39 / 51
第一章 青き誓い
8、最高で最低の日(3)
しおりを挟む
ミゼリア・ミュデリアの細い肩がゆったりと上下した。
それを合図に、グレイズは瞳を閉じた。
水ともわかる。隣のマルティータも同様にしたことだろう。
「この者たちの魂(スィエル)、灯火(ともしび)を繋がんとて、火よ、彼(か)の者たちを暖め賜え。この者たちの魂(スィエル)、息吹を常に新たにせんとて、風よ、彼の者たちに吹き賜え」
神子姫の語りかけに応じて、光がどんどんと強まる。
暖かい光はグレイズの閉じている瞼の血の赤までも透かして見せる。
「この者たちの魂(スィエル)、血潮を満たさんとて、水よ、彼の者たちと共にあれ。この者たちの魂(スィエル)と肉体を繋がんとて、土よ、彼の者たちに豊穣なる恵みを与え賜え」
神子姫のか細い喉から紡がれる祝詞は歌うようになめらかで、耳に心地よく、淀みない。
ふくよかで豊潤なメゾソプラノの響きはかつて彼女が歌ってくれた子守歌のそれを思わせた。
不思議な安心感に包まれながら、グレイズは耳を傾ける。
「光よ、闇よ、裏腹なるマナよ、絶えず手を取り合い、この者たちに多幸なる刻を与え賜え。我、光の神子なりて、汝の花嫁なり。彼の者たちに祝福を」
ミゼリア・ミュデリアの声が消えると、瞼を照らしていたまばゆい光は波が引くようにだんだんと収束していった。
「なおりなさい」
神子姫の静かな声に、グレイズを始めとする一同は、それぞれに顔を上げ、立ち上がった。
グレイズは白く長い裳裾の花嫁に手を貸した。
ゆっくりと祭壇から降りてきたミゼリア・ミュデリアの手には、ナイフがあった。
金と銀、真珠とダイヤモンドが惜しげも無く使われたそれは、この儀式のために祭壇の泉の中で清められていたものだ。
いよいよだ。グレイズは乾ききった喉を上下させた。
頬に視線を感じて、ちらとその方を見る。
そこではマルティータが薄いヴェールの下から銀色の瞳を不安そうにまたたかせていた。
神子姫が、グレイズとマルティータの目前に降り立った。
「〈ギフト〉の交わりに、腕を」
宣言に意を決したグレイズは利き手ではない左手を差し出した。
隣の娘もおずおずと右手を差し出す。彼女は左利きだった。
ミゼリア・ミュデリアはその手のナイフで、最初にグレイズの、次にマルティータの手首を浅く傷つけた。
ぷっつりと膨らむ赤い血のしずくが垂れる前に、新郎新婦はその傷跡を触れあわせた。
その身に流れる血、その血に宿っている〈ギフト〉を交わらせること。
これこそが、スィエル教徒の結婚、契りの真髄であった。
全身が粟立ち、ぞくりとした。
体がこわばりながら、反面、愛しさと切なさに脱力してしまいそうでもある。
それは、マルティータも同じだったようだ。
戸惑いに似た銀色のまなざしがグレイズにすがりつく。
花嫁のくちびると紅潮した頬に、まだ二人が知らない、恍惚の色さえ滲んで見えた。
その瞬間、どこからともなく沸き起こった拍手に二人は包み込まれた。
中庭、そして中庭を見下ろす回廊に押し寄せた人々が、ウィスティリアの花びらのシャワーを振りまいてくれる。
夢を見ているような気分で空を仰いだ。
ふと、隣を見る。
そこでは、丸い顎と頬とを上げて手を振るマルティータがいた。
幸せそうな彼女の顔だけで、息苦しかった十八年の人生が報われるような気がした。
それを合図に、グレイズは瞳を閉じた。
水ともわかる。隣のマルティータも同様にしたことだろう。
「この者たちの魂(スィエル)、灯火(ともしび)を繋がんとて、火よ、彼(か)の者たちを暖め賜え。この者たちの魂(スィエル)、息吹を常に新たにせんとて、風よ、彼の者たちに吹き賜え」
神子姫の語りかけに応じて、光がどんどんと強まる。
暖かい光はグレイズの閉じている瞼の血の赤までも透かして見せる。
「この者たちの魂(スィエル)、血潮を満たさんとて、水よ、彼の者たちと共にあれ。この者たちの魂(スィエル)と肉体を繋がんとて、土よ、彼の者たちに豊穣なる恵みを与え賜え」
神子姫のか細い喉から紡がれる祝詞は歌うようになめらかで、耳に心地よく、淀みない。
ふくよかで豊潤なメゾソプラノの響きはかつて彼女が歌ってくれた子守歌のそれを思わせた。
不思議な安心感に包まれながら、グレイズは耳を傾ける。
「光よ、闇よ、裏腹なるマナよ、絶えず手を取り合い、この者たちに多幸なる刻を与え賜え。我、光の神子なりて、汝の花嫁なり。彼の者たちに祝福を」
ミゼリア・ミュデリアの声が消えると、瞼を照らしていたまばゆい光は波が引くようにだんだんと収束していった。
「なおりなさい」
神子姫の静かな声に、グレイズを始めとする一同は、それぞれに顔を上げ、立ち上がった。
グレイズは白く長い裳裾の花嫁に手を貸した。
ゆっくりと祭壇から降りてきたミゼリア・ミュデリアの手には、ナイフがあった。
金と銀、真珠とダイヤモンドが惜しげも無く使われたそれは、この儀式のために祭壇の泉の中で清められていたものだ。
いよいよだ。グレイズは乾ききった喉を上下させた。
頬に視線を感じて、ちらとその方を見る。
そこではマルティータが薄いヴェールの下から銀色の瞳を不安そうにまたたかせていた。
神子姫が、グレイズとマルティータの目前に降り立った。
「〈ギフト〉の交わりに、腕を」
宣言に意を決したグレイズは利き手ではない左手を差し出した。
隣の娘もおずおずと右手を差し出す。彼女は左利きだった。
ミゼリア・ミュデリアはその手のナイフで、最初にグレイズの、次にマルティータの手首を浅く傷つけた。
ぷっつりと膨らむ赤い血のしずくが垂れる前に、新郎新婦はその傷跡を触れあわせた。
その身に流れる血、その血に宿っている〈ギフト〉を交わらせること。
これこそが、スィエル教徒の結婚、契りの真髄であった。
全身が粟立ち、ぞくりとした。
体がこわばりながら、反面、愛しさと切なさに脱力してしまいそうでもある。
それは、マルティータも同じだったようだ。
戸惑いに似た銀色のまなざしがグレイズにすがりつく。
花嫁のくちびると紅潮した頬に、まだ二人が知らない、恍惚の色さえ滲んで見えた。
その瞬間、どこからともなく沸き起こった拍手に二人は包み込まれた。
中庭、そして中庭を見下ろす回廊に押し寄せた人々が、ウィスティリアの花びらのシャワーを振りまいてくれる。
夢を見ているような気分で空を仰いだ。
ふと、隣を見る。
そこでは、丸い顎と頬とを上げて手を振るマルティータがいた。
幸せそうな彼女の顔だけで、息苦しかった十八年の人生が報われるような気がした。
1
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる