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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

20-2.出立

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「来たね」

 セシルが短く呟く。

 腰に剣を携えた騎士はやや足早に歩みを進める。
 淡い月光が照らす赤髪は今やクリスティーナの中の全てが変わったきっかけの象徴。
 見覚えのある赤髪の騎士はクリスティーナの前まで足を進めると姿勢を正し、敬礼した。

 野心に燃える真っ直ぐな瞳、引き結ばれた口が思わせる印象は数日前に見た情けなさも弱々しさも感じられない。決意と使命に満ちた騎士の顔だ。

「エリアス・リンドバーグです。本日よりクリスティーナ様の護衛を賜りました」

 数日前まで生死を彷徨っていたとは思えない程凛とした姿。
 引き込まれる程の強い意志を宿す灰色の瞳に意識を奪われた時、いつの間にかクリスティーナの隣に立っていたセシルが補足を入れる。

「旅路で何が起こるかわからないからね。リオ一人でどうにもならない時が来るかもしれない。だからもう一人手練れを用意したのさ」

 そういうことはせめて事前に説明して欲しいと思うクリスティーナであったが、セシルの無駄に得意げな様子を見たところサプライズという意図があったのだろう。
 相変わらず真意の読めない兄に呆れはするが、護衛の追加は正直ありがたい話だ。

「……クリスティーナ・レディングです。どうぞよろしく」

 数日前と似たようなやり取りを交わし、会釈する。

「本当はもう少し人数を増やしたいところなのだけれど……如何せん君の正体は最重要機密だ。どこで情報が漏れるかわからない以上容易に開示できなくてね。数の代わりに腕利きの人材を用意した」

 エリアスの実力の上限をクリスティーナは知らないが、少なくとも一人対複数戦闘においても結果を齎すほどの実力者であることは魔物の襲撃時点で把握済みだ。

「ありがとうございます、お兄様」
「流石にこのくらいはしないと。兄の面目が既に面影を見せていないからね……」
「そうですね」
「支度をしますね、クリスティーナ様」

 自虐に対し冷たくあしらうクリスティーナと、一切無視をして荷物を馬車へ積み込むリオ。
 全く相手をして貰えないセシルは標的をエリアスへ変えたようだ。

「リンドバーグ卿! どう思う? 妹も友も僕に対してすごく冷たいんだ……」
「え!? あ、あー……そうなんスね…………」

 話しかけられたエリアスはびくりと肩を震わせたかと思えば両目を斜め四十五度程度逸らすという逆に器用な視線の動かし方を披露した。
 おまけに冷や汗まで掻いている彼は先程までの気迫は何だったのかという程情けない顔をしている。

 どこからどう見てもセシルに対して怯えている。恐らくはクリスティーナやリオと同じようなセシルの被害者だろう。

(一体何をしたの、お兄様……)

 先程の気迫はどこへやら。
 子犬のように縮こまる彼の様子に、クリスティーナは兄へ対する猜疑心を深めていた。
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