雨音ラプソディア

月影砂門

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第三番 〜光の交響曲《リヒトシンフォニー》〜

第五楽章~焔の受難曲《パッション》

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 「わたしの可愛い妹の悲鳴が聞こえたのだが・・・犯人はお前か?」

 全員の頭の中に声が聞こえた。さらに、ジェット機が捕まった黎を抱きかかえ旋回するなり焔に預け崖まで戻った。何かが開く音が響く。それが門であると気づく。その先には黄金の神殿がある。神殿の正面で堂々と立つ人がいた。
 「お姉ちゃん!」
 「姉貴!」
 神殿から覗く、夕暮れの緋色と澄んだ青色のコントラストが美しい空をバックに立つ神々しい姿。この国の王砂歌その人だった。その王の右隣で立膝で控える男。
 「ヴェーダさん!」
 「え、じゃああのジェット機は・・・」
 空を仰げば、夕日をバックにしたジェット機の影。
 「がっ!!」
 犀と大誠が相手をしていたアルトディアを撃ち抜き、さらに残りの四発がミヤマから伸びる触手の根元に命中した
 「何者だ!」
 『さっき念話で話した者です』
 陽気な声音が脳裏に響く。
 「兄貴!」
 大怪我を負い、療養していたはずの兄が的確に撃ち抜く。一日でも怠れば鈍る腕だが、そんなブランクは感じられないほどの精巧な腕
 『おっと・・・根元撃ったはずなのに』
 伸びる触手をジェット機で素早く躱していく。さらに躱しながら片腕で撃つ。
 「やっぱりすごいわ」
 「兄貴すげぇ」
 コツンコツンと硬質な靴音が降りてくる。神殿の方を向くと、現在進行でヴェーダの手を借りながら階段を降りる砂歌の姿。
 救世主三人は、生産性のない会話をしているが、お巫山戯に来たわけではない。光紀が是非玉座に座っていただきたいものだ、と焔の隣で口走った。
 琥珀は、砂歌が降りたのを確認すると門を閉めた。
 『さて、僕は戻りますね』
 「おう送ってくれてありがとよ」
 琥珀はあくまで砂歌とヴェーダを送り届ける係だった。焔たちは、それだけのことでも銃を持っていくことを海景が許可したことが意外だった。再び旋回し、戻ろうとした琥珀に触手が伸びた。それを砂歌が阻止した
 「さて、ミヤマだったか?わたしの妹をいたぶってくれたのは」
 「くっ」
 それまでいたぶっていたラプソディアとは比にならないほどのクラフトが、麗しい女神の姿をした王から溢れていた
 「へアッ!」
 「・・・Richter vom König des Eises氷の王より裁きを
 ミヤマは、攻撃することも出来ず、激しい吹雪に襲われ、さらに氷の茨が全身を縛り付けていた
 ・・・手も足も出ねぇ
 まさに氷の女神の名に相応しいほどの強さだった。レクイム教団での幹部の間では、ハーマ以外がヘルシェリンと謳っている。その名でも相応しくないほどの真言使いであることが理解出来た。
 彼女から発されるクラフトは、ミヤマが触れるだけで寒いを通り越して痛みさえ引き起こした。
 「なんなんだ、貴様は」
 「なんだ、恐れているのか?」
 「貴様などフィンスターニスからすれば敵ではない!」
 「ふむ・・・どうだか」
 ・・・フィンスターニス?
 ヴェーダも含め、焔たちはフィンスターニスという人物を知らないため、首を傾げる。砂歌が知っているということだけは理解出来る。
 「闇そのものだ」
 「え!?」
 「闇そのものを前にすれば、貴様など!」
 「そうか」
 ・・・フィンスターニス
 砂歌からすれば、そのフィンスターニスでさえ恐るに足らない相手だ。ミヤマは、砂歌の心の声を察することさえできない
 しかし、ミヤマのなかでは砂歌を倒したいという感情はなく、ラプソディアを殺したいという感情もなかった。
 「出来れば、あのスナイパーとやりたかったんだが」
 「琥珀と何か関係でも?」
 「アイツがガキの時に会ったんだが」
 その時、全員の脳裏に過ったのは十四年前、焔の父親を逮捕した刑事だった。その男がアンチになっていることにゾッとした。
 「本当にガンで死んだと思っているのか?お前」
 「どういう意味だよ!」
 焔は思わず叫ぶ。その瞬間を見ていたわけでもなければ、事件のこともほとんど知らなかった身だが、それでも自分の父親が貶められたことは事実だからだ
 「俺が懲戒処分になっちゃ困るからな、一度しか使えない細胞を操る真言でガンを作って、殺してやった」
 「狂ってる・・・」
 一度しか使えなかった真言であっても、それが原因で父が殺されたことは明らかだ。ガンであれば誰も殺人であったとは思わない。
 「驚いたぜ、まだ無期懲役になる前だったか。あのガキが俺に向けて言ったんだ。その日は一日遊園地に行っていたから、父が殺せる瞬間は一度もないってな」
 無罪であることを琥珀は確定済みだった。何故なら、遊園地で一日遊んでいたから。トイレ以外で離れた時はなかった。つまり、アリバイはなかったということになる。強制的に自供させなければ、アリバイが取れなかったことになり、白紙に戻ることになっていた。プライドを守るために暴力で捩じ伏せたのだ
 「十六歳になったあいつは何したと思う?父親と遊園地に行った写真を送り付けやがったんだ。日付も全て事件当日のことだった。強制的に自供させたことがそれでバレちまった。結果懲戒免職を食らった。俺の人生を返してくれ」
 清々するほどの開き直り具合と、理不尽ないい文句。怒りを通り越して笑いさえ溢れる。それほどの衝撃だった。人生を返してくれと言いたいのは、ミヤマではなく焔の父親だ。四人で幸せに暮らすことが叶わなかった琥珀や母親ではないか。誰もがそう感じた
 「アンチになって良かったぜ。このままアイツを殺して、アイツが守ると言った家族も全部──ぐぅっ!」
 「もう黙れ!」
 焔は我慢ならずミヤマを殴り付け、地面に叩き付けた。流石の衝撃に一瞬意識が飛かける
 「兄貴がどんな想いで生きてきたか、最近知ったばかりの俺だが・・・兄貴や母ちゃんを殺そうとほざいたテメェは許さねぇ!」
 焔の言葉を聴いた砂歌は、少しだけ退いた。家族を殺すと言われて怒ることは、人として自然なことだからだ。
 「きっかけというものは重要な材料のようだ」
 「らしいな」
 「うぉぉおおおおっっ!!!」
 雄叫びのような叫びを上げ、焔は駆け出した。相手は水という相性としては最悪の敵。しかし構わず突っ走る
 「はあああぁぁっ!」
 「そんなもの消してくれるわ!」
 火力を確立できていない焔の炎は消されてしまう。誰もが不安になるなかで、ただ一人、師匠だけは微笑んでいた。
 弟子が水に飲み込まれる。それでも砂歌は動じなかった。
 「簡単に消せると思うなよ!」
 水が昇華し蒸気となって上昇していく。消されるだけの火力しかだせないはずの焔の炎が、水を蒸発させるほどの火力を発揮したのだ。
 分子を操る真言で酸素を増やしさらに大きくした炎を纏う拳を、ミヤマの腹に叩き付けた
 「が、ああぁっ」
 目を見開き、ミヤマは勢いよく吹き飛ぶ。
 「お姉ちゃん、どういうこと?分子操作って」
 「やる気になる前に教えておいた。どうやら覚えていたらしい」
 師匠が内緒で教えた分子操作。空気中にあるあらゆる分子を使うのだ。真空にさえならなければ炎はいくらでも火力をあげられるのだ。そもそも補助属性が空気を操るものであったのだ。それを利用したのだ。
 「火が使えなければ意味がなかったからな。まさか教える前に掛け合わせてしまうとは」
 砂歌は肩を竦ませて苦笑する。さらに利用する手段がある、と重ねて呟いた。今のところは、周りの酸素を固めるだけとなっているが、最終的には相手の周りの酸素を消し去る真言を教えようと考えているのだ。
 「へへへっ、こちらの恨みもなめんじゃねぇぞ!」
 「恨み?恨みたいのは兄貴の方だぞ!」
 恨んでいたとしても、琥珀は堕ちない。自分の恨みに負けない。自業自得で人生を失った元刑事がアンチになったとしても、それを理解することなど出来ない。焔はボクシングの要領で殴り付ける。
 「ガキを飲み込め!」
 「ぐわぁぁっ・・・ゴホッゴホッ、水やっべぇ」
 氾濫した川が焔を飲み込む。逃げる隙もなく焔を流していく。凍らせれば焔ごと凍らせてしまうことになるため、流石の砂歌も凍てつかせることは出来なかった。岩壁に叩き付けられたようやく止まった
 「ゴホッゴホッ・・・ゲホッ・・・ッッ」
 濁流がさらに焔の元に流れ込んでくる
 ・・・やべっ、息もたねぇ
 呼吸がままならない。氾濫する川に足を取られれば終わりだ。
 『光紀くん、焔の正面を堰き止められるかい?』
 「あ、はい!」
 重く硬い金属の板で焔に流れ込む濁流を堰き止める。さらに指示で焔を飲み込んでいる水を、板を内側に曲げることで外に流した。
 「ゴホッゴホッ・・・光紀・・・」
 「大丈夫?」
 「やばかったぜ・・・ありがとう」
 焔と、堰き止めていた板を消し、溺れたことで体力を消耗した焔を肩で支える光紀に向けて雷と水を混ぜた真言を放った。しかしそれを砂歌が凍てつかせた。
 ビュンッという音とともに焔と光紀は浮く感覚に、後ろを向く
 「琥珀さん!」
 「兄貴!何で戻ってきたんだよ!」
 男二人を腕で持ち上げ、ジェット機に乗せた主は琥珀だった。怪我をしている腕に、負荷を掛けてしまった申し訳なさで光紀は謝罪した。
 「琥珀!!」
 珍しい砂歌の警鐘とともに、水と雷が合わさった龍が衝突した。
 「あっぶな!」
 衝突したように見えただけで、実際は寸前で琥珀と光紀が土と金属の盾を作っていたのだ。吹き飛ばされないように焔が支え、琥珀の操縦で抜け出し、三人が吹き飛ばされて大怪我を負うことはなかった
 「二人ともすげぇ」
 「土がなかったら感電死してましたね、多分」
 「水と雷に強いもんでね」
 無事に抜け出した焔たちを、砂歌は安堵した表情で見つめていた。
 「てか、マジでなんで戻ってきたんだ!」
 「聞いちゃったもんで」
 「・・・」
 機内がピリピリし始めた。琥珀の怒りを感じた。弟である焔にも、仲間である光紀にも痛みを感じるほどの怒りだ。焔を叱っていたときの雰囲気など比ではないほど。表情は能面のようだが、火のような氷のような熱くも冷たいものが目の奥に灯っているのを感じた。
 「なんて言うか・・・こういうのを腹が煮え繰り返るって言うんだね」
 「あ、兄貴」
 「せっかくご指名頂いたからさ。二人とも、降りてくれる?」
 ごねる焔を光紀が宥め、連れて行く。琥珀はジェット機で旋回すると、恐ろしい速さで地面目がけ、回転しながら加速した
 ・・・何する気だ?
 ジェット機が煙を噴きながら速攻で降下していく、思わず逃げようとするミヤマをジェット機で突撃した。そのまま岩壁に激突する。
 「兄貴!」
 激突した途端にジェット機が爆発した。黎や砂歌も驚愕の表情。
 「いってて」
 「どれだけ無茶をすれば気が済むのだ。君は」
 「すみません」
 「起き上がってくるよ!」
 あれだけの衝撃を甘えられながら、ミヤマは立ち上がった。実際は突撃される直前で雷でジェット機を粉々にしたのだ
 「あれ俺のだっての」
 「買えるだろ」
 「ちっ」
 断定され、ヴェーダは舌打ちしてそっぽを向いた。
 「ご指名ありがとう」
 「小さい頃に殺しておけばよかった」
 「殺したいのはこっちだよ。まさか本当に殺していたとは思わなかった。正義の皮をかぶってそんなことしてると思わないだろ」
 今にも爆発しそうな感情を抑えつけるような低い声音で呟く。本当は人生を返せや、恨んでいるという言葉に苛立っていたのだ。父を殺したと知り、怒りが爆発して殺してしまうのを必死で抑え込んでいるのだ
 「へへっ!!」
 ミヤマは三叉槍を構え、地面を滑るかのように体勢を低くし、琥珀目掛けて迫る。突き刺し叩き付けるつもりだ
 
 ──Stoβ突き刺せ
 
 琥珀は一言だけ呟いた。その時、ミヤマの全身を固め針のように鋭くした土が貫いた。それさえミヤマはスライムのように自分を液状化させてすり抜ける
 「人生を返してくれなんてよく言えたよ。ホントに・・・恨みに恨みで返すなんて、愚かなことは僕はしない」
 「俺から見ればお前は異常だ!狂っている!殺したいほど憎いはずの俺を恨まないだと?」
 「あぁ、そうだよ。僕は・・・そうやって自分を保って来たんだ。恨みのままにアンチになったお前とは違う」
 焔たちから見ても異常なほど、琥珀は自分の心を殺していた。恨むことは愚か者がすること。恨みに任せて戦うことも愚か者がすること。恨みに任せて人を殺すことも愚か者がすること。煽られたとしても、それに乗ることも愚か者がすること。敵から受ける全てを真に受けることさえ愚か者。そうして堕ちたアンチには絶対にならない。その意識が自分を押し潰しているも同然だった。
 「だったら・・・兄貴が恨まねぇなら、兄貴の恨みの分俺が殴ってやる!」
 「っ!焔・・・お前は」
 「兄貴の言う通り、俺は冷静に自分を押さえつけるなんて出来ねぇし、こういうやつに感情をぶつけねぇなんてことは出来ねぇ!俺が傷つく前に盾になることが役目・・・それが守ることだって言うなら間違ってる!」
 唯一の弟を守るために盾になる。琥珀はそう言った。しかし、焔からすればそれは間違いだった。そんな守られ方はしたくない。大怪我している兄を盾にすることはしたくない。そうされるくらいなら反抗する。殺すと言ったのは煽るため。そんなことは焔もわかっていた。しかし、冗談でもそれを受け止めて感情のままに戦わないなどということは出来なかった。
 「親父は、家族を独りで守れって言ったのかよ!」
 「っ・・・それは・・・」
 「なんで俺には何も背負わせてくれねぇんだよ!頼りないなんてことはわかってる!それでも・・・なんで俺にとってたった一人の兄貴を守らせることもしねぇんだよ!」
 焔は自分の兄でありながら、琥珀をどこかで苦手に思っていた。その理由が今わかったのだ。何一つ預けもしないで、家族の中にいながら殻に篭もって暗い場所で座り込んでいたのだ。そのことに気づいたのだ。
 「兄貴は、病室のベッドで寝てやがれ」
 「・・・勝手にしろ」
 どこかホッとしたような声音で静かに呟いた。少しだけ頼りにされたような気がして、焔も笑った
 「言っとくが、俺、使えんだぜ」
 「え?」
 焔は力強く笑うと、拳を握りると大きな炎が噴き上がった
 「今日教わったばかりじゃ・・・」
 「兄貴を殺すとか言われたから・・・キレた。俺の真言の源は怒りらしい」
 「普通に出せるようになれよ・・・」
 師匠である砂歌も頷いた。怒ってようやく火が出せるという危険すぎる焔の真言。
 「よし、兄貴は帰って寝ろ!」
 「嫌だよ。せっかく使えるなら見せてみろって話だよ。話はそこからだ」
 不気味な笑みを浮かべて、唐突にミヤマが飛んできた
 ──ドスッ
 燃え上がる炎を纏った拳がミヤマを貫いた。琥珀の瞳が揺らいだ。
 「ルビーすげぇだろ」
 「怒りと宝石ってこと・・・でいい?」
 「おう!」
 ドヤ顔の焔に、琥珀が頭を抱えた。単純だがそれも焔らしいかと思わず笑みが零れる。
 ・・・変わらないな、焔は
 幼い頃から単純で、イタズラされて怒り、意地悪されて泣き、そして今は怒りで強くなる。その変わらない弟の姿に琥珀はホッとするのだ。その単純さから来る純粋な優しさも。守聖になることに対して迷いなく頷いたときも、焔なのだと安心した。褒められない部分も含め、焔らしさは変わらない
 「そのままでいてくれよ、焔」
 「兄貴?」
 「自分の思いのままに戦ってこい」
 「おう!」
 子どもから大人に変わろうという年頃の単純な焔を、一言で奮い立たせオラトリアとの戦いへ送り込んだ。
 剣を使わず、焔は拳でミヤマを追い詰めていく。砂歌の思い通りに体術が異様に強くなった焔は、一発の拳がかなり重い。顔に当たれば脳震盪を起こすことは目に見えていた。
 三メートル近いミヤマは、的が大きいため焔の拳は確実に当たる。
 ミヤマもそれで退く相手ではなく、三叉槍で魚を貫くかのような素早さで突いてくる。ボクシングで培った俊敏性と技術で確実に躱す
 「出来んじゃねぇか、アイツ」
 「なぁ、そろそろ俺解放してくんね?」
 「あ、暁ごめん」
 存在さえ忘れられているのではと不安になった暁が、とうとう自分から解放してくれと頼んだ。苦笑を浮かべ、黎は暁を解放した。
 「はぁっ!だあぁっ!!」
 素早い拳をミヤマも寸でのところで躱す。激しく燃え盛る炎がミヤマの髪を焦がし、身体にも煤がつく
 拳と拳をぶつけ合い、焔は確実に弾く。相手が水を纏っていようが関係ない。それを蒸発させ、ほぼ素手と同じような状態でぶつかり合っていた。その二人を邪魔するかのようにアンチアルトディアが立ち上がる。しかし
 ──パンッ
 琥珀が一発腹を撃ち抜き、アルトディアを一瞬で倒れさせた。
 「邪魔するなら相手するけど、どうする?」
 「くっ・・・」
 立ち上がれないように残りの四発で脚や腕を撃ち抜いた。アルトディアの絶叫が響く。
 「急所は外したよ」
 「このままでは失血死してしまうぞ」
 焔が戦っている間に黎がアルトディアを浄化した。痛みだけが打ち勝ち、もはや恨みなど残っていなかったため、それほどのクラフトを出すこともなく倒れた。ラプソディアの特権により、正常のアルトディアに戻ることが出来た
 「琥珀お前」
 「どうかした?」
 暁が愕然としたような声音で琥珀を呼びかけた
 「傷口開いてんじゃねぇか・・・」
 「わぁお、せっかく塞ぎ始めていたのに」
 「言ってる場合じゃねぇだろ」
 
 ──behandelnベハンデルン

 砂歌は、治癒真言で応急処置でしかないとはいえ、しないよりはマシだろうと止血した
 「琥珀、今海景による説教への道を急行で走っているぞ」
 「えぇ、そうでしょうね」
 脅しにも近い砂歌の言葉を受けいれた。怒られることは承知の上でここに来ているのだから。門限はとっくに過ぎていた
 「くっそが!埒があかねぇ」
 炎の拳が水に消されてしまう。
 「ほむ、ら・・・うぅーん、思いのままにって言っちゃったからなぁ」
 心配になって指揮しようも口を開いた琥珀だが、思いのままに戦ってこいと言ってしまった手前、口を噤むしかなかった
 「うっ、があっ・・・いってぇ」
 ミヤマの攻撃が焔の横腹に直撃し、地面を転がった。しかしすぐに腕で飛び上がり、綺麗に着地する。ホムラのことが心配でハラハラしているコハクに、暁とヴェーダが溜め息を吐く。
 「うわああぁぁっ」
 着地したところですぐそこに来ていたミヤマが腹を蹴り、焔を打ち上げた。さらに飛び上がると、焔の背中目掛け腕を振り上げ叩き付けた。焔の体が地面に叩き付けられ、何度か打ち付けられるとそのまま転がった。その焔の背骨を折る気で膝を曲げ降下する。震えながらも起き上がる焔を潰すがごとく迫った。しかし、焔とミヤマの間に石柱が伸び、そのまま足に石柱が直撃した
 「痛そう・・・」
 見ている方も脛が痛むような錯覚に陥った。三メートルの巨体で、しかもそれに比例して体重も増加している。その状態で足に直撃したのだ。ヒビが入っていてもおかしくはない
 「焔ごめん、手出しちゃった!」
 「助かった!」
 琥珀は、見ていられなくなって手を出してしまったことを素直に詫びた。それに対して焔は助けられたことを素直に受け止め、ありがとうと返した。さらに落ちてくる瞬間にミヤマの足を銃弾が掠めたところを、砂歌は見逃していなかった。
 「琥珀」
 「はい・・・砂歌さま・・・」
 「次やったら本気で包帯で巻き上げるぞ」
 琥珀にとってはご褒美でしかないことを砂歌は知らない。暁は今すぐにでも殴りたかったが抑えた。怪我人を殴ることは、いくら暁でも出来ない
 「焔!」
 「え、ちょっと琥珀!」
 砂歌が制するが、琥珀は焔のところまで走った。
 「え、兄貴・・・」
 「焔、本当に冷静さ消えてるじゃないか。拳と拳の間に酸素の塊でも埋め込むんだ。火力上がるだろうし、さすがに火傷を負わせることくらいは出来るはずだ」
 大量の水と雷の真言が焔と琥珀に迫っていた。それにすぐに気づいた琥珀は、湿って焔の火が出なくなることを恐れ、咄嗟に焔の状態を伏せさせる。
 「痛ぅっ・・・」
 灼け付いたような痛みに琥珀は思わず呻き声を上げる。闇と水に雷も加えられた融合真言が少量とはいえ琥珀の背を濡らした。傷が本格的に開いたことで血が溢れ、パーカーを赤が染めた
 「兄貴!」
 「くっ」

 ──Felsen Turmフェルゼン・トゥルム
 
 琥珀が作り上げた岩塊がミヤマを覆った。
 「これなら当たるだろ。岩ごとぶっ壊してこい!」
 「おう!燃え上がれ、炎龍!」
 兄のアドバイス通りに多くの酸素を集めさらに火力を上げ、炎が龍のように燃え盛る
 「兄貴の分の恨み受けやがれ!」

 ──炎龍の闘拳!!

 威力、火力、焔自身の膂力全てが倍に膨れ上がり、岩をミヤマの骨ごと砕いた。ミヤマは、驚愕と激痛で歪んだ表情を滲ませたまま気絶した
 「なんか、期待できる、か・・・も・・・」
 「兄貴!」
 傾いた琥珀を焔は咄嗟に胸で受け止め腕で支えた。大量の血が焔のコートも染め上げていく。多すぎる出血に、光紀が金属の板を作り、それに包帯を巻きつけたあと、琥珀の背にまきつけた。直接圧迫止血法で流血を抑え、流血を少しでも抑えられている間に砂歌がさらに強い治癒真言をかけた。なんとか止血する。
 「もしもし、海景くんかい?琥珀兄さんが大変なんだ!病院に直行する!」
 状況を聴いた海景は一瞬息を詰まらせるがすぐに強く返事をするなり、早く連れて来いと催促した。緊急で治療することになったのだ。
 「兄貴・・・」
 「琥珀は大丈夫だ」
 「はい」
 「行くぞ!出来るだけ動かさないようにしっかり支えておけ」
 黎の召喚獣では琥珀の怪我に響くということで、砂歌の瞬間移動で病院へ向かった



 

 




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