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第三章〜光蓮輪舞〜

第三話〜競走

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 慈は、帰ってくるなり一哉とバナンを連れて出て行ってしまった。弟子と弟の特訓はしばらく慈に任せることにし、明と光もそれぞれ自由に過ごすことにした。


 「散歩してくる」

 「オレも行く」

 「お前も来るのか?」

 「じゃあ私も」

 
一人でのんびりしようとしていたのだが、明と倶留孫が楽しそうに付いてきたため、光は何も言わなかった。
 

 「ふむ・・・見に行かぬか?」

 「慈ちゃんたち?」

 「うむ」

 
 一緒に特訓をしようというわけではないためいいだろうと明、光、倶留孫の意見が合致した。
 

 「お邪魔しまーす」


 小声で言いながら三人に加わったのだが、慈の周りに神々しい光が集まっているのを見た瞬間に、邪魔をしては行けない状況だと察した。


 「どうしよ」
 
 「特訓と称して手合わせせぬか?」

 「お、いいねぇ」


 戦いではなく、特訓と言えば慈も納得するはずという浅はかな考えで、明と光は組手をすることにした。広い空き地を探し、向き合った。


 「あなたたち何をする気ですか?」

 「特訓」


 二人は声を合わせて言った。一哉たちの知らないところで最強同士の戦いが始まろうとしていた。蘭は、このことを慈に知らせるべきか知らせるべきでないか悩んだ。今、慈は彼女にとっても人類にとっても大切なことを成し遂げようとしているのだ。その邪魔をしたくはない。そこでふと思った。明と光が特訓といいながら組手をすれば、間違いなく慈は気付くだろうと


 「体術でやる?」

 「体術など私が勝てると想うか?」

 
 三界随一の体術使いに、水界最強が勝てるとは思えない。光が得意なのはあくまで剣術や秘術だ。全く勝てないという見込みもないのだが、体術は痛いのであまり好きではないのだ。


 「まぁ、偶には体術でも悪くはないか。お手柔らかに」

 「善処するね」

 「潰すことだけはするなよ」


 明は人畜無害そうな顔をしておきながら短気だ。少し攻撃がよくない場所に当たると一瞬で機嫌を損ない本気で殺す気かと想うほど攻めてくるのだ。


 「明さんたち」

 「お、蘭ちゃんどうしたの?」

 「これは特訓だからな」

 「そういうことではありません。特訓と称して戦うくらいなら、慈さまの守護をしては?」


 蘭の正論に明と光は確かにと肯き、組手はまたの機会にとばかりに二人は肩を竦ませ微笑み合った。蘭がどこか楽しそうに走り去って行った。明や光以上に蘭は慈との関係を築いている。友人や仲間というよりも姉妹のような。


 「大人しかった蘭ちゃんも変わったね」

 「まぁ、歌姫扱いだったからの」


 緊那羅部でも美しい歌声が有名だった。蘭との付き合いが一番長いのは、やはり同じ八部衆の光だ。歌う以外声を出すことを許してもらえなかった時代の蘭を知っているのだ。


 「どうやって出会ったんだい?」

 「三娘とはまぁまぁ長い付き合いなものでな。竜王祭で盛り上げてくれたのだ」

 「三人の中で好きな人とかいなかったのかい?」


 倶留孫の悪戯っぽい笑みと言葉に光は苦笑しながら「それはどうだろうな」と呟いた。
 光は、キンナリーの三娘と出会った日を振り返った。舞台で出会うより前に三人とはそれぞれ顔を合わせていたのだ。

 数百年前、竜王の存在が人類に知れ渡り、水神として農民たちから絶大な信頼を寄せられるようになっていた。
 竜王ともあろう者がのんびり散歩に出かけていた。


 「アンタ、難陀竜王じゃないの?」

 「ん?その羽は・・・キンナリーか。初めて見た」


 光の反射で七色に輝く二対の羽を持つ少女がいた。美しい黄と白のグラデーションの長髪を緩く巻いた美少女だ。孤高のキンナリーユウキだ。木を震わせる風から情報を得るという能力を持つと聞く。


 「黄薔薇ピーラーグラーヴのユウキだの」

 「そうよ。でも、竜王祭の主役がこんなところで何をしているのかしら?」

 「祭りをするならば、盛り上げてくれる人たちの顔くらい見ておきたいであろう?」


 光にとっては、祭りではなく人々の方が重要なのだ。友人不動明王には怒られる気がするなとは覚悟している。光は人に虐げられることを嫌っているが、人々を見下すことはしない。見下すことの無益さを知っているし、「見下す者こそ弱者だ」という自分なりの倫理があるからだ。


 「お主は祭りで奏でてくれるのか?」

 「そうよ。ランとナミとね」


 ・・・ランとナミのぉ
 翡翠色の少女と瑠璃色の少女だと聞く。至高の美声を持つ舞台においての主役ランと、三味線を得意とするナミ。そして琵琶を得意とするユウキ。この時はまだ三人との面識はなく、この日初めてキンナリーの一人と顔を合わせたのだ。


 「今宵は弥勒菩薩も来るからの」

 「へぇ、弥勒菩薩さまが」

 「まだ年端もいかぬ少女だ。彼女の子守も頼む」


 一キンナリーに恐ろしいことを任されたこと以上に、弥勒菩薩が女であることに驚いていた。これまでの仏陀は男ばかりだ。例外に無性別がいるとはいえ、女の仏陀は史上初だった。しかも、その菩薩がまだ少女というのだから。光も初見が十歳になる前だったこともあり真実なのか疑った。年端のいかない少女が菩薩ということに対して天上界に疑念を抱いてはいたものの、実際に話をしてみたことで気が変わった。


 「どんな子なの?」

 「ふっ、話してみればわかる。仏陀になる子どもがどんな人柄なのかをな」


 楽しみにしていると一言告げると、光はユウキと一旦分かれた。
 そして、次に出会ったのは散歩を終えて湖に戻ってきた時だった。湖の乙女ナミだ。水属性のキンナリーは人魚の姿をしているとは聞いていたが、海ではなく湖に棲む稀少なキンナリーだという。


 「人魚か」

 「うわぁっ!だ、だれって・・・難陀竜王じゃない」


 ・・・何処と無く不動と似ている気が
 二人きりになったときの不動明王の口調や飄々とした態度が実によく似ていたのだ。大人しく控えめな少女かと思えば、なかなかに賑やかだった。ユウキの従姉妹とは到底信じられない。


 「あんまり見ないでほしいなぁ。鱗あって醜いし・・・ランやユウキとは違うした」

 「鱗があると醜いのかの?では私も醜いということになるが」

 「え?」


 人の姿であっても龍であるという事実は変わらないため、どこかに面影がある。光はそれが背中にあったのだ。ナミは、人の姿になっても腕にそれが残る。


 「美しい色をしているな」

 「そうかな・・・」

 「うむ。宝石のようではないか。誇るがいいさ。誰かと違うということは、それはお主にしかない魅力というものだ」


 誰かと違うことに対して自分を卑下したりせず、違うことこそ自分の良さだと認める。自分を貶すよりも自分を認める勇気が必要だといった。


 「私は鱗があるお陰でかなり丈夫だからのぉ」


 光は、人と違うことに対してポジティブに考えていたのだ。それによる差別があったとしてもその考えは変わらない。


 「楽しみにしててよ。ランちゃんも頑張るしさ」


 光は微笑み頷くとその場を後にした。ラン探しに出たのだ。


 「ようやく見つけたぞ」

 「・・・」
 

 翡翠色の少女が光の方へ振り向いた。二人とは違いあどけなさが残る。可愛いから綺麗に変わる年頃だ。天上界の歌姫だ。厳格な釈迦の弟子を踊り狂わせたという伝説を持つキンナリー、リンの娘だ。


 「ラン・・・で間違いないかの?」


 翡翠色の少女が小さく頷いた。声が出ないのかとも思ったが、歌う時点で口は聴けるはずなのだが、何故か声を出さない。


 「ふむ・・・もしや会話をするなと言われているのかの?」

 
 今度は二度頷いた。光が見たところではこの少女は誰かとお喋りをしたいという感情が伝わってくる。無機質な表情だが、本当は友人を作ったり、従姉妹とお喋りをしたりしたいのだろう。しかし、歌姫という立場のせいでそれが許されないのだ。会話をする権利くらいは与えてあげてほしいと思ってしまう。


 「難陀」

 「ん、不動か」

 「この少女は・・・ランだったか」


 不動明王が現れた瞬間にランが露骨なまでに怯え出した。慣れないうえに八部衆ならば不動明王に怯えるのは当然かと光は溜息をつく。


 「そんなに怖がらないでよ」

 
 恐ろしい容姿で困惑した様子の少年の声というギャップに、ランが余計に動じていた。それも仕方がないなと光はまたしても肯いた。


 「あ、そうそう。弥勒菩薩見てない?」

 「いや、見ていないが。何かあったのか」

 「行方不明になっちゃったみたいでさ。屋台に興味があるのか、地上に降りちゃったっぽい」


 そんなことを聞けば八部衆の二人が動じないはずがなかった。そもそもあれだけの八部衆や明王がいながら誰も見ていなかったのかとガードの緩さには呆れるしかない。明王部の一人が見ていたというが、不動明王が見に来てみれば夜叉明王が焦りに焦っていたのだ。それには当然不動明王は怒り、その状態でここに来たのだ。ランが怯えるのも無理はなかった。


 「ランちゃんも探してもらえないかな?」

 
 ランは今度は大きく頷いた。明王に頼まれたということよりも、菩薩探しに協力しないはずがない。
 探し当てたのはランだった。


 「いました!」


 可憐な少女の声に、明と光は瞬時に反応した。歌うだけありよく響いた。


 「ふむ、思っていたよりも明るい声だの」

 「オレ、もうちょっと小さい声だと思ってたよ」


 迷子になっていた弥勒菩薩をランが慰めたようで、小柄な少女がとぼとぼと歩いてきた。


 「もう!心配したんだから、急に地上に降りない!」

 「ご、ごめんなさい」

 
 怖がったのは弥勒菩薩ではなくランであった。不動明王の怒りの形相ほど怖いものは無いだろう。弥勒菩薩は怒鳴られても泣きもしなかった。自分に対することに関してはかなり強く、怒られて泣いたこともない。骨を折っていようが平気な顔をする問題児でもあったのだから。

  
 「楽しそうだったの・・・やしゃくんがダメっていうから、監視を掻い潜って」


 気配をかなり殺しながら不動明王の如くじっとして動かない夜叉明王の監視の目を掻い潜って地上に降りてきたのだ。不動明王ならば無謀だとわかっていた。つまり


 「金剛夜叉・・・完全に舐められておるぞ」

 「夜叉も結構顔怖いと思うんだけどね」


 明王が気付かないというのもなかなか考えものだが、菩薩が人間の子どもらしく地上の祭りを楽しそうだと思ったということについては、ある意味健全かと明と光は認識することにしたのだった。


 「お姉ちゃん、お話しよう」

 
 ランはそれに対して首を横に振った。菩薩の言葉に対して拒否するというのはなかなかに勇気がいることだが、祭りを台無しにしたくないからだ。弥勒菩薩が残念そうな顔で、俯いてしまったと思ったら泣き出したのだ。流石にランもギョッとする。


 「あ、あの・・・な、泣かないでくださいませ」

 「なんで喋っちゃダメなの?」


 何も言っていないのに指摘され、ランは思わず身を竦ませた。


 「わたしが外に出ちゃダメなのと一緒だ」

 「外に出ちゃダメなんですか?」

 「不動くんが言ったもん」

 「お主だったのか?しかし祭りはいいと?」

 「一人で外に出ちゃダメってことでね、絶対に外に出るなってわけじゃなくて」


 不動明王が慌てて正当化し始めた。八部衆の二人から思いっ切り睨み付けられた。ランはまだしも、竜王の睨みは破格であった。


 「ちょっと待って、ランちゃんも睨む?」

 「幼い頃にそんなこと言われればそう取りますよ」

 「お主はいらぬことしか言わぬな」


 八部衆に怒られる不動明王の姿は、この三人だけの秘密となった。不動明王の面子は一応は保たれた。
 

 「ふっ、そんなこともあったのぉ」

 「マイちゃんやっぱり迷子になっちゃうのだね」

 「思わず怒っちゃったよ」


 自分が怒るよりも、蘭が口を開くことを許されていないということに対して泣いていたことについては、やはり同調性が高いと言えた。思い出話に花を咲かせていると、慈たちの修行場に着いた。


 「あれ、終わってんじゃん」

 「わたしはな。カズとバナンが頑張っている」

 「ほぉ」


 結跏趺坐を組み、一哉とバナンが力を開放しようと奮闘していた。見たものの中には、それだけかと思う者もいるだろうが、心を真っ白にして自分の心に問いかけているのだ。慈が普段していることだが、それを二人も実践しているのだ。


 「どうやら競走したいらしい」

 「競走?」

 「カズに対してバナンがライバル心を抱いているようでな」


 ただの人間一哉に負けるわけには行かないとばかりに、バナンはただただ自分に問いかけていた。それに対して一哉も、バナンに対して負けてなるものかという意思で修行していたのだ。


 「競走し合うことで互いに高め合おうという魂胆かな」

 「サーガの立場危うしだの」


 バナンのライバルである裟伽羅竜王だが、バナンが今意識しているのは一哉なのだ。これまでずっとお互いに時に貶し、時に煽り、時に喧嘩し、時に励まし合った相手が裟伽羅であったのに、ふと現れたライバルに対して一種のジェラシーを燃やしていた。


 「慈ちゃん、調子はどう?」

 「少しだけ掴めて来た」

 「そっかぁ。やったね、龍くん」


 少しだけ複雑な心持ちだった。人類を救うという絶対の目標の為ではなく、仲間である光のために目覚めようとしてくれているのだから。本当は、人類の救いを一番に考えてほしいのだ。しかし、そんなことは考えていられないほどにリミットが近付いているのも事実だった。

 
 「身体には気を付けてくれ、慈さま」

 「それはこっちのセリフだぞ。道理で行動範囲が狭いと思っていた」

 「え、全然動かないのはそういうことなんですか?」

 「まぁ、そうだが」


 最小限しか光はこの頃動かなくなった。嘗ては彼方此方出かけては人々の姿を見ていた光が突然水浴びと散歩、学校以外に動くことがなくなったのだ。出来るだけ長くこの地上に居られるために。


 「ウーナには言わないでくれ」

 「言わないさ」

 「え、もしかして・・・」


 光は明が言おうとしていることを察して頷いた。泡になり、祠にただの祀られる存在となるということは、バナンとの記憶さえ失うということなのだ。


 「そんな・・・兄弟なのに・・・」

 「ただの石になるだけだ。竜王というのも虚しいな」


 自分が消滅の危機にあるのは、人間が発展し、自然のことを考えなくなったからだ。自分たち以外を省みることの出来ない人間を救うために光は戦って来たのだ。戦うということは、寿命を縮める行為なのだ。光は、救いたいと言う明たちには決してそのことは言わなかった。彼らが必死になっているのに、自分が休むわけには行かないからだ。


 「・・・兄上・・・」

 「ウーナ」


 酷く沈んだ声音で自分を呼ぶバナンに、光はただ名前を呼ぶことしか出来なかった。


 「今の話・・・聞いていたか?」

 「すみません、地獄耳なのです・・・本当なのですか?」

 「すまぬ」


 光は謝るだけだった。しかし、それが真実であるということを残酷なまでに明確に伝えてくる。


 「そんなの嫌です」

 「私とて望んでおらぬ」

 「人間のせいでしょう?」

 「・・・いや、発展した末の結果だ」


 間違いなく人間の犯した罪だ。自然が消えることなど誰も気付けない。自分たちの発展のためだけに動くことで精一杯なのだ。それでも、光は人間に罪はないという。


 「なぜ、自分を消滅まで追いやった者たちを救おうとするのですか!?」

 「それが水神の使命だからだ。竜王として生まれた以上、それは避けられぬもの。どんな状況であろうと、それは変わらぬ」


 光の意思は強い故に常軌を逸していた。自分が消える、それは死ぬということと同じだ。それでも救うという意思を持つ。生まれた身分や場所など選べない。だからこそ、生まれた以上その役目を全うする。


 「なぜ強い兄上が消えねばならぬのですか!?あなたはいなければならない存在なのに!」

 「それが世界だ」


 狂ったように叫ぶ弟を、兄が一言で鎮めた。世界の仕組みに、ただの竜王が変えることなど不可能なのだから。ならば、運命に逆らう必要などない。


 「それはおかしいのだよ」

 「一哉」

 「人は、人を責めるものなのだよ。いくら仏や神でも、ときには誰かを責める権利だってあるはずなのだよ」


 それは違うと吐き捨てられなかった。それを言うのは、人なのだから。救われるべき対象。その存在が自分を責めてもいいと言うのだから。人間の罪の重さを、人間は分かっていない。そう思っていた。しかし、なかにはそれを知った者もいるのだ。


 「消えないでください、兄上!」
 
 「消えたくて消えるわけがなかろう!」


 泣きそうに震えた声音で光が叫んだ。間違いなくそれが本心だ。自分の心を騙してでも光は自分を戒めた。これが自分の使命なのだから。それに文句をつけてはならないと。しかし、本心では消えたくない。大切な者との記憶を失いたくない。当たり前のことだ。しかし、それを捨て置いてでも人類救世のために走り続けた。


 「私とて消えたくない!お前との記憶も、明や慈さまや出会った者たちの記憶を失いたくない!でも・・・それを認めれば・・・私は潰れる気がする」


 この地上で生きていたい。それは紛れもなく本心だ。自分の心に嘘をつかない、真実だった。


 「毎日毎日いつ消えてしまうのかと怖くて堪らない。震えて夜も眠れない。夢のまま全ての記憶を忘れてしまうのではないかと思ったら・・・」


 死の恐怖。失う恐怖。光はそれを知っている。両親が死ぬ瞬間を見ているからこそ、失うことの怖さを知っている。


 「兄上!」

 「っ・・・」


 バナンは、俯く光を抱きしめた。幼い頃泣いてばかりの自分に、光はいつもこうして慰めてくれたのだ。自分に出来ることはそれしかない。


 「兄上・・・私が兄上に寿命をあげます。半分でもあげます」

 「そんなものはいらぬ。お前は生きろ」

 「貰えばいいじゃないか」


 明はふとそう言った。光は困惑したような表情を浮かべた。弟の寿命を貰うなど、兄として望むはずがない。


 「正気か、明」

 「正気じゃないのはお前だ」

 「・・・!」

 「寿命を渡してでも生きてほしいって願ってるってことだろうが」


 ──グイッ
 明は自分よりも背の高い光を乱暴に引き寄せた。その明を落ち着かせるように一哉や聖や仁王が駆け寄る。


 「オレは確かに、慈ちゃんが目覚めることを願ってる。世界の為であり、慈ちゃんの為でもあるから。孤独だった天上界で初めての友人。救われてほしいのは、オレだって同じだよ」

 「不動・・・」


 明は、生涯の友倶留孫の死を見ている。その時の虚しさと言ったらなかった。もう一度人間たちを殺そうかと思ったほどには虚しさが募っていた。天上界に迎えられなければ、今の自分はここにはいない。そこが孤独だったとしても、突然現れた竜王が自分を友だと言ってくれたのを今でも忘れられない。


 「オレの血をあげてもいいよ?」

 「余計に喉が渇く」

 「いくらでもあげるけど?」

 「男の血など舐めたくもないわ、バカ」


 血を飲んだあとのことを想像して光は、二つ返事で断った。不動明王の血は、確かに半不死身にさせるという。


 「わたしのはどうだろう?舐める必要も無いぞ」

 「菩薩に血を流させろと?」


 不動明王の血よりも弥勒菩薩の血の方が不老不死にさせるが、血を流させるのは大罪中の大罪だ。提婆達多がそれで破門にされているのだ。八部衆など天上界及び地上界永久追放の未来しかない。


 「ははっ、なるほど・・・」

 「寿命を延ばすストゥーパは流石にないなぁ。開発してもいいけど」

 「え、そんなことできるの?」


 光蓮結界を張るための最大限の力を込めたストゥーパを光の体内に埋めるという方法があるという。これにはリスクがあり、身体がそのストゥーパに馴染むかというものと、しばらく動けなくなるというものだ。


 「消えるくらいならそっちの方がマシでしょ」

 「僕も思うのだよ」


 馴染むまで寝たきりになって動けなくなる方が、死ぬよりはマシだと一哉と明は残酷と思うほど言い放ってきた。


 「応急処置になるけどね」

 「あとはわたしが頑張るから、今はそれで我慢してくれ」

 「迷惑をかけるのぉ」

 「消えられた方が迷惑なんで。戦力減るのは困りますよ」


 蘭は、今度は光が自分を追い詰めないように言った。


 「そ、それでは兄上は消えないということですか?」

 「だいぶ抑止出来ると思うよ」

 「よろしくお願いします!」


 バナンが頭を下げた。兄とともにいれるのならば、いくらでも頭を下げるとばかりにお願いしますを連呼した。流石に真面目さにウザくなってきた倶留孫が落ち着かせた。
 

 「わたしからもよろしくお願いします」

 「はーい、任せといて」

 「ふっ一億年でも生きてやるさ」


 光はいつもの笑顔で言った。



 



 
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