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第一章 青き誓い
5、従騎士、ふたり(7)
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ピュハルタ市街に入ってからは楽なものだった。
城門のすぐ傍にある厩に運良く空きがあって二頭の馬を簡単に預けられたし、道すがら宿屋〈桃色の芍薬(ピンキー・ピオニー)〉亭で狙っていたチェッカーボードケーキを二つ買えた。
白と桃色がボード板よろしく交互に並ぶ見た目にも美しいケーキはこの店の名物である。
母から娘へと受け継がれている菓子のおいしさに、知る人ぞ知る名店となっている。
「セルゲイ、私もこれを知っている!」
さっと頬を薔薇色に染めた王子の声はやはりふわふわしている。気が抜けてしまいそうだ。
「美味いよな、ここのケーキ。それにやっぱ手土産があったほうがいいだろ?」
「気が利く」
「なに、紹介料さ」
感心の眼差しがあまりにくすぐったくて気付けば口から冗談が飛び出していた。
が、肝心のグレイズはきょとんと首を傾げただけだった。
***
裏路地から大通りに出ると周りが人々で賑やかになった。
きょろきょろと見回すグレイズの顎が上がりっぱなしだ。ヴァニアス本島の中央部に位置する王都ファロイスの出身――生粋の都会っこであるにもかかわらず、見るもの全てに首を伸ばし青い瞳を輝かせている。二年前に成人してからもぐんぐん背丈を伸ばし、今や六フィートの身長を誇っているのに、まるで小さな子どものするようだ。今だけは猫背も少し直っている。
無邪気にもほどがある。セルゲイの心が不思議とこそばゆくなる。
しかし、白で統一された壁と建物の面白さはいつまでたってもわからない。
「そんなに楽しいか?」
「ああ! 一度、馬車から降りて歩いてみたかった。ようやく、夢が叶ったぞ!」
グレイズは笑顔を満開にして、従騎士を振り返った。
「セルゲイ、君のお陰だな」
穿ったところの一つも無い、なんとまっすぐな少年だろう。
あまりの眩しさに、セルゲイはたまらず目を細めた。
覇王然と武力を誇る国王と比べて、人はなにかと王子を気弱だとか小心者だとか評価する。
けれども彼の美点は雄々しさではない――少なくともセルゲイはそう思っていた。
「けど、しばらく神子姫様のところにいたのに知らなかったんだな、〈桃色の芍薬〉(ピンキー・ピオニー)亭」
「ああ。チェッカーボードケーキは宮廷で作らせているとばかり思っていた。しかし、よく知っているな。話したことがあっただろうか?」
丸められた王子の瞳は、美しく大きなサファイアを思わせた。それか新品の硝子玉か。
風の吹き渡る一点の濁りもない青空のようだ。と、人波に流されぬよう首の向きを直す。
「親父さんが何につけても言ってたろ。『ピュハルタで一年サボったツケだ』って」
「……そうだな」
ちらと視線でグレイズを伺うと、水を得た魚であった様子がみるみるうちに萎んだ。なんとわかりやすいことだろう。檻から出て羽を伸ばしていたところに、檻そのものである父王を思い出したからに違いない。
「悪かったって」
「君が謝ることはない。私が一年怠けていたのは事実なのだから――」
「別に一年休んだぐらいでうるせえのな。ケツの穴が小せえ! で、なんだっけ。俺の話か」
いけない。セルゲイは本能的に口を挟んだ。生真面目なグレイズは事あるごとに自責を繰り返し、自ら萎縮するきらいがあった。すっかり落ち込むと面倒くさい。
「俺の方は、預けられた当時ドーガス卿が神聖騎士団にいらっしゃったから、その都合でな」
セルゲイは自慢のハイバリトンをとりわけ明るく響かせて笑いかけた。
すると王子は、指折り数える従騎士をはにかんでくれた。
「何年ぐらいだろ。九歳のときから十七歳までだから――」
「八年。八年の間、小姓時代から慣れ親しんだ街なのだな。私とは逆だな」
「っていうと?」
「私は九歳までピュハルタで暮らしていた」
初めて聞く話だ。そして、息をするような自然な会話だ。やればできるもんだな。
セルゲイは雑踏に警戒し耳を澄ませながら、聞いた彼の話に相槌を打った。
「九歳になったその日、父上にケルツェル城へ連れ出され、それから修行の日々を過ごした」
「逆どころか俺と同じだ。まるで小姓じゃねえか」
「ああ。幾度となくそう思った」
「それで逃げ出した、と」
「……そうだな」
城門のすぐ傍にある厩に運良く空きがあって二頭の馬を簡単に預けられたし、道すがら宿屋〈桃色の芍薬(ピンキー・ピオニー)〉亭で狙っていたチェッカーボードケーキを二つ買えた。
白と桃色がボード板よろしく交互に並ぶ見た目にも美しいケーキはこの店の名物である。
母から娘へと受け継がれている菓子のおいしさに、知る人ぞ知る名店となっている。
「セルゲイ、私もこれを知っている!」
さっと頬を薔薇色に染めた王子の声はやはりふわふわしている。気が抜けてしまいそうだ。
「美味いよな、ここのケーキ。それにやっぱ手土産があったほうがいいだろ?」
「気が利く」
「なに、紹介料さ」
感心の眼差しがあまりにくすぐったくて気付けば口から冗談が飛び出していた。
が、肝心のグレイズはきょとんと首を傾げただけだった。
***
裏路地から大通りに出ると周りが人々で賑やかになった。
きょろきょろと見回すグレイズの顎が上がりっぱなしだ。ヴァニアス本島の中央部に位置する王都ファロイスの出身――生粋の都会っこであるにもかかわらず、見るもの全てに首を伸ばし青い瞳を輝かせている。二年前に成人してからもぐんぐん背丈を伸ばし、今や六フィートの身長を誇っているのに、まるで小さな子どものするようだ。今だけは猫背も少し直っている。
無邪気にもほどがある。セルゲイの心が不思議とこそばゆくなる。
しかし、白で統一された壁と建物の面白さはいつまでたってもわからない。
「そんなに楽しいか?」
「ああ! 一度、馬車から降りて歩いてみたかった。ようやく、夢が叶ったぞ!」
グレイズは笑顔を満開にして、従騎士を振り返った。
「セルゲイ、君のお陰だな」
穿ったところの一つも無い、なんとまっすぐな少年だろう。
あまりの眩しさに、セルゲイはたまらず目を細めた。
覇王然と武力を誇る国王と比べて、人はなにかと王子を気弱だとか小心者だとか評価する。
けれども彼の美点は雄々しさではない――少なくともセルゲイはそう思っていた。
「けど、しばらく神子姫様のところにいたのに知らなかったんだな、〈桃色の芍薬〉(ピンキー・ピオニー)亭」
「ああ。チェッカーボードケーキは宮廷で作らせているとばかり思っていた。しかし、よく知っているな。話したことがあっただろうか?」
丸められた王子の瞳は、美しく大きなサファイアを思わせた。それか新品の硝子玉か。
風の吹き渡る一点の濁りもない青空のようだ。と、人波に流されぬよう首の向きを直す。
「親父さんが何につけても言ってたろ。『ピュハルタで一年サボったツケだ』って」
「……そうだな」
ちらと視線でグレイズを伺うと、水を得た魚であった様子がみるみるうちに萎んだ。なんとわかりやすいことだろう。檻から出て羽を伸ばしていたところに、檻そのものである父王を思い出したからに違いない。
「悪かったって」
「君が謝ることはない。私が一年怠けていたのは事実なのだから――」
「別に一年休んだぐらいでうるせえのな。ケツの穴が小せえ! で、なんだっけ。俺の話か」
いけない。セルゲイは本能的に口を挟んだ。生真面目なグレイズは事あるごとに自責を繰り返し、自ら萎縮するきらいがあった。すっかり落ち込むと面倒くさい。
「俺の方は、預けられた当時ドーガス卿が神聖騎士団にいらっしゃったから、その都合でな」
セルゲイは自慢のハイバリトンをとりわけ明るく響かせて笑いかけた。
すると王子は、指折り数える従騎士をはにかんでくれた。
「何年ぐらいだろ。九歳のときから十七歳までだから――」
「八年。八年の間、小姓時代から慣れ親しんだ街なのだな。私とは逆だな」
「っていうと?」
「私は九歳までピュハルタで暮らしていた」
初めて聞く話だ。そして、息をするような自然な会話だ。やればできるもんだな。
セルゲイは雑踏に警戒し耳を澄ませながら、聞いた彼の話に相槌を打った。
「九歳になったその日、父上にケルツェル城へ連れ出され、それから修行の日々を過ごした」
「逆どころか俺と同じだ。まるで小姓じゃねえか」
「ああ。幾度となくそう思った」
「それで逃げ出した、と」
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