雨音ラプソディア

月影砂門

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第三番 〜光の交響曲《リヒトシンフォニー》〜

第六楽章〜真実の譚詩曲《バラッド》

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 砂歌の瞬間移動で病院に直行すると、海景と数人の人型人工知能が玄関にいた。酸素マスクを付け、ストレッチャーに乗せると、手術室に入った。焔たちは海景を追い、手術室の前の椅子に座った。
 「手術しなきゃなんねぇほどなんですか・・・?」
 「・・・出血が酷かった。水だけでなく雷まで背中に受けたし、ダメージは余計に大きいはずだ」
 焔は、隣で冷静に淡々と呟く砂歌の腕を見た。不安なのか少しだけ震えていた。不安なのは焔だけではなかったのだ。暁とヴェーダは手術室の前をウロウロし、黎や恋は祈るように手を組む。犀と光紀と大誠は自販機でコーヒーや水を買ってきて全員に配った。
 「焔、琥珀兄ちゃんは大丈夫だぜ」
 「あぁ、そうだな」
 祈っていると、看護師が現れ、廊下を走っていった。慌ただしいため、余計に焦る。看護師は輸血パックを持ってきたのだ。
 「陰性なんだな・・・琥珀は」
 「緊急すぎて看護師も輸血パック忘れてたのか」
 人工知能で動いているはずの看護師が動揺していた。海景が作り出した人工知能は感情さえ持つ。特に感情を持つ人工知能は看護師として置いていた。
 「陰性って?」
 「血液の型でも希少な型だ。光聖国には一パーセントにも満たない数しかいない。なかったら危なかった。これだから動くなと」
 砂歌の瞳が揺れていた。心底不安なのだ。トローネや仲間であるということではなく、純粋に人としての心配だ。親友であり相棒である大誠も気が気ではなかった。
 「無茶しすぎなんだよ・・・」
 手術は二時間かかった。手術室のライトが消え、焔たちは一斉に立ちあがった。
 「海景」
 「一命は取り留めましたが、まだ油断はできません」
 血圧が著しく低下し、体内酸素供給量も急激に低下していた。血圧や供給量が安定するまでは予断を許さない状況だ。
 「とにかく・・・明日まで皆さん泊まっていかれますか?」
 「いいのか?」
 「構いません。不安であろうことは分かりますから。簡易ベッドしかありませんが、それでよければ」
 海景は、気を利かせてベッドを手配した。少しだけ胸がつっかえるような感覚がしたが、焔たちは仮眠室で休むことにした。明日になれば合わせてくれると伝えられ、焔はようやく眠ることが出来た。無論、夜中に何度も目が覚めた。誰もが落ち着かず、何度も寝返りをうったり、瞼を無理やり閉じたりする。眠れた気がしないまま、朝を迎えてしまった
 「眠れました?」
 「こんなに寝た気がしない睡眠はないな」
 「私もだよ」
 疲れて気を失うように眠ることさえあるが、昨夜に関しては全く眠り込むことは出来なかった
 焔たちは、面会時間になり海景とともに集中治療室に入った。酸素マスクが付けられた琥珀が見えた。そして、室内には無機質な電子音が一定で鳴っている。腕からは点滴が伸びている。焔は、兄が小さく感じ余計に不安になった
 「心拍数は百十と安定。血圧は七十の四十。酸素飽和度八十パーセント。体温が五度三分と低め。呼吸が十七。今のところは安定です」
 「そうか、ありがとう」
 焔は心拍数や酸素飽和度などと言われても何も入って来なかった。安定ですという言葉だけが励みだ。
 「母ちゃんは?」
 「昨晩手術後にいらっしゃって、今朝は着替えを持っていらっしゃいました」
 「そっか」
 焔と琥珀の母は、昨晩酷く狼狽えながら駆け付けた。手を握りながらずっと泣いていたという。
 「お父さんが亡くなったときと重なったと言っていましたね」
 「・・・そうか」
 琥珀も誰かを亡くすことにトラウマがある。それは母も同じで、真っ白なベッドで眠る琥珀を前にして動揺しないはずもなかったのだ
 「俺もしっかりしないと」
 「焔、自分の言葉に責任を持つのだぞ」
 砂歌は琥珀を見えない目で見つめながら呟いた。俺も家族を守ると言ったときのことを言っているのだ。ほんの昨日の話だ
 「兄貴・・・」
 「動いた」
 琥珀の手を握っている砂歌が小さく呟いた。その声に全員が琥珀を見つめた。
 「琥珀」
 「さ、が・・・さま?」
 「あぁ、わかるか?」
 「み、んな?」
 目を覚ました琥珀は集中治療室内を見渡し、全員がいることを確認すると、重い上体を起こそうと塞がっていない左腕で支え持ち上げた
 「バカ、起き上がるな。寝ていろ」
 「目を覚まして一番に映した人が砂歌さまとは・・・ここは天国ですか?」
 掠れ、酸素マスクで篭った声だが、いつも通りの琥珀を見せ、全員が安堵し、黎と恋はソファに座り込んだ。暁とヴェーダは壁に凭れ安堵の息を吐く。犀と光紀が顔を見合わせ微笑んだ。琥珀は海景に目線を移した
 「せんせ・・・これ」
 琥珀は左手で酸素マスクを指す。外していいかと聞いていることを察した。
 「仕方ないですね、どうぞ」
 海景から許可を得られたため、琥珀は酸素マスクを外す。酸素飽和度、心拍数、呼吸に異常はないことを確認した
 「個室に移しますね」
 「おねがいします」
 海景は、琥珀が元々休んでいた個室に移した
 「ありがとう」
 「琥珀さん・・・」
 「はい」
 じっと見据える琥珀を見つめ返し、息を吸うと
 「二度とこんなことしないでください!本当に死にますよ!?」
 黎や砂歌でも聞いたことのない海景の怒声に、病室がシンとした。琥珀の拍動が驚いたせいか早くなった。しかし、目を伏せると
 「・・・ゴメン」
 「分かればいいです。というわけで、紫苑、葵、紅音」
 「はい、海景さま」
 三体の人型人工知能が現れた。紫色の髪と瞳をした紫苑。青色の髪と瞳をした葵。紅色の髪と瞳をした紅音。色通りに名づけられたそっくりな三人
 「あ、この子たちは人工知能ではありませんよ?ホムンクルスです」
 人と言われても遜色ない三人に、砂歌以外が目線を移した。海景が育て感情を覚え、笑うことさえ覚えた人造人間。
 「言い忘れていたか。海景は医療系真言と錬金真言の使い手だ」
 「それで銃とかを造ることができるのですね」
 三つ子のホムンクルスは、琥珀をじっと見ていた。吸い込まれそうになる瞳に、琥珀は思わず逸らす。美人ではある。ホムンクルスと言われなければ人間と信じて疑わなかった。
 「この子たちが交代制で二十四時間体制で琥珀さんを監視します」
 「え・・・マジ?」
 「それくらいがちょうどいいと思うよ」
 黎が安心したように頷き言った。琥珀は勘弁してくれと心の底から思っているが、琥珀以外がどうぞよろしくお願いしますと言わんばかりの表情だった。それだけ心配をかけてしまったことに気づき了承した
 「紫苑たち、よろしく頼む」
 「承知致しました。砂歌女王さまのお願いと聞き及んでおります」
 「え?」
 紫苑が態とらしく口を滑らせた。唖然としながら見つめる琥珀から目を逸らす。頬が赤くなっていた
 「いつ?」
 「昨晩、寝付けなかったから海景に頼んだのだ。わたしの忠告も聞かずに真言使うわ、銃を使うわ、挙句焔を守るわ」
 海景だけでなく砂歌からの説教が始まり、琥珀は正座している気分になった。しかし、一国の王が一国民をここまで心配してくれていることに感謝した
 「言っておくが、君の家族を守るのは君や焔だけではないのだぞ?」
 「・・・」
 先程まで頬を染めていた砂歌は、ソファに座り琥珀を見つめた。見える訳では無いはずの瞳は、決して琥珀を映さない。そのはずなのに、その目に自分が映っていた。強く輝く宝石のような瞳は、琥珀をじっと見つめる
 「君たちの後ろにはわたしがいる。家族を守る君たちごとわたしが守ってやる。だから、君は安心して家族を守れ」
 「砂歌さま・・・」
 数千万という国民を守る砂歌が、名指しで守ると言い切ったのだ。目を見開いたのは琥珀だけではなかった。
 「お忘れですか?砂歌さま」
 「え?」
 「その僕ごと守ると仰ったあなたを・・・僕達が守ると。あなたの存在が既に我々を守っている」
 満身創痍であり、昨晩手術したばかりの琥珀が、それを感じさせない強さで言った。そして言い切ったあと、焔へ目線を移した
 「あ、兄貴?」
 「夢の中で父さんと会ったよ」
 穏やかな表情で夢の中に現れた父を見たと呟いた。それが自分の意識の中の出来事でしかないとしても、琥珀にとっては再会だ。
 「親父に会った?」
 「成長して・・・大人になった僕たちの孫の顔が見られなかったことが無念だって・・・」
 「俺も親父に会いてぇよ」
 焔は父親の顔を知らずに暮らしていた。別居中だと言われていたということもあり、それに疑問もなかった。しかし、父親は冤罪で無期懲役を宣告され、その先に死んだことを琥珀の口から聴かされたのだ。何も知らずに暮らしてきたことに、焔はどこかで母や琥珀に対して罪悪感を覚えていた。
 「写真見る?」
 「え、いいのか?てかあるのか?」
 琥珀は、砂歌がくれたシンボルから懐中時計を取り出し、それを上手く焔に投げた。年季の入った金色の懐中時計。焔は慎重に懐中時計を開けた。そこには、幼い二人と父と母。幸せそうに笑う家族四人の写真
 「遊園地に行った時に撮ったやつだよ。それが最期の四人揃った家族写真」
 父が休日に連れて行ってくれた遊園地。それが家族四人の最後の思い出でもあった。それを写真に残したのだ。
 「父さんね、ずっとそれを持って励みにしてたんだって」
 「親父・・・」
 「見直したよ・・・焔」
 「え?」
 琥珀は、心底安堵したような、どこか嬉しそうな表情で呟いた
 「ありがとう、殴ってくれて」
 焔は琥珀の言葉に目を見張る。琥珀も心の中では、殴り撃ち殺してしまいたいほどの怒りが湧き上がっていた。焔をあれ以上傷つけていれば、傷が開こうがどうなろうとミヤマを殺していただろう。微笑を浮かべながら物騒なことを呟いた。
 「僕の代わりに怒ってくれてありがとう」
 「兄貴・・・」
 琥珀の心に触れ、焔は思わず泣き出した。その焔を、手を伸ばせない琥珀の代わりに師匠である砂歌が姉のような優しさで撫でた。
 しばらく和気藹々とした談笑をする。
 「すまない、そろそろ戻らなくては」
 「すみません、ご心配をおかけ致しました」
 「いいや、ゆっくり休むといい。用が終わったら来る」
 砂歌は、なにか重要な話がある可能性もあるからと光紀とヴェーダを残し病室をあとにした。琥珀は、砂歌を目線だけだが見送ると、口を開いた
 「ちょっと真剣な話をしてもいい?」
 「え、あぁ」
 「大誠、棚の傍に置いてある紙とって」
 棚の傍に紙の束が置いてあった。大誠はそれを取り、琥珀に渡した。その書類をヴェーダに渡した。その内容にヴェーダは目を見開いた。覗き込んだ焔たちも息を詰まらせ、琥珀を見る。琥珀は頷いた
 「これ、マジなのか」
 「憶測でしかないからさ、あまり真に受けないでね」
 「いやいや、憶測だとしても真実味ありすぎだろ」
 焔たちはヴェーダの言葉に同意する。推測でしかないという琥珀がまとめた書類は、推測にしてはあまりにも信憑性があった。
 「考察したうえでの結論を言うと・・それの通り、オンブルやグリムを生成している存在は、ジェードだ」
 「マジか・・・」
 琥珀は暁の呟きに頷いた。ここにいないが、砂歌にとってトラウマでしかない相手だ。そのジェードがオンブルやグリムを生成しているのでは、ということが琥珀の推測だ。これを海景も聞いていた。
 「スピリト国の歴史を調べてみたんだ。歴史書から」
 「スピリト国の歴史書は現在のものとは別の文字を使っていたはずでは?」
 「だから解読した」
 恐ろしいレベルの知識の豊富さに、光紀は言葉を失った。それが城の書庫にあったことも驚きだが、それを解読し、さらに考察し犯人を突き止めたことには驚きを通り越して恐怖さえ覚えた。
 「スピリト国の王族は皆、同じ真言の使い手であることがわかったんだよ。スピリト国という名の通り、魂操作。ただね・・・」
 「ただ?」
 「スピリト国の歴史は七百年。そしてレグノの汚名を着せられたのは六百年前」
 そこで焔以外があることに気づいた。スピリト国は七百年前に建国され、たったの百年でレグノとして世界じゅうから忌み嫌われる国となった。
 「歴史を調べるとね・・・ゾッとした」
 「ジェードよりヤバいこと、書類にねぇけど」
 「敢えて書かなかった。この国の闇が見えた」
 砂歌が命懸けで守ってきたこの国に闇が見えた。しかし今の国ではなく、かつての光聖国のことだ。現在はこの国はどこから見ても美しい国として崇拝さえされているほど
 「その本を持ってきた」
 「光帝国?」
 「先代の国名だよ。この国は王が変わると国名が変わる。そして、この国の歴史は、三千年前から続いてる」
 「え・・・ちょっと待ってよ」
 黎はこの国が三千年前からあるということにゾッとしていた。三千年前。つまりは、シンフォディアやファディアやセレナディアがいた時代。その時代に既にこの国の前進はあった。
 「多分だけどね・・・黎ちゃん、砂歌さんの前のオラトリアに嘘を教えられているよ」
 「嘘・・・カンタータのお話?」
 琥珀は静かに頷いた。琥珀は海景にベッドを起こしてくれ、と目で伝えた。話しやすい楽な姿勢になると、息を吐く
 「背中、痛くねぇのか?」
 「ん?大丈夫だよ。柔らかいベッドだし」
 琥珀は、心配そうに呟く大誠にしっかり頷いた。大誠は安心したように微笑んだ
 「琥珀兄さん、カンタータのことも調べたのかい?」
 「うん。シンフォディアはセレナディアとの戦いの末に眠ったって言ったね?ここからはまぁ昔話だから流しながら聞いて」
 琥珀の言葉に全員が渋々頷いた。知る覚悟は出来たのだ。嘘であるかもしれないという黎や暁から教わったラプソディアとカンタータ、そして守聖の話ではなく、琥珀が調べ尽くしたラプソディアの出生の秘密
 「あの、僕は聞いてもいいんですか?」
 「うん、問題ないよ」
 琥珀は一拍間を空けると昔話を始めた。

 およそ三千年前、厳密に言えば3300年前。光真言を調律したシンフォディア、影真言を調律したファディア、闇真言を調律したセレナディアが存在した。
 シンフォディアは光聖国の前身であるシュトラール帝国の皇帝。しかし、この皇帝は砂歌と同じく男として生きた女帝。
 ファディアはシュトラール帝国の第一位の騎士で、シンフォディアの護衛。
 セレナディアは闇の国フィンスター王国の王で、シンフォディアと友好的な関係を築いており、同盟を組んでいた。
 フィンスター王国のセレナディアの先代の王は、他国と関係を築くことを嫌い世界会議以外に姿を見せなかった。帝という冠を持っていたシンフォディアは、世界において一番の権威を誇っていた。世界各国の王の賛成により、フィンスター王国のセレナディアの父は王権を剥奪されてしまった。こうしてセレナディアは即位した。シンフォディアと同じく若くして王となったセレナディアは、フィンスター王国初の同盟を結んだ。
 光と影そして闇は均衡を保ちながら親友という関係となった。三人が全ての真言の基本となった属性を創造し、それぞれの勢力を上げ、その頃敵であったユーベルという大国の暗黒という全てを飲み込む属性を持つ存在との争いが激しさを増した。
 そこで土を中心として、火・水・木・金という属性を調律し、それらの属性を持つ十人の真言使いを誕生させた。彼らをシンフォディアとセレナディアに五人ずつ戦力として加わった。シンフォディアには、五大騎士とともにファディアという騎士長が戦力として含まれていたため、勢力としては世界最大であった。セレナディアは五大兵を戦力として置いた。やがて、ユーベル国との激しい戦争は二大同盟国により鎮まった。
 ユーベル国との戦争が鎮まると、シンフォディアとセレナディアが会う機会が減った。そして、三人が出会ってから100年後に三人の間に亀裂を入れる事件が起きた。それは、シンフォディアとファディアの結婚。シンフォディアには後継者が必要であり、高い戦闘力を誇るファディアを迎え結婚した。セレナディアは、シンフォディアとファディアの結婚式に出席した。そこでは二人を祝福した。セレナディアはシンフォディアが女性であることを知っている数少ない存在だった。セレナディアはシンフォディアに対し、密かに思いを寄せていた。それを知らないシンフォディアとファディアは結ばれ、やがて後継者となるべくして生まれた双子が誕生した。
 セレナディアの怒りは沸点に達した。怒りの矛先はシュトラール帝国へ向けられた。悲劇の戦争は100年に渡った。その100年の戦いは、この星そのものが影響を受けるほど壮絶なものだった。
 戦いの末、勝利したのは満身創痍でありながらもシンフォディアであった。その後、光と闇の均衡が傾いたことで世界が滅亡しかけた時、シンフォディアは復活真言で光と闇の均衡を戻し滅亡を防いだ。しかし、その真言の負荷は大きく、シンフォディアは傷を癒すために眠りについた。世界は滅びずに済んだが、時間は光と闇の戦争が始まる直前まで戻された。シンフォディアの意志を受け継いだ者と、セレナディアの意志を継いだ者の争いは繰り返された。遺されたファディアは、争いが始まる直前に生まれ、影響により生まれた日まで遡った双子の兄妹にそれぞれ力を授けた。兄であるカンタータにはファディアの守護の力を授け、妹であるラプソディアにはシンフォディアの強い浄化真言を授けた。セレナディアの方は、その部下の一人が子どもを闇から作りあげた。
 光は眠り、闇は封印され、多大な影響を与えた世界は今も争いを繰り返し続けている。そう物語の最後は締め括られていた

 話し終わった琥珀は、ふぅと息を吐いた。しばらく病室に沈黙が流れた。
 「・・・ラプソディアとカンタータは、双子だった」
 「そう。シンフォディアとファディアの間に生まれた双子の兄妹。ラプソディアは長女。カンタータは長男だそうだよ」
 シンフォディアがファディアを自分の騎士として選んだように、ラプソディアもカンタータを選ぶ権利がある。ラプソディアとなった赤ん坊は、仲良くなった存在をカンタータとして選ぶ。さらにシンフォディアが誕生させた五大騎士は、戦いのさなかに亡くなっていたため、ファディアは命懸けでバラバラに散らばった五大騎士の意志を継いだ五人の子どもたちを探し当て力を授けた。
 「シンフォディアは、生まれた娘を守り、息子とともに戦ってくれるだろうと信じて五大騎士を選んだんだ」
 「それが守聖」
 「そういうこと。解読大変だったんだからね。調律者の物語。見てよこれ」
 琥珀が適当に開いてページを見た焔たちは、思わず顔を顰めた。脳をフル回転させてこれを解読し、簡潔にまとめ焔たちに説明した。恐ろしいほどの労働力だった。
 「まさか、勉強せずに読んでた本って、これか?」
 「そうだよ」
 「真実を知ることが出来てよかった。ありがとう、琥珀兄さん」
 涙を浮かべながら琥珀に礼を言う。琥珀は本当に妹が出来た気分になり、思わず撫でた。黎も、優しい兄に撫でられているような感覚に嬉しそうに笑った
 「お姉ちゃんの手とは違うけれど、また違った優しい感覚だ」
 「それは嬉しいね」
 鋭い視線を感じ、琥珀はその視線に沿って顔を向けた。案の定、暁が睨み付けていた。怪我していなければ殴られることが確定していただろうと苦笑する
 「琥珀兄さんの手、凄いね。どれだけ銃を持てばこうなるのかな」
 「さぁね。痛かったかい?」
 「ううん、なんかね、強いの。お姉ちゃんは柔らかくて優しいの。で、琥珀兄さんは強くて優しいの」
 家族がいない黎は、姉がいたら兄がいたらという感覚を砂歌や琥珀から知ったのだ。姉は柔らかくて優しい手で、兄は固くて強くしかし優しい手。
 「ただねぇ・・・気づいたことがある」
 「どうしたの?琥珀兄さん」
 「腕を上げると痛いことに気がついた」
 背中のついでに腕の傷も開いていたことをすっかり忘れ、無意識で腕を上げたことで鈍い痛みを感じたのだ。
 「あ、あの・・・」
 「話途中じゃね?この国の話」
 「いやぁ・・・この国の話をするのはねぇ憚れるんだよ」
 「え、なんでだ」
 琥珀が口籠もり、どうしようかと顎に手を添える。
 「まぁ、オンブルがこれ以上増えないようにするために、まずジェードから片付けよう。うん、そういうことにしよう」
 話はそれだけではないということを、鈍感な焔でさえ察した。話すこと自体が禁忌なのか、気が進まないのかどちらかだ。理由もなく黙る琥珀ではないことを焔たちは知っていた
 「なんで話せねぇんだ」
 「この国の闇にはね・・・砂歌さまが関係しているんだ」
 「え・・・」
 この国の闇を知ろうと思えば、嫌でも砂歌が受けた多大な被害を知ることになる。琥珀でさえ理解できないほど残酷な、砂歌の真実が見えてしまったのだ。
 「砂歌さまがこの話を聞いていた場合を考えると・・・ちょっとね。可哀想すぎる」
 「そんなに酷いのかい?」
 「僕は、酷いどころじゃないと思ってる」
 砂歌にとってはショック以外の何物でもないほどの真実。世界中どこにいても声が聞こえてしまう砂歌が聞いていないという保証はない。ラプソディアの話は出来ても、この国の闇は話せない。シンフォディアの意志を継いだはずの国が隠す裏の顔。守り続けたシンフォディアや初代ラプソディア、そして少しずつ時代が進むに連れて、光聖国の先代まで腐っていたと言っても良かった。
 「まぁ、安心したのは先代王は裏とは密接ではなかったことだね」
 「ヤバイ母親は?」
 「お察しの通りだと思うよ」
 琥珀の言い方からすると、紛れもなく砂歌の母は裏で関わっていた。視力を奪った時点で闇でしかないとしか言えないと琥珀は補足した
 





 



 
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