訳あり救世主が天上から降臨されたようです

月影砂門

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第二章~外ツ国怪奇譚~

第二話〜獅子の国へ

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 十一月中旬。一哉たちの修学旅行が目前に迫っていた。そして、そんな明日に迫った夕方。修学旅行で一番大変なことは、旅行中ではない。旅行する前の準備である。三泊五日の修学旅行。明たちが地上界に住むようになってから初めての外の国。その国は仏教やヒンドゥー教を主に信仰しているということもあり、明たちにとっても行きやすい場所ではある。


 「赤とか黄色の服は持って行っちゃいけないんだっけ?オレ赤多いんだよなぁ」

 「大体、なんでその国の上流階級のために私らが合わせねばならぬのだ」


 どう考えても慈や明、神である光や蘭の方が身分は上だ。しかし、人間として地上にいる以上、その国の身分に合わせる必要がある。少しプライドの高い光にとっては、面白くはないだろう。学年で三クラスずつが入れ違う形で修学旅行に行くことになっている。


 「男女で別れるんでしょ、もう最悪なんだけど」

 「仕方ないのだよ」


 慈たちがいない間に、一哉たちは男五人で話し合っていた。女子チームは四人で服を選びに行った。キンナリー三人はまだしも、弥勒菩薩慈が執着していないということもあり、自分たちの主の服を選んでいるのだ。


 「ずっと思っていたのだが。地理の教師の橋本という男」

 「あぁ、アイツなんか・・・変な感じしない?」

 「前沢もなんか変だぜ。俺たちのこと知ってそうだったし」


 星谷高校も、何らかの闇に包まれている気がしてならない。まず、一年生の時の文化祭。アムリタ活動に明け暮れた。まず、慈がいるために結界が張られているはずなのに、煩悩が溢れたことについて、その時点で明らかにおかしい。


 「あの結界がある限り、煩悩を目覚めさせるための影は入ってこれないはず」

 「それってよ、内部にいたってことになるよな?」


 楽しいはずの文化祭。負の感情などあまり溢れたりしないはずだが、煩悩が目覚めた。無理矢理にでも小さな煩悩を目覚めさせることで己の存在を紛れさせることができる。それができるような存在は、学校内に限ったとしても多すぎる。しかし、一つだけ慈が言ったのだ。


 「慈ちゃん言ってたね。イベントのときだけ教師陣から闇の気配がするって。体育祭とか文化祭のとき、あとは校外学習のとき、いつもその闇が漏れ出すんだって」


 体育祭、文化祭、校外学習。煩悩というよりも、性格を利用したに近いのではないかと慈は一年生の文化祭時のアムリタ活動の後に言ったのだ。


 「今年はオレたちが劇に出るってこともあって、邪魔者はいないって思ったんだろうね。それでか、今年は出なかったの」

 「イベントの際に出る・・・集団に馴染めない存在かもしれぬな。煩悩ではなく、負の感情か」


 教師という立場は、煩悩や感情という人の弱さを確実に握る。アンケートという形でそれに気づく場合もあるだろう。いくらでも機会はあるのだ。例えば不登校の生徒がいたとして、その生徒の家に家庭訪問という形で会いに行けば、その時点で簡単にその感情に入り込める。生徒という立場では出来ないことも、教師ならば可能となる。


 「それはどうだろうな」

 「慈ちゃん」

 「おかえりなさい、慈さま」

 「わたしは人は疑わない質だが、前沢先生や橋本先生とあと一人・・・怪しい者がいる」


 あらゆる人を信じる慈が怪しいと疑う人物が学校にいると言う。平和だと思っていた高校も、実は闇に覆われていたのだ。一哉は信じられない思いでそれを聞いていた。


 「校長だ」

 「校長?たまぁに、喋るのに出てくる人でしょ?あんなの誰も見てないでしょ」

 「そのために教師がいるだろう」


 一哉たちは慈の言葉にゾッとした。校長という立場で、教師からの報告で生徒の様子を知ることもある。教師は一部の怪しい人物を除けば、情報源になっていた可能性があるのだ。これから修学旅行が不安になってきた。


 「情報源か、あるいは監視役か」

 「校長のこと調べましょうか?慈さま」

 「修学旅行の間は自由にしてくれて構わないのだが・・・気が向いたら調べてくれると助かる」


 せっかくの初めての修学旅行。怪しい者がいる中で純粋に楽しめるのかと問われれば難しいかもしれないが、少しの休暇と思って楽しんでほしいと慈は気を遣った。自分を守る存在にもたまには休んでもらいたいというのが、彼女の本音なのだ。守ってもらっている手前、こういう場面でしかそう言ってあげられないのだ。


 「では、慈さまのご好意に甘えましょう」

 「じゃあそのご好意に甘えつつ、護衛するってわけだね。スリには気をつけないと。さすがに人間を潰せないから」


 人間を潰してしまったら大惨事どころか大事件になる。


 「慈悲とか言って貧しい人たちにお金あげちゃダメだよ、慈ちゃん」

 「募金だと思えば」

 
 貧しく、苦しむ者たちを見て、慈がなんとも思わないはずもない。一哉たちも、慈ならばスラム街など通れば一瞬で手を差し伸べ、持ち物全部渡してしまいかねない。あまりにも物に固執しない彼女なので、そんなことは全く厭わないだろう。


 「わたしは信じよう。その国の人々が、貧しい人々を救ってくれると。そしてわたしはそれを見守りたい」

 「まったく、キミには敵わないよ」


 その場の誰もがそう思う。高潔で、気高く純粋で、それでいて慈悲深い。美しすぎる心を持つ菩薩。なぜこれで悟っていないのか不思議だ。まさかな、と明は懸念していることがあった。


 「慈ちゃん」

 「どうした?」

 「・・・キミは・・・如来になってないよね?」

 「菩薩と如来の間・・・と言うべきか」


 もうひと踏ん張りで如来になろうと言うのだ。それだけ彼女は修行をしてきたということだ。孤独と苦痛。弥勒菩薩は悲しい過去と現在のさらに未来を見据えるという。人々の過ち、その度に悲しみ、懺悔する。過去も現在も人は変わらない。同じことを繰り返してきた。それを弥勒菩薩は独り見続けて来た。そのどうしようもない人間を救う明王がいた。弥勒菩薩は、その明王の姿も捉えていた。やがて明王は孤独ではなくなり、新たな友人を作った。弥勒菩薩は喜んだ。それからすぐだった。この世界の危機を悟ったのは。弥勒菩薩はその瞬間、仏陀になった。人々の苦しみ全てを悟ったのだ。人の姿となり弱体化したことで、その悟りが少し身を潜めた。少しのきっかけで、目覚める可能性があるということだ。


 「そっか・・・」


 ・・・あの日の子が、ブッダになるのか
 大日如来、釈迦如来。不動明王が見てきた如来の数は一体何人だっただろう。それだけ見てきた不動明王だからこそ、驚いた。ブッダとして目覚めるには、若いということだ。


 「つまり、菩薩の位で行くと?」

 「等覚だな」


 あと一だけ位が上がれば妙覚ブッダになる。その瞬間に立ち会うことになるかもしれないのだ。ただの人間である一哉だけではない、キンナリーの三人や仁王も初めてだ。


 「楽しみですね」

 「龍くんは、見てはいるんだよね?」

 「あぁ、釈迦よりずっと前のブッダからのぉ。目の前では見ていないから、楽しみではある」


 期待とプレッシャー。あまりのプレッシャーで修行中に逃げた修行僧がいたという。しかし、とある寺では修行中に逃げだしたら腹を切る。その覚悟で臨むという。慈は間違いなく後者。逃げ出したいと思う心が現れたなら、真っ先に腹を切るくらいの覚悟はできている。逃げることなどできないのだ。弥勒菩薩であるかぎり。期待を寄せられている喜びと押し潰されそうなほどのプレッシャー。


 「釈迦如来でも悟りへ到達したのは三十五歳の時だった。キミは今、人間で言えばたったの十七歳だよ」


 悟りに到達するにしては若すぎるのだ。生まれたときから出家の身。生まれた瞬間から菩薩だった。彼女を捨てた親は、彼女が将来人類を救うと聴けばどう受け止めるだろう。後悔するのだろうか。それとも、自分の娘だと言い張って奪おうとするのだろうか。明は、そうならないか懸念した。


 「水浴びに行ってくる」

 「水浴びするところイルカさんに取られてますよね?」

 「イルカではない、ルカだ。慈さまが特別に泉を作ってくれての。二人で仲良く入るがいいとな」


 イルカを一人として数えているというところに若干違和感を覚える奈美だったが、それも慈らしいかと考えないことにした。


 「わたしもする」

 「え、いや・・・慈さま。其方は湯浴みで十分ではないか?しかも水着とか持っていないであろう?」

 「いるのか?」


 蘭たちキンナリーはそこに関して盲点だった。慈が水着を持っているかという点について触れていないどころか、水着を見るということさえしていなかった。


 「いるさ。私の煩悩が・・・」

 「光にも煩悩が?」

 
 「この天然菩薩め」とそっと毒づく。結果的には、蘭たちが水着を買いに行こうと誘ったことで、光と一緒に水浴びするという状況になることはなかった。厳格な不動明王はそういうことについてはかなり厳しい。男女関係については何も言わないが、不埒な男の行動や言動、視線などについて厳しく徹しているのだ。不埒な女の行動は見逃していいのか、と突っ込みたくなる。


 「男と男で水浴びせぬか?」

 「別にいいけど」

 「僕も入るのだよ」


 男五人で綺麗な泉で水浴びするというある意味異様な状況になった。一哉は、そのとき自分の身体を見て恥ずかしくなった。さすがに戦ってきた身体を持つ四人というだけあり、キレイに筋肉が付いた男なら誰でも憧れる身体つきだった。


 「僕ももう少し鍛えるのだよ」

 「おぉ、頑張れ」

 「明が嫌でも良い体にしてくれるぜ」


 厳しすぎる鬼特訓のなかで、確かに身体を鍛えられており、少しずつ身を潜めていた筋肉もわかるくらいにはなっている。しかし、戦うまでの身体にはなっていなかった。八大童子一人に一本を取っても、悪鬼に対して通る身体にはなっていないのだ。


 「まあ、焦らなくてもいいんだよ。慈ちゃんは別に、早く強くなれなんて言わないでしょ」

 「それはそうなのだがね・・・」


 一哉としては、早く強くなって隣にいても申し分ないくらいにはなりたいのだが、一番警戒するべき修学旅行に限って男女に分けられてしまっているのだ。あちらの女子は女子でかなり強いからいいのだが、問題はいつも男たちの大暴走を止めてくれる存在が慈あるいは蘭であるということだ。すぐに踏み潰すか斬るに走る明と、斬ると流すと打ち上げるに走る光を止められる存在は、天上界にも数少ない。


 「まぁ、学校が決めちゃってることに文句言っても仕方ないよ。一哉は実家帰らなくて良いの?」

 「寮で住むと言ってあるのだよ」

 「なるほど、それは賢い誤魔化し方だ」


 一哉の家から星谷高校までは遠いため、近い寮から通うと言えば確実に親は許す。一哉の親も、珍しく一哉自身が決めたということもあり、大賛成したのだ。あとは、成長したなと褒められた。

 一哉たちは、とうとう明日に控える修学旅行の最終確認を始めたのだった。


 そして、朝四時。学校から空港までバス移動ということもあり、かなり早い時間に起きた。そのため、一哉たちはいつもの朝を迎えられなかった。鍛練のためのアップはできない。悟りの修行はできない。できたのは、水浴びのみだった。
 制服ではなく、私服姿。一哉以外の八人が注目の的となっていた。慈は、蘭たちのコンセプトが上品なお嬢様ということで、白を基調としたコーディネートだ。そして、文句ばかり言っていた明と光だが。明はワインレッドのワイシャツに、ブラックのスラックス姿だ。それを見た大半の意見は、「よくそんな服着られるな」だった。ただし、今回はピアスもネックレスも持って来ていない。空港のゲートで引っ掛かるからだ。紫はだめなのか、と言っていた光は、青と紫を基調としたこちらもやはり規則などお構いなしだった。
 いつも何かと注意される八人は、露出が多い、服が華美、見た目が派手など様々なことを教師に言われていたのだが、明と光がそれに応えるわけもなかった。少しだけ前沢に同情しながら、一哉たちはバスに乗った。


 「慈さま、お菓子を持って来たのですよ。一緒に食べましょうね」

 「それはいいな。ふふっ、楽しそうだな」

 「何を持ってきたの?」


 蘭のショルダーバックから出て来た大量のお菓子に、一哉たちは苦笑した。彼らのバックは異空間式のため、本人の意思なくして物が出て来ない仕組みになっている。財布を盗ろうとしても、バックの中身は傍から見れば空に見えるため、泥棒はがっかりすることになる。

 人間である一哉だけでなく、明たちも慣れないバスに疲れたのか、途中で眠ってしまった。元気なのは、延々恋バナに花を咲かせていたキンナリーの三人だった。


 「慈さまも寝るのね」

 「気が付いたら起きてますもんね」

 「なるほど、これが世界一美しいアルカイックスマイルってやつなのね」


 アルカイックスマイルとは、古代ギリシャのアルカイク美術の彫像によく見られる表情である。感情表現を極力抑えながら、口元だけは微笑みの形をしているというのが特徴で、生命感と幸福感を演出しているとも言われている。このアルカイックスマイルの特徴を伴う彫像といって外せないのが、弥勒菩薩半跏思惟像だ。フランスでは『東洋の詩人』と謳われており、世界一美しい彫像として有名である。


 「・・・赤ちゃんの頃と寝顔ほとんど変わってないよ」

 「明さん」

 「オレ、これでも一カ月この子育ててるんだから」


 初耳だった。威厳の権化とも謳われる不動明王が、赤ん坊を一カ月とは言え育てていたというのだから。世界の異変に毎日のように泣いていた。今想えば、あれこそ世界が危機を迎える予兆だったのではないかと明は思う。慈は子どもの頃未来予知をすることがあった。その予知は何度も的中し、やがて釈迦如来と同じ予知をするようになっていたのだ。世界が大きな事件として報道した多くのことを釈迦と慈は予知していた。時に起きそうなところで仏や明王や神などの天上界の住人が止めたこともある。彼女の面倒を見ていなければ気付けなかったこともある。彼女の面倒を見るようにと命じた釈迦如来は、おそらく予知していたのだ。
 

 「慈ちゃん、そろそろ着くよ」

 「ん・・・」


 すっかり目覚めた一哉たちの目の前には今まさに着陸しようとする飛行機が見えた。彼らの想像を遥かに超える大きさだった。


 「私の棲み処くらいかの」

 「あなた水底占拠してるんですか?」

 「水底もっと広いでしょ」


 竜王の祠の周辺を、光は棲み処として暮らしていたのだ。音を通さないはずの水中でも、竜王はいくらでも話すことができる。人の姿をしていようと同じだ。慈は、人間の技術の高さに感服した。


 「なるほど、人は空に憧れていた。いつか空に飛び立ちたいと。それを、道具を作ることで実現したのだな」


 慈は世界の流れに想いを馳せながら、空に手を伸ばす人々を思い出す。そう、時は流れて人々は飛ぶための技術を見出したのだ。

 そして、一哉たちはその飛行機に乗り、半日ほど飛行機のなかで過ごすことになった。一体何のために早朝に起こされ、いつもの日課を削らされたのかと明は文句を垂れていた。天上よりは高度は低いが、それでも日本と言う島がどれだけ小さいものかということがわかる。

 十二時間以上、飛行機に乗せられ、獅子の国に仏たちが降臨した。この国の誰が、ここにいる八人が天上界の住人だと思うだろう。しかも一人は信仰している弥勒菩薩がいるのだから。さらに厳格な不動明王が少年の姿でこの国に来ているなど、誰が想像するだろう。


 「あっついなぁ~。慈ちゃん焼けちゃうんじゃない?」

 「慈さま、このお帽子をおかぶりください」


 キンナリーたちが大慌てで慈の日焼けを阻止しようとしていた。その様子には明も目を点にするしかなかった。光はその様子に苦笑した。


 「兄上!」

 「その声は・・・跋難陀か」

 「この国ではバナンと名乗っております」


 一哉たちの目の前に現れたのは、難陀竜王の弟跋難陀竜王だった。彼は、少年ではなく青年の姿をしていた。この国のナビをしてくれることになったという。ただ、ナビをするのは兄がいるチーム戦闘狂ではなく、慈がいるチームだ。


 「お前がいるなら心強いな。慈さまを頼むぞ」

 「お任せください。慈さま、力不足かもしれませんがよろしくお願いいたします」

 「こちらこそ、よろしく頼む」


 バナンは、初めて見る慈の姿に、兄から聴いていた以上の美しさだと見惚れていた。そこを兄に見つかってしまいすぐにどこから出して来たのかもわからない笏で叩かれた。


 「兄上・・・」

 「こちらには不動明王がいるのだぞ。気をつけよ」

 「・・・はい?」


 バナンの反応に、一哉たちは肯くしかなかった。いくら天上界にいたものであろうと、不動明王が少年の姿を成しているなど誰が想像するものか。バナンの反応など意にも介さず地図を見ている少年が不動明王などとは思わない。そもそも、竜王たちは天上界と地上界の水底の祠を行き来するため、そこまで天上界の存在との接点はない。不動明王を一度も見たことがないという住人もいるのだ。


 「うん、オレだよ」

 「さ、然様でございましょうか?」

 「そうだけど。覇気を出してみようか?」
 
 「遠慮します」


 不動明王の覇気は、天上界の存在でも気絶するほどの迫力だ。さすがに竜王の二番であろうとそれは憚られる。しかしバナンは、その覇気よりも絶対の光を無意識のうちに発している慈のほうを畏れ多く想っているのだ。誰もいなければ跪いていただろう。


 「バナンは、こんな好青年の顔をしているが、女好きだからな。気をつけよ」

 「問題ありませんよ。慈さまは全霊をもってお守りいたします」


 光の言葉に対し蘭が応えた。キンナリーの三娘は怖い。天使の顔をしながら、平気で毒舌を吐いてくる。明も光も来斗も灯李もその被害に遭っているため、よくわかっている。


 「兄上・・・慈さまには手を出せません」

 「うむ、賢明だ。慈さまに手を出そうとする男がいようものなら・・・バレないように片づけろ」

 「はい」


 兄弟は小声で恐ろしい会話をしていた。片づけるというのは、警察に出頭させるというのもあるが、人でなければ消すということも厭わないということだ。


 「わたしがいるところでも話さないほうがいいわよ」

 「う、優姫・・・」

 「黙っておいてあげるわ」


 慈の雷は本気で神でも恐れる。天照大御神が井戸に隠れるくらいの大惨事だ。普段は虫を踏むだけで大罪とでも言うかのような衝撃を受ける慈だが、怒れば別。


 「まぁ、説教という名の説法だがの」

 「説法くらいならいいんじゃない?」


 一番嫌なのは、殺した或いは傷つけたという理由から慈が泣いてしまう可能性があることなのだ。それが一番効く。他の女の涙など見てもなんとも思わない明や光でも、慈の涙だけは本当に勘弁して欲しいのだ。


 「とにかく、嫌がることをしなければ良いのでしょう?兄上」

 「そういうことだな」
 
 「肝に念じておきます」

 
 嫌がるようなことをするほどの国ではないとバナンは言った。他の国と比較すれば治安の良い国ではあるのだ。


 「あと、絶対一人で歩かせてはならぬ。百パーセントいなくなる」


 バナンは、様々なことを肝に念じ、兄との再会を喜びつつ、一哉たちと別れ、慈たちの先導に専念することにした。元々行きたいところを選んでいたらしく、地図を渡された。


 「では、行きましょうか」

 「あぁ、よろしく頼む」


 慈たちは、初めて来る外ツ国にワクワクしながらバナンの後ろを行儀よく歩き始めた。








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