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ああ、そうか、俺は死んだのだ。
青ざめた顔で寝台に横たわる俺の体を見ながら、俺は思った。
アルバート王国第一王子、レオンハルト。銀色の髪に氷の瞳の貴公子と呼ばれ、国中の女から慕われていた俺が、まさかこんなあっけない死に方をするとは。
豪奢な寝台にシャンデリア。緋色の繊毛の絨毯。第一王子の私室は時期王国の支配者に相応しい豪華さではあったが、悲しみの淵に沈んでいた。
医者が眠っている俺の手を調べる。脈を確かめて首を振る。
眠っている間に、片手にかすかな痛みを感じた。目が冷めたときに片手にあった、針の痕。
それを見た時俺は毒殺の可能性に思い至り、意識は闇へと落ちて。
目が冷めたときにはこうして……幽霊になっていた。
「ああ、レオン様……レオンハルト様、どうして……っ」
寝台脇にはたくさんの人々がいる。泣き崩れているのは、俺が密かに想いを寄せていた……幼馴染のアリシアだ。
くるくると表情がよく変わる娘で、はにかんだ笑顔がいつも可愛かった。
その横で無表情で立ち尽くしているのは、婚約者のクローディア姫。このアルバート王国の神官の娘、下手をしたら王族の姫よりも権力があるかもしれないと言われている怜悧な美姫だ。
(……アリシアは本当にかわいい……。それに比べてクローディアは。本当にこんな女と婚約するんじゃなかったと今になってから思うぞ……)
幼馴染の令嬢、アリシア姫の事を婚約者のクローディアが虐げていると聞いて、婚約破棄をしようと思った。
金の髪、青い瞳と少女のようなあどけなさを残すアリシア。彼女は俺の妹のようなとても大切な存在だ。それを虐げることは、例え第一王子たる俺の婚約者であろうと許されない。
許されない……のだけれども。
……最初は、なんて美しい娘だと思った。少し好きだったりもした。好きになりかけていた。でも、俺の大事な人を虐めているとの噂で、裏切られた想いで逆に気持ちが翻ってしまった。
アリシアとは正反対の、闇のような黒い髪と紫の禍々しい瞳のクローディア。
こんな状況なのに泣きもしないし、喚きもしない。
金と権力が目当ての女なら喚き散らすシーンだろう。
俺を真に愛していたのなら泣くだろう。
恐らく、どちらでもなかったのだ。元々権力は持っている。俺を愛してもいなかった。
きっと、そうなのだ。……きっと。
少しだけ、寂しいことだけれど。
周りの人間は、誰も俺に気が付かない。アリシアを抱きしめてやりたくてそっと手を伸ばしても、俺の方には目を向ける事もしなかった。ただ、俺の抜け殻に泣いて縋り付いている。
……良い方に考えるのならば、俺がどう振る舞おうと、何をしようと、誰にも咎められることはない、ということだ。
それならば。
この第一王子、レオンハルトを殺した者を、探し出してやろうと。俺は密かに思った。
俺はそんな事を考えていたので、クローディアが黙って部屋を出ていくのに気がついてあとを追いかける事にした。
あわよくば俺を殺した証拠でもあるかもしれない。それを見つければ……どうなるわけでもないけども。
(……いや、もしかしたら……)
神官なら。彼女の父親、この国の神官、ゲオルグなら。俺が見えるかもしれない。彼の魔力、その力は王国の中でも折り紙つきなのだから。
クローディアは無表情のまま己の部屋に戻ると、鍵をしっかりと閉めた。
ますます怪しい。明かりもつけず、そろそろ昼時だというのにメイドを呼ぶ鈴も鳴らさない。
彼女はため息を、一つ。
見た目だけなら本当に美しい娘だと、俺は改めて思った。黒い髪はつややかで、すみれのような紫の瞳は切れ長で美しく、少女と女性の間の艶やかな花のような雰囲気を纏っている。少し影のある儚げな美貌だが、それはそれで男心をそそるものだ。
これで、性格がこんな鉄仮面の仏頂面でなかったら……。
クローディアは黙ったまま、(俺がいるなんて知らないので当たり前なのだが)不意に小さな戸棚の引き出しに手を伸ばした。
ーーーまさかあの中に、俺を毒殺した針でも持っているのでは?
安直すぎる妄想だとは思っていたが、もちろん外れた。彼女が取り出したのは……額縁だった。
写真でも入れておけるような小さな額縁だ。俺は扉のところで浮遊していて、クローディアは部屋の一番奥にいるので、何が入っているのかまではわからない。
彼女は額縁の裏を外して、中に入っているものを取り出した。
「……っ、ふ、」
小さく、吐息がこぼれた。薄い形の良い唇からこぼれたそれは、……笑い声。
ーーーー否。
彼女は。
彼女はつぶやいた。
「……レオンハルト様……」
ふ。…ふ、ぅぅっ、ああ、うあああああああ……!
『……!?』
「レオンハルト様、レオンハルトさま……っ、う、ぅ、うあああああ……っ、」
あの、鉄のように表情が変わらなかったはずの令嬢が。
俺の憎たらしい婚約者が。
まるで別人のように、顔をぐしゃぐしゃにして、泣き崩れる。
美しい菫の瞳からは涙が溢れて長いまつげを濡らす。膝を折って、崩れ落ちて、恥も体面もなく泣き続ける。
あいしていました。
あいしていました。
だいすきだったの。
ごめんなさい。言えなくてごめんなさい、あいしていたの。
呂律も回らないさまで泣きじゃくる令嬢を前にして、俺はどうしようもなく動揺した。
……こんな娘だったのか。
こんな、こんな風に、泣き崩れたり。俺への気持ちを、こんな風に口に出したりするような。そんな、娘だったのか。俺は愛されていたのか。彼女は、あの無表情の奥で……俺といる間、何を考えていたのだろう。
俺はよく考えたら、クローディアの事を何も知らなかった。
ただ、幼い頃から知っているアリシア可愛さに、クローディアを疎ましく思っていた。
最初は好きだったのに。好きだったのに、周りの思惑に乗せられてなのか、自分の視野の狭さのせいか、いつの間にか嫌いになってしまっていた。
あのいじめの話が本当か嘘かも確かめず、彼女と婚約破棄をしようとした。彼女が、本当は何を考えているのか、知ろうともせず。
……俺は愚かな王子だったのだろう。
でも、今更そんな事に気がついても、何も、できない。
『クローディア……』
手を伸ばす。肩に触れようとした手は、当然のように、すり抜ける。
肩越しに見えたのは、……俺の写真だった。
俺とクローディアの婚約発表会のときの写真だ。……もう随分前に撮ったものなのに、まだ持っていたのか。
俺は幽霊だ。
何もできない。もう、俺という存在は終わったのだ。彼女を慰めることも、誤解をすまなかったと頭を下げることも、何も。何もできない。
そう思っていた。
「……レオンハルト、様……?」
『………クローディア……?』
目を、見開いて。
クローディアがこちらを見ていた。
……ああ。美しいな。
泣きぬれた彼女の瞳を見て、俺は改めてそう思った。
震える唇も。美しい菫の瞳も。嫌いなわけじゃなかった。嫌いなわけじゃなかったんだ。でも、彼女の無表情と、宮中に渦巻く噂のせいで、いつだってお前の目をしっかり見られなかった。
まるであの娘は物語の悪役のようだね。魔女のようだ。レオンハルト様はアリシア様を慕っておられたのに。アリシア様だってレオンハルト様を慕っておられたのにね。己の権力で婚約者になったんだろう?まるで魔女のようだね。
そんな噂がいつだって、彼女にはつきまとっていた。
けれど。
陶磁のような肌、黒い髪。花のような瞳には、今は俺にもう一度会えた驚きと、溢れんばかりの感情が滲んでいて、そんな噂話の囁きや疑念を吹き飛ばすほどだった。
まるで、ただの男のように。恋をするかもしれない予感を、俺は感じていた。
本当の彼女に、漸く会えたような感覚とともに。
幽霊王子は、悪役と呼ばれた令嬢に、もう一度恋をする。
青ざめた顔で寝台に横たわる俺の体を見ながら、俺は思った。
アルバート王国第一王子、レオンハルト。銀色の髪に氷の瞳の貴公子と呼ばれ、国中の女から慕われていた俺が、まさかこんなあっけない死に方をするとは。
豪奢な寝台にシャンデリア。緋色の繊毛の絨毯。第一王子の私室は時期王国の支配者に相応しい豪華さではあったが、悲しみの淵に沈んでいた。
医者が眠っている俺の手を調べる。脈を確かめて首を振る。
眠っている間に、片手にかすかな痛みを感じた。目が冷めたときに片手にあった、針の痕。
それを見た時俺は毒殺の可能性に思い至り、意識は闇へと落ちて。
目が冷めたときにはこうして……幽霊になっていた。
「ああ、レオン様……レオンハルト様、どうして……っ」
寝台脇にはたくさんの人々がいる。泣き崩れているのは、俺が密かに想いを寄せていた……幼馴染のアリシアだ。
くるくると表情がよく変わる娘で、はにかんだ笑顔がいつも可愛かった。
その横で無表情で立ち尽くしているのは、婚約者のクローディア姫。このアルバート王国の神官の娘、下手をしたら王族の姫よりも権力があるかもしれないと言われている怜悧な美姫だ。
(……アリシアは本当にかわいい……。それに比べてクローディアは。本当にこんな女と婚約するんじゃなかったと今になってから思うぞ……)
幼馴染の令嬢、アリシア姫の事を婚約者のクローディアが虐げていると聞いて、婚約破棄をしようと思った。
金の髪、青い瞳と少女のようなあどけなさを残すアリシア。彼女は俺の妹のようなとても大切な存在だ。それを虐げることは、例え第一王子たる俺の婚約者であろうと許されない。
許されない……のだけれども。
……最初は、なんて美しい娘だと思った。少し好きだったりもした。好きになりかけていた。でも、俺の大事な人を虐めているとの噂で、裏切られた想いで逆に気持ちが翻ってしまった。
アリシアとは正反対の、闇のような黒い髪と紫の禍々しい瞳のクローディア。
こんな状況なのに泣きもしないし、喚きもしない。
金と権力が目当ての女なら喚き散らすシーンだろう。
俺を真に愛していたのなら泣くだろう。
恐らく、どちらでもなかったのだ。元々権力は持っている。俺を愛してもいなかった。
きっと、そうなのだ。……きっと。
少しだけ、寂しいことだけれど。
周りの人間は、誰も俺に気が付かない。アリシアを抱きしめてやりたくてそっと手を伸ばしても、俺の方には目を向ける事もしなかった。ただ、俺の抜け殻に泣いて縋り付いている。
……良い方に考えるのならば、俺がどう振る舞おうと、何をしようと、誰にも咎められることはない、ということだ。
それならば。
この第一王子、レオンハルトを殺した者を、探し出してやろうと。俺は密かに思った。
俺はそんな事を考えていたので、クローディアが黙って部屋を出ていくのに気がついてあとを追いかける事にした。
あわよくば俺を殺した証拠でもあるかもしれない。それを見つければ……どうなるわけでもないけども。
(……いや、もしかしたら……)
神官なら。彼女の父親、この国の神官、ゲオルグなら。俺が見えるかもしれない。彼の魔力、その力は王国の中でも折り紙つきなのだから。
クローディアは無表情のまま己の部屋に戻ると、鍵をしっかりと閉めた。
ますます怪しい。明かりもつけず、そろそろ昼時だというのにメイドを呼ぶ鈴も鳴らさない。
彼女はため息を、一つ。
見た目だけなら本当に美しい娘だと、俺は改めて思った。黒い髪はつややかで、すみれのような紫の瞳は切れ長で美しく、少女と女性の間の艶やかな花のような雰囲気を纏っている。少し影のある儚げな美貌だが、それはそれで男心をそそるものだ。
これで、性格がこんな鉄仮面の仏頂面でなかったら……。
クローディアは黙ったまま、(俺がいるなんて知らないので当たり前なのだが)不意に小さな戸棚の引き出しに手を伸ばした。
ーーーまさかあの中に、俺を毒殺した針でも持っているのでは?
安直すぎる妄想だとは思っていたが、もちろん外れた。彼女が取り出したのは……額縁だった。
写真でも入れておけるような小さな額縁だ。俺は扉のところで浮遊していて、クローディアは部屋の一番奥にいるので、何が入っているのかまではわからない。
彼女は額縁の裏を外して、中に入っているものを取り出した。
「……っ、ふ、」
小さく、吐息がこぼれた。薄い形の良い唇からこぼれたそれは、……笑い声。
ーーーー否。
彼女は。
彼女はつぶやいた。
「……レオンハルト様……」
ふ。…ふ、ぅぅっ、ああ、うあああああああ……!
『……!?』
「レオンハルト様、レオンハルトさま……っ、う、ぅ、うあああああ……っ、」
あの、鉄のように表情が変わらなかったはずの令嬢が。
俺の憎たらしい婚約者が。
まるで別人のように、顔をぐしゃぐしゃにして、泣き崩れる。
美しい菫の瞳からは涙が溢れて長いまつげを濡らす。膝を折って、崩れ落ちて、恥も体面もなく泣き続ける。
あいしていました。
あいしていました。
だいすきだったの。
ごめんなさい。言えなくてごめんなさい、あいしていたの。
呂律も回らないさまで泣きじゃくる令嬢を前にして、俺はどうしようもなく動揺した。
……こんな娘だったのか。
こんな、こんな風に、泣き崩れたり。俺への気持ちを、こんな風に口に出したりするような。そんな、娘だったのか。俺は愛されていたのか。彼女は、あの無表情の奥で……俺といる間、何を考えていたのだろう。
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ただ、幼い頃から知っているアリシア可愛さに、クローディアを疎ましく思っていた。
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……俺は愚かな王子だったのだろう。
でも、今更そんな事に気がついても、何も、できない。
『クローディア……』
手を伸ばす。肩に触れようとした手は、当然のように、すり抜ける。
肩越しに見えたのは、……俺の写真だった。
俺とクローディアの婚約発表会のときの写真だ。……もう随分前に撮ったものなのに、まだ持っていたのか。
俺は幽霊だ。
何もできない。もう、俺という存在は終わったのだ。彼女を慰めることも、誤解をすまなかったと頭を下げることも、何も。何もできない。
そう思っていた。
「……レオンハルト、様……?」
『………クローディア……?』
目を、見開いて。
クローディアがこちらを見ていた。
……ああ。美しいな。
泣きぬれた彼女の瞳を見て、俺は改めてそう思った。
震える唇も。美しい菫の瞳も。嫌いなわけじゃなかった。嫌いなわけじゃなかったんだ。でも、彼女の無表情と、宮中に渦巻く噂のせいで、いつだってお前の目をしっかり見られなかった。
まるであの娘は物語の悪役のようだね。魔女のようだ。レオンハルト様はアリシア様を慕っておられたのに。アリシア様だってレオンハルト様を慕っておられたのにね。己の権力で婚約者になったんだろう?まるで魔女のようだね。
そんな噂がいつだって、彼女にはつきまとっていた。
けれど。
陶磁のような肌、黒い髪。花のような瞳には、今は俺にもう一度会えた驚きと、溢れんばかりの感情が滲んでいて、そんな噂話の囁きや疑念を吹き飛ばすほどだった。
まるで、ただの男のように。恋をするかもしれない予感を、俺は感じていた。
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