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第一章 青き誓い
7、警告と叙任(3)
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翌日、〈白羊の月(ラーム)〉二日、セルゲイが叙任されるこの日は特に晴天に恵まれた。
流水が輝けば咲く花も鮮やかに香り、参列する人々の表情も明るい。
しかし昼の光の眩しさは、夜更かしを強いられた従騎士には呪わしいものだった。
「セルゲイ・アルバトロス、前へ」
突然名を呼ばれて、少年は身体を小さくびくつかせた。
そう、今は叙任式の真っ最中なのだ。ぼうっとしていて忘れそうになる。
無意識に一歩を踏み出す。
〈水の祭壇〉からこんこんと湧き出す爽やかな水の音、決して枯れることのないウィスティリアの花びらが舞う常春の庭にて、ヴァニアス国王と王妃、王子、神子姫、議員やシュタヒェル騎士団長果ては実家であるアルバトロス商会の面々など数えきれぬ人々の注目を全身に浴びる。
トレードマークの鷲鼻に始まり、緑青色の瞳、丁寧に撫でつけて結んである真鍮色の髪の毛一本ずつでさえ審査されているような、奇妙な緊張感に背筋が伸びる。
身につけているシュタヒェル騎士団のお仕着せの下、素肌や体毛、毛穴にまで視線が刺さって暴かれているような気がしてくる。女の子とのデート以上に緊張する。
場違いな考えが頭をよぎるのは寝不足のせいだろう。
セルゲイは自戒にくちびるをぎゅっと引いた。式次第を忘れちゃいけないからな。
濁りなき深紅を湛え貴人の道を彩る絨毯は、セルゲイの銀の拍車がついた踵をしっとりと受け止めてくれる。日頃土埃にまみれているブーツを砂粒一つ残さず完璧に磨き上げさせられたのも、これを汚さぬためだと思えば納得がいく。
もしかしたらその赤さは一〇〇〇年弱の歴史の中で青き血持つ高貴なる王族のために流れてきた血の深紅かもしれない。少年は想像と一緒にごくりと生唾を飲み込んだ。まさかな。
セルゲイの行く先、剣を携え未来の騎士を待っていたのは、世継ぎの王子グレイズだ。
まっすぐに突き立つ長身痩躯に、色は違えどシラカバの佇まいが重なる。
黒髪の上から金のティアラをはめている彼は顔を緊張に引きつらせている。
これが彼の初めての公務だからと、セルゲイは知っていた。
近づくと、グレイズの青い瞳が海のように波立っているのがよりくっきりと見えた。
俺がいるぜ。セルゲイがぐいと口を引いてウインクを送ると、王子はぎくしゃくと頷いた。
それを見届けると、セルゲイは恭しく片膝をつき、こうべを垂れた。
耳に、しゃらりという金属音が聞こえたと思いきや、右肩の上に剣身が置かれた。
王子は無言のまま剣の両面でセルゲイの肩口を叩く。
剣はやがて去り、再びあの涼しい音が届いた。
「面(おもて)を上げよ」
ほう、と静かで低いため息が厳粛な場に落ちる。
鞘に戻した剣を、そして盾とマントを、最後に金の拍車をセルゲイに与えた。
今日この時から、セルゲイは本当に王太子グレイズの騎士――王子近衛騎士となった。
これで二人は晴れて、同時に叙任を受けた〈盾仲間〉だ。
グレイズもこの日、セルゲイを先立って国王ブレンディアン五世の名の下に騎士として刀礼を受けたのだ。
グレイズが口を開いた。
そのはずだったが、言葉は数回の咳払いのあと、ようやく聞こえてきた。
「な、汝……」
「殿下」
セルゲイは小さく、しかしくっきりと遮った。あたりのどよめきが大きくなる前に続ける。
「俺と殿下はたった二人の〈盾仲間〉。どうか、殿下の心からのお言葉を頂戴したく」
ほう、と感嘆と納得、賞賛と期待の声と拍手がさざ波のように起きる。
王子は意外そうに瞳を丸めて観衆を見渡すと、彼らを慣れぬ手つきで納めてから、深呼吸に肩を上下させた。甘い風が吹きつけ、グレイズの黒髪を優しく揺らした。
「セルゲイよ。我が剣であれ、盾であれ、師であれ、よき友であれ」
流水が輝けば咲く花も鮮やかに香り、参列する人々の表情も明るい。
しかし昼の光の眩しさは、夜更かしを強いられた従騎士には呪わしいものだった。
「セルゲイ・アルバトロス、前へ」
突然名を呼ばれて、少年は身体を小さくびくつかせた。
そう、今は叙任式の真っ最中なのだ。ぼうっとしていて忘れそうになる。
無意識に一歩を踏み出す。
〈水の祭壇〉からこんこんと湧き出す爽やかな水の音、決して枯れることのないウィスティリアの花びらが舞う常春の庭にて、ヴァニアス国王と王妃、王子、神子姫、議員やシュタヒェル騎士団長果ては実家であるアルバトロス商会の面々など数えきれぬ人々の注目を全身に浴びる。
トレードマークの鷲鼻に始まり、緑青色の瞳、丁寧に撫でつけて結んである真鍮色の髪の毛一本ずつでさえ審査されているような、奇妙な緊張感に背筋が伸びる。
身につけているシュタヒェル騎士団のお仕着せの下、素肌や体毛、毛穴にまで視線が刺さって暴かれているような気がしてくる。女の子とのデート以上に緊張する。
場違いな考えが頭をよぎるのは寝不足のせいだろう。
セルゲイは自戒にくちびるをぎゅっと引いた。式次第を忘れちゃいけないからな。
濁りなき深紅を湛え貴人の道を彩る絨毯は、セルゲイの銀の拍車がついた踵をしっとりと受け止めてくれる。日頃土埃にまみれているブーツを砂粒一つ残さず完璧に磨き上げさせられたのも、これを汚さぬためだと思えば納得がいく。
もしかしたらその赤さは一〇〇〇年弱の歴史の中で青き血持つ高貴なる王族のために流れてきた血の深紅かもしれない。少年は想像と一緒にごくりと生唾を飲み込んだ。まさかな。
セルゲイの行く先、剣を携え未来の騎士を待っていたのは、世継ぎの王子グレイズだ。
まっすぐに突き立つ長身痩躯に、色は違えどシラカバの佇まいが重なる。
黒髪の上から金のティアラをはめている彼は顔を緊張に引きつらせている。
これが彼の初めての公務だからと、セルゲイは知っていた。
近づくと、グレイズの青い瞳が海のように波立っているのがよりくっきりと見えた。
俺がいるぜ。セルゲイがぐいと口を引いてウインクを送ると、王子はぎくしゃくと頷いた。
それを見届けると、セルゲイは恭しく片膝をつき、こうべを垂れた。
耳に、しゃらりという金属音が聞こえたと思いきや、右肩の上に剣身が置かれた。
王子は無言のまま剣の両面でセルゲイの肩口を叩く。
剣はやがて去り、再びあの涼しい音が届いた。
「面(おもて)を上げよ」
ほう、と静かで低いため息が厳粛な場に落ちる。
鞘に戻した剣を、そして盾とマントを、最後に金の拍車をセルゲイに与えた。
今日この時から、セルゲイは本当に王太子グレイズの騎士――王子近衛騎士となった。
これで二人は晴れて、同時に叙任を受けた〈盾仲間〉だ。
グレイズもこの日、セルゲイを先立って国王ブレンディアン五世の名の下に騎士として刀礼を受けたのだ。
グレイズが口を開いた。
そのはずだったが、言葉は数回の咳払いのあと、ようやく聞こえてきた。
「な、汝……」
「殿下」
セルゲイは小さく、しかしくっきりと遮った。あたりのどよめきが大きくなる前に続ける。
「俺と殿下はたった二人の〈盾仲間〉。どうか、殿下の心からのお言葉を頂戴したく」
ほう、と感嘆と納得、賞賛と期待の声と拍手がさざ波のように起きる。
王子は意外そうに瞳を丸めて観衆を見渡すと、彼らを慣れぬ手つきで納めてから、深呼吸に肩を上下させた。甘い風が吹きつけ、グレイズの黒髪を優しく揺らした。
「セルゲイよ。我が剣であれ、盾であれ、師であれ、よき友であれ」
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