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第一章 青き誓い
9、金色の姉弟(6)
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「お前、やはり部屋には戻らなかったのですね」
十(とお)年上の侍女は、こと仕事に関して生真面目すぎるきらいがあった。
「はい。お嬢様が心配で」
「お前もドーガス卿のこと、心配でしょう。嫁入り前に大変なことに巻き込んでしまって」
そう、ドーガス子爵家のユスタシウスとエンザーティア伯爵家のイーリスは、一年前の御前試合で出会い、清く正しい交際を経て婚約していた。
姉のような侍女の恋路を逐一聞いていたマルティータが、自身の婚約をきっかけに勧めた。
家柄に差があるとイーリスの父は反対したが彼女は家を捨てる勢いで説き伏せたのだという。
「ユスタシウス様は素晴らしくお強いお方です。わたしの認める殿方でございます」
彼女はそっとカーテンを閉めると、小走りでマルティータの手を取った。
「お嬢様、イーリスは知っています。しばらく、ぐっすりとお休みになられていないことを。イーリスはわかっています。ご無理をなさっておいでですと」
覗き込んでくれる瞳の色は暖かい。実の姉のような優しいその視線は、今は目の毒だった。
マルティータは視線を合わせまいと、つんとする鼻ごと顔をそらした。
「無理だなんて、そんな……」
微笑みのために口元を緩めたつもりが、ほろりと熱いものが頬の上を転がり落ちていった。
口の端から入り込んだ塩味を理解するやいなや、涙が次から次へと溢れてきた。
「お嬢様……!」
イーリスは悲痛な顔でマルティータを抱くと彼女をベッドの端にいざなって座らせてくれた。
隣に寄り添う侍女の手には、いつの間にかハンカチーフが握られていた。
それをマルティータの頬にそっとあてがい、涙を柔らかく拭ってくれる。
「おいたわしや」
「イーリス。わたくしは選択を誤りました。あんなに恐ろしくて悲しい思いをするだなんて、想像がつかなかったのよ。計画を知っているわたくしでさえそうだったのですから、グレイズ様なら、なおのこと」
しゃくりあげる王太子妃を、侍女が抱き、腕をさすってくれる。
「この大仕掛けな劇も間もなく終わりましょう。王子殿下が勇気の剣であなた様を救い出されれば――」
「でも戦は本物だわ! 例え味方同士が剣を交わらせようとも。わかっているの。国王陛下は戦争を仕掛けておいでなのよ」
マルティータは、震える腹を押さえながら言う。
「どうしましょう、イーリス。戦争であの方を失ってしまったら! 陛下はそんなこと、夢にも思っていらっしゃらないようだけれど、可能性はあるのよ。よくしてくれたサフィーラの民だって! あなただって!」
マルティータは、昂ぶりのままイーリスに抱きついて泣きじゃくった。
「嫁ごうとも、死神が訪れようとも、このイーリス、お嬢様のお側におりますわ」
十(とお)年上の侍女は、こと仕事に関して生真面目すぎるきらいがあった。
「はい。お嬢様が心配で」
「お前もドーガス卿のこと、心配でしょう。嫁入り前に大変なことに巻き込んでしまって」
そう、ドーガス子爵家のユスタシウスとエンザーティア伯爵家のイーリスは、一年前の御前試合で出会い、清く正しい交際を経て婚約していた。
姉のような侍女の恋路を逐一聞いていたマルティータが、自身の婚約をきっかけに勧めた。
家柄に差があるとイーリスの父は反対したが彼女は家を捨てる勢いで説き伏せたのだという。
「ユスタシウス様は素晴らしくお強いお方です。わたしの認める殿方でございます」
彼女はそっとカーテンを閉めると、小走りでマルティータの手を取った。
「お嬢様、イーリスは知っています。しばらく、ぐっすりとお休みになられていないことを。イーリスはわかっています。ご無理をなさっておいでですと」
覗き込んでくれる瞳の色は暖かい。実の姉のような優しいその視線は、今は目の毒だった。
マルティータは視線を合わせまいと、つんとする鼻ごと顔をそらした。
「無理だなんて、そんな……」
微笑みのために口元を緩めたつもりが、ほろりと熱いものが頬の上を転がり落ちていった。
口の端から入り込んだ塩味を理解するやいなや、涙が次から次へと溢れてきた。
「お嬢様……!」
イーリスは悲痛な顔でマルティータを抱くと彼女をベッドの端にいざなって座らせてくれた。
隣に寄り添う侍女の手には、いつの間にかハンカチーフが握られていた。
それをマルティータの頬にそっとあてがい、涙を柔らかく拭ってくれる。
「おいたわしや」
「イーリス。わたくしは選択を誤りました。あんなに恐ろしくて悲しい思いをするだなんて、想像がつかなかったのよ。計画を知っているわたくしでさえそうだったのですから、グレイズ様なら、なおのこと」
しゃくりあげる王太子妃を、侍女が抱き、腕をさすってくれる。
「この大仕掛けな劇も間もなく終わりましょう。王子殿下が勇気の剣であなた様を救い出されれば――」
「でも戦は本物だわ! 例え味方同士が剣を交わらせようとも。わかっているの。国王陛下は戦争を仕掛けておいでなのよ」
マルティータは、震える腹を押さえながら言う。
「どうしましょう、イーリス。戦争であの方を失ってしまったら! 陛下はそんなこと、夢にも思っていらっしゃらないようだけれど、可能性はあるのよ。よくしてくれたサフィーラの民だって! あなただって!」
マルティータは、昂ぶりのままイーリスに抱きついて泣きじゃくった。
「嫁ごうとも、死神が訪れようとも、このイーリス、お嬢様のお側におりますわ」
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