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会社を出た紗奈は、まるで何かに背中を押されるように、帰宅ルートを外れた。行く宛てはなかったが、少しだけ、現実から逃げ出したかった。仕事の疲れが心の底に淀んでいた。
雑踏に紛れて歩いていると、ふと、甘くやわらかな香りが風に乗って流れてきた。優しくて、どこか懐かしいその香りに吸い寄せられるように細い路地に入ると、一軒の店にたどり着いた。
温もりのある木製の看板には、手書き文字で『Sanuk』と書かれていた。
そっと扉を開けると、控えめなベルの音が店内に広がる。足を踏み入れた瞬間、異国の空気が紗奈を包み込んだ。
天井から吊るされたランプが、店内を優しくオレンジ色に染めていた。木彫りの仏像が微笑み、壁には色鮮やかなサリーや、繊細な刺繍が施されたタペストリーが垂れ下がっている。所狭しと並べられた色とりどりの雑貨は、見るものに宝探しのような高揚感を与える。
そこは、アジアン雑貨店だった。
「いらっしゃいませ」
奥から現れたのは、アジアの風をそのまま纏ったような雰囲気の男性だった。浅く日焼けした肌に、肩まで届く黒髪を無造作に束ねたスタイル、アースカラーのラフなシャツがよく似合っていた。
穏やかに微笑むその表情に、紗奈は思わず息をのんだ。
彼が、店主の琉生だった。
「あ、あの……甘い香りに誘われて……」
「ああ。バニラのお香です。僕が好きで、よく焚くんです。バニラの香りには、リラックス効果もあるんですよ」
ゆったりとした琉生の口調にも、香りと同じように人を包み込む優しさがあった。
不意に頬に上った熱を隠すように、紗奈は視線をそらして深呼吸した。
「確かに。お店に入った時、そう感じました」
紗奈がそう口にすると、琉生は笑みを深めた。
「何かお探しですか?」
「いえ。ほんとに、香りに誘われてふらっと立ち寄っただけで……」
「そうですか。じゃあ時間の許す限り、ゆっくり見ていってください。気になるものがあれば、お声掛けください」
「はい。ありがとうございます」
心地よい民族音楽が流れ、ここでは時間さえもゆるやかに流れている気がした。棚や商品に添えられたポップには、丁寧な手書き文字が並び、店主の雑貨への愛情が滲み出ていた。
その日は、店内の香りと同じバニラのお香と、ネパールの職人によるハンドメイドのコインケースを購入した。
気付けば、心が少しだけ軽くなっていた。
「もしよければ、また寄ってください。興味があれば、僕のアジア旅行の話でもお聞かせします」
帰り際の琉生のその言葉がきっかけで、紗奈は度々店に足を運ぶようになった。
雑踏に紛れて歩いていると、ふと、甘くやわらかな香りが風に乗って流れてきた。優しくて、どこか懐かしいその香りに吸い寄せられるように細い路地に入ると、一軒の店にたどり着いた。
温もりのある木製の看板には、手書き文字で『Sanuk』と書かれていた。
そっと扉を開けると、控えめなベルの音が店内に広がる。足を踏み入れた瞬間、異国の空気が紗奈を包み込んだ。
天井から吊るされたランプが、店内を優しくオレンジ色に染めていた。木彫りの仏像が微笑み、壁には色鮮やかなサリーや、繊細な刺繍が施されたタペストリーが垂れ下がっている。所狭しと並べられた色とりどりの雑貨は、見るものに宝探しのような高揚感を与える。
そこは、アジアン雑貨店だった。
「いらっしゃいませ」
奥から現れたのは、アジアの風をそのまま纏ったような雰囲気の男性だった。浅く日焼けした肌に、肩まで届く黒髪を無造作に束ねたスタイル、アースカラーのラフなシャツがよく似合っていた。
穏やかに微笑むその表情に、紗奈は思わず息をのんだ。
彼が、店主の琉生だった。
「あ、あの……甘い香りに誘われて……」
「ああ。バニラのお香です。僕が好きで、よく焚くんです。バニラの香りには、リラックス効果もあるんですよ」
ゆったりとした琉生の口調にも、香りと同じように人を包み込む優しさがあった。
不意に頬に上った熱を隠すように、紗奈は視線をそらして深呼吸した。
「確かに。お店に入った時、そう感じました」
紗奈がそう口にすると、琉生は笑みを深めた。
「何かお探しですか?」
「いえ。ほんとに、香りに誘われてふらっと立ち寄っただけで……」
「そうですか。じゃあ時間の許す限り、ゆっくり見ていってください。気になるものがあれば、お声掛けください」
「はい。ありがとうございます」
心地よい民族音楽が流れ、ここでは時間さえもゆるやかに流れている気がした。棚や商品に添えられたポップには、丁寧な手書き文字が並び、店主の雑貨への愛情が滲み出ていた。
その日は、店内の香りと同じバニラのお香と、ネパールの職人によるハンドメイドのコインケースを購入した。
気付けば、心が少しだけ軽くなっていた。
「もしよければ、また寄ってください。興味があれば、僕のアジア旅行の話でもお聞かせします」
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