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第一章 青き誓い

5、従騎士、ふたり(2)

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 セルゲイは、はっとして振り向いた。
 そこで連れ合いの少年が白馬の上でもたついていた。具体的にはひょろ長い足をうまく蹴り上げられずにいる。

「嘘だろ」

 セルゲイの首筋を汗が滑り落ちていった。出発する時、乗れると言ったのを信じたのに。あまりにも下手すぎる。汗ばむような春の陽気に似合わない、陰気な色をしたマントが全ての動きを阻害しているのかもしれない。それにしてもだ。

「グ……殿下! 体重を片脚にぐっと乗せて――」

「いいから、早く……!」

 セルゲイが慌てて手伝い、四苦八苦しながら下ろしてやった瞬間、少年のフードはすっかり脱げ落ちてしまった。艶めく黒髪と海色の瞳が陽の下にさらされる。それは、彼をヴァニアス王国で唯一無二の存在にしてしまった色彩だった。

「まずい!」

 セルゲイはぎょっとして少年のフードを被せ直し、きょろきょろとあたりを窺った。
 グラスタン・ウィスプ・スノーブラッド・ヴァニアス――セルゲイと同じく齢十八を数えるこの少年こそ、シュタヒェル騎士が命に代えても守らねばならない世継ぎの王子であった。
 あの日からセルゲイは彼だけの従騎士だった。明日叙任されれば晴れて王子近衛騎士となる。
 グラスタン王子も、従騎士の腕の中で筋張った身体をこれ以上ないほど固まらせている。
 ばれたか? 早鐘のような心臓の音が麗らかな春の日を浸食する。
 しかし、セルゲイと目が合ったゼ・メール街道の人々はくすりと微笑んだだけだった。

「ところで今朝の新聞、読んだ? またドラゴン騒ぎですって」

「子どもの投稿でしょう? どうせ、大きな鳥でも見たんでしょうよ」

 そしてこんなふうに、それぞれの連れ合いとの世間話に戻り、街道を行った。

「ふう……!」

 腹の底から出た安堵のため息が喉を鳴らした。嫌な汗がもう一つ二つ首筋を落ちていく。
 二人の女性には友人同士がふざけているように見えていたのならそれに超したことはない。

「すまない、セルゲイ」

 黒々とした太い眉を傾けた王子は、フードの下からハイバリトンの上澄みと申し訳なさそうな視線を従騎士に投げてきた。それに苦笑いで答える。

「馬に乗れるっておっしゃってたじゃないですか。昔、独りでピュハルタに来たことがあるって。そのとき乘ったって」

 そう。グラスタン王子はかつて王都ファロイスの王城ケルツェルから家出をしたことがある。それは奇しくも十六歳の成人を迎えたその夜だったそうだ。そしてそのまま叔母である神子姫に滞在を許され、御前試合当日までの一年間、ベルイエン離宮にて静養していた。家出の理由はまだ教えてもらっていないが、これがきっかけで良縁を得たことだけは聞いた。
 王子は海色の瞳を泳がせた。

「あのときは無我夢中で。乗ることは出来る。だが、降りるのはどうしても苦手で……」

「あー……」

 それは乘れるって言わねえんだよな。
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