召喚探偵の推理回想録

玻璃斗

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緋色の宿命

1-2 召喚は突然に

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俺がミステリーにハマるきっかけになったあの本を初めて手に取ったのは小学生一年生の時だった。
聞いたことのある題名に加えサブタイトルの一部に苗字が入っていたのが惹かれた理由の一つだった気がする。
本を開き数行読んだだけで俺はその世界に魅了された。

ハラハラする展開に犯人を追い込む論理的推理。
すぐにミステリーの虜となった。
 
以来寝ても覚めてもミステリー。
 
不思議なことは何でもかんでも事件に結びつけ、将来の夢は名探偵になること。
そのミステリー好きから友人の泉からは小さくなった某高校生探偵のように『推理馬鹿』と呼ばれるほどだった。

だがそんな俺も成長し、いつしか高校生二年生。
流石にドラマのような探偵は現実にいるわけがないとは理解し始めていた。
だから今度は刑事を目指すことにし、剣道、空手に勤しみ、暇があれば推理小説を読み漁る。

成績は普通。彼女はなし。
当たり障りのない普通の人生。
だが大好きなミステリーに囲まれる毎日。
ミステリーオタクの俺にとって幸せな人生を謳歌していた。
 
そう。あの日までは。



「………………どこだ、ここ?」
 
俺は目を瞬かせながら誰もいない白い空間で独り呟いた。
白いといっても、地面はありモノクロのタイルが敷き詰められている。
だが左右、そして天井は驚くほど真っ白。

改めて言おう。
 
ここはどこだ?
 
俺は目をこらし遠くを眺める。
距離感を掴みにくいがかなり奥の方まで白く、出入り口のようなものも壁さえもない。
こんなでかい部屋、現実であるわけがないから夢か?
だけどベッドに入った、ましてや寝た記憶がない。
第一、学ランのままだし。
 
てかさっきまで何してたっけ……?
 
「やぁ」
「うわぁ!?」
 
突然首筋に吹きかけられた息に素っ頓狂な声を上げる。

振り返るとそこには燃えるような長い紅色の髪にスッと通った鼻筋。
ルビーのように煌めく赤い左目を持った端整な顔立ちの女性が不敵な笑みを浮かべていた。
 
谷間のある妖美な雰囲気を漂わせたセクシーな美人。
俺も思春期真っ只中の男子ですから、恋愛ごとにあまり興味がないといっても彼女の豊満な胸に思わず目がいってしまう。
 
だがすぐに我に返り、警戒態勢に入った。
 
何故なら彼女が身につけているのは怪しげな黒のローブにとんがり帽子。
そしてぷかぷかと宙に浮く身体。
どっからどうみても普通の人、下手したら人間じゃない。
 
それにその格好まるで……
 
「……魔女?」
「流石、名探偵。よくわかったわね」
 
魔女は両耳についた紅色が輝く宝石のイヤリングを揺らしながら手を叩く。

なんなんだ、こいつ……?

俺は魔女を頭から足の先まで見回し少し考えると一つの結論に至った。
 
うん。やっぱりこれは夢だ。
 
こんな身体を浮かせたコスプレ女なんて現実にいるわけがないからな。

夢に決まっている。

しかし意外だ。

俺は漫画も含めてあまりファンタジー作品を見たことがない。
だからこんな古典的な魔女が出るファンシーな夢を見るとは思わなかった。
もしかしてファンタジー作品を見たいという願望が潜在意識にでもあるのか?
今度、泉におすすめ作品でも聞いて読んでみるか。
 
俺はそんなことを考えながら力を込めて頬を引っ張る。
 
「何をしているの?」
 
魔女は怪訝そうに眉をひそめ俺の顔を覗き込んだ。
 
ちょっと黙っていてくれ。
俺は推理小説。要は活字が好きなんだ。
ファンタジー体験するなら夢よりも現実で本を読む方がいい。
とっととこんな変な夢から覚めるんだよ。
俺は指に力を加える。
 
……おかしい。
 
なんで痛みは感じるのに目が覚めないんだ?
まぁ、いい。出口でも探すか。
 
俺は外へ向かって歩いて行くが。
 
「ぐほっ!」
 
何かにぶつかり尻餅をつく。
 
な、なんだ??
 
俺は立ち上がり手を伸ばす。
行く手を阻むのはつるっとしたガラスのような肌触りのもの。
見えないが壁のようなものが目の前にあるようだ。

どうして……
 
「気は済んだ?」
 
にやにやしながら俺の真上を飛び回る魔女。
俺はぶつかった額を擦りながら眉を寄せた。
 
「気が済んだってなんのことだよ?」
「夢かどうか確かめることのよ」
 
な!?
 
「ど、どういうことだ!?」
「夢だって思ったのでしょ? 普通はそうでしょうね。ちなみに夢ではありませーん。現実だよ? 緋色 慎司君」
「どうして俺の名前を……」
「そりゃあ私が君を召喚したからね。ある程度は知っておかないと」
 
魔女はパチンと指を鳴らすと煙と共に空中に突如現れた羊皮紙を手に取り声に出して読み上げ始めた。
 
「『緋色 慎司』。東京にある清新せいしん高校の二年生。学力は普通、部活には所属してなく放課後は外部の空手や剣道の道場に通い、休日は基本一日中推理小説を読み漁っている……寂しい趣味ねー」
「余計なお世話だ! けど召喚って……」
 
召喚って言われてまずパッと思い浮かぶのは裁判所が被告人や証人、鑑定人に対して出頭を命じる意味の召喚だが……
 
「言っておくけどその召喚じゃないわよ。私のどこが裁判官に見えるのよ」
「それぐらいわかるわ! というかお前心読めるのか!?」
「あなたの態度を見れば考えていることぐらいわかるわよ。すごくわかりやすいもの」
 
腹を抱えてケラケラせせら笑う魔女。
俺は顔を真っ赤にして声を上げた。
 
「さっきから人を馬鹿にして、何者だよ。てめー!」
「ようやく私に興味を持ったみたいね。では改めて」
 
魔女はローブの裾を摘まむと優雅に腰を折り笑みを浮かべた。

「君の予想通り、君が暮らす世界ではない世界『ベルベール』で魔女をしている『イレーネ』よ。よろしくね。だけど魔女って呼ばれるのは味気ないから嫌なの。だからイレーネって呼んで」
「はぁ? どうして……」
「イレーネって呼んで」

何とも言えない威圧感。

どうやら何が何でも名前で呼んでほしいようだ。
わけがわからん。そんなにその名前が気に入っているのか?

だけど反論する理由もないので素直に頷くとイレーネは満足げに微笑み続けた。

「おそらく君はどうして自分がこんな真っ白い部屋にいるかと疑問に思っているでしょうね。実は君は……」
 
イレーネは大きく両手を開いた。
 
パッパカパーン。
 
どこからともなく響き渡るラッパ音と舞い上がる紙吹雪。
よく見るとイレーネの背後で小型の白猫と黒猫が後ろ足で立ち器用に前足で散らしている。
イレーネは俺に顔を寄せた。
 
「おめでとう! 異世界に召喚されました!」
 
「……はい?」
 
突然の宣言に俺は顔を引きつらせた。
 
異世界召喚?
何のことだ……??
 
当惑する俺の鼻先にイレーネは立てた人差し指を押しつけた。
 
「だ・か・ら! あなたは異世界に召喚されたの。ほらよくあるでしょ? 目が覚めたら死んでいて異世界転生するっていうやつよ。この場合は召喚だけど」
 
そういえば他の世界に生き返る話が流行ってるってファンタジー小説好きの泉が言ってたな。
 
それで俺はこんな部屋にいるのか。

なるほど……って。
 
「信じられるか!」
「あら?」
 
俺の反応が意外だったようでイレーネは目を丸くした。
 
「信じられないの? 」
「当たり前だろ! 召喚なんてそんな非科学的なこと、普通『はい、そうですか』なんてあっさり受け入れられねーよ!」

「あら、不思議なことなんて世の中にはいくらでもあるでしょ? あのスコットランド劇の呪いとかストーンヘンジの謎とか。それに比べたら異世界召喚なんてありきたり。そこは聞き慣れていますからとか見たことありますからとか言ってあっさり了承するのが筋ってもんよ」

「いやいやいや! どこの筋だよ! 危険の匂いしかしねーよ! てか異世界の魔女っていうなら証拠を見せろ! 証拠を!」

興奮し声を荒げる俺を呆れ顔で眺めながらイレーネは肩をすくめた。
 
「相変わらず面倒くさい性格しているわね。仕方ない。本当だって証明してあげるわ」
 
イレーネは指先を俺に向けると大きく振り上げた。
 
「うお!?」
 
突如俺の身体は浮き上がり、天井に向かって舞い上がる。
 
嘘だろ!?

「それじゃあ行くわよー。よっと」

イレーネの掛け声と同時に俺の身体はイレーネの指の動きに合わせて真っ白な空間をあちらこちら飛び回る。
左にいったり右にいったと思ったら急上昇したり。
ぐるぐる。ぐるぐる。
 
……気持ち悪い。
 
「これが魔法よ。信じる気になったー?」
「わ、わかった! 信じる! 信じるから! 降ろしてくれ! は、吐く……っ!」
「そう。ならよかった」
「ぐほっ!?」
 
イレーネが指の動きを止めると俺は思いっきり地面に叩きつけられる。
倒れる俺を見下ろしイレーネはニコリと笑った。


 
「よかったわ。信じてくれて。信じてくれなかったらどうしようかと思った」
 
……よく言うわ。
信じるっていうまで続ける気だっただろ!
 
俺は打ち付けた鼻を擦りながら首を捻った。
 
「だけどなんで召喚に俺を選んだんだ? 俺の友人が言っていたんだが、こういう系って細かい説明を省くためにある程度その世界に似たような世界を知っているやつが選ばれることが多いんだろ? 言っておくが俺ファンタジー知識なんて皆無。どうすればいいかなんて全くわかんないぞ?」
 
俺は推理物が好きということもありフィクションが好きだ。
それもあって漫画やゲームもある程度する。
 
しかしファンタジー系には疎い。
 
理由は手先が器用ではないのと横文字が苦手だからだ。
ファンタジー好きの泉みたいにゲームをするとき素早く指を動かすことが出来ないし、『バスター』とか『サーベル』とか横文字を覚えられない。

まぁ、『エチルパラニトロフェニルチオノベンゼンホスホネイト』とかなら覚えられるから興味の問題かもしれないが。
 
イレーネは訝しげな顔をする俺に近づくと自身の唇を撫でながら不敵に笑った。
 
「大丈夫。どちらかというと貴方の管轄だから。それに貴方を召喚したのは間違って殺してしまったからでも魔王を倒して欲しいからでもない。推理劇が見たいからなの」
「……推理劇?」
「そう!」
 
豊満な胸を張りイレーネはローブを翻す。

そして高らかと言い放った。
 
「推理小説のように探偵が巻き込まれるハラハラする事件に犯人を追い込む論理的推理。そして誰もが涙する悲劇的なストーリー。私はそれを見たいの。だから探偵役としてあなたを召喚した」
 
イレーネはニヤリと口角を上げる。
 
「どう? 興味をそそられない?」

俺が探偵?

しかも小説のように実際に起きた事件の謎を解決することが出来るだって?

なんてこった。俺が子供のころから夢見ていた。
 とてもワクワクするシチュエーションじゃないか!
 
……いや、待て待て。

「仮にお前が言っていることが本当だとしよう。だけどそんな都合よく事件に遭遇するなんてありえねーだろ。お前まさか……」

嫌な考えが頭を過り俺は息を呑む。

するとイレーネはため息を漏らし俺の後ろに回り込んだ。
 
「安心して。推理劇が見たいがために私が誰かの命を取ることはしないわ。私が何もしなくてもこの世の中。たとえ異世界でも事件は起こるのだから。貴方には実際に起きた事件を解決してほしいだけなの」
「そうだとしても俺はミステリー好きだけどただのオタク。警察の事件扱うならむしろ刑事や小説家を召喚した方が効率いいんじゃねーか?」
 
俺の意見にイレーネは人差し指を立て左右に振った。
 
「ダメダメ。それだと呼ぶ相手が大人になっちゃうじゃない。私は高校生がいいの」
「何でまた?」
「だって高校生と探偵。合わせると高校生探偵でしょ? 高校生探偵が事件の謎を解く」
 
イレーネは両手を合わせニコリと笑った。
 
「ワクワクしない?」
 
俺は思わず膝から崩れ落ちる。
俺もミステリー好きだし『高校生探偵』っていう単語にときめく気持ちもわからなくない。
 
「けど異世界の魔女がそんな俗っぽいこと言っていいのかよ……」
 
苦笑いを浮かべている俺を横目にイレーネはポンと手を叩いた。
 
「そうそう。折角異世界召喚されたのだから一つぐらいプレゼントをあげるわ」
「はぁ? プレゼント?」
 
キョトンとする俺にイレーネは近づくと顔を近づける。
そして。
 
「………………っ!?」
 
イレーネは俺の唇に自分の唇を重ねた。
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