見た目九割~冴えない遠藤さんに夢中です~

凛子

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 ホテルの部屋に入った途端、遠藤は箍が外れたように愛美にキスを浴びせた。

「もっと」

 お預けを食っていた愛美も限界で、遠藤の首に腕を絡めてせがんだ。

「ヤバイ……愛美ちゃんそんなこと言うんだ」

 遠藤が吐息と共に漏らし、更にキスが激しくなっていく。気付けばソファに横たわるような形で抱き合っていた。
 やがて遠藤がゆっくりと唇を離し、熱い視線が絡まった。

「待って……シャワー浴びてから」

 遠藤ははにかんで頷き、抱きかかえるように体を起こしてくれた。

 バスルームから出ると、先にシャワーを済ませていた遠藤がベッドに腰掛けている姿が見えた。振り向いた遠藤は愛美を確認すると、急にそわそわし始めた。
 勿論愛美も緊張していた。遠藤も同じ気持ちだろうと思いながら隣に腰掛けると、次の瞬間、まさかのひと言が飛び出した。

「バスローブの下ってさあ……パンツ履くもん?」

「え、やだ。そんなの自分で考えてくださいよ。ムードぶち壊し……」

 愛美は呆れたような顔を見せた。

「ごめん。俺、こういうとこ来ないし、バスローブなんて……」

 口籠って俯いた遠藤をちら見した。本当は遠藤のそんな所が好きで好きで堪らなかった。
 シャワーを浴びた後、履くのか履かないのか、そんなことを悩んでいたのかと思うと、愛おしくて仕方がなかった。
 愛美は遠藤にすり寄り、顔を覗き込んだ。

「そんなの見ればわかりますよ」

 遠藤が顔を上げた。
 愛美がバスローブの胸元を少し開くと、遠藤がちらっと目を遣り頬を赤らめた。

「あ、そういうこと……」

 けれども、その後の遠藤は愛美の想像を遥かに超えて、いろんな意味で『男』だった。
 バスローブの下に隠されていた筋肉質で引き締まった身体と濡れた髪からは、色気が溢れ出していた。

「眼鏡ないからよく見えない。ちゃんとこっち見て」

 遠藤の低音ボイスがここにきて本領を発揮し、愛美の交感神経を刺激する。手慣れた様子はないのに、顔色を窺いながら探り探りなところが逆に落ち着きを放っているように感じられ、遠藤の表情からは余裕さえ感じられた。
 そうしてたっぷり時間をかけて甘やかされた愛美は完全に骨抜きにされた。

 徐々に表情に余裕がなくなってきた遠藤は、吐息混じりに一度だけ「愛美」と呼んだことを覚えているのだろうか。


「愛美ちゃん可愛すぎ」

 見つめられ、髪を撫でられ、遠藤の腕の中で余韻に浸っていた。

「遠藤さん」

「ん? てか愛美ちゃん、もう『遠藤さん』はやめてほしいかな。あと、敬語も」

「じゃあ……雅史だから、まー君?」

「何でもいいよ」

「いや、まー君って顔じゃないよね」

「うわ、酷っ!」

「冗談だよ。まー君?」

「ん?」

「うちの両親に紹介したいんだけど……」

 愛美は遠慮がちに言った。

「えっ、マジ!?」

 不意に身体を起こした遠藤を見上げる。

「愛美ちゃんのご両親に会わせてもらえるの? すげえ嬉しい!!」

「本当? 良かった……」

 躊躇った様子を一切感じさせない遠藤の笑顔の即答に、愛美のほうが嬉しくなった。

「いつ?」

 遠藤の言葉に愛美の方が躊躇した。そこまで考えて口にしたことではなかったのだ。

「ああ、それは遠藤さんの都合のいい時で」

「じゃあ明日は?」

「えっ!? あ、明日ですか?」

「気が早い?」

「いえ……遠藤さんが良ければ私は全然構いませ――」

「愛美ちゃん、また敬語。『遠藤さん』も」

「あ……うん」

 シーツにくるまったまま愛美も身体を起こした。

「ねえ、まー君はいつから私のこと、そんなふうに思ってくれてたの? 食堂で会った時?」 

「違うよ。もうちょっと前」

「『もうちょっと』ってどれくらい?」

「……それは内緒」

「ええーっ! 何それー」

「あ……俺、明日はどっちで行けばいい?」

 遠藤ははぐらかすように話題を変えた。

「どっちって?」

「愛美ちゃんが好きになってくれた俺か、いけてる方の俺」

 言ってから、照れ臭そうに目をそらした。

「どっちでもいいよ。まー君に任せる」

 愛美は甘えるように遠藤の胸に顔を埋めた。

「じゃあもう少ししたら、支度して出ようか」

「え、お泊まりじゃないの?」

 意外な言葉に、思わず不満を漏らした。

「当たり前だろ。ご両親に挨拶に行く前日にそれは出来ない」

 けれども、そういうところが遠藤らしいと思った。


 大通りに出て遠藤がタクシーを拾った。
 ドアが開くと遠藤は「着いたら必ず連絡して」と素早く言った。それから、頭をぶつけないようにドア枠に手を添えて愛美を車内へと送り込むと、運転手に一万円札を手渡し「お願いします」と言った。
 さすがにこの場でキスが出来ないことはわかっていたが、別れが切なくて胸がキュンと鳴く。
 愛美が上目遣いに見ると、遠藤はドアが閉まる間際に愛美の頭を優しく撫でた。

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