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第四章~白雪ノ宴
プロローグ〜釈迦と千仏の祖
しおりを挟む約紀元前500年前、天上界に新たな菩薩が来た。強い力を持つ物柔らかな印象を受ける容姿から女にも見えるが男だった。長髪を結い上げた男の姿をしていた。その男は八十歳ほどして地上より涅槃を遂げて仏となった。二十代後半ほどの若い男の姿をしていた。その男の名はゴーダマシッダールタ。釈迦如来と呼ばれ親しまれることになる仏陀であり、仏教の教祖である。釈迦は、生前に見た城のような立派な建造物の最上階に来ていた。たどり着いた部屋の中心に、雲で出来た大きな椅子に座る人物がいた。その椅子の周りに半円を描くストゥーパが立ち並んでいる。気を研ぎ澄ませ、椅子の上で結跏趺坐を組んでいる。その人は、近づいた釈迦に気付いたのか瞼を持ち上げた。その人が瞼を持ち上げた途端にチャクラがふわりと舞うように広がった。思わず跪いた
「やぁ、君が次期ブッダだね」
「ゴーダマシッダールタと申します」
「じゃあルタくんね。アチャラナータから聞いたよ。悟ったんだってね」
厳かな雰囲気を出しながら結跏趺坐を組んでいた者とは思えない陽気な声に、釈迦は思わず唖然とする。
「私は倶留孫だよ。現仏陀」
「ここに呼ばれたのは・・・」
「君が次の仏陀だって言うからさ。席を譲ろうと思って」
「え、いま?」
当然だというふうな表情で頷いた。「天上の奥にいい物件を見つけて、これからそこで隠居しようと思ってね」と釈迦の戸惑いなど構いもせず言い切った。すごく住み心地が良さそうなお屋敷なんだとこれから隠居するという場所に引っ越すのを楽しみにしている様子だった。近寄り難い人物だと思っていたが、釈迦の緊張は直ぐに解れた。仏陀はこういう存在であるべきなのだとそこで学んだ。
「それじゃ、仏陀ってめちゃくちゃ大変だからね。私一万年くらいここにいたもんだから飽きちゃったんだ。んじゃ、有意義にね」
この屋敷に飽きたから代わってくれと言わんばかりの言い草に、釈迦はさらに戸惑う。一万年もの間仏陀として地上を見守っていたことを不動明王が告げた。
「不動明王、俺でいいのでしょうか?」
「お前しかいなかろう」
不安そうに尋ねてくる釈迦に、不動明王は当然だと頷いた。不動明王はこんな厳かな雰囲気を醸し出しているが、実際は穏やかだ。少し短気で好戦的な部分もあるとはいえ、刺激さえしなければ怖くないと仏陀になったあとに聞いた。情報源は難陀竜王であった。釈迦に着いていたのは、不動明王よりも難陀竜王の方が多かった。水底から見守っていたということもあり、釈迦のことはよく知っていたのだ。意外と優柔不断であるところや、頑固なところなど。
「まぁ不動はあんなだが、優しいのだ」
「そうなのか。あなたは仏陀になんとも思わないのか?」
「どういう意味だ」
「畏れないのか、と」
難陀竜王は、畏れるところなどひとつも無いから畏れていないと断言した。それに釈迦は少しホッとした。挨拶に来る者たちは自分をあまりにも特別視しているからだ
「特別視されねばならぬ者だからな」
「そ、そうなのか。少し寂しいな」
「仏陀とあろう者が寂しいか」
「不動、相変わらず言い方がキツい。言うことは分からんでもない」
仏陀でありながら孤高であることを寂しいと思う釈迦を、不動明王は呆れたような目で見ていた。仏陀は孤高でなくてはならない。仏陀は誰より特別でなくてはならない。信仰されなくてはならない。地上でも神界でも地獄界でも同じであり、どの世界にも王という存在が必要。その存在に選ばれたからには、それ相応の覚悟を問われる。突然地上から天上に来て仏陀になれと言われた釈迦からすれば、あまりにも酷だった。しかし、倶留孫はすぐに受け入れた。それを見ている不動明王と難陀竜王は、人間らしい仏陀に呆れた。人間であったからこそだとしても、煩悩を絶ったと聞いていたのだ。寂しいという一種の煩悩を頂点ともあろう者感じてしまっているのだ
「覚悟も修行も足りないのではないのか?」
「まぁ、不動の言うことは間違いではないな」
覚悟を問われる。それもなく。修行をする途中でやめて悟れず別のことでようやく悟った。そんな自分に二人は足りなさ過ぎると告げる。
「飽きたとか言って隠居した倶留孫さまは、すぐに受け入れたぞ。まぁアレは特殊でな・・・」
「特殊というか倶留孫さまの例しか知らんだろうよ、不動は」
倶留孫が仏陀になってすぐに天上に招かれた不動は、そのブッダの恐ろしさを知っていた。だからこそ、このブッダの貧弱というか軟弱さに嫌気が差していた。仏陀になるという認識が甘すぎると釘を刺した
不動明王と難陀竜王が部屋から出たあと、釈迦は肩を落とした。なんで自分だったんだろう。他にも自分より相応しい人はいるはず。頭の中で悶々と悩んだ
「お悩みかい?ルタくん」
「倶留孫さま!」
「あの二人に相当言われたみたいだね」
倶留孫は、苦笑しながら告げた。何もかもを見透かすような金色の瞳がじっと釈迦を見つめる。それもとても優しい目だ
「私は仏陀になったとき、孤高でいようとは思わなかったよ」
「え?孤高であることと」
「畏怖の念抱かれて見られていたらそれはもはや孤高だ。誰も持たない至高の心を持つならば、それはある意味孤高だろ?」
たった一人の高い心や志、悟り、思い。それらを持っているなら孤高。畏怖の念を抱かれている存在は皆、そこ至高の心を持つ故に強いから。心の強くない者は仏陀にはなれない。その強さから畏怖の念を持たれてこそようやく孤高。
「君は君の心を仕舞わず、みんなに分かってもらわないと。地上ではそうして来たんだろう?天上で出来ないなんてことは、ないよね?」
仏陀となったあと、釈迦は何かを忘れていた気がした。自分だけの気持ちを押し込めていたのだ。地上では説法をして救う旅をした。なら天上でも同じ方法で味方に付ければいい。天上の彼らが自分を持ち上げる。そうすれば勝手に孤高にしてくれるさと笑った。
「どうやって孤高になろうとか考えなくていい。寂しいって思ったっていい。君は、君の心をそういった気持ちで染めてはならないよ」
今度は少し厳しい瞳で告げた。釈迦の胸に手を置く。それだけなのに釈迦は緊張で喉が渇く。一万年も孤高に居続けた者だからこそ持てる威厳という訳では無いのだと感じた。不動明王や難陀竜王のいうように、覚悟も強さも天上にいるものにおいて勝る者などいないだろう。そう思わせるほどの雰囲気を湛えていた。
「自分を持つんだ、ルタ。認めてくれるのを待つだけじゃ仏陀にはなれない。君が動くしかないんだ」
「はい」
倶留孫は、置いていた手を離し美しく微笑むと踵を返し扉の方へ向かった。その先に不動明王と難陀竜王の姿。厳格で恐ろしい強さを誇る二人。その二人が倶留孫が出ていくのをお辞儀をして見送ったのだ。紛れもなく二人が認めている証拠であった。
そして後日、釈迦は倶留孫のもとへ向かった。そこに杯を飲みながら談笑する三人。
「え、えぇっと・・・」
「倶留孫さま、釈迦来たよ」
「いらっしゃい、どうしたんだい?」
釈迦は何をするべきかを考えたと言ってそれを強い口調で告げた。不動明王と難陀竜王はへぇと感心したような声でリアクションを取り、倶留孫は「そうかい」と言ってにこりと笑った。
「やってごらんよ、ルタくん。この偉そうにしてる二人に見せつけてやんな。この二人の腰砕くくらいやっていいから」
倶留孫に心酔している二人。その二人を跪かせるほどの強さを見せつけてやれとイタズラっぽい笑みを浮かべて言った。
釈迦が出した答えは、地上でしたそのままのことだ。仏陀自ら屋敷から出て、大きな菩提樹の木の下で天上の者たちに自分の想いを演説したのだ。こういう仏陀になる。人生はこういうものであり、人という存在はどういう存在か。懸命に説いた
「初々しいというか何というか」
「屋敷から出てやるとは思わなかった」
「なるほどなるほど。ルタくんは同じ目線で話をしたかったわけか」
椅子ではなく、地べたに座り説く姿。確かにそれは仏陀らしくない。しかし、無理に孤高にいようとする必要などないのだと、倶留孫から学んだ釈迦は、自分なりの考えをここに示した。
「さぁてと・・・私たちの息子は元気だね」
「元気に菩薩してるよ」
「何故二人の間に生まれて菩薩止まりなんだ」
如来を浮かべてみなよと不動明王に言われ、難陀竜王は浮かべた。大日如来、阿弥陀如来、釈迦如来という恐ろしいメンツ。そして菩薩は、普賢菩薩、観音菩薩、地蔵菩薩などなどここに並べるだけでもすごいよ、と倶留孫は言う。元仏陀と神の子なら天部に入れればいいのにと難陀竜王は密かに思う
結果、二人の間に生まれた息子は天部に行き、神として崇められることとなった。
「まぁ、今回の仏陀に期待するかな」
素直に認めればいいのにと相も変わらず偉そうにする不動明王に、倶留孫と難陀竜王はため息を吐いた
釈迦如来は、後に仏史上最も崇められる存在となり、倶留孫はさらに深い場所に隠居した。
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