訳あり救世主が天上から降臨されたようです

月影砂門

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第三章〜光蓮輪舞〜

第二話〜竜王の涙

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 一哉たちは、授業に全く集中出来なかった。気になって仕方がなかったのだ。修学旅行から慈が意識を失う回数が増えて来た。慈のなかで何が起きているのかも分からず、不安だったのだ。真面目な一哉や優姫、来斗でさえも。
 

 ・・・慈ちゃんの体調が不安定だ


 あらゆる仏陀を見てきたが、ここまで不安定な状態は初めての経験だ。本人は決して心が弱い訳では無い、寧ろ強すぎるくらいだ。これから心配なのは、慈が仏陀になれるかということよりも、安定するのはいつなのかということばかりだ。


 ・・・慈ちゃんなら、乗り越えるよね


 自分のなかで言い聞かせることしか出来なかった。


 そして、保健室では慈がようやく意識を取り戻し、目を覚ましていた。保険医はおらず、勝手に出るのは憚られ、慈はベッドに戻った。


 「わたし、また意識を失ったのか」


 自分の身体の異変は慈も自覚している。しかし、原因がわからないのだ。


 「弥寺」

 「!」


 慈は肩を強ばらせた。背後から邪気を感じたのだ。声は


 「教頭?」


 代わりがいないためにまだこの学校に残っている校長の手下がここにもいたのだ。校長が言ったのか、慈の正体が何故かバレている。


 「弥勒菩薩っていうからどんな子かと思ったら・・・まさか女だったとはな」


 天上界のなかには、弥勒菩薩を見たことがない者もいる。性別さえ知らない者もいる。まして、異国の羅刹ならば尚更だ。


 「人の姿をしているせいで弱体化しているのか」

 「くっ・・・」

 
 ・・・意識が戻ったばかりで、身体が満足に動かない
 普段ならばこんな雑魚羅刹など一瞬で消し飛ばしてやれるのに、意識を突然失って戻ったとしても脳はろくに働いてくれない。
 慈は、羅刹から逃げようとベッドから降りた。しかし
 ──ガッ
 美しい髪を掴まれ、乱暴に引き戻された。ベッドのヘリに身体をぶつけ、敷き布団に突っ伏す。腕を掴まれ、逃げることが出来ないように固定されてしまった。


 「そう簡単には逃げられん」

 「わたしを・・・どうするつもりだ」

 「こうするんだよ」


 愛想の良さそうな男の顔で笑みを浮かべると、慈のか細い首を掴みベッドまで引き上げ叩き付けた。痛みはないが、衝撃と首を絞められたまま叩き付けられ息を詰まらせた。
 しかし、そのとき


 「教師なんだからもうちょっと我慢してほしいよねぇ」


 襲われかけた時、保険医が戻ってきた。教頭が一目散に去っていった。保険医は具合を悪くした教師を見に行ったらしいのだが、愚痴を吐きながらソファにどっかり座った。


 「あ、あの先生」

 「弥寺さん、具合はどう──かな?倒れてたあたり大丈夫ではないと思うんだけど」

 「いえ、わたしの体調は何とも」


 意識を失っていたにも関わらず、慈の体調自体には何ら不調はない。しかし昏倒したのだ。保険医も困惑した様子だった。それに対して申し訳ない気持ちになってしまう。


 「よくあるのかな?」

 「修学旅行が終わってからです。わたしは意識を失った記憶はないんです」

 「ということは、弥寺さんのなかでは眠っている感覚はないってこと?」


 慈はほとんど接点のない保険医に何故こんなことを話してしまっているのか不思議だったが、的は当たっているので頷いた。


 「・・・先生」

 「ん?」

 「あなたは、本当にここの保険医ですか」

 「というと?」

 「わたしの知っている気配がする」


 保険医はギクリとした。正確には保険医に化けた何者かだが。
 慈が感じるのは、決して悪い気配ではなく何処までも清らかで優しい光の気だ。とても良く知っている気配が微かにするのだ。


 「正解、やっぱりバレた」

 「・・・拘留孫さまですね?」

 「う、うん」


 慈の感覚神経の鋭さを忘れていた。どんなに上手く変装し、さらに気配を変えたとしても慈はそれに気付く。明は、どこかで感じたことがあるような程度しか分かっていないだろうということは、倶留孫も予想できた。しかし、ここまで完璧に変身しても少し話をしたのと、微かな気配だけで気付かれてしまった。流石に少し自信を喪失してしまう。


 「キミは騙せないなぁ。まぁ、続きだけどね。意識を失っても、そのときの記憶はないって話だけど」

 「きっと、その間に何かを見ているはずなんです」

 「その根拠は?」


 意識を失っている間、何かを見ているのではないかという慈の言葉に倶留孫は穏やかな表情は残しつつ真剣な表情で彼女を見つめた。


 「最近、夢が不思議で」

 「夢?」

 「闇が世界を飲み込むような夢ばかり」


 慈の告白に倶留孫は思わず目を見開いた。世界が闇に飲み込まれる夢。普通の菩薩や如来が見た夢だというのなら倶留孫も大して反応しない。しかし、仏陀や仏陀の後継者の夢は別だ。


 「おそらく、その夢に関する何かを見ているのではないかと思います」

 「夢に引きずり込まれているように思ってしまうのだけど・・・そんな感じはしないかい?」

 「あるかもしれません」


 夢が何かを教えてくれようとしているのかもしれない、とは慈自身考えてはいるが、突然意識を失うということに対して少し怖さがある。


 「少しだけ・・・怖くなります」

 「うん、きみの気持ちはわかるよ」


 意識を失ったまま戻れなくなる。そんな恐怖が慈を蝕み始めていた。まだやるべきことを為していない。仏陀にもなれていない。迷惑をかけるだけかけてそのままこの世に戻って来ることが出来ないなどということになれば、天上界にとっても足でまといになってしまう。


 「慈ちゃーん、調子・・・倶留孫さま何やってんの?」

 「やぁ、アチャラナータ、ナナ。今マイちゃんの相談に乗っていたところだよ」

 「マイちゃんって誰です?」

 「あはは、ごめんごめん。私、梵名でしかも渾名で呼んでしまう癖があるのさ」


 慈のマイというのは、弥勒菩薩の梵名マイトレーヤから来ている。マイトレーヤとは「幸いなる者」や「喜びと幸せをもたらす者」を意味する。それぞれの宗教においては、救世主という存在を信じることが多い。ユダヤでいえばメシア。キリスト教はキリストを、イスラム教はイマム・マーディ。ヒンドゥー教は、クリシュナの再来を望むように仏教での救世主は弥勒菩薩。つまり、キリスト、メシア、イマム、クリシュナ、弥勒菩薩は、それぞれの宗教や国で待ち望まれたものであり、その個人名をマイトレーヤと呼んでいる。あらゆる救世主と謳われる者は皆、梵名はマイトレーヤであり、名前が異なるだけであって同じ存在であるとされている。


 「ということはですね、慈さまは世界中が待望している救世主。そんな重責を背負っているということなのですか」

 「蘭は、このなかでも生まれてからそんなに日が経っていないからのぉ」

 
 人間である一哉や聖を除けば、キンナリーの三姉妹はこのなかで最年少だ。最年少とはいいながら、五百歳を超えている。マイトレーヤや、アチャラナータなどほとんど聞いたこともないだろう。そして、光を呼ぶ際のナナは、ナンダナーガを略したものだ。


 「マイちゃんを守るなら、その重責を知っておく必要があるのさ。そして、それを共に背負う覚悟もね」
 
 
 仏陀になるということは、世界中から期待を寄せられ、闇側は消しにかかる。光にとっても闇にとっても救世主の再来もしくは降臨は存亡に関わる。それを理解した上で守る者が必要だった。


 「なんできみはここに来たの?」

 「救世主を助けに来たのさ」


 救世主には、救世主を助ける者がいないのだ。確かに明や光、蘭や一哉は慈を助けるのかもしれないが、明たちのは救いではなく、守護だ。倶留孫がこの地上界に降りてきた理由は、守護者や救世主のための助けだ。表に出る彼らを裏で助けるために来たのだ。


 「そういうことだったのですね」

 「そろそろルタくんも動くかもしれない」

 「る、ルタくん?」


 またしても蘭が首を傾げた。ルタとは、ゴーダマ・シッダールタ、つまりは釈迦のニックネームだ。釈迦よりも以前の仏陀である倶留孫仏だからこそ、彼に対してニックネームで呼べるのだ。明も、彼が仏陀になるまではそう呼んでいた。


 「やはり、それだけ状況は悪いということなのか」


 突然ダンダンと窓を叩く音がした。慈が慌てて窓を開けようとすると、明がそれを制し代わりに開け、異変に気付き慌てて引き上げた。目に飛び込んできた光景に全員が息を詰まらせた。


 「優姫!」

 「優姫さん!?」


 一哉たちの目に飛び込んできたのは、傷だらけの優姫だった。身体は明が支えているがその異常な状況に全員が言葉を失った。


 「今治すからな」


 誰も動けないなか、慈が唯一我に返り治癒術をかけた。


 「っ・・・ぐっ・・・」

 「優姫、気分は?」

 「敵を操っている人物がわかった」


 慈が傷を完治させ、優姫が起き上がったかと思えば第一声にそれが告げられた。敵を操る人物。その正体を探ったことにより優姫は襲われたのだ。煩悩の覚醒。悪鬼の活発化。羅刹の増加。その全てを操る者達が分かったというのだ。


 「提婆達多ディーバダッタ

 「ディーバ?」


 優姫は倶留孫の鸚鵡返しに肯いた。提婆達多は、釈迦教団の弟子の一人だ。彼は釈迦を幾度も殺そうとし、多くの大罪を犯したことで地獄に堕とされた。提婆達多は後に教団を成立させ、その教団は後世にも残っていたという。


 「提婆教団ということか?」

 「そうよ。校長は幹部である可能性があるみたいね」

 「あーらら、じゃああのマーリニヤは関係あるの?」


 現在慈の眷属となっているジューリャがそれと一体化することを恐れ、亜矢がそれに引き摺り込まれそうになった。敵さえも怯える闇との関係性。それも提婆達多が操っているなら大問題だ。


 「闇についてはまだ調査段階よ」

 「十分だ、良く帰ってきてくれた。ありがとう」

 「慈さま・・・申し訳ありません。そんな悲しそうなお顔をなさらないで下さい」


 友人が無茶をしてでも調べてくれたのだ。しかし、やはり心配だった。キンナリーや竜王は不老だが不死ではないため、心臓を刺されれば死ぬ。それでも普通の人間よりは断然丈夫で、龍などまず死なない。


 「提婆達多ねぇ・・・まさに地獄から這い上がったって感じだねぇ」

 「マイちゃんのことは知っているのかい?」

 「ご存知だと思われます。校長から伝えられているなら余計に」

 「先程、教頭に襲われかけたのだ」


 慈の遅すぎる報告に一哉たちが固まった。その後は当然、まず身体が触れられていないかという質問。早く言えという光からの説教など、いつも通りの流れで怒られた。


 「まぁ、触れられてないならいいけどね」

 
 一瞬とはいえ首を絞められた件については黙っておくことにした。

 
 「あ、授業は」

 「終わってるよ。今日五時間だし、早く帰れるよ」


 そう言いながら明が一哉をチラっと一瞥した。長く特訓できるね、という意味であることは眷属であり弟子となった一哉には一瞬で理解出来た。


 「ではわたしはバナンと秘密の特訓を」

 「ひ、秘密!?ウーナとか!?」

 「龍くん?どうした?」


 バナンと秘密の特訓と言った途端にいつも冷静な光が動転した。弟が慈に手を出そうとしていると思っているのか、またはバナンと慈が良からぬことをしようとしていると勘違いしているのか。


 「や、やめておけ。ウーナと付き合うとろくなことにならない。これまで何人の女が泣いて消えたことか」

 「龍くん、君が思ってるものとは違うと思うよ。慈ちゃんだし」

 「そうですよ、光さん。慈さまは、どこまでも清純、純潔、純情であり、男とあれこれしようなど毛程も思っておりませんよ」

 「失礼じゃないかい?」


 無茶苦茶なフォローをする明と蘭に、倶留孫は思わず突っ込んだ。思っていなかったとしてもそれを指摘する必要はあるのかと当事者以外が苦笑した。


 「問題は慈さまではない、ウーナだ。普段は飼い慣らされた竜。獲物を見つければ忽ち獰猛な野生の竜になる」

 「飼い慣らされた竜ってなに?」

 「竜はそもそも野生なのだよ」


 あまりにも動揺しすぎて一哉たちも止められなくなってしまった。動揺した龍のほうがよっぽど質が悪い。


 「光ちょっと落ち着けって」

 「そうそう。君が動揺したら海が荒れるからさ」


 光はようやく止まった。水の神竜王が暴れれば津波が起こり、街を飲み込むことも有り得るのだ。水を司る者は相当肝の座った存在にしか出来ないのだ。


 「まぁ、ウーナには気を付けろとだけ言っておく。ところで、どんな特訓なのかの?」

 「秘密だって言ってんのに」

 「カズ、其方もだぞ」

 「え?僕かね?」

 「ウーナとカズのための特訓だ」


 明と光の弟子が一斉に秘密の特訓に駆り出されることになったのだ。二人も、慈には何か考えがあるのだろうと無理やり納得させた。


 「内容聞いてもいいのかな?」

 「仏陀になるための何かを得ることが出来るかもしれないんだ」

 「それはつまり、道が拓けたと?」


 光の問いに慈は大きく頷いた。明と光は人知れず肩の力が抜けた気がした。どこかで焦っていたのかもしれない。


 「そろそろ帰ろうか」

 「カズ、帰るぞ」


 慈が一哉の手を引いて先に行ってしまった。キンナリーの三姉妹も彼女らを追いかけた。一哉たちの背中をまるで親かのように見つめていたのは、見守ってきた明と光だ。


 「私は、慈さまが仏陀になるまで保つか分からぬ」

 「え・・・?」


 光の突然の呟きに思考が停止したのは明だけではなかった。仁王の双子も、そして倶留孫も同じだった。


 「ど、どういう意味?」

 「この人の姿を維持できる日が残り少ないということだ」

 「そんな・・・なんで!?」

 「一度祠に戻らねばならぬかもしれぬ。しかし、そうするには海があまりに汚れすぎた」


 竜は美しい水底に棲う。しかし、穢れてきた海底、湖でも泉でもいいが、どの水質も汚濁し始めたのだ。発展したこともあるが、空気が穢れ始めて天女たちが地上に降りてきたように、どんどん穢れ始め、綺麗な水のある場所にしか生きられない魚介が絶滅を危惧されている状態でもあった。魚や貝だけでなく、そこで棲む竜や蛇神も影響を受けていたのだ。


 「・・・どうすれば止められるの?」

 「光さん、マジかよ」

 「あぁ。仏陀の光ならば・・・間違いなく清められる」


 明たちは呆然とするしかなかった。一哉の腕を引く慈を見つめ、俯いた。隠居した倶留孫の光では不十分で、現仏陀の釈迦も降りてくるわけには行かない。光を救える存在は、慈しかいなかった。


 「倶留孫さまの術ならば、抑制するくらいならば出来なくもない」

 「ストゥーパの光輝結界のことか」

 「いいえ、光蓮です」

 「ストゥーパの舞ってことか」


 ストゥーパを駆使した術は倶留孫以外使える者がいない。倶留孫のストゥーパは、秘術道具ともなり、結界にもなるうえに、治癒も可能。少しならば浄化もできる。復活浄化の力は仏陀の権限であるため、現在使える者は釈迦のみだ。


 「わかった、光蓮で抑止させてみる」

 「よろしくお願いします。私はまだ、泡になるには行かぬのです」


 泡になるということは、祠に戻るということであり、関わった全ての存在との記憶を失ってしまうのだ。


 「なんでそんな大事な事言わないのさ」

 「明・・・しかしな、あんなにも一生懸命な慈さまを、これ以上追い詰めたくなかろう?」


 自分が消えるかもしれないという状況にありながら、光は慈の守護者であり続ける。あまりにも高潔なその姿勢に、明たちは何も言えなくなった。


 「光!」

 「慈さま?」

 「安心しろ、わたしは仏陀になるから!」

 「・・・!」


 ・・・慈さま、あなたは
 慈は光の異変に気付いていたのだ。一生懸命に自分を追い詰める理由は、光を救うためだった。人類を救うという重責を負いながら、仏陀になって一番に救う者を決めていたのだ。全てを悟ると、光はしゃがみ込んだ。
 

 「光?」

 「すまぬ・・・私のせいで、あなたを追い詰めていたとは・・・」

 「違うぞ。あなたを救うのは、わたしの自由だ」


 慈は光の頬に優しく触れた。この世から消える恐怖。全ての記憶を失う恐怖。望まぬ消滅にいつも怯えていた。


 「わたしは、確かに焦っている。しかし、これはあなたのためでもあり、わたしのためでもあるんだ」

 「あなた自身のため?」

 「そう。だって、あなたを救えなかったらわたしは一生後悔する。一生立ち直れなくなる。大切な友人を救えぬ者に、何を救えるというのか。仏陀になる者だって贔屓したっていいだろう」


 孤独。苦痛。人類を救うよりも前に、友人を救うために慈はそれに耐え続けるのだ。自分のプライドが許さない。


 「大切な者を救えぬ仏陀はブッダに非ず」


 慈は強い口調でそう言った。真に仏陀と唄うのならば、大切な者を見捨てるなど有り得ない。そんな者に仏陀を名乗る資格はない。慈は仏陀になろうという存在でありながら大切な存在を無下にしない。


 「わたし、思ったのだ。独りで修行せず、強くなろうとする人としたいと」

 「だから、一哉とウーナ?」


 明の弟子となった一哉と、厳しい言葉を浴びせられながら決して屈しないバナンが強くなりたいと真に思っているからこそ、その存在と共に己と戦うことで仏陀への道が拓けるのではないか。慈はそう思い至ったのだ。


 「そういうことか・・・ふふっ、てっきりウーナがあなたに手を出そうとしているのかと」

 「だから違うって言ったのに」

 「でも、別にオレたちだって一緒でもいいじゃんか」

 「だめだよ、キミたちは強くなろうとする子たちにとってはただのプレッシャーにしかならない」


 倶留孫はピシャリと言った。強すぎるうえに、慈たちがしようとする修行とは毛色が違うのだ。


 「何をするかくらいはよくありません?」

 「まずバナンは、金属性を身につけるための容量を広げる特訓。それからカズは、元来秘められている力を目覚めさせるための特訓だ」

 
 水属性で満たされた器に、補助属性金属性を加える特訓と、覚醒しようとしている力が何かを見極め、目覚めさせる特訓。そして大本命である慈の悟りを開くための特訓だ。お互いが努力することでお互いを高めることが出来る。それが慈の狙いだ。明と光や仁王がそこに加わってしまうと、逆にモチベーションが下がる可能性があるのだ。特訓になると弱い、遅い、重い、隙が多いなど手厳しい言葉しか吐けなくなるのかと蘭からも窘められるほど、強さにおいてのハードルが高すぎるのだ。誰であってもモチベーションを失くす。頑張れや、称賛の言葉などよっぽどの事がなければ言わない。褒めたと思えば「しかし」を付けてアドバイスをするのだ。九回手厳しい言葉を投げ、褒める言葉はたったの一回。せめて四対一の比率にしてあげて欲しいというのが慈と蘭の意見なのだが、自分にも弟子にも厳しいために、二人の意見はなかなか受け入れてもらえないのだ。


 「アチャラナータとナナで手合わせしたらどうだい?」

 「倶留孫さま、やめた方がよろしい」

 「なんで?」

 「彼ら二人がぶつかり会った時の被害は計り知れないのです」


 天上界明王部最強と、戦闘系龍部最強がぶつかり合うということは、様々な被害を生むことを覚悟しなくてはならないのだ。


 「金属性なんて使われた日には」

 「あはは、蘭ちゃん金属性を使っても光の剣には勝てないよ。火を使うね」


 二人は共闘するうえでは相性はいいのだが、敵対するとかなり相性が悪いのだ。明は水属性に対して火属性を使って制するような男だ。つまりは蒸発させる。

 
 「さて、さっさと帰って悟らねば」

 
 そう言って慈は踵を返した。活路を見出した慈は少しだけ肩の力を抜いたように見えた。


 「慈さまには驚かされる。信じるとしよう彼女を」

 「もちろんさ。抑止力を備えておくに越したことはないけどね」

 「そうだね」


 慈がこれ以上追い詰めないために、明たちも行動することにした。




 





 
 
 






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