香りが導くその先に

凛子

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 我ながらすごい行動力だと、紗奈は思った。
 バンコクの空港に降り立った瞬間、むっとする湿気とともに、どこか懐かしい匂いがした。見知らぬ土地ではあるが、不思議と怖さはなかった。
 その足で向かったのは、かつて琉生が仕入れに通っていたというチャトゥチャック・ウィークエンド・マーケットだった。
 色とりどりの布や雑貨、スパイスの香り、現地の人の笑い声。すべてが紗奈の五感を刺激した。
 フルーツの甘い香りが漂い、屋台からは香ばしい匂いが立ちのぼる。さまざまな香りが入り混じり、ここにしかない特別な雰囲気を生み出している。

 紗奈はふと立ち止まり、人波の中に佇んだ。見渡せば、そこかしこに観光客の姿があるが、日本人の姿はあまり見えない。その光景に、夢から醒めるような感覚で、ふと現実に引き戻された。

 この広い世界で、たった一人を探すなんて、無謀だったのかもしれない。
 もしかすると、もうどこか別の国に行ってしまっている可能性だってある。

 肩を落としかけたその時だった。

 ふっと風が吹き抜け、ひときわ甘い香りが鼻先をくすぐった。

 ――バニラ……?

 甘く、優しく、切ない香りに胸をつかれ、不意に涙が溢れそうになった。

 ありふれた香りだと言われればそうかもしれない。けれども、今はそれしか頼りがない。
 紗奈は香りをたどって、人混みの中をゆっくりと進んだ。
 やがて、小さな露店が並ぶ一角で足を止めた。
 風に揺れる布の隙間から見えたのは、紛れもない、彼の横顔だった。

「……琉生さん?」

 声が震えた。
 目が合った瞬間、琉生は衝撃を受けたようにカッと目を見開き、次第にその表情を崩していった。驚きから戸惑い、そして、安堵へ――

「紗奈ちゃん……どうしてここに……?」

 その声に、すべてが報われたような気がした。

「ただ、会いたくて……」
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