訳あり救世主が天上から降臨されたようです

月影砂門

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第三章〜光蓮輪舞〜

第五話〜光輪〜

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 一哉のクラスはハプニングにより授業がなくなり、教室の修理もしなければならないという理由から三日ほど学級閉鎖となった
 

 「まぁ・・・休みになるのは良いんだけどね。その間に龍くんに術かけられるでしょ」

 「三日の休みの間に起きられたら良いんだけどね」

 「そこは光さんの気力ですよね」

 「気力でどうにかなるものなのかね?」


 一哉たちは下校中である。明は、気を失っている慈を軽々と横抱きにしながら、普段と全く変わらぬ速度で歩く。どんなに慈が軽くても、自分には出来ないなと一哉は項垂れる


 「はぁ~私が現役のブッダならストゥーパで海浄化したのになぁ」
 
 「倶留孫さまの力異常だもんね」

 「これでも元ブッダだしね」


 浄化できる技量や心も清らかで、さらに神聖な力は底なし沼と表現できるほどに膨大だ。慈はほとんど倶留孫の血を継いでいる。戦闘力は慈も申し分ないが、倶留孫はブッダ随一の戦闘力で、釈迦如来の浄化能力よりも強かった。慈はその浄化能力を受け継いだために、天上からの期待も大きい。しかし天上にいる者たちは、それが慈にとって途轍もないプレッシャーであることを承知だ。本人が言わなくとも察している。


 「歴代一位だからね」

 「ルタくんには劣ると思うんだけどなぁ」

 「またまたご謙遜を」

 
 天上の者からすれば倶留孫は畏怖する相手だ。纏う聖なる力は本気を出せばブッダ以下の仏ならば余裕で跪かせる


 「倶留孫さまが戦うところを見たことがありません」
 
 「多分ほとんどの人が見てないと思うよ。龍くんは見てるね」

 「あぁ、海からも見えているからの」


 生前はあくまで人間だった。しかし死後ブッダとなった倶留孫は、あらゆる才能が何倍にも膨れ上がった。金剛夜叉明王くらいなら真面に渡り合える。戦闘能力が特に高い明王部の二位と互角。倶留孫に会ったことのない地獄界の者たちから見ればハッタリだと揶揄しただろう。しかし、倶留孫が只の仏ではないことは、目の前にすれば自ずとわかる


 「そういや、提婆達多だっけ?」


 唐突に聖が問いかけてきた。釈迦教団から独立したと思えば独自の教団を作り出した存在。穏やかで普段常に微笑で佇んでいるような釈迦が破門にするような問題児だ


 「慈が、昼に闇が迫る夢を見るって言ってただろ?提婆って慈の夢の中に出てきてねぇのかな」

 「・・・うぅーん、私の経験上だけど、夢に出てくるものは大抵これからのことだから。煩悩の塊が夢に出てきたのなら、数日間の内にそれが現れることになると思うよ」


 慈も倶留孫も、いつも遠い未来を予言するわけではない。普段見る未来はあくまで近い内に起こること。倶留孫の経験上、それらの予知は全て現実になっている。同調力の高い慈は、その予知の質も高い。


 「夢で浄化したって言ってたけど」

 「夢で浄化したものは、一部じゃないかい?夢は一つの次元と説く。夢は天上よりも狭く、地上より広い。そして仏の眼が普段一度に見る夢の範囲は十メートル圏内だ」

 
 倶留孫は、仏の眼が夢に見る十メートルという狭い範囲でこれから起こることを予知しているに過ぎないと言う。見ている場所が変わるだけであって、見える範囲は限られている。十メートルの範囲内にいる煩悩を消し去ったとしても、これから来たる未来の煩悩の塊の一部でしかない。


 「さらに大きいと言うことですか?」

 「うん。さっき出てきた龍はおそらく十メートルじゃ収まらない。あの龍が強くなったやつが出てくると考えていた方がいいだろうね」


 もはや脅しに聞こえる倶留孫の言葉。倶留孫が目測したところ、学校に出た龍は五十メートルはあった。それがさらに強くなったものを慈は夢で見たのではないかと推測した


 「あとついでに、私が昨日見た夢には湖があった」

 「湖・・・湖に一体龍が封印されておったはずだ」

 「封印が解けかけている。もしくは出てきちゃってるかもしれないってことかな」


 悪龍とはいえ、封印される者はあまりいないと光は言った。よっぽどの問題児が封印の対象となる。生憎、その湖には特に凶暴な龍がいる


 「龍とは言いつつ蛇だがの」

 「蛇なんですか?」

 「左様。三つの首を持っておった。で、遠い昔に倶留孫さまが討伐したと聞くが?」


 一斉に倶留孫を見た。所謂悪鬼や悪獣や悪龍の類は釈迦がブッダとなる以前の頃に討伐しまくっていたこともあり、記憶も朧げなものだが、三つの首を持つ蛇を討伐した気がすると呟いた


 「気がするって・・・完全にその蛇忘れられてるんじゃ」

 「三つ首あったなぁってくらいだね」


 三つの首を持つ蛇はそういない。そうそう忘れるようなものではないはずなんだけど、と明は苦笑した
 

 「倶留孫さまって変わっていらっしゃいますね」

 「そうかい?でも敵を全部覚えていたら頭がパンクしてしまうよ」


 毎日のように戦をしていた身としては、百人単位の敵兵を覚えている必要はない。戦死した者たちのストゥーパを立て、弔えば終わりだ。その時に名前は覚えていても、次の戦で上書きされる形になる。よって、一番新しい敵の名は鮮明に記憶していた


 「ちゃんとストゥーパは立ててるんだね」

 「当たり前じゃない。倒した身としての礼儀だよ」

 「なるほど、その志は見習うべき点でございますね」


 戦王と名を馳せた倶留孫は、人の営みに苦悩しながら、人の死に嘆きながら、敵への弔いの心も忘れなかった。名は忘れたとしても倶留孫が立てたストゥーパは今も遺跡として残っていた。倶留孫は、クシャトリヤは互いに礼儀を尽くすべきだという独自の倫理を持つ。人を馬鹿にする者は負ける。無礼な者は然るべき罰を受ける。世界は天から見れば不平等なようでいて平等。残酷なまでに平等。差別をしている者たちなど、天から見れば愚かな存在であり、差別するほどの差は双方にはない。


 「ブッダになると分かるよ」

 「平等だってこと?」

 「あれだけ差別した人間も、仏から見て何の違いがあるんだって話さ。幾分か差別しない者と比べて劣る」


 ブッダになれば嫌という程人々の魂に天秤が見える。笑いながら悪口を言っている者は劣るし、だからと言って復讐などと言っている者も同じく劣り、歪んでいる。それを見てきた身だからこそ、人に思うところがあるのだ。生前に人の営みに苦悩し、ブッダになって悟ったことは罪ある者には罰があり、罪なき者には救いがあり、男と女は子どもが産めるか産めないか。傷つければそれが返ってくる。世界は平等に回っているということ。


 「罪を犯してない人の方が少ないとは思うけどさ」

 「確かに」

 「感じることはブッダによって違うから。私の場合がそれだったってだけで、ルタくんは別のことを悟っているかもしれないし。マイちゃんだって別のことを悟るかもしれない」


 ブッダになったものだからこそ分かることがあるのだ。ブッダとなった後の苦しみも理解してあげられる。だからこそ、菩薩として苦しむ慈の苦しみもわかる。そのために降りてきたのだ。数万年ぶりの地上の穢れようには吐き気を催したとはいえ


 「そんなヤバかったの、地上って」

 「夜ってあんなに暗かったかなって。電気がなかった時代でさえこんな暗くなかった。知ってるかい?星、少しずつ消えてるんだ」


 この地上に降りた途端に感じた密度の濃い闇が、世界を染めているのかと錯覚するほど酷い有様だったのだ。宇宙にまでそれが届き始め、星が身を隠してしまったのだ。光が届かなくなるほどの密度の煩悩だ。


 「人が増えたっていうのもあるね。七十億だっけ、多すぎるよね」

 「マジで思うよ。なんでこんな増えたわけ?」

 「昔の神だったら消してるよ、多分」


 今の神は優しいというか甘いと倶留孫は言い切った。同類の神は罰しないが、相手が人間ならば別。神にとって人とは世界を汚す存在でしかなかったのだ。だからこそ消した。しかし、今の神は消さずただただ見守っている。天からの裁きは下さず、人が裁く。世界の秩序は変わった。光と闇の均衡を保ってきた世界の在り方を、神が変えてしまったのだ。秩序を変えたために、少しずつ光と闇の均衡がズレてきているのだ。


 「ほんっとに、天上の者総動員レベル。地上にいたら感じないかもしんないけど、確実に滅亡は近いよ」

 「なっ・・・」

 「そんな・・・」

 「煩悩の末に起こることは一つ、戦争だ。人同士で消し合うよ」


 人と人の対立。それが大きくなれば戦争になる。戦争は人を唯一減らせる手段。神が命じたのではなく、人間が判断したこと。それを神の名の下にと言って人を殺すことを正当化する。煩悩により世界が滅亡するのは決して遠い未来ではない。


 「マイちゃんがここに来た理由、わかったかい?」

 「そうか。これまでも人の煩悩が人を傷つけて来た。今度はそれが戦争に発展する。昔も今も変わらないんだね、人って」

 「水にゴミは捨てるし、よく分からん液体は流すし、よく分からんプランクトンは増えるし」


 人の無自覚な罪の大きさを認識せざるを得ない。故意の罪も許されないが、無意識のうちに犯している罪も許されるものではない。自分は何も悪くないと、無関係だと他人事にしている者こそ世界を穢しているとは毛ほども思わない。慈以外が溜め息を吐く


 「それでもわたしは・・・救うと決めた」

 「慈ちゃん・・・」

 「煩悩を全部消すことは出来ないが・・・その根源を浄化することならできる」

 「ディーバの浄化ってことか」


 愛することも煩悩ならば、それを消してしまえばそれこそ世界は虚無に満ちることになる。提婆達多は人の愛する心さえも奪おうとしている。ほんわかしている釈迦にとっても天敵のような相手だ


 「強くなってるみたいだしね。アチャラナータも油断しない方がいいよ」

 「そうみたいだね」


 その時、地震のように激しく揺れた。すぐに倶留孫が千里眼を飛ばした


 「あーらら、出て来ちゃったみたいだ」

 「今日のことだったの!?てかさっきも出て来たよね?」

 「マイちゃん、調子は?」

 「なんら不調はありません」


 闇と雷が直撃したものの、慈の身体に異変はなく、普段通りの体調だった。少し眠っただけでこれだけ回復したのだ。


 「私の子孫なだけあるよねぇ。自己治癒能力高いね」

 
 骨が折れようと、片腕が千切れようと、倶留孫は一分もかからず完治する。不死身の身体は戦うときはいいが、ショック死するような激痛でも痛いだけで無傷だ。慈とは違って倶留孫の体は倒れることも許さない。


 「なかなか大きいね」

 「煩悩ではないから余計辛いものがある」

 「ただ浄化するだけじゃ無理だもんね」


 邪気を浄化することなら出来るが、それまで弱らせる必要がある。もしくは浄化せずに倒すかだ


 「あんな悪龍というか蛇なんぞいてもいなくても同じだがの」

 「一応同種ではないのですか?」

 「倶留孫さまの封印解くなんてどうなってんの?」

 「三千年前だよ?」


 その場が静まった。三年前でも三十年前でも三百年前でもない。三千年前。まだ釈迦さえ生まれていない時代に封印した蛇。封印が少し脆くなっていても不思議ではない。それだけ持ち堪えた封印が丈夫だといえる


 「楽しみです、倶留孫さまのストゥーパ」

 「結構チャクラに頼ってるだけだけど」

 「チャクラ?」


 チャクラとは光輪のことで、仏や神、天使などの聖なるものの頭上か頭の後ろに置かれる円光のこと。絵画などで描かれていることが多く、本来具現化することがない。それだけの聖なる力があるのだ。


 「ストゥーパにチャクラを乗せて当ててるだけのことだよ」

 「明らかに強そうなのだよ」

 「強そうというか、強いだろうな」

 具現化しないチャクラが目に見えるうえ、それをストゥーパで操るのだ。かなり応用が利く術でもある


 「車置いて来ちゃったよ、そういえば」

 「何してんのさ」

 「ま、いっか。瞬間移動するよ」

 「お願いします」


 倶留孫は、ストゥーパを掲げると器用に回転させた。翠色の光の軌跡が肉眼で見える。その光の輪からベールのような光が降り、一哉たちを包み込んだ

 目を開ければ、湖の前に一哉たちは佇んでいた


 「ね、空間まで操るわけ」

 「どういう仕組みなのかね?」

 「三昧耶業がストゥーパだからね、倶留孫さまは」


 ほんわかとしたムードを壊す地響きに、一斉に正面を向く。三つの首の蛇が首を持ち上げじっと見据えていたのだ


 「大きすぎるのだよ」

 「龍王はあんなものだぞ」

 
 少年の姿をしている光も、真の姿は、今首を持ち上げて獲物を狙う蛇よりも巨大な蛇だ。蛇でありながら真ん中の蛇の頭には王冠が載っている。それだけの権力があるということだ


 「雷のストゥーパ投げようと思ったけど、他の魚さんたち可哀想だよね」

 「うぅーん、まぁ可哀想だけどね」


 慈もだが、倶留孫も生き物を全て愛している。暴れる蛇の討伐のために湖に棲まう生き物を巻き込みたくはない。


 「あぁ、そっか。生き物に秘術をかけてあげればいいんだよね」
 
 「意味がわかりません」
 
 「要するに、生き物たちに我々の攻撃で影響を受けないように一種の結界を張るってことだよ」


 人間と光以外の天部が倶留孫の言葉に唖然とした。秘術をかける相手を特定すればそれだけで効果が得られる。倶留孫は笑顔で、ストゥーパとチャクラはいくらでも応用が利く言った。明は、倶留孫さまだからこそできる技だと補足した
 

 「よし、これでいいね」

 「詠唱なしかよ」
 

 聖からの最もな疑問には一哉たちも頷いた。付き合いの長い明や慈、水底から千里眼で見ていた光でさえその辺りは謎だった。しかし倶留孫さまだからという理由だけで納得させていたのだ。

 
 「あの蛇、どうするの?封印?浄化?討伐?」

 「浄化です」

 
 浄化できるのかと慈以外が首を傾げる。仏陀第一継承者が言うことに倶留孫以外が拒めるはずもない


 「つまり、弱らせなきゃ行けないわけだ」

 「うっわぁ、水あるところかぁ・・・」

 
 カナヅチである明は、湖や海という溺れる可能性の高い水場が苦手だ。そして光は、現在あまり戦わせるわけには行かない。慈と、光以外の天部、倶留孫と人間二人で戦うことになる


 「よし、天部とカズくんと聖くんに秘術かけとくね」

 「はい?」

 
 倶留孫は、天部であるキンナリーと仁王、頼りないが人間である一哉と聖に強化秘術をかけた。それぞれの攻撃力、防御力、俊敏性、自己治癒力を高めたのだ。さらに人間二人は筋力も上げた。
 

 「これは・・・」

 「すごい、底上げされてる気分だわ」


 元仏陀の力を思い知る。武術だけでなく秘術さえ秀でていた。戦王と呼ばれる所以を理解した
 

 「さて、完全水相手にアチャラナータを当てるわけには行かないし、ナナも戦わせられない。マイちゃんも浄化しなきゃなんないからさせられない。妖精さんたちはマイちゃんを守ってくれ」

 「了解です」

 「承知致しました」


 妖精さんと呼ばれたことに関して少し腑に落ちなかったが、三人は気にしないことにし、笛、ハープ、琵琶をそれぞれ構える。音楽に長けた天部なだけあり、普段鉄扇で戦う蘭も楽器で戦うことにしたのだ。


 「天上界の伝統芸能だよね」

 「まさに」

 「リンちゃんの娘って聞いてたんだけど、歌わないのかい?」


 倶留孫は伝説のキンナリーリンの娘である蘭に向けて言っている。歌姫だというキンナリー蘭が笛を持っていることに疑問を抱いたのだ。歌うのであれば弦楽器を使うだろうと思ったのだ


 「最終手段が歌です」
 
 「なるほどなるほど。それじゃ、マイちゃんは任せたよ」

 「はい!」


 倶留孫は、一哉と聖と仁王を背に先頭に立った。先頭で兵を率いて何万もの人間と戦っていた頃の名残だった。歴戦の戦王として名を馳せた頃の
 倶留孫は、一本のこれまで出してきたストゥーパとは異色の金のストゥーパを出した。一哉たちは何をするのだろうと倶留孫の動きを見る。そのストゥーパをすっとなぞる。すると
 

 「剣?」
 
 「うん。金龍だよ」


 何人もの血を吸ってきた倶留孫の分身ともいえる金一色の剣だ。血を吸っていながら、その剣はひとつの穢れもなく、美しい金色を保っている。一哉は、豪華絢爛とはここで使うのかと思い至った


 「仁王くん二人はあの蛇の前後に結界を張ってもらえるかな?」

 「了解です」

 
 鬼門を守る来斗は正面、裏鬼門を守る灯李は背後に移動する。双子である来斗と灯李は息をぴったり揃え蛇を縛る。


 「ついでに、アチャラナータ。君も金縛りやって」

 「あ、はいはい」


 木陰に座って見学していた明は、唐突に金縛りをしてくれと言われ一瞬だけ戸惑った。しかし戸惑ったのは一瞬だけだ。不動明王金縛りの術を使い、蛇の動きを完全に封じた。


 「これで存分にできるね。人体化するかもしんないから油断は出来ないけれどね」

 「これも人体化できるのですか?」


 一哉が明らかに不安そうな顔で問いかけた。光が人間の姿で地上界にいられるのだから、天上界に属す者たちは人間の姿になれると一哉の不安など気にせず言い切った。追い込まれてしまった場合、この蛇が人間の姿で襲い掛かるかもしれないと、淡々と告げた


 「君も暴れたくなってきただろう?」


 倶留孫は相棒金龍の柄に口付け不敵な笑みを浮かべて呟いた。その様子に明と光は察した。倶留孫は久しぶりに本気で戦うつもりであると。それが証拠に、倶留孫の声に呼応し金龍が白い光を放った。「武器だって生きているんだ」が倶留孫の信条である

 
 「一哉くんと聖くん、出番ないかも」


 様子を見ている明は、この中で最も弱い人間二人に告げた。倶留孫からみれば、この二人の戦闘力に大した差はないのだろう。世界と同じく平等な思考を持つ存在だ。

 
 「ありがてぇよ」
 
 「恐ろしすぎるのだよ」
 
 「というか、倶留孫さまの戦い激しいからさ、巻き込まれちゃうかもしれないからこの辺いた方がいいよ」


 倶留孫は穏やかな顔をして戦闘となれば忽ち戦闘狂と化す。潰す訳ではなく、敵だと分かれば倒れるまでやるような仏だ。
 倶留孫は不敵な笑みを浮かべると一飛びで蛇の頭まで飛んだ


 「いやいや、ジャンプ力どうなっているのだよ」

 「空間系のチャクラで浮遊じゃないかな」

 「あの人は強いぞ。剣に関しても」


 天上界きっての剣豪が、倶留孫の剣術を認めている。
 蛇の頭まで飛び上がり、視界に入らないように正面は避け、一瞬頭の上に着地する。頭を足蹴にすると、回転しながら切り付けた。回転運動による遠心力が働き、勢い付けた剣が蛇の硬い皮膚を深々と抉り鱗を剥がす。光がそれを見てゾッとする。硬い竜王の皮膚であろうと、あの剣は抉り剥すと確信したからだ。さらに、抉られ剥がされ薄くなった皮膚に雷のチャクラを込めたストゥーパを突き刺した。蛇の叫びが響く。近くにいた倶留孫は全く気にしていない。


 「いやえっぐいな」

 「倒せそうなのはいいのだよ・・・少し怖いのだよ」


 倶留孫の戦いを見た事がなかった慈は、戦闘力だけでなくそれに関わる全てのステータスの高さに驚愕する

 
 「サンダナーガ」


 叫び続けていた蛇が突如止まった。先程まで抉っていた本人の穏やかな声音と言葉。あまりにも優しいものだ


 「君の名前は、サンダナーガくんだったね」

 
 ・・・忘れてたって言ったじゃんか
 明は思い出した。倶留孫は、人の心を読んでオーラなども読取り名前を特定することが出来るのだと。明の友達も特定し、墓標を立ててくれるような人だ。そしてシヴァという破壊神の墓標も
 

 「えぇっとね・・・人間になるとかやめてくんない?三千年前も確か人間になったよね?」


 暴走蛇が人体化するまで追い込み本気にさせてしまったのだ。倶留孫はようやくそれを思い出した。ただ、その本気になったサンダナーガを封印しているため、強さは倶留孫の方が上である
 

 「お望みはこの姿か?」

 「望んでないよ。やるっていうなら別にいいけどさ」


 倶留孫は横にしていた黄金の剣を縦向きに持つと、その剣に手を翳した。黄金の剣が翡翠色のチャクラを纏う。サンダナーガは、何らかの秘術を完成させまいと倶留孫に襲いかかった。倶留孫はサンダナーガなど目にも留めなかった
 一哉たちは爆発したかのような盛大な音に目を見張る。目の前にクレーターができており、その底でサンダナーガが立ち上がっているところだった。


 「何をしたんだ、倶留孫さまは」

 「あれは闇に対して絶大な効果を誇るカウンターのチャクラ」

 「カウンターか」

 「うん。倶留孫さま以下の力を持つものは尽く弾かれる」


 触れられない以上倶留孫以下の敵は攻撃を当てることすら出来ないのだ。しかし、倶留孫の邪魔をしない限りはそのチャクラが発動されることは無い


 「強いどころじゃないですよ、これは」

 「明、あの人をよくボコボコにできたな」
 
 「今思うとね、あの人本気じゃなかったよ。神を相手にしながら、目的は戦うことじゃなくてオレの友達の墓を立てることだった」


 シヴァであった頃の明を相手にしながら、倶留孫は別のことを考えていた。見ていたのは戦うシヴァではなく心。神は心がないなどと言う者もいるなかで、倶留孫は心を見た。


 「さぁて、できたできた」

 
 サンダナーガが起き上がり、飛び上がった頃に完成してしまった。サンダナーガにとってはほぼ絶望的な秘術の完成だ。
 倶留孫は、上空に掲げた金龍を中心とし、五行全ての神の力を代行するのだ


 木の神句芒コウボウ

 火の神祝融シュクユウ

 金の神蓐収ジョクシュウ

 水の神玄冥ゲンメイ

 土の神后土コウド

 私の声に応えその姿を顕せ


 虚空からそれぞれの属性の色を具えた五つのストゥーパが顕現した。それらのストゥーパが勾玉のような形に変わり美しい円を作り上げた。勾玉から覗く七色の光が地上に差した
 慈を思わせる美しい微笑を浮かべ、閉じていた瞼を上げれば夜空を映したような瞳が現れた


 「迷える者へ救いの光を捧げ給う」


 逃げようのない五色の光は、サンダナーガを直撃した。貫いたような錯覚に陥ったが、その光はサンダナーガを包み込んだ


 「さて、マイちゃん!」

 「はい!あなたを救う大いなる慈悲を・・・届け、アムリタ!」


 真っ白な光から黄金の雨が降り注ぐ。その雨は、身体から濃紫色のオーラを纏うサンダナーガに注がれた。冷たいはずの雨は不思議と暖かく優しいものだった


 「す、すごい・・・もっと長引くと思っていたのだよ」

 「俺も思ってたぜ。こんな早く終わるんだな」

 「早すぎて呆気ないとさえ思えてくるわ」

 「反則ですね」


 明は、何かを忘れているようなと天を仰いだ。和気藹々と談笑するなか、倶留孫が降りてこない。仁王の二人は晴れ晴れした顔をして戻ってきた。それまで展開していたストゥーパが全て虚空へ返っていった。そのとき、自分を浮遊させていたストゥーパまで消えたことで滞空できず落ちてきた


 「うおぉっと、忘れてたよ」


 水面に体を叩きつけられそうになる寸前で、明が抱き留めた。カナヅチである明が湖に落ちないように、風使いの優姫が浮かせ岸まで引き寄せた


 「どうしたんですか!?」

 「大丈夫だよ、気を失ってるだけだし」

 「気を失っている時点で大丈夫ではないのだよ」


 水面に向かって急降下していたために気絶したわけではないということは一哉たちにもわかる


 「倶留孫さまはね・・・戦闘後こうなる」

 「剣で戦うには問題ないのだが、ストゥーパで大技を放つと倶留孫さまの体力が保たないのだ」


 金龍を使ったところで気絶したりしないが、先程の五神の力を代行したり、常にチャクラを放ってカウンターしたりすることは、本人にとっても負担でしかないのだ。大ダメージを負わせる代わりに、大量の体力が消耗してしまうということだ


 「ダメじゃねぇか」

 「本人にデメリットしかありませんよ」

 「メリットしかないって言ってるよ、本人は」

 
 救う代わりに自分は確実に倒れる。それを倶留孫自身承知しているし、自分の身体のことは倶留孫が一番良く知っている。誰から見ても本人にはデメリットが多い。現に明に横抱きにされている倶留孫は、衰弱しているうえに目を覚ます気配がない。しかし、倶留孫本人がメリットしかないと断言していた。


 「私が大技を放って人々や侵された悪鬼の類を救うことで、その人も救われ、無関係の者たちも救われ、そして自分はそれを見て嬉しい。ね、メリットしかないでしょってね」


 強すぎる思いと、人のことを考える優しさに感化せざるを得ない。元ブッダだからということは関係なく、倶留孫が生前から持っている人としての心だ。本人は同調して傷つき、体力も大幅に消耗し、それでも救われた人々の顔を見て喜ぶ。傷みに泣きはせず、苦しみに嘆きはせず、悲しみに傷めもせず、衰え死ぬことに恐怖は抱かない。しかし、人々の傷みに泣き、人々の苦しみに嘆き、人々の悲しみに傷め、人々が死ぬことに恐怖し、そして救いの道へ導く。それが倶留孫の生き方だ。生前も、仏陀になってからも、隠居してからも。人々の穢れた心や罪を知りながら、それでもそうして生きてきたのだ。強すぎる心に誰もが倶留孫の前に跪く。誰よりも長い間倶留孫と過ごし旅した明でさえも。


 「慈くんのようなのだよ」

 「わたしなんてこの方には及ばない。仏陀の頃も今もこの方に及ぶ者などいないだろう」


 倶留孫の生まれ変わりのような存在であり釈迦のような強い浄化の力を持つ存在である慈は、普段弱音を吐かないが、倶留孫にだけは相談していたのだ。


 「でも、明日光さんのストゥーパ作るんですよね?大丈夫なんですか?こんなに消耗されているのに」

 「忘れてるね、みんな。この人、一時間すれば全回復するよ。怪我は数秒、病気は数分、力は三十分、体力は一時間だね」


 脅威の回復力を明は身を持って知っている。スタミナはないのに頑丈で、どんなに攻めても傷一つ付けられないのだ。


 「ところで・・・倶留孫さまは養護教諭ではないのかね?」

 「・・・あっ!」


 倶留孫は自分の現在の仕事を完全に放棄し、サンダナーガを救う方を優先した。仏としては正解だが、この世に生きる存在としては間違いである。


 「ま、まぁ別に副養護教諭いるんでしょ。大丈夫だよ」

 「そ、そうですよね」

 「あそこ、副養護教諭はいなかった覚えがあるのだが・・・」


 保健室に行った時、もう一人の保健の先生らしき人はいなかった。つまり、保健室の先生は不在ということになる。


 「ちゃんと連絡したよ。出張ですって」

 「・・・な、なるほど」


 倶留孫は、目を覚まして一言目にそう告げた。無断早退はしていないということだ。出張ではないが。


 「さて、少し休んだら開発進めるよ」

 「よろしくお願いします」

 「うん、任せてよ」


 明に横抱きにされながら、ふらふらと手を振った。任せてよと言うには頼りなく、手を振ったあとだらりと腕を下ろした。一哉たちは、倶留孫に苦笑しつつも帰宅した





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