訳あり救世主が天上から降臨されたようです

月影砂門

文字の大きさ
9 / 31
第一章~秋恋讃歌~

エピローグ~降三世夜叉明王~

しおりを挟む

 それは、ゴーダマ・シッダールタが仏陀になるよりも前に仏陀が誕生したときのことだった。不動明王は、その場に立ち会っていた。
 不動明王が護り続ける彼は、大日菩薩。のちに大日如来の化身として、不動明王は動くことになる。身体中に炎を纏わせる不動明王。彼は、大日菩薩の悟りの修行を見守り続け、決してここを動かないと石造のようにじっとその時を待っていた。時に彼を邪魔しようと襲う悪鬼を燃やし尽くした。
 

 「お、これは・・・」


 そのとき、膨大な光が広がった。その光景の美しさに厳格な不動明王も微笑む。不動明王は、ようやくその場で立ち上がった。それまで一歩も動かなかった彼が、明王と呼ばれる存在にしては小柄な体に誰もが怖気づく覇気を纏わせ、悠々と歩きだす。そして、倶利伽羅剣を掲げ、倶利伽羅龍を天に放つ。すると


 「何事か」

 「目覚めたのだ」


 三界の全ての生き物がその場に集まった。しかし、一人だけその場に現れないものがいたのだ。その存在を不動明王は探し出す。


 「大自在天シヴァか。金剛夜叉明王、シヴァを呼んできてくれ」

 「はい、畏まりました」


 不動明王は、まずは金剛夜叉明王を使わせた。彼は、慌ててシヴァがいる場所まで飛んで行った。不動明王を怒らせるなど、三界の生き物全てが恐れる事態になってしまう。それは、眷属である八大童子は特に思い知っている。彼の怒りはどんな鬼をも怯えさせる。


 「シヴァ、大日如来が悟られた。すぐに来い」


 夜叉明王は、ここで異変に気付く。自分の明術でもシヴァの姿が見えないのだ。


 「やはり、持明者が使いに来たか」

 
 持明者とは、インドの魔法を使う者という意味だが、このなかでは夜叉明王のことである。シヴァは、彼が来ることを予想していたのだ。彼らが不浄を嫌うということを知っているため、不浄なものを幻術で作り上げ、四方に張った。そうすることで、夜叉明王の明術から逃れていたのだ。不浄の結界のせいで近寄ることもできない。
 夜叉明王は、このあとに起こることに怯えながらも不動明王の前に戻ってきた。連れて来なかったことで罰されると思ったのだ。


 「なるほど・・・オレがいく」


 不動明王は、自ら赴いた。確かにそこには結界が張られており、どうしても破ることはできそうもなかった。触れるのも憚られる。


 「不浄金剛、召還」

 
 不動明王が厳かな声で告げると、すぐ隣に不浄金剛が現れた。不浄金剛とは烏枢沙摩明王のことである。彼は、その不浄を全て喰らい尽した。


 「よくやったよ」

 「はい」


 不動明王は、素直に烏枢沙摩明王を褒めると、シヴァとその妃を瞬時に捕えた。その様子に三千世界の神たちは怯えていた。最高神シヴァがいとも簡単に捕えられてしまったからだ。不動明王は、捕えたシヴァを地面に引き摺りながら仏陀の前に連行した。あのシヴァが引き摺られながら連れて来られたことに、八部衆だけでなく他の明王など、三界の生き物は騒然としていた。


 「わ、我は神々の王!汝らは夜叉に過ぎぬだろうが、我こそ三千世界の主!」


 シヴァ神はそう何度も逃げようとした。そのシヴァを、不動明王は凍てつくような目で見つめていた。自分たちを愚かな夜叉というならば、お前は何と喩えようかと言わんばかりの目で。


 「仏陀さま、如何いたしましょう」

 「断罪すべし」


 仏陀の言葉に三界全ての生き物が目を逸らした。これから行われることの恐ろしさを知っているからだ。これから行われるのは、調伏だ。


 「な、何をする気だ・・・!」


 不動明王は、シヴァとその妃ウマーを踏み潰し、絶命させた。神さえも殺す。それも、顔色一つ変えずに。その姿に、難陀龍王とその弟は、仕方ないなとシヴァの遺体を冷めた目で見た。このシヴァを殺した姿が降三世夜叉明王である。降三世夜叉明王とは、すなわち三世の主シヴァを下す夜叉のことである。不動明王は、不動明王の名とともに降三世夜叉明王の名も冠することとなった。


 「この男、どう処分いたしますか?」


 不動明王は仏陀にさらに問う


 「蘇生せよ」

 「承知しました」


 不動明王は、返事をするとシヴァの前に座り法界生真言を唱え、シヴァとその妃を復活させた。いとも容易く絶命させた存在を復活させた姿に、金剛夜叉明王はどんなに時間をかけて修行をしても、この明王には勝てないと思い知った。もとより、敵うとも思っていなかったが。
 復活したシヴァは喜ぶも不思議がった。


 「この夜叉は何者だ?」


 シヴァが、不動明王を差しながら大日如来にそう尋ねる。すると、大日如来は応えた。


 「この明王こそ、諸仏の主である」


 シヴァは、大日如来の言葉に感激し、不動明王に頭を下げた。全てにおいて尊いとされる諸仏の上にも、さらに主物の主がいることを知ったことと、この明王のおかげで自分も将来仏になれるという権利を得たのだ。それにシヴァは大いに喜んだのだった。
 こうして、大日如来という仏陀の誕生を祝う集会は無事に行われた。


 そして、その数千年という年月が経ち、一哉という人間は生まれた。その一人間は、その諸仏の主がここにいるということを未だに信じられずにいた。その主の上にさらに尊い諸仏がいるのだ。一哉は、寺に眠っていた密教経典の一つである不動尊の伝承を読んでいた。


 「ちょっと、一哉くんなんてもの見てるのさ」

 「不動くん」


 自分の武勇伝を恥ずかしそうに取り上げ、取れないところに置いてやると言って走り去って行った。その姿に、一哉は可笑しくなって吹き出したのだった。
 



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。 ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。 「君は分かってくれると思っていた」 その一言で、リーシェは気づいてしまう。 私は、最初から選ばれていなかったのだと。 これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。 後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、 そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

処理中です...