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凛子

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 梅雨が最盛期に入った六月下旬。昨日までの大雨が嘘のように日差しが照りつけ、気温はぐんぐん上がっていた。
 茉莉花の額には汗が滲み、マスクで覆われた肌は蒸れて不快だったが、外すわけにはいかなかった。シミ取りレーザー治療後の数ヶ月は紫外線対策が必須なのだ。

 立ち寄ったコンビニの雑誌売り場で、見覚えのある顔を目にした茉莉花は足を止めた。以前、茉莉花のクリニックで施術を受けた患者だった。
 ブラックのセクシーな水着が、彼女の持ち味をより一層引き立て、アンニュイな表情で雑誌の表紙を飾っていた。やはり口元のホクロが彼女の魅力を引き立てるチャームポイントだろう。
 こんな風に患者のその後が知れるのは、とても嬉しいことだ。

 これでまた一人の患者の笑顔に貢献することが出来た、と茉莉花は幸せな気持ちで雑誌を眺めていた。

 コンビニを出て信号待ちをしていると、またもや見覚えのある顔が茉莉花の視界に入った。今度は患者ではない。

 元彼だ。

 遠目からでも分かるモデルのようにスタイルのいい女を連れている。おそらく元彼の『好きな人』なのだろう。女は元彼の腕に絡みついて元彼の横顔に笑顔で話しかけている。
 茉莉花の視線に気付いた元彼は、横断歩道の向こう側からしばらく茉莉花に目を向けていたが、視線を逸らし一瞬首を傾げる仕草を見せた。マスクを着けているせいで、茉莉花だと気付いていないのかもしれない。別に気付かれたところでどうということもないが……。
 もう未練はなかったし声をかけるつもりもなかったが隣の女の顔が気になった、次の瞬間――女が正面を向いた。
   
 文句のつけようがない美人だ。

 いや、知った顔だ。
 つい数分前にコンビニで……。

 茉莉花は慌てて俯き、信号が青に変わる前にその場を離れた。

 彼女はやはり綺麗だ。

 思わずため息を吐き、茉莉花はマスクの中で苦笑した。

 これも人生だ。

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