【毎日更新】薔薇の王子、幸運の翼

黒井ここあ

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第一章 青き誓い

5、従騎士、ふたり(10)

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 騎士がブーツを鳴らしながら向かったのは、高級住宅街だった。
 貴族のアパルトマンが密集する中で一際大きな庭の、茨の巻き付いた門をくぐる。
 すると、使用人に車椅子を押されている男の影が見えた。
 ごくりと唾を一つ飲み込んで、セルゲイはこわごわと右手を挙げた。
 ブロンズの髪の男は残された左目で、笑顔を貼り付けている従騎士をすぐに認めてくれた。

「フェネト……」

 二歳年上の彼――フェネトは現シュタヒェル騎士団団長デ・リキア伯爵の長男で、かつてのセルゲイの同期である。
 去りし日々にドーガス子爵のもとで共に研鑽を積んだ友人にして、もっとも未来ある従騎士の一人だった彼は、あの事件をきっかけに騎士団を退団していた。

「二人きりにしてくれ」

 セルゲイは、使用人に二つ目のチェッカーボードケーキを持たせると、彼に代わって車椅子を押す役目を引き受けた。使用人が扉の影へ消えたのを見計らい、車椅子を押しはじめる。
 再び転がり出した車輪が、きいと一つ音を立てて、散歩道の小石を踏みしめた。

「元気にしてたか? 足はどうだ?」

「悪くない。医者から杖をついてでも歩けと言われているぐらいには」

 フェネトのテノールにくすりと笑いが混じり、少しほっとする。

「でも、響くから車椅子を使っているんだろ?」

「みんな過保護でね。どこへ行くにも連れて行ってくれるのさ」

「大事なデ・リキア家の跡継ぎだもんな」

 降り注ぐ木漏れ日に似た柔らかいテノールに、彼の上機嫌が窺われる。
 セルゲイは彼に気取られぬよう、安堵の息を細長く吐き出した。

「目の方はどうだ?」

「ご覧の通り、痛くもかゆくもない」

 と、言って、フェネトは眼帯に守られた右目を軽く撫でた。
 セルゲイはぎくりとして、足を止めてしまった。

「フェネト、俺――」

「謝るな。そのために来たんじゃないだろう」

 車椅子から肩越しに見上げてくれる親友のブロンズの髪が、陽に透けて金色に燃えている。

「もう十分だ。謝罪なら言葉でも金でも、必要なだけもらった」

「でも、あんなことがなければ、お前は今でも騎士団にいられた!」

 セルゲイはフェネトの背中に向かって、勢いよく、深々と頭を下げた。
 もう、何度目かもわからない。
 あれは、セルゲイが負った罪で、これからも償い続けなければならないものだった。

「何度謝っても気が済まない。だって、全部俺が悪いんだ。あの時、俺が剣を間違えたと試合を中止していれば。あんなことがなければ、お前が王子近衛騎士になっていたはずだ!」

 黙りこくったままの二人の間を、さやさやという葉末のささやきが埋める。
 そこへ、砂砂利(すなじゃり)がちりちり言う音が混じった。
 フェネトが自力で車輪を回し、振り向いてくれたのだ。

「だから、もういいって、セルゲイ」

 彼は、今や一つだけになってしまった海色の瞳を切なげに弓なりにした。
 瞳を包む長い睫毛が優しく羽ばたく。

「買いかぶりすぎだ。僕に王子のお付きが務まるものか」

「そっちこそ。俺は永遠の二番手だと思ってる」

 と、セルゲイがくちびるを突き出したのとほぼ同時に、急に脛に痛みが走った。
 フェネトの左足が遠慮無く蹴ってきたのだ。

「俺の分も出世してくれよ、セルゲイ」

 彼は両腕で車輪を回し、友人に背を向けると、その先にある噴水に向かって進み出した。

「今後、国民がアルバトロスと聞いたときに答えるのが〈幸運の鳥〉――海運業の雄アルバトロス商会ではなく、叩き上げの騎士セルゲイ・アルバトロスとだというくらいにな!」

 と、車椅子の青年は背中越しに笑いかけてきた。
 彼の邸宅、その中庭を散策する二人に陽光が惜しげもなく降り注ぐ。
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