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第一章 青き誓い
8、最高で最低の日(2)
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グレイズは少女の乳臭い面立ちがふっくらと熟し開花するさまをずっと見てきた。
成人を待つ日々、会えずにいた一年で彼女はまた一段と美しくなった。
それでも、飽きることはない。いつどんなときでも、彼女を見つめていたい。
全身をうち震わせる昂ぶりは恐怖や緊張ではなく、期待だ。
出会った日から消えることのないときめきの熾火が熱い炎で心を燃え上がらせる。
ただ一人、純白のドレスを身に纏っているマルティータは巫女たちの中にあってさえ、一際目立っていた。
彼女が一歩踏み出すたびに、真っ白なドレスと薔薇色の髪にちりばめられた真珠が、星々のように煌めく。たっぷりとした裳裾は流れ星の穂のようだ。薔薇色の髪に繻子のヴェールが垂れ落ちるさまは、淑やかな彼女にふさわしかった。
さらに、グレイズは知っている。
聡明な頭脳と銀色のまなざしが、白光がごとき清らかな装いの下に秘められていることを。
王子にとってこの世で一番の宝物――花嫁がしずしずと、ゆっくり近づいてくる。
他でもない、グレイズと結ばれるために。
マルティータが壇上のグレイズの隣に並び立つと、ふわりと、甘く華やかな香りが王子の鼻をくすぐった。第一印象は、弾ける果実のように爽やかなのに、鼻を抜けると蜂蜜のように、とろりとした甘さを残す。この日のために拵えた香水だろう。彼女をよく表現している。春風のように明るく気まぐれで、花開く予感まで誘う。マルーの白い首筋に顔をうずめたら、もっと甘い香りに満たされるのだろうか。
しばしうっとりとしたグレイズだったが、まだ結婚の儀式は始まってすらいない。
気を取り直した王子の視野に、黄金の輝きが訪れる。
神子姫ミゼリア・ミュデリアだ。
彼女は二人が一歩ずつ退いた間を進み、司祭と乙女たちが壇の下で膝をつく。
それに倣い国王が、そして神子姫以外の全員が同様にした。
神子姫が深々と腰を折ったのに合わせて、グレイズも頭を垂れた。
「母なる海よ、父なる大地よ、精霊たちの御手により我らに今日という日をお与えくださり、感謝します。あなたがたの娘にして〈ヴァニアスの神子〉ミゼリア・ミュデリア・ロテュシア・ヴァニアスの名の下、祝福を賜りますよう、我が魂(スィエル)をもて畏(かしこ)み申し上げます」
スィエル教徒にとって、〈水の祭壇〉のような聖地での神前挙式はもっとも尊いものである。
ヴァニアスの国教スィエルは、自然とその中から見いだした神を信奉する多神教だからだ。
「偉大なる母なる海、父なる大地、八百万の神、坤輿(こんよ)を巡りしマナと精霊の御名(みな)の下、神子の祈りを捧ぐ。精霊の花嫁たる神子の名はミゼリア・ミュデリア。我が名において請う。今日この日、契りあう男女に祝福を与え賜わんと、畏み、畏み申す」
神子姫の静謐な語りかけに応じるように〈水の祭壇〉の中央から光が溢れだす。
それはまるで、水面に触れた神子の手のひらから滲み出しているようでもある。
青白い光は、色味に反して木漏れ日のように暖かい。
成人を待つ日々、会えずにいた一年で彼女はまた一段と美しくなった。
それでも、飽きることはない。いつどんなときでも、彼女を見つめていたい。
全身をうち震わせる昂ぶりは恐怖や緊張ではなく、期待だ。
出会った日から消えることのないときめきの熾火が熱い炎で心を燃え上がらせる。
ただ一人、純白のドレスを身に纏っているマルティータは巫女たちの中にあってさえ、一際目立っていた。
彼女が一歩踏み出すたびに、真っ白なドレスと薔薇色の髪にちりばめられた真珠が、星々のように煌めく。たっぷりとした裳裾は流れ星の穂のようだ。薔薇色の髪に繻子のヴェールが垂れ落ちるさまは、淑やかな彼女にふさわしかった。
さらに、グレイズは知っている。
聡明な頭脳と銀色のまなざしが、白光がごとき清らかな装いの下に秘められていることを。
王子にとってこの世で一番の宝物――花嫁がしずしずと、ゆっくり近づいてくる。
他でもない、グレイズと結ばれるために。
マルティータが壇上のグレイズの隣に並び立つと、ふわりと、甘く華やかな香りが王子の鼻をくすぐった。第一印象は、弾ける果実のように爽やかなのに、鼻を抜けると蜂蜜のように、とろりとした甘さを残す。この日のために拵えた香水だろう。彼女をよく表現している。春風のように明るく気まぐれで、花開く予感まで誘う。マルーの白い首筋に顔をうずめたら、もっと甘い香りに満たされるのだろうか。
しばしうっとりとしたグレイズだったが、まだ結婚の儀式は始まってすらいない。
気を取り直した王子の視野に、黄金の輝きが訪れる。
神子姫ミゼリア・ミュデリアだ。
彼女は二人が一歩ずつ退いた間を進み、司祭と乙女たちが壇の下で膝をつく。
それに倣い国王が、そして神子姫以外の全員が同様にした。
神子姫が深々と腰を折ったのに合わせて、グレイズも頭を垂れた。
「母なる海よ、父なる大地よ、精霊たちの御手により我らに今日という日をお与えくださり、感謝します。あなたがたの娘にして〈ヴァニアスの神子〉ミゼリア・ミュデリア・ロテュシア・ヴァニアスの名の下、祝福を賜りますよう、我が魂(スィエル)をもて畏(かしこ)み申し上げます」
スィエル教徒にとって、〈水の祭壇〉のような聖地での神前挙式はもっとも尊いものである。
ヴァニアスの国教スィエルは、自然とその中から見いだした神を信奉する多神教だからだ。
「偉大なる母なる海、父なる大地、八百万の神、坤輿(こんよ)を巡りしマナと精霊の御名(みな)の下、神子の祈りを捧ぐ。精霊の花嫁たる神子の名はミゼリア・ミュデリア。我が名において請う。今日この日、契りあう男女に祝福を与え賜わんと、畏み、畏み申す」
神子姫の静謐な語りかけに応じるように〈水の祭壇〉の中央から光が溢れだす。
それはまるで、水面に触れた神子の手のひらから滲み出しているようでもある。
青白い光は、色味に反して木漏れ日のように暖かい。
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