訳あり救世主が天上から降臨されたようです

月影砂門

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第二章~外ツ国怪奇譚~

終話〜想い出って・・・

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 兄弟喧嘩は、兄である光の頼れる者を作れという言葉で一旦落ち着いた。


 「ところでね、バナンくん、娑伽羅くん」

 
 客室に戻ろうとしたバナンと娑伽羅を呼び止めたのは明だった。不動明王に名指しで呼び止められた二人は、若干怯えた表情で振り向いた。


 「慈ちゃんを殴ったのは、どっち?」

 「オレっす」

 「私は、動けぬように羽交い締めにしておりました」

 「ウーナからすれば極楽だったろうな。何せ女好きだからの」


 バナンと娑伽羅は、目の前の覇気にさらにビクビクと怯えた。不動明王の覇気に怯えない如来と菩薩以外の天上の住人を紹介してほしいくらいだ。
 

 「申し訳ございません」

 「わたしは気にしていないから」


 土下座までしようとするバナンを、慈が慌てて止めに入りそう言った。正座をしているバナンと目線を合わせるようにしゃがんだ。


 「わたしが其方に教えてあげられることが出来るかは分からないが、相談くらいなら乗るぞ」

 「ありがとうございます」


 バナンは、男が二人して菩薩でしかも少女を襲ったということに酷く罪悪感を抱いていた。そんな男に対して優しく言葉をかけてくれる慈に頭が上がらなかった。


 「オレも・・・教えてあげてもいいよ」

 「不動さま」

 「光さん、弟さんには剣あげないのですか?」

 「確かに強くなったが、まだまだまだまだ足りぬよ」

 
 やはり弟になると厳しくなる。そう簡単には宝刀を譲れない。


 「客室に戻るぞ」

 「土産とか買わないのかね?」

 「渡す人いないもん」


 土産など渡さずとも、毎日のように人々がお布施を供えるし、心の籠った和菓子などを供えられる。仏たちが自ら買う必要などない。


 「慈さま、サリーを買いに行きませんか?」

 「スリランカの女性が着ていたものか」

 「それはいいね。行こ行こ!」
 
 「きっとお似合いになりますわ」


 一哉たち男は一斉にサリー姿の慈たちを思い浮かべた。文句なしに美しかった。不動明王とは違い、人間の男性と同じように女性に対して異性としての意識がある八部衆たちと人間はそれぞれ想像を膨らませていた。


 「何色だと思う」

 「やはり白か、薄いピンクではないかの」

 「白かと思われます。シースルーで」

 
 バナンのイメージが一人だけ違った。


 「慈さまは、清楚だからこその色気というものも出ると思うのです」


 熱弁する弟に、兄はお前らしい想像力だなと言った。光は、女との関係については全く口を挟まないのだ。バナンがこうなったのは光が甘いからではないか、と慈と光と当事者以外は思った。


 「バナンさん、最低です」

 「そうよ。慈さまは色気は普段からあるもん」


 ・・・そういうことではないのだよ
 一哉は思わず心のなかで呟いた。キンナリーの天然娘蘭と奈美の言い分は、「慈は清楚系と色気を備えた方」ということらしい。この二人と従姉妹である優姫は一緒にしないでほしいと男を睨みつけた。


 「慈さま、あなたに相応しい物を着せて差し上げますわ」


 男を放って、蘭たちは慈を連れてサリーの専門店へ向かってしまった。綺麗だとは思うが、異性として見るということを知らない不動明王は、サリーの色がや、布地がなどと言って盛り上がっている意味が分からなかった。
 一哉たちのスリランカでの思い出は、ほとんど日本と変わらなかった。


 「こうやって外に出てみたけど、本当に滅亡するのかなって思っちゃってるオレがいるんだよね」

 「わたしもだ。人類が滅亡すると思ってわたしはここに来たが、そんな素振りさえ見えない」


 煩悩に呑まれたものや、怪奇的な現象は平和であっても度々起こっていたことだ。しかし、弥勒菩薩がここにいる。慈自身、何かを予知してこの地上界に来たのだ。間に合わなくなるほどに煩悩が溢れ始めていることは確かだ。放っておくわけには行かないことも確かだ。しかし、そう急ぐほどのものでもないと思ってしまう。


 「確かに、平和だと思っているが・・・一つ有り得ないことが起きていることも確かだな」

 「慈ちゃん?」

 「有り得ないこと?」

 「闇の具現化だ」


 亜矢の一件で一度見た闇そのもの。煩悩を持つ存在や、悪鬼を凄まじい引力で吸い込もうとするもの。人ではなく、獣でもなく、ただの闇。光や影は目に見える。太陽の光。星の光。影は自分たちの後ろについてくるもので、自分の裏と言える。しかし、闇とは概念だと慈は告げる。本来人間は闇というものを目で捉えることは無い。夜とは闇ではなく、地球が回る中で太陽とは真逆の方面に向くために目に見えるようになる。本当の闇というものは、墨汁で満たされたような場所。


 「昔、夢を見たのだ。世界が闇に覆われるという夢だ」

 「闇に覆われる夢?」

 
 世界が黒に染まる瞬間だった。何も見えず人の声が聞こえない。全てがシャットアウトされた状態。一つ恐怖したことは、それが自分だけに起きているのか、人類規模で起きているのかが分からないということ。光の裏にあるものは影と言う者もいれば、闇であると言う者もいる。


 「狗留孫さまによると、光と闇という区別は元々なかったそうだ」

 「光と闇の区別がない、ですか?」

 
 光は明るい。闇は暗い。白は明るく、黒は暗い。全てのものが表裏一体である。それが先人の考えであり、慈もそうだと思っている。しかし、それが表に出てこないように人は抑制する。それが出来なくなった存在の集まりが悪鬼たち。


 「人類の滅亡とはつまり、光と闇が逆転することなのではないかと思うのだ」

 「うぅーん、まぁ今はそれに備えるだけにしといた方がいいかもね」

 「え?」

 「考えても答えが出ないなら、考えることを止めてみるってことも大事だと思うよ」


 釈迦に一度だけ明は言った。本当に考えることで分からなくなるなら、考えることを止めてしまえと。そうすれば見えなかったものも見えるようになるかもしれないと。悟る方法を考えない。方法ではなく、そうなると念じればいつか届く。釈迦に説法したのだ。それが最後の説法だった。答えが出てこないなら、それは正しい答えではない。明の考えはそれだ。考えて分からなくなるなら、動くことで理解すればいい。


 「そうだな、明。今が楽しい思い出なのだというのならそれは真に、光なのだろう。わたしたちにとって初めてのこの修学旅行が楽しいと思ったなら、それ以上のことはない」

 「確かにそうなのだよ。今回の修学旅行は本当に楽しかった」

 「不思議なことが多すぎるけどな」


 目の前に天上の存在がいるだけで、奇跡としか言いようがない。その者たちと修学旅行をしている時点で貴重すぎる体験だ。聖にとっては、修学旅行の思い出よりも、明たちの思い出の方が濃すぎる。
 今回の修学旅行では、学んだことが兄弟の絆や、師弟の関係がどのような結果を生むのかということだった。普通の修学旅行は、世界についての知識や理解を深めることがメインテーマだ。班を決め、その班のなかで役割を決めて、修学旅行を成功させる。それも学ぶことにおいては重要な課題だ。修学旅行の前にそれを延々聞かされていたのだ。しかし蓋を開けてみれば、スリランカにいるという環境のみが変わり、その他はしていることが普段と何ら変わりなかった。


 「まぁオレとしては、初日に慈ちゃんの顔を見れたから別にいいけどさ」

 「は?普段から顔を合わせているじゃないか」

 「仏像の慈ちゃんだよ」


 座っている弥勒菩薩ではなく、弥勒菩薩の立像だ。「優しいお顔をしているだろう」とガイドが言ってくれた時は、共通認識の人がいるのだと知り、違う文化もあるが、人々は同じ気持ちを持っているのではないかと感じたのだ。全ての人が救いを求めるがために、救世主となる弥勒菩薩の顔に平和を見出すのかと。


 「救われたくない者などいないだろう。全てのものがそれぞれの救われ方を持ち、わたしたちはその手助けをする。それが救いとなるなら、わたしにとってこれ以上に嬉しいことはない」


 慈は、胸の前で両手を重ね、様々な思いを抱きしめるように微笑み呟いた。

 三泊五日のうちの五日目。機内には彼らの姿があった。青年というよりも、留学生を装っていたらしいバナンは、急遽帰国しなくてはならないと嘯いて、日本に帰ることにした。娑伽羅は、海底にある祠で海を守るために帰って行った。実は立派に海を守っていてくれたことを知った光は、権利を剥奪しようとしていたことに関して撤回した。


 「慈ちゃんってさ、狗留孫さまと面識あるんだよね」

 「あぁ、勿論だ。そういえば、彼に聞いたが、明其方狗留孫さまを痛めつけたらしいな」

 「いやぁ、あの頃は悪趣味でねぇ。黒歴史だよ」


 悪趣味という域ではなかった、と当時の明のことを狗留孫から聞いている慈と光は、そのときのことをイメージして顔を顰めた。


 「なぜならオレは、一代目のシヴァだからね」

 「し、シヴァ?お前が?」

 
 不動明王とシヴァは、サンスクリット語での表記が同じなのだ。かつて不動明王は、シヴァとして暴れ狂った。破壊しては再生し、再生しては壊した。人々を踏み、その上で踊るという狂気的な行動さえ取っていた。狗留孫と出逢い、不動明王は三世の王の座を捨て現在のシヴァに譲っている。


 「今は二代目ということなのかね?」

 「そういうことだよ。一代目は破壊と再生を繰り返す神。二代目は三千世界の王だ。多分オレよりマシだよ」


 明も、そんな自分が人を救いたいと思うなど想像していなかった。寧ろ、世界など滅べばいいとさえ思っていた。


 「人も、神も、仏も、変わるんだよ。きっかけ一つでね」

 「僕は、仏のおかげで変わったのだよ。恐らく、人を変えるのは、変わった経験がある存在だと思うのだよ」


 考え方を変えたもの。そもそもの人格が変わったもの。そのような存在こそが人を変える力を持つ。一哉はそれを、彼らを見て思ったのだ。


 「でもオレ、日本でいいよ」

 「私も日本で良い。飛び込んで飲めるし」

 「キラナたちは元気だろうか」

 
 ジューリャが見ていてくれる動物たちと会えない時間は寂しかったのだ。決して顔には出さないが。


 「早く会いに行きましょうね」

 
 蘭の言葉に慈は綻ぶような微笑で頷いた。スリランカで自分たちの前で見せた涙。おそらく初めてのことだ。止められなかったこととバナンの心に同調して泣いた。二度と見たくないと思う。泣かせたくないと思う。いつも笑顔の彼女の涙は見るだけで辛くなったのだ。


 「慈さま、わたしがあなたの笑顔を守りますから」

 「ふふっ、そうか。頼りにしよう」

 
 明は、スリランカでの慈の変化を思い返した。同調の力が上がり、予知の力も上がり、さらに光の力まで上がった。順調だと明は思う。しかし、全ての仏陀がここから何度も躓いたのだ。踏ん張るのはここからだ。
 ・・・さて慈ちゃん、本番はここからだ



 









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