12 / 51
第一章 青き誓い
5、従騎士、ふたり(1)
しおりを挟む
「ふう」
ときは過ぎ、ヴァニアス暦九八四年。〈雪解けの知らせ〉が終わる〈白羊の月〉一日。
春一番の日が昇る前に王都ファロイスを出発し、ゼ・メール街道を東へと進んできた従騎士(エスクワイア)セルゲイ・アルバトロスは、目的地に着くと、張り詰めた太股に気合いを入れ直し、馬上からひらりと降りた。一年ぶりの聖都ピュハルタは十八歳になったセルゲイには少し小さく見えた。
苦々しい思い出を上書きしたくて、思わず深呼吸をする。
それは、これから始まる予定の茶番劇への溜め息に変わった。
街路樹――プラタナスの頭から生い茂る葉は、たっぷりとしていて、美女のけぶるようなソバージュを思わせるし、シラカバの凛とした清潔感溢れる立ち姿は尼僧のよう。おいでおいでと手招きする柳の流麗さは白魚がごとく、まさに先日夜伽をしてくれた若いイーシアの女のなめらかな手指を想起させる。
セルゲイは、そんな彼らの間を渡りゆく薫風を嗅ぎ、そこに自らを重ねた。
気まぐれに女の髪を匂っては首筋にくちづけ、耳に熱い甘言をささやいては明日の他人たる。
本物の恋ができればと一夜のアバンチュールに心身を焦がすこともあるが、それはそれ、一夜限りで終わる関係の気楽さばかりが先立つ。深くは踏み込めない。それに恋愛の果てに所帯を持つなど、責任が重すぎる。一瞬の恍惚に見合わない。また、ため息が落ちた。
栗毛の愛馬チェスナの首筋を労いに撫でてやると、彼女は誇らしげに喉を鳴らした。
一緒になって深呼吸をすると、春らしい青草の瑞々しい匂いが胸いっぱいに満ちた。
ぶん、と耳のすぐ近くを蜂が通り過ぎていった。飛び去ったほうを見れば、夏へ向けて背丈をぐんぐん伸ばしている草の合間に、赤、白、黄など色とりどりの小花が咲いていて、その間を蜂たちが嬉しそうに行き交っている。細い足にくっついている花粉の塊が、蜜蜂の証明だ。黄金色の甘い蜜を想像して、少年はにっこりした。
のどかな光景、花の香りを纏った風、それを喜ぶ人間。明るい色彩、春めいた淡い期待感があたりに満ちている。
刀礼を翌日に控えた少年がやってきたのは、小姓時代から慣れ親しんだ聖都ピュハルタだ。
白亜の城壁街に守られたベルイエン離宮の中心には国教スィエルの聖地〈水の祭壇〉があり、そこからこんこんと湧き出る清水の流れを壕に流し込んでいる。
聖地巡礼か、あるいは今日の宿を得るためか。入場を待つ人々の列はいつでも、跳ね橋から城門まで伸びて、聖都のただ一つの入り口まで続いている。
「今日はさすがに並ばないとな」
かつては神聖騎士団のお仕着せとマント、そして金色の拍車を身につけた先輩騎士ドーガスを入場証代わりに、別門から入場していた。その際、騎士は馬を下りる必要も無い。
だが今日は勝手が違うので、門から少し距離を取ってゼ・メール街道の上で馬から降りた。
愛馬チェスナの綱を引いて歩く。
「セ、セルゲイ」
ときは過ぎ、ヴァニアス暦九八四年。〈雪解けの知らせ〉が終わる〈白羊の月〉一日。
春一番の日が昇る前に王都ファロイスを出発し、ゼ・メール街道を東へと進んできた従騎士(エスクワイア)セルゲイ・アルバトロスは、目的地に着くと、張り詰めた太股に気合いを入れ直し、馬上からひらりと降りた。一年ぶりの聖都ピュハルタは十八歳になったセルゲイには少し小さく見えた。
苦々しい思い出を上書きしたくて、思わず深呼吸をする。
それは、これから始まる予定の茶番劇への溜め息に変わった。
街路樹――プラタナスの頭から生い茂る葉は、たっぷりとしていて、美女のけぶるようなソバージュを思わせるし、シラカバの凛とした清潔感溢れる立ち姿は尼僧のよう。おいでおいでと手招きする柳の流麗さは白魚がごとく、まさに先日夜伽をしてくれた若いイーシアの女のなめらかな手指を想起させる。
セルゲイは、そんな彼らの間を渡りゆく薫風を嗅ぎ、そこに自らを重ねた。
気まぐれに女の髪を匂っては首筋にくちづけ、耳に熱い甘言をささやいては明日の他人たる。
本物の恋ができればと一夜のアバンチュールに心身を焦がすこともあるが、それはそれ、一夜限りで終わる関係の気楽さばかりが先立つ。深くは踏み込めない。それに恋愛の果てに所帯を持つなど、責任が重すぎる。一瞬の恍惚に見合わない。また、ため息が落ちた。
栗毛の愛馬チェスナの首筋を労いに撫でてやると、彼女は誇らしげに喉を鳴らした。
一緒になって深呼吸をすると、春らしい青草の瑞々しい匂いが胸いっぱいに満ちた。
ぶん、と耳のすぐ近くを蜂が通り過ぎていった。飛び去ったほうを見れば、夏へ向けて背丈をぐんぐん伸ばしている草の合間に、赤、白、黄など色とりどりの小花が咲いていて、その間を蜂たちが嬉しそうに行き交っている。細い足にくっついている花粉の塊が、蜜蜂の証明だ。黄金色の甘い蜜を想像して、少年はにっこりした。
のどかな光景、花の香りを纏った風、それを喜ぶ人間。明るい色彩、春めいた淡い期待感があたりに満ちている。
刀礼を翌日に控えた少年がやってきたのは、小姓時代から慣れ親しんだ聖都ピュハルタだ。
白亜の城壁街に守られたベルイエン離宮の中心には国教スィエルの聖地〈水の祭壇〉があり、そこからこんこんと湧き出る清水の流れを壕に流し込んでいる。
聖地巡礼か、あるいは今日の宿を得るためか。入場を待つ人々の列はいつでも、跳ね橋から城門まで伸びて、聖都のただ一つの入り口まで続いている。
「今日はさすがに並ばないとな」
かつては神聖騎士団のお仕着せとマント、そして金色の拍車を身につけた先輩騎士ドーガスを入場証代わりに、別門から入場していた。その際、騎士は馬を下りる必要も無い。
だが今日は勝手が違うので、門から少し距離を取ってゼ・メール街道の上で馬から降りた。
愛馬チェスナの綱を引いて歩く。
「セ、セルゲイ」
1
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる