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一話
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午前七時四十分。
静かな部屋にインターホンの音が響いた瞬間、高岡結愛は胸を弾ませ、自分の背中よりも大きなピンクのランドセルを背負って、玄関へ駆けていった。
後ろからは、母・美智子のスリッパの足音が追いかけてくる。
スニーカーを履き終えた結愛がドアを開けると、スーツ姿の青年――隣に住む伊藤康史が、穏やかな笑顔を浮かべて立っていた。
「おはようございます」と美智子に頭を下げると、結愛のほうへ視線を落とし、今度は柔らかな笑顔で言った。
「おはよう、結愛」
その優しい声に自然と頬が緩み、結愛は康史にぎゅうっと抱きつくと、いつもの安心する匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「康ちゃん、いつもごめんね」と美智子が言うと、「いえ、通り道なんで気にしないで下さい」と康史はにこやかな表情で返した。そして左手で結愛の手をしっかりと握り「行ってきます」と美智子に会釈すると、続いて結愛も「行ってきまーす!」と声を弾ませ、満面の笑みを向けた。
マンションのエントランスを抜けると、外の空気は朝のひんやりした匂いを運んでくる。
「結愛? 昨日の給食の人参、ちゃんと食べれたかい?」
康史の声には、どこか楽しげな悪戯の響きがあった。
「もうっ! 結愛もう一年生だよ。人参だってピーマンだって食べれるもん!」
結愛は膨れっ面で答えた。
「そうだよなあ。結愛もう一年生だもんな」
言いながら、康史は目を細めた。
「昨日図工の時間にね……」と、ふと思い出した結愛は話し始めた。
「お隣の席の太一君が結愛のクレパス勝手に使って、折っちゃったの。結愛の大好きなピンク色のやつ」
「太一悪いやつだな!」
「うん。……でも太一君、結愛のこと好きなんだって。この前言われたの」
「……そ、そっか」
「でもね、結愛は好きな人がいるから駄目なのってお断りしたの」
何故か康史は吹き出しそうになるのを必死に堪えているようだった。
「康ちゃん何で笑うの? だってちゃんと言っとかないと! 結愛は康ちゃんのお嫁さんになるから無理なのってね」
康史は目を丸くした後目尻を下げて、愛おしさを爆発させたように、結愛の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。
「もうっ、康ちゃんやめてよー! 結愛の髪ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん!」
そんなやりとりをしていると、自転車で後ろからやってきた先生らしき女性が結愛に声を掛けてきた。
「結愛ちゃん、パパと一緒に登校嬉しいねえ」
その言葉に、結愛は顔をしかめた。
「パパじゃないし――」
「あら、ごめんね。お兄さんだったかな?」
女性は慌てて訂正した。
二十四歳の康史と小学一年の結愛は親子に見えたのだろう。
校門の前に着くと、康史は結愛の頭を優しく撫で「頑張っておいで」と手を振った。
静かな部屋にインターホンの音が響いた瞬間、高岡結愛は胸を弾ませ、自分の背中よりも大きなピンクのランドセルを背負って、玄関へ駆けていった。
後ろからは、母・美智子のスリッパの足音が追いかけてくる。
スニーカーを履き終えた結愛がドアを開けると、スーツ姿の青年――隣に住む伊藤康史が、穏やかな笑顔を浮かべて立っていた。
「おはようございます」と美智子に頭を下げると、結愛のほうへ視線を落とし、今度は柔らかな笑顔で言った。
「おはよう、結愛」
その優しい声に自然と頬が緩み、結愛は康史にぎゅうっと抱きつくと、いつもの安心する匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「康ちゃん、いつもごめんね」と美智子が言うと、「いえ、通り道なんで気にしないで下さい」と康史はにこやかな表情で返した。そして左手で結愛の手をしっかりと握り「行ってきます」と美智子に会釈すると、続いて結愛も「行ってきまーす!」と声を弾ませ、満面の笑みを向けた。
マンションのエントランスを抜けると、外の空気は朝のひんやりした匂いを運んでくる。
「結愛? 昨日の給食の人参、ちゃんと食べれたかい?」
康史の声には、どこか楽しげな悪戯の響きがあった。
「もうっ! 結愛もう一年生だよ。人参だってピーマンだって食べれるもん!」
結愛は膨れっ面で答えた。
「そうだよなあ。結愛もう一年生だもんな」
言いながら、康史は目を細めた。
「昨日図工の時間にね……」と、ふと思い出した結愛は話し始めた。
「お隣の席の太一君が結愛のクレパス勝手に使って、折っちゃったの。結愛の大好きなピンク色のやつ」
「太一悪いやつだな!」
「うん。……でも太一君、結愛のこと好きなんだって。この前言われたの」
「……そ、そっか」
「でもね、結愛は好きな人がいるから駄目なのってお断りしたの」
何故か康史は吹き出しそうになるのを必死に堪えているようだった。
「康ちゃん何で笑うの? だってちゃんと言っとかないと! 結愛は康ちゃんのお嫁さんになるから無理なのってね」
康史は目を丸くした後目尻を下げて、愛おしさを爆発させたように、結愛の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。
「もうっ、康ちゃんやめてよー! 結愛の髪ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん!」
そんなやりとりをしていると、自転車で後ろからやってきた先生らしき女性が結愛に声を掛けてきた。
「結愛ちゃん、パパと一緒に登校嬉しいねえ」
その言葉に、結愛は顔をしかめた。
「パパじゃないし――」
「あら、ごめんね。お兄さんだったかな?」
女性は慌てて訂正した。
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