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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

80-4.世界の全て

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「ひぃっ……の、ノアお前……っ」
「あ、二人ともおかえり」

 なんてことをと思わず短い悲鳴を上げるエリアスを他所に、ノアは朗らかな笑みを浮かべる。
 しかしその表情も長くは続かない。

「……あ」

 ノアはエリアスの背後を見つめると何かに気付いたように声を漏らした。
 そして自分の両手とエリアスの背後を交互に見た後、その顔を見る見るうちに強張らせる。
 その視線を辿るようにエリアスも振り返れば、ノアが顔を強張らせた理由を目の当たりにすることになる。

「ひぇ……」

 エリアスの背後に立つ存在は先程まで話していたリオ一人だ。
 彼は日頃の微笑を消し飛ばし、最早外面など気にした様子もなくノアを睨みつける。
 凍てつくように鋭く光る眼光と重圧的な雰囲気。
 彼はエリアスですら怯むほどの気迫を纏っていた。

「これはどういう状況ですか?」
「り、リオ、落ち着いてくれ。一旦話を――」
「あっ」

 即座にクリスティーナから離れ、両手を持ち上げるノア。
 しかし彼の言葉が最後まで紡がれることはなく、リオは一瞬にしてその姿をエリアスの傍から消した。
 彼が高速で移動したことに気付いたエリアスは声を漏らしたが、その頃には既にノアの背後で人影が揺らいでいる。

 目にも止まらぬ速さで部屋へ上がり込み、ノアの背後をとったリオはそのまま相手の片腕を捻り上げ、その場で組み伏せた。

「あだだだだっ、ギブギブ、ギブだってぇっ!」
「お嬢様へ仇なす腕はこちらですか? これ以上害を及ぼす前に処分しておきましょうか」
「君、物騒なことを言う時毎度目が本気なのやめないかい!? 怖いよ!!」

 辛うじて微笑を取り繕ったものの、リオの瞳の冷たさは変わっていない。
 彼は冷え冷えとした視線でノアを見下ろした。

「ああノア……いい奴だったなぁ……」

 痛みと恐怖に悲鳴を上げる友人の末路を離れた場所から見届けるエリアスはその場に静かに手を合わせた。
 一方で頭を撫で繰り回す手から解放されたクリスティーナは自身の髪を整え直しながら、再び戻った騒がしさに呆れ混じりのため息を吐いた。

 騒々しくはあるが煩わしくはない。そんな賑やかさを齎しながらも時間は刻々と過ぎ去っていく。
 夜はどんどんと更けていった。
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