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「人は絶対に見た目で判断するなよ!」
彫りの深い端整な顔立ちの父が、俳優ばりの表情で言った。
五十歳を過ぎた今も趣味のサーフィンを続けていて、肌は浅黒い。実年齢より十歳以上も若く見える父は、何となく胡散臭い印象だが、本人はいたって真剣だ。
「そうよ。大事なのは、ここよ!」
豊満な胸に手を当てて、母が言った。
毎日肌の手入れを怠らない母は、Vネックから覗くデコルテまで艶々だ。
「ここって何処!? 胸?」
娘の曽根崎愛美が聞く。
「何言ってのよ……ハートよ、ハート!」
と呆れ顔で言う母も、モデル体型で人目を惹くエキゾチックな顔立ちのべっぴんなのだ。
この二人がそんなことを言っても全く説得力はないが、父曰く、母と付き合っていた頃は自分の見た目に自信がなく、必死に努力を重ねたらしい。だが、イケメンは努力で手に入れることができるものなのだろうか。それは、父がイケメンのポテンシャルを秘めていたということではないのだろうか。
実際父はイケメンなのだ。
そしてそんな両親の恩恵を受けた愛美も、美人と言われる部類に入っていた。
「ここ、いいですか?」
社員食堂で尋ねられた愛美が「どうぞ」と返すと、会釈をして向かいの席に座ったのは、同期の遠藤雅史だった。
遠藤は席に着くなり、勢いよくうどんを啜り始めた。
見た目で判断するな、と常日頃から言い聞かされてはいるが、彼はちょっと苦手だ、と思った。
分厚いレンズの眼鏡に、髪は伸びっぱなしのボサボサ。整えられていない無精髭は、ワイルドを通り越して小汚い印象を与える。
うどんを啜った後にハフハフ言うのが気になって仕方がないし、湯気で曇った眼鏡もすごく気になる。
とにかく、見た目があまり……いや、かなり、よろしくないのだ。
愛美は自動車部品メーカーの事務職に就いている。技術職の遠藤とはあまり接点がなく、顔と名前以外は何も知らなかったが、いつ見ても野暮ったく感じた。
これといった話題も思い浮かばず、ちらちらと遠藤に目を遣りながら無言でフォークに巻き付けたパスタを口に運ぶ。席はたくさん空いているのに、何故わざわざここに座ったのだろう、と不思議に思っていた。
ふと、遠藤の手元に目が行った。
――遠藤さん、お箸の持ち方綺麗だな……うわぁっ――!
不意に遠藤が顔を上げ、視線がぶつかった。
気まずさを誤魔化すように愛美が笑みを向けると、箸を止めた遠藤の眼鏡の曇りが引いた。
分厚い眼鏡レンズのせいか小さく見える遠藤の目が、三日月になった。
ものの一、二分でうどんを平らげた遠藤が「お先です」と言って立ち上がり、トレーを持って愛美の横を通り過ぎる――と、ふわっといい香りが鼻を掠めた。
愛美が思わず振り返ると、振り向いた遠藤とまた目が合った。
――う、気まずい……。
変な誤解をされていないかと考えていると、「おつかれ~」と同期の中野博子がテーブルにトレーを置き、いつものように愛美の横に腰を下ろした。
「遠藤さんとランチ?」
にやけながら博子に茶化され、それを聞いていた数人の女子社員もクスクスと笑った。それが答えだ。
「やだ、違うよー」
愛美もついそんな言い方をしてしまい、遠藤本人に聞こえてはいないかと確認の為に振り返ると、後ろ髪もボサボサの遠藤が、トレーを返却している姿が見えた。
何となく、遠藤からいい香りがしたことは黙っておこう、と思った。
彫りの深い端整な顔立ちの父が、俳優ばりの表情で言った。
五十歳を過ぎた今も趣味のサーフィンを続けていて、肌は浅黒い。実年齢より十歳以上も若く見える父は、何となく胡散臭い印象だが、本人はいたって真剣だ。
「そうよ。大事なのは、ここよ!」
豊満な胸に手を当てて、母が言った。
毎日肌の手入れを怠らない母は、Vネックから覗くデコルテまで艶々だ。
「ここって何処!? 胸?」
娘の曽根崎愛美が聞く。
「何言ってのよ……ハートよ、ハート!」
と呆れ顔で言う母も、モデル体型で人目を惹くエキゾチックな顔立ちのべっぴんなのだ。
この二人がそんなことを言っても全く説得力はないが、父曰く、母と付き合っていた頃は自分の見た目に自信がなく、必死に努力を重ねたらしい。だが、イケメンは努力で手に入れることができるものなのだろうか。それは、父がイケメンのポテンシャルを秘めていたということではないのだろうか。
実際父はイケメンなのだ。
そしてそんな両親の恩恵を受けた愛美も、美人と言われる部類に入っていた。
「ここ、いいですか?」
社員食堂で尋ねられた愛美が「どうぞ」と返すと、会釈をして向かいの席に座ったのは、同期の遠藤雅史だった。
遠藤は席に着くなり、勢いよくうどんを啜り始めた。
見た目で判断するな、と常日頃から言い聞かされてはいるが、彼はちょっと苦手だ、と思った。
分厚いレンズの眼鏡に、髪は伸びっぱなしのボサボサ。整えられていない無精髭は、ワイルドを通り越して小汚い印象を与える。
うどんを啜った後にハフハフ言うのが気になって仕方がないし、湯気で曇った眼鏡もすごく気になる。
とにかく、見た目があまり……いや、かなり、よろしくないのだ。
愛美は自動車部品メーカーの事務職に就いている。技術職の遠藤とはあまり接点がなく、顔と名前以外は何も知らなかったが、いつ見ても野暮ったく感じた。
これといった話題も思い浮かばず、ちらちらと遠藤に目を遣りながら無言でフォークに巻き付けたパスタを口に運ぶ。席はたくさん空いているのに、何故わざわざここに座ったのだろう、と不思議に思っていた。
ふと、遠藤の手元に目が行った。
――遠藤さん、お箸の持ち方綺麗だな……うわぁっ――!
不意に遠藤が顔を上げ、視線がぶつかった。
気まずさを誤魔化すように愛美が笑みを向けると、箸を止めた遠藤の眼鏡の曇りが引いた。
分厚い眼鏡レンズのせいか小さく見える遠藤の目が、三日月になった。
ものの一、二分でうどんを平らげた遠藤が「お先です」と言って立ち上がり、トレーを持って愛美の横を通り過ぎる――と、ふわっといい香りが鼻を掠めた。
愛美が思わず振り返ると、振り向いた遠藤とまた目が合った。
――う、気まずい……。
変な誤解をされていないかと考えていると、「おつかれ~」と同期の中野博子がテーブルにトレーを置き、いつものように愛美の横に腰を下ろした。
「遠藤さんとランチ?」
にやけながら博子に茶化され、それを聞いていた数人の女子社員もクスクスと笑った。それが答えだ。
「やだ、違うよー」
愛美もついそんな言い方をしてしまい、遠藤本人に聞こえてはいないかと確認の為に振り返ると、後ろ髪もボサボサの遠藤が、トレーを返却している姿が見えた。
何となく、遠藤からいい香りがしたことは黙っておこう、と思った。
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