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第一章 青き誓い

7、警告と叙任(2)

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 乾いたアルトを潤すためか、ミゼリア・ミュデリアは再びカップを口へ運ぶ。

「……だから、俺を御前試合に推薦してくだすったのですか?」

 セルゲイの問いは、ほとんど確信めいていた。
 御前試合を最後まで勝ち抜いたセルゲイだったが、当初は参加を辞退していた。
 しかし、他でもない神子姫がそれを引き止めた。
 彼女がわざわざ口を出す珍事に、国王や騎士団は驚きつつも了承した。
 結果、呪わしい事件を招いてしまい、後悔と懺悔の日々を過ごす羽目になった。
 今もそうだ。図らずも勝利の一打となった重たい手応えごと、夢に現れる。
 倒れた親友の血の臭いと呻きでさえも、ありありと。

「あれは、決まっていたことなんですか? 俺がフェネトを傷つけることがあらかじめ決まっていて、その結果グレイズの〈盾仲間〉に選ばれる、そういう未来を導くために俺を?」

 神子姫はゆるりと首を振った。

「運命を選んだのはフェネトのほう。自分を責めないこと。お前はよく頑張りました。わたくしはグラスタンが求めるに足る人選をしたまで」

 ミゼリア・ミュデリアはおもむろに寝椅子から両脚を下ろし、自ら身を屈めてポットを手にして、茶をくんだ。

「グラスタン、自分の殻に閉じこもっている気の毒な子。嵐の人生、自由は本の中ばかり。わたくしがしてあげられることはあれぐらい。ああ。マルティータのこともあったかしら」

 カップの中に顔を映していた彼女は、緑の瞳をついと少年に向けた。

「けれど、人を見る目はある。そうでしょう?」

 どきりとした。
 確かにグレイズは、どこか人とは違う観点を持っていた。
 乗馬が苦手だというのは優しさの裏返しで、金属製の拍車で馬の腹を蹴る行為に罪悪感があるからだと見てすぐにわかった。降りられないのも同じ理由だ。
 ピュハルタ市街では、行き交う人々の顔や家並み、あるもの全てをまるで今生の別れに記憶へ刻まんとするがごとく、一つ一つ注視し愛でていた。本人ではないのでわからないけれど、樹や花の根や、飛ぶ虫の翅の付け根、人の心根までもを見抜こうとする情熱、あるいは執念に似た何かを感じるのだ。おそらく、本人にも自覚はないだろう。
 不幸なことに彼はこれまで自分を的確に表現する術を両親たちからことごとく奪われてきた。
 この一年、彼の側仕えとして窮屈な生活をともにしてわかった。
 用心を重ねるうちに、沈黙を守りながら、注意深く観察をする力が身についたに違いない。

「単純に、お前たちはいい友だちになれると思うのだけれど」

「どうでしょう」

 セルゲイは顔を背けた。かつて親友フェネトを体もろとも傷つけた過去のある自分である。
 これから二度と、親友――ひいては友と呼べる存在を持てはしないだろう。
 友だちになりたいとわざわざ言ってくれたグレイズには、こんなことは言えないけれど。

「ゆっくりでいいわ。でもお前の優しさが必要なの。グラスタンのことを頼みます。それから、最後に……」

 ミゼリア・ミュデリアは、もうひとつのカップにお茶を注ぎ、セルゲイへ差し出した。

「片足の男に気をつけよ」

***

 叙任される従騎士は、前日に身体を清めて一晩中祭壇へ祈りを捧げねばならない。
 ケーキを一切れいただいたあと、セルゲイもその例に漏れずおこなった。
 しかも礼拝堂ではなく聖地〈水の祭壇〉で祈祷できるという、先輩騎士も羨む好待遇だ。
 明日、時を同じくして王国の騎士として叙任されるグレイズ――たった二人の〈盾仲間〉は、〈水の祭壇〉をセルゲイに譲ってくれた。気を遣うなと言ったが、王子は小さく笑った。 

「君にこそこの場がふさわしい。それに私は開けた場所は苦手だから」

 今この時、別の場所で、グレイズもこの世のマナとスィエルへ祈りを捧げているに違いない。

「片脚の男に気をつけよ」

 それにしても、神子姫ミゼリア・ミュデリアから最後に授けられたのが警告とは。
 満開のウィスティリアの花が揺れる常春の庭でただ一人、セルゲイはぼうっと瞑想をした。
 あまり集中できなかったけれども、つとめて。
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