8 / 51
第一章 青き誓い
3、王太子グラスタン(2)
しおりを挟む
この状況である。友人を作れる状況などありえなかった。王城ケルツェルに訪れるシュタヒェル騎士が連れてくる小姓や従騎士に声をかけてみたくとも、悲しいかな、グラスタンにはその機会すら与えられなかった。
したがって、孤独なグラスタン王子は書物を友とした。
知るは城と離宮のみ。世間知らずの自覚もあり、本を通じて世界を学ぶほかなかったのだ。
書物は、過去から現在に至るまでたくさんの優れた人物を生き生きと紹介してくれた。
遙かな過去に去った、あるいは今を生きる学者たちは、まるでその場にいるように考えや文化を披露してくれ、歴史書は時の流れと数奇な運命の数々を教えてくれた。
グラスタンは特に英雄譚を好んで読んだ。
父の言う覇者――乱暴者の物語や悲劇よりも、愛ある勇敢な若者が誰かを救う話が好きだ。
書物の英雄たちは物言わずともその行動で勇気と正義を示すよき師となってくれた。
なかでも『ルスランとリュドミラ』という騎士道物語が一番のお気に入りで、勇敢で誠実な騎士ルスランに自らを重ねて夢想したこともしばしば。しかし、憧れは遠く、現実に打ちひしがれることもまた多かった。父に比べて臆病者で弱虫、ひょろ長いだけでさほど丈夫ではない身体、心身ともに勇者にはなりえないことは自分がよくわかっていた。
憧れと諦めの妥協に、いつしか未来の〈盾仲間〉――己の騎士がかくあれと願うようになっていた。
成人した王太子には戴冠まで国王の騎士となる義務が課せられている。
父王が健在なため、シュタヒェル騎士として叙任されることが決まっている。
しかし、共に叙任されるにふさわしい騎士とは。
はたして、そんな優れた男が見つかるのだろうか。そんな清廉潔白で愛に溢れる騎士など。
父の公務――御前試合の下見に随伴しベルイエン離宮を訪れた先日、叔母に相談すると彼女はくすりと一つ笑った。
「始めから優れている人など誰もおりませぬ。あなたは温室育ちでまだ何も知らないのね」
と言いながら、ミュゼリア・ミュデリアはぱんと一つ白い手を叩いた。
「『はい、今から死ぬまであなたと私は仲良しさんよ』とはならないの」
「私はそう望みます。そのような騎士でなければ私の〈盾仲間〉にはしたくありません」
叔母は白く細い首から長い溜息を落とした。
「他人への期待は自分へのナイフよ」
グラスタンは思わずくちびるを突き出した。このような甘えた態度を無意識に見せてしまうのは、育ててくれた彼女を実の母以上に慕っているからでもある。
「意地悪を言わないでください、叔母様。余計に惨めになります。父は勇敢であなたは聡明、私は弱虫の臆病者。これは生まれ持った〈ギフト〉で、変えられぬものです」
「あら」
叔母は整えられた眉を上げた。その下でエメラルドの瞳が固く追及に光った。
「才能とは磨くものだわ。磨かれぬ銀器が一日で曇るように、怠慢は輝きを鈍らせる」
「わかりません」
「その頑固なところ、お兄様にそっくりですこと。ご自覚は?」
「いいえ。ありません」
「いいわ。好きになさい。いままでそうできなかったのでしょうから。けれども難しい話ではなくてよ。あなたとマルティータが一年かけて思いあい、愛を育むうちに恋人になっていったように友だちだって、だんだんそうなるものなの」
したがって、孤独なグラスタン王子は書物を友とした。
知るは城と離宮のみ。世間知らずの自覚もあり、本を通じて世界を学ぶほかなかったのだ。
書物は、過去から現在に至るまでたくさんの優れた人物を生き生きと紹介してくれた。
遙かな過去に去った、あるいは今を生きる学者たちは、まるでその場にいるように考えや文化を披露してくれ、歴史書は時の流れと数奇な運命の数々を教えてくれた。
グラスタンは特に英雄譚を好んで読んだ。
父の言う覇者――乱暴者の物語や悲劇よりも、愛ある勇敢な若者が誰かを救う話が好きだ。
書物の英雄たちは物言わずともその行動で勇気と正義を示すよき師となってくれた。
なかでも『ルスランとリュドミラ』という騎士道物語が一番のお気に入りで、勇敢で誠実な騎士ルスランに自らを重ねて夢想したこともしばしば。しかし、憧れは遠く、現実に打ちひしがれることもまた多かった。父に比べて臆病者で弱虫、ひょろ長いだけでさほど丈夫ではない身体、心身ともに勇者にはなりえないことは自分がよくわかっていた。
憧れと諦めの妥協に、いつしか未来の〈盾仲間〉――己の騎士がかくあれと願うようになっていた。
成人した王太子には戴冠まで国王の騎士となる義務が課せられている。
父王が健在なため、シュタヒェル騎士として叙任されることが決まっている。
しかし、共に叙任されるにふさわしい騎士とは。
はたして、そんな優れた男が見つかるのだろうか。そんな清廉潔白で愛に溢れる騎士など。
父の公務――御前試合の下見に随伴しベルイエン離宮を訪れた先日、叔母に相談すると彼女はくすりと一つ笑った。
「始めから優れている人など誰もおりませぬ。あなたは温室育ちでまだ何も知らないのね」
と言いながら、ミュゼリア・ミュデリアはぱんと一つ白い手を叩いた。
「『はい、今から死ぬまであなたと私は仲良しさんよ』とはならないの」
「私はそう望みます。そのような騎士でなければ私の〈盾仲間〉にはしたくありません」
叔母は白く細い首から長い溜息を落とした。
「他人への期待は自分へのナイフよ」
グラスタンは思わずくちびるを突き出した。このような甘えた態度を無意識に見せてしまうのは、育ててくれた彼女を実の母以上に慕っているからでもある。
「意地悪を言わないでください、叔母様。余計に惨めになります。父は勇敢であなたは聡明、私は弱虫の臆病者。これは生まれ持った〈ギフト〉で、変えられぬものです」
「あら」
叔母は整えられた眉を上げた。その下でエメラルドの瞳が固く追及に光った。
「才能とは磨くものだわ。磨かれぬ銀器が一日で曇るように、怠慢は輝きを鈍らせる」
「わかりません」
「その頑固なところ、お兄様にそっくりですこと。ご自覚は?」
「いいえ。ありません」
「いいわ。好きになさい。いままでそうできなかったのでしょうから。けれども難しい話ではなくてよ。あなたとマルティータが一年かけて思いあい、愛を育むうちに恋人になっていったように友だちだって、だんだんそうなるものなの」
1
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる