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第一章~秋恋讃歌~
エピローグ~降三世夜叉明王~
しおりを挟むそれは、ゴーダマ・シッダールタが仏陀になるよりも前に仏陀が誕生したときのことだった。不動明王は、その場に立ち会っていた。
不動明王が護り続ける彼は、大日菩薩。のちに大日如来の化身として、不動明王は動くことになる。身体中に炎を纏わせる不動明王。彼は、大日菩薩の悟りの修行を見守り続け、決してここを動かないと石造のようにじっとその時を待っていた。時に彼を邪魔しようと襲う悪鬼を燃やし尽くした。
「お、これは・・・」
そのとき、膨大な光が広がった。その光景の美しさに厳格な不動明王も微笑む。不動明王は、ようやくその場で立ち上がった。それまで一歩も動かなかった彼が、明王と呼ばれる存在にしては小柄な体に誰もが怖気づく覇気を纏わせ、悠々と歩きだす。そして、倶利伽羅剣を掲げ、倶利伽羅龍を天に放つ。すると
「何事か」
「目覚めたのだ」
三界の全ての生き物がその場に集まった。しかし、一人だけその場に現れないものがいたのだ。その存在を不動明王は探し出す。
「大自在天か。金剛夜叉明王、シヴァを呼んできてくれ」
「はい、畏まりました」
不動明王は、まずは金剛夜叉明王を使わせた。彼は、慌ててシヴァがいる場所まで飛んで行った。不動明王を怒らせるなど、三界の生き物全てが恐れる事態になってしまう。それは、眷属である八大童子は特に思い知っている。彼の怒りはどんな鬼をも怯えさせる。
「シヴァ、大日如来が悟られた。すぐに来い」
夜叉明王は、ここで異変に気付く。自分の明術でもシヴァの姿が見えないのだ。
「やはり、持明者が使いに来たか」
持明者とは、インドの魔法を使う者という意味だが、このなかでは夜叉明王のことである。シヴァは、彼が来ることを予想していたのだ。彼らが不浄を嫌うということを知っているため、不浄なものを幻術で作り上げ、四方に張った。そうすることで、夜叉明王の明術から逃れていたのだ。不浄の結界のせいで近寄ることもできない。
夜叉明王は、このあとに起こることに怯えながらも不動明王の前に戻ってきた。連れて来なかったことで罰されると思ったのだ。
「なるほど・・・オレがいく」
不動明王は、自ら赴いた。確かにそこには結界が張られており、どうしても破ることはできそうもなかった。触れるのも憚られる。
「不浄金剛、召還」
不動明王が厳かな声で告げると、すぐ隣に不浄金剛が現れた。不浄金剛とは烏枢沙摩明王のことである。彼は、その不浄を全て喰らい尽した。
「よくやったよ」
「はい」
不動明王は、素直に烏枢沙摩明王を褒めると、シヴァとその妃を瞬時に捕えた。その様子に三千世界の神たちは怯えていた。最高神シヴァがいとも簡単に捕えられてしまったからだ。不動明王は、捕えたシヴァを地面に引き摺りながら仏陀の前に連行した。あのシヴァが引き摺られながら連れて来られたことに、八部衆だけでなく他の明王など、三界の生き物は騒然としていた。
「わ、我は神々の王!汝らは夜叉に過ぎぬだろうが、我こそ三千世界の主!」
シヴァ神はそう何度も逃げようとした。そのシヴァを、不動明王は凍てつくような目で見つめていた。自分たちを愚かな夜叉というならば、お前は何と喩えようかと言わんばかりの目で。
「仏陀さま、如何いたしましょう」
「断罪すべし」
仏陀の言葉に三界全ての生き物が目を逸らした。これから行われることの恐ろしさを知っているからだ。これから行われるのは、調伏だ。
「な、何をする気だ・・・!」
不動明王は、シヴァとその妃ウマーを踏み潰し、絶命させた。神さえも殺す。それも、顔色一つ変えずに。その姿に、難陀龍王とその弟は、仕方ないなとシヴァの遺体を冷めた目で見た。このシヴァを殺した姿が降三世夜叉明王である。降三世夜叉明王とは、すなわち三世の主シヴァを下す夜叉のことである。不動明王は、不動明王の名とともに降三世夜叉明王の名も冠することとなった。
「この男、どう処分いたしますか?」
不動明王は仏陀にさらに問う
「蘇生せよ」
「承知しました」
不動明王は、返事をするとシヴァの前に座り法界生真言を唱え、シヴァとその妃を復活させた。いとも容易く絶命させた存在を復活させた姿に、金剛夜叉明王はどんなに時間をかけて修行をしても、この明王には勝てないと思い知った。もとより、敵うとも思っていなかったが。
復活したシヴァは喜ぶも不思議がった。
「この夜叉は何者だ?」
シヴァが、不動明王を差しながら大日如来にそう尋ねる。すると、大日如来は応えた。
「この明王こそ、諸仏の主である」
シヴァは、大日如来の言葉に感激し、不動明王に頭を下げた。全てにおいて尊いとされる諸仏の上にも、さらに主物の主がいることを知ったことと、この明王のおかげで自分も将来仏になれるという権利を得たのだ。それにシヴァは大いに喜んだのだった。
こうして、大日如来という仏陀の誕生を祝う集会は無事に行われた。
そして、その数千年という年月が経ち、一哉という人間は生まれた。その一人間は、その諸仏の主がここにいるということを未だに信じられずにいた。その主の上にさらに尊い諸仏がいるのだ。一哉は、寺に眠っていた密教経典の一つである不動尊の伝承を読んでいた。
「ちょっと、一哉くんなんてもの見てるのさ」
「不動くん」
自分の武勇伝を恥ずかしそうに取り上げ、取れないところに置いてやると言って走り去って行った。その姿に、一哉は可笑しくなって吹き出したのだった。
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