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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
85-1.ブレスレット
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幼い頃のクリスティーナは暇さえあれば母の部屋へ向かい、彼女と共に時間を過ごした。そしてそれはこの日もそうだった。
家庭教師との授業を終えたある日の夕刻。母の元へ立ち寄ったクリスティーナは夕食までの時間を二人で過ごす。
部屋を満たすのは二人分の歌声。童話をモチーフにした子供向けの歌をクリスティーナは母と共に口遊む。
ベッドで体を起こす母と、そんな彼女の膝の上に頭を乗せるクリスティーナ。
途中、母がクリスティーナの左手首を撫でる。その手つきは優しくて心地よくもあり、クリスティーナは暫くの間されるがままになっていた。
細い指はクリスティーナの手首から、身につけられていたブレスレットへと移動する。
銀色の細かな鎖と小さな石が嵌めこまれたブレスレット。それは母の指先とぶつかって音を鳴らす。
壊れてしまわないかと気に掛けるような慎重で柔い手つき。そんな母の手の動きを眺めていたクリスティーナは途中で歌を止めた。
「お母様。どうしてこれを私にくれたの?」
物心ついた時には既に当たり前のように身に着けていたブレスレット。
クリスティーナは自身がもっと幼かった頃、これは何かと母に問うたことがある。
その時、母は自分からのプレゼントであると答えた。そして肌身離さず身に着けてくれると送った側としては嬉しいとも。
母の嬉しそうな顔を見るのは好きだったし、自分だけに与えられた贈り物というのも特別なもののように思えて嬉しかった。だからその言葉の通り、クリスティーナは母からの贈り物であるというブレスレットを常に身に着けてきた。
しかし、それから少しだけ成長したクリスティーナはふと疑問を持つようになった。
母は何もクリスティーナだけを特別視している訳ではない。セシルやアリシア、それに父のことも同じ様に愛おしく思っている。
だが、母が家族へアクセサリーの類を贈る姿をクリスティーナは見たことがない。セシルや父は男性だから、ブレスレットはクリスティーナの誕生を祝う為の贈り物だったから、と理由を付けられるかもしれないが、そうするとアリシアが同等の物を得ていないことへの違和感が残る。
アリシアとクリスティーナは同日に生まれた。誕生祝をと考えるのならばアリシアにも同じ類の物が贈られていなければおかしい。
つまりクリスティーナのブレスレットは誕生祝として与えられたものではないという事だ。
故にクリスティーナはこのブレスレットが自分の元へやってきたことには意味があるのではと疑問を抱いた。
しかしその疑問を言葉にしても母は困ったように笑うだけであった。
明確な答えを述べることはせず、その代わりにと彼女は両腕を広げる。
おいでと言われているような気がして、クリスティーナはその腕の中に収まった。
「そのブレスレットはね、お守りなの。私がいない場所でも貴女を守ってくれますようにと、私の願いが沢山込められたお守り」
クリスティーナの小さな体を優しく包み込みながら、母は言う。
「お父様やセシル、アリシア……そしてクリスティーナ。皆と過ごす毎日が私は大好きよ」
母が家族を愛してくれていることはクリスティーナも知っている。
だから知ってるわと得意げに返そうかとも思ったが、何故だか今はそうすべきではないと感じ、その口を閉ざした。
「貴女達に出会えた。それだけで私は幸せなの」
クリスティーナを包み込む腕に少しだけ力が籠められた。
言い聞かせるように、はっきりとした口調で母は呟く。
「どうか忘れないでね、クリス」
家庭教師との授業を終えたある日の夕刻。母の元へ立ち寄ったクリスティーナは夕食までの時間を二人で過ごす。
部屋を満たすのは二人分の歌声。童話をモチーフにした子供向けの歌をクリスティーナは母と共に口遊む。
ベッドで体を起こす母と、そんな彼女の膝の上に頭を乗せるクリスティーナ。
途中、母がクリスティーナの左手首を撫でる。その手つきは優しくて心地よくもあり、クリスティーナは暫くの間されるがままになっていた。
細い指はクリスティーナの手首から、身につけられていたブレスレットへと移動する。
銀色の細かな鎖と小さな石が嵌めこまれたブレスレット。それは母の指先とぶつかって音を鳴らす。
壊れてしまわないかと気に掛けるような慎重で柔い手つき。そんな母の手の動きを眺めていたクリスティーナは途中で歌を止めた。
「お母様。どうしてこれを私にくれたの?」
物心ついた時には既に当たり前のように身に着けていたブレスレット。
クリスティーナは自身がもっと幼かった頃、これは何かと母に問うたことがある。
その時、母は自分からのプレゼントであると答えた。そして肌身離さず身に着けてくれると送った側としては嬉しいとも。
母の嬉しそうな顔を見るのは好きだったし、自分だけに与えられた贈り物というのも特別なもののように思えて嬉しかった。だからその言葉の通り、クリスティーナは母からの贈り物であるというブレスレットを常に身に着けてきた。
しかし、それから少しだけ成長したクリスティーナはふと疑問を持つようになった。
母は何もクリスティーナだけを特別視している訳ではない。セシルやアリシア、それに父のことも同じ様に愛おしく思っている。
だが、母が家族へアクセサリーの類を贈る姿をクリスティーナは見たことがない。セシルや父は男性だから、ブレスレットはクリスティーナの誕生を祝う為の贈り物だったから、と理由を付けられるかもしれないが、そうするとアリシアが同等の物を得ていないことへの違和感が残る。
アリシアとクリスティーナは同日に生まれた。誕生祝をと考えるのならばアリシアにも同じ類の物が贈られていなければおかしい。
つまりクリスティーナのブレスレットは誕生祝として与えられたものではないという事だ。
故にクリスティーナはこのブレスレットが自分の元へやってきたことには意味があるのではと疑問を抱いた。
しかしその疑問を言葉にしても母は困ったように笑うだけであった。
明確な答えを述べることはせず、その代わりにと彼女は両腕を広げる。
おいでと言われているような気がして、クリスティーナはその腕の中に収まった。
「そのブレスレットはね、お守りなの。私がいない場所でも貴女を守ってくれますようにと、私の願いが沢山込められたお守り」
クリスティーナの小さな体を優しく包み込みながら、母は言う。
「お父様やセシル、アリシア……そしてクリスティーナ。皆と過ごす毎日が私は大好きよ」
母が家族を愛してくれていることはクリスティーナも知っている。
だから知ってるわと得意げに返そうかとも思ったが、何故だか今はそうすべきではないと感じ、その口を閉ざした。
「貴女達に出会えた。それだけで私は幸せなの」
クリスティーナを包み込む腕に少しだけ力が籠められた。
言い聞かせるように、はっきりとした口調で母は呟く。
「どうか忘れないでね、クリス」
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※※※
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※重複投稿作品※
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