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第一章 青き誓い

5、従騎士、ふたり(6)

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「そういえばさ、なんて呼べばいい? 殿下の名前は国中のみんなが知ってるぜ。〈獅子王の再来〉グラスタンってな」

 この重圧のせいで、すっかり猫背が板についていることはセルゲイだけが知っている。
 しゃんとすれば雰囲気が出るのにもったいない、とも。

「私のことはグレイズ――グレイズ・ルスランと呼んで欲しい」

 ふうん、とセルゲイは何の気なしに受け止めた。悪くない。彼の本名に似ているし、それでいてどこかで聞いたことのある音列だ。しばらくして思い当たる。

「ルスランって『ルスランとリュドミラ』の?」

「知っているのか!」

 王子――グレイズの顔が目に見えて明るくなった。

「なんか子どものとき読んだなーって。話は覚えてないけど」

「単純な話だ。勇敢な騎士ルスランが悪の魔術師に攫われた婚約者リュドミラ姫を助けに冒険し、困難を乗り越えた二人は結ばれる。原作はオペラだが、本で読むのもいい」

「へ、へえ……」

 聞いたことのある筋書にどきりとする。よりによって、息子の愛読書をなぞらえるとは。
 勘づかれやしないだろうな。緊張するセルゲイの横でグラスタンは蕩々と続けている。

「ベルイエンの私の部屋に蔵書がある。今夜貸そう」

「や、それは今度――」

「清廉潔白な正義の騎士の物語だ。叙任、ひいては禊の前に読むに相応しいと思うけれども。ルスランは途中、同じく姫を愛する別の騎士に裏切られたり、美女に魅了されることもあるが、いつでも自身の正義と誠実を貫く。その真っ直ぐさに白魔術師が、そして天が彼を味方する」

 王子は立て板に水、ものすごい勢いで語りつくすと、熱い吐息を深呼吸で冷やし、セルゲイを眩しそうに見上げた。

「憧れなんだ」

 言葉通りの純粋な憧れが、瞳をきらきらと潮のように輝かせている。とても直視できない。

「彼のようになれたらと、ずっと願っている」

「……なれるんじゃねえの、いつか」

 視線を逃がしたセルゲイだったが、王子が空気を食むのは見えていた。

「セルゲイ、前……!」

 グレイズが突然、さっと背中に隠れた。
 不思議に思って見回すと、軋む跳ね橋はいつの間にか後方に去り、代わりに目の前に城門があった。話し込んでいるうちにじりじりと列は進んでいて、セルゲイたちの番が来ていた。
 彼が入場を待つ人々の列の先頭に立つと、真っ白なお仕着せの神聖騎士が槍を交差させた。

「名を名乗れ。用件を述べよ。荷を見せよ」

「はっ」

 セルゲイは怖じ気づいて縮こまるグレイズを引っ張り隣に並ばせてから、剣を胸に掲げ、顎をそびやかした。

「シュタヒェル騎士団所属、ドーガス卿が従騎士セルゲイ・アルバトロス、同じくグレイズ・ルスラン。ヴァニアス王国第一王女にして、聖教スィエルの宗主にあらせられる、清らなる〈ヴァニアスの神子〉ミゼリア・ミュデリア殿下の名の下に呼び招かれ、王都ファロイスより急ぎ馳せ参上いたした!」
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