オールスパイス

凛子

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 午前九時。今日も彼がやってきた。
 そして菜々子の視界に入る席に着いてコーヒーを啜っている。

 長身で手足が長く、髭とマンバンヘアが目を惹く。エスニックなファッションは、そんな彼にとてもよく似合っていて、独特なオーラを放っている。どこかのショップ店員だろうか。
 不意に天井を見上げたかと思うと、何か思い付いたような表情をして、ポケットから取り出したメモ帳に書き込む彼の姿を、菜々子は何度も目にしたことがあった。
 もしかするとあれはネタ帳で、彼は芸人なのかもしれない――なんて思ったこともある。

 今日はやけに目が合うと感じるのは、菜々子が彼を見すぎているせいだろうか。逸らした視線をもう一度彼に向けると、まだこちらを見ていた彼と再び視線が絡んだ。
 何故か彼は目を逸らさず、菜々子の心臓が早鐘を打つ。そんなことを数回繰り返し、動揺して落ち着かなくなった菜々子は、早々にカフェを後にした。

 サロンに着いたところでランチバッグを忘れたことに気付き、菜々子は急いでカフェに戻った。なんとなく彼と顔を合わせるのは気まずいと思っていたが、店にはもう彼の姿はなかった――が、菜々子のランチバックも見当たらなかった。
 カウンターで店員に尋ねてみたが、届いていないと言う。ほんの数分だったのにおかしいとは思ったが、ないと言うのだから仕方がない。諦めてサロンに戻ることにした。
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