庭を築きたい――そう心から思えた瞬間だった。
そしてその夢は叶い、二十三歳の時、白藤翔の妻となった。
翔は、洋食店に通う常連客だった。
カウンターの端に座っていた「野上」と名乗る男が口を開いた。
翔は「白藤といいます」と返してから続けた。
「見た目だけですよ。社会に出たらうちのやつなんて通用しないですから」
そう言うと彩華に目を遣り、「お前何もできねぇもんな」と微笑を浮かべた。
彩華は唇を少し尖らせた。
「お前なぁ、そんなこと言ってたら罰当たるぞ。毎朝弁当持たせてもらって、温かい飯作ってお前の帰りを待っててくれんだろ? 毎日パリッとアイロンがかかったシャツ用意してくれて、お前の靴なんていつもピカピカだ。お前がお前らしく生活送れてるのは、全部彩ちゃんのお陰だろ」
手際よく皿に盛り付けた刺身をカウンター越しに翔へ手渡した健太は、呆れたような、少し怒りのこもったような口調でそう言った。
「そんなの専業主婦だから当たり前だろ」
そう言い放った翔は、今度は野上からも反感を買った。
「当たり前じゃないですよ。夫婦であっても、感謝の気持ちを忘れたら絶対に駄目ですよ」
野上の言葉に先程の中年の男性も同意したが、翔が言うのも間違いではないのかもしれない。
確かに自分は何も出来ない、と彩華は思う。今まで外で働いたことは一度もなかった。特にやりたいこともなく、とりあえず行った短大を卒業後は、両親が営む洋食店の手伝いをしていた。けれど、夢がなかったわけではない。
彩華の夢は『お嫁さん』だった。
幼稚園児が想像するような、可愛いウエディングドレスを着たお姫様的な意味のお嫁さんではもちろんなく、真剣に、大好きな人のお嫁さんになることだった。
幼い頃から、仲の良い幸せそうな両親を見ていて、それが当たり前だと思っていた彩華だったが、思春期に親友二人の両親が立て続けに離婚した時、当たり前だと思っていたことが、当たり前ではないことに気付かされた。
自分は両親のように幸せな家庭を築きたい――そう心から思えた瞬間だった。
そしてその夢は叶い、二十三歳の時、白藤翔の妻となった。
翔は、洋食店に通う常連客だった。
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