上 下
88 / 123

88 アンドロイドの少女

しおりを挟む
「貴様、何者だ、何故彼女セルヴィを襲った」

ゼロスが手首を全力で握り締めたまま、静かに、
しかし確かな敵意を向け、少女に問いかける

少女はまるで関せずという様子で
自分の腕を掴むゼロスの腕を見つめながら
瞳が見開かれたまま、表情を変えない。
その瞳からは動揺等の人間的感情が読み取れない

「拘束圧力、危険値
 想定外の脅威を感知
 警戒レベル上昇
 秘匿兵装の制限解除」

こちらの質問には一切答えるつもりは無いらしく
少女は機械的に言葉を呟く、

直後、掴んだ少女の腕がローブの越しに淡く輝き始める

ビーッ!!

▲▽▲警告:高エネルギー反応▲▽▲

突如ゼロスの耳と網膜表示に
スーツシステムが発する警報と警告が流れる

(エーテル反応!?、これは光学兵器ッ)

現在、プロメのドローン体にエネルギー供給している為
光学兵器を防げる程の防御フィールド展開には
発射予測よりコンマ数秒間に合わなかった

(防ぎ切れないっ!)

ビィイ゛ッ!!

少女の腕元からローブを突き破り
一線、アメジストの様な赤紫に輝く光線が
正確にゼロスの胸元中央めがけ放たれる

「くっ!!!」

発射の直前、コンマ数秒の中でゼロスは防御を諦め
少女の拘束を解除し
腹部、胸部のアクチュエーターを最大稼働させ
上半身反らし回避に全動力を集中させかわす

しかし、完全には間に合わず、
胸元の致命傷は回避出来たが
右肩部への直撃は避けられず、損傷を覚悟する

ビィッ!チュイン!!!ジジジジィ!!

ゼロスの右肩に触れた閃光が触れた瞬間
無数の線となって裂け、周囲の建物の壁や石畳に
地面を切り裂く様に斬痕を残して行った

ヴァレラが咄嗟に鋼鉄の装甲盾を展開しセルヴィを庇う

一瞬にして周囲の破片、砂煙に包まれる

徐々に晴れる煙の中から姿を現したゼロスは
健在であった、命中したと思われる部位には丁度
傭兵3人組みの痛い男から貰った
漆黒のマントが片側にかけられていた


「ソリッドレーザー、対象の右肩部への命中を確認
 対象へのダメージ認めず...
 外套接触時、光粒子の反射・屈折を確認
 ミスリル錦糸と推定」

少女が淡々と状況分析を口にする最中

ザンッ!!!

その僅かな刹那でゼロスが目にもとまらぬ速さで
背のクサナギを抜刀し、少女を両断するつもりで本気で振りぬくが
その刃先は空を切り、床の石畳を切り裂いた

謎の少女もまた、人間離れした動きにて一瞬で飛び退き距離を取る
少女が片腕を地面につき、膝を曲げ地面に着地した次の瞬間

ハラリ...

少女の纏っていたローブが縦一線裂け、
二つに分かれ中へと舞い、少女の姿が露になった

「え...あれってゼロスさんと同じ...」

セルヴィが後ろで驚きの声を小さく上げる

その言葉通り、露になった少女の体は
まるでゼロスが全身に纏う強化スーツの様な形状を有していた

しかし幾つか差異も見受けられた、一つはその配色である
まるで吸い込まれる様な漆黒のゼロスとは異なり
黄昏の、その茜色の日の光を受けて尚
輝かんばかりの純白の装甲に
その装甲の隙間を体中、駆け巡るエネルギーの光が
少女は蒼ではなく菫色の淡い輝きを放っている

また、ゼロスの纏うスーツは人間の体の上、または一部融合し
追加装甲を張り巡らせたかのような分厚さを有しているのに対し
少女の肘や膝の間接部分を見る限り、明らかに人間本来の物より細く
機械的でありながら一部に女性的スリムさを感じさせる

特にそう思わせるのが、ゼロスが胸部から肩部に掛けて
装甲部、ギミックが集中しているのに対し
少女の腰回りパーツが集中しておりスカートを彷彿とさせる

少女はその姿勢のまま
ゼロス一点に視線を向けたまま瞬き一つしない

ゼロスもまた、振り下ろしたクサナギを腰元に構え直し
最速の一撃を持って迎え撃つ姿勢を取る、が

ฅ^•ω•^ฅキュイ!キュイ!

あの激しい動きの中でもゼロスの肩にしがみ付いていた
タマが突如激しく鳴きだした

それを見たセルヴィがヴァレラの展開した盾から飛び出した
ゼロスの背後からタマを抱え上げて再び盾の後ろへと走る

「こ、こら、無茶しないで!」

戻って来たセルヴィにヴァレラが注意を促す

「す、すみません、あのままだとタマが
 ゼロスさんの戦闘の邪魔になると思って...」

ฅ^•ω•^ฅキィュイ!キュッイ!

連れてこられたタマは先程の戦闘で興奮しているのか
セルヴィの腕の中で激しく暴れている

「今は駄目なのですっ!タマも危ないのですよ!」

ฅ^•ω•^ฅキュィ...

やはり言葉を理解しているのか、
静かになり、落ち込んだ様に項垂れるタマ

「しっかり押さえておいて、
 正直戦闘の余波だけでもあたしに防ぎ切れるか分からない
 あの小さい奴、相当にヤバイわ...
 さっきレーザー兵器、機動性...あんた等の力よね?」

ヴァレラが正面に巨大な盾を構えながら、額に汗を浮かべ
ゼロスと対峙する少女を見つめながら背後のプロメに問う

「そう見るのが妥当ね、あの少女に一致する該当データは無い
 けれど各部の機構、先程の光学兵器、明らかに私達の技術ね、
 そして...あの子からは生物特有の生体反応が検知出来ない...
 恐らくあの子は、あの時代のアンドロイドの生き残り」

「ふん、態々手がかりが向こうから来てくれたって訳ね
 おあつらえ向きじゃない」

プロメの推測に驚きの表情を浮かべるセルヴィに対し
ヴァレラはある程度予測していたのか、皮肉交じりに答える

「で...あいつゼロスなら何とかなるんでしょうね?」

「確かに基本スペックはゼロスに匹敵する程の
 性能を持って居るみたいね、
 けれど、今の彼なら大丈夫よ
 最初は不意打ちで手間取った様だけど
 同じ手はもう彼には通用しない」

プロメは断言する
その言葉に何処か安心した二人は再び
にらみ合うゼロスと少女に視線を戻す

ゼロスは居合の構えを取ったまま
少女は体制を立て直し、戦闘姿勢を取ったまま
互いに一切動かず睨み合いが続く中
先にゼロスが再び口を開く

「もう一度聞く、貴様は何者だ
 何故俺達を攻撃する」

「お前は...まさか神話の時代の、あの...
 いや、あり得ない」

話が全くかみ合っていない
少女はゼロスの言葉に対し何ら反応を示さず
自分の思う所を勝手に口にする

「認めない...神を人如きが産み出す等、
 あっては成らないっ!」

初めて、少女の瞳から感情を読み取る事が出来た
ゼロスに向けられた感情、それは明らかな憎悪だった

そのまま少女が腰を沈め僅かな為を造る動作をしたかと思うと

カシャ ガシャ!! キィイイイイッ!!

それはまるでゼロスが腕や背の装甲から
スラスターを展開するかのように
スカート状のアーマーの各所が稼働、変形し
甲高い音と共に強烈な風圧を発生させる

(来るかっ!)

ゼロスの柄を握る手に最大限の力が籠められ
迎撃態勢を取る

少女がスカート部の装甲を展開し
全てのバーニアの輝きが増し突進に移ろうとしたその瞬間


『やめよ』


突如ゼロスの耳に、女性の声が響く
この少女の物ではない、後ろに居るヴァレラ、セルヴィでも無く
もっと成熟した、妙齢の女性の声であった
当然、プロメでもない

その声は、目の前の今まさに
攻撃に移らんとしていた、少女にも届いていた様で
ビタリとその場に動きを止め
顔の表情こそ動いていないが、
目元に僅かに驚きを浮かべている

『引きなさい、あなたではこの者には叶いません』

声が続く、これは通信による音声だ
それもこの都市の電磁障害を物ともしない程の
強力な出力に寄る広域通信波だ

チラリと背後を確認すると
プロメもこの音声は受信している様だ

「しかし...目標である変異種が」

少女が通信に対して返答する

『その者は当初の観測対象とは異なります
 既に対象はあなたと入れ違いに帝都に向かった様と
 聖騎士団より連絡が入りました
 当初の目標を優先しなさい』

「目の前の対象については...」

『先に言いましたね、あなたではどうにもなりません
 損失は避け、出来る事を優先なさい
 今回の遭遇はイレギュラーです
 今後の対処については私が考えます』

「はい...」

少女が構えた腕を降ろし、開いたスラスターを格納する

『さて、まずは不幸なすれ違いから
 危害を加えようとした事を謝罪致します
 あなたはガーディアンズで間違いありませんか?』

「...っ!
 お前達は何者だ...」

『申し訳ありませんが、
 今はその質問にお答えする事は出来ません
 あなた方は私共の脅威に成り得る
 そうでは無い事を願ってはおりますが...
 また何れお話致しましょう、
 ではあなたは行きなさい』

「はい...」

少女が俯き小さく答えると、通信波が完全に途切れる

そして顔を上げるとゼロスを睨みつけ

「人が産み出した神に次ぐ至高の存在...私は認めない!」

そう言い残すと少女は一瞬にして姿を消した
遮蔽装置を作動させ高速でその場を後にしたのだろう

センサー系が万全ではないこの電磁障害の中では
少女の追跡は困難であり
また、セルヴィ達を残し追撃するのも好ましく無かった

ゼロスは静かにクサナギを背の鞘へと納める

ฅ^•ω•^ฅキュイー...

セルヴィの中で小さくタマが無く
その後ろで黙ってその様子を見つめるプロメ

「お、お疲れさまでした!」

「どうしたのあいつ、
 あんたの強さにビビッて逃げたとか?」

展開したヴァルキュリアスのシールドを消失させ
ヴァレラがゼロスに尋ね、セルヴィが労いの言葉をかける
先程の通信を聞いて居ない彼女達から見れば
あの少女が突然逃げ去ったように見えただろう

「そうね、相手も馬鹿じゃないって事でしょう
 まぁ気に成る事も色々あるとは思うけれど
 一旦この場を離れましょ、
 また彼女が襲ってこないとも限らないし
 先程の戦闘音で衛兵とかに捕まっても面倒よ」

プロメがゼロスに視線を送りつつ
その場を纏め、一行は細い路地を抜け
大通りへと出るその時

「あら...みなさまは...」

おっとりとした口調で一人の少女が声をかけて来た
淡いクリーム色の僅かにウェーブがかったロングヘア—
その大人しい性格を表す様な半分ほど閉じられた蒼緑の瞳
そして特徴的な神官服

「フレイアさん!!」

セルヴィが再開の喜びを込めてその人物の名を呼んだ
しおりを挟む

処理中です...