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第一章 青き誓い
9、金色の姉弟(9)
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女のおぼつかない脈拍を取りながらマルティータは改めて室内を見回してみた。
医療道具の一つもないただの質素な部屋だ。
ひ弱な少女の腕では地階の台所から二階のここまで新鮮な湯を持ち込むのも難しい。
「村から産婆を呼んできましょう。わたくしの侍女を使いにやるわ」
「いいや、まだ。その時じゃない。グウェンは身籠もってまだ五ヵ月しか経っていない」
「それで、こんなに大きくなるものなの?」
少女は驚いた。
マルティータが通読した『女性の病に関わる書』に書かれていたことと辻褄が合わない。
「それに、そうだとしても、今は危ない」
そのうち、グウェンと呼ばれた女の脈動がしっかりとしてきた。
とくん、と指の腹を打つ力強さに驚いて見ると、マルティータの手から香の煙のようなものが細く流れ出していた。そして、指先が湯上がりのようにほかほかと温まってきた。
思わず手を引いて揉むと、金の指輪が鮮やかに光った。
「渡りに船とはこのことか」
少年が、初めてにこりと笑った。
「この指輪は魔法道具だったのね」
マルティータは独りでに納得すると、妊婦のむくんだ小指に金とルビーでできた指輪をはめてやった。真っ赤な宝石に神秘の力――血の気を取り戻させる効能があっても不思議ではない。
「君のお陰で少し持ち直せた。これで僕の〈ビュロウ〉まで戻れるだろう。君、よかったら僕たちと一緒に来てくれないか。僕たちも人間のお産をよくわかっていないし」
さきほどから不思議な物言いをするものだと思いながら、マルティータも割り切って問うた。
「喜んでお手伝いをしたいところだけれど、グウェンのご主人は?」
「あいつは今いないよ。だからチャンスなんだ」
少年が不愛想に吐き捨てたのに、マルティータは再び驚いた。
お姉様を取られて感傷的になっているのね。
マルティータがそっと思う横で、少年は続けている。
「あいつは心を閉じている。わかっていないんだ、どうして僕が降りてきたかを。それにこのままじゃ姉さんも子どもも死んでしまうってことも」
物騒な発言に、マルティータは思わずすくみあがった。
愛しあった二人が愛の結晶に恵まれようというところで引き裂かれるだなんて!
「それは誰? この大変な時にどうしていないの? 呼んでくるわ――」
「いい、キールヴェクなんか」
マルティータは、はっとした。それは彼女をさらう役目を演じた魔術師の名前と同じだった。
「あの方は魔法薬を作れないの? こんなときに何をしているの?」
「それこそ、僕が聞きたい」
無責任にもほどがある、とマルティータは憤慨した。
彼の姿は数日前から見ていない。言い方は悪いが、与えられた道化役だってまだ果たされていないのだ。それに加えて戦地になるかもしれないところへ身重の妻を連れてくるだなんて!
弟の苛立ちももっともである。
その時、マルティータの身体が揺れた。大きな音もしなかったのに、なぜ?
一瞬、勘違いだと思い気を取り直したところで、また一回。
医療道具の一つもないただの質素な部屋だ。
ひ弱な少女の腕では地階の台所から二階のここまで新鮮な湯を持ち込むのも難しい。
「村から産婆を呼んできましょう。わたくしの侍女を使いにやるわ」
「いいや、まだ。その時じゃない。グウェンは身籠もってまだ五ヵ月しか経っていない」
「それで、こんなに大きくなるものなの?」
少女は驚いた。
マルティータが通読した『女性の病に関わる書』に書かれていたことと辻褄が合わない。
「それに、そうだとしても、今は危ない」
そのうち、グウェンと呼ばれた女の脈動がしっかりとしてきた。
とくん、と指の腹を打つ力強さに驚いて見ると、マルティータの手から香の煙のようなものが細く流れ出していた。そして、指先が湯上がりのようにほかほかと温まってきた。
思わず手を引いて揉むと、金の指輪が鮮やかに光った。
「渡りに船とはこのことか」
少年が、初めてにこりと笑った。
「この指輪は魔法道具だったのね」
マルティータは独りでに納得すると、妊婦のむくんだ小指に金とルビーでできた指輪をはめてやった。真っ赤な宝石に神秘の力――血の気を取り戻させる効能があっても不思議ではない。
「君のお陰で少し持ち直せた。これで僕の〈ビュロウ〉まで戻れるだろう。君、よかったら僕たちと一緒に来てくれないか。僕たちも人間のお産をよくわかっていないし」
さきほどから不思議な物言いをするものだと思いながら、マルティータも割り切って問うた。
「喜んでお手伝いをしたいところだけれど、グウェンのご主人は?」
「あいつは今いないよ。だからチャンスなんだ」
少年が不愛想に吐き捨てたのに、マルティータは再び驚いた。
お姉様を取られて感傷的になっているのね。
マルティータがそっと思う横で、少年は続けている。
「あいつは心を閉じている。わかっていないんだ、どうして僕が降りてきたかを。それにこのままじゃ姉さんも子どもも死んでしまうってことも」
物騒な発言に、マルティータは思わずすくみあがった。
愛しあった二人が愛の結晶に恵まれようというところで引き裂かれるだなんて!
「それは誰? この大変な時にどうしていないの? 呼んでくるわ――」
「いい、キールヴェクなんか」
マルティータは、はっとした。それは彼女をさらう役目を演じた魔術師の名前と同じだった。
「あの方は魔法薬を作れないの? こんなときに何をしているの?」
「それこそ、僕が聞きたい」
無責任にもほどがある、とマルティータは憤慨した。
彼の姿は数日前から見ていない。言い方は悪いが、与えられた道化役だってまだ果たされていないのだ。それに加えて戦地になるかもしれないところへ身重の妻を連れてくるだなんて!
弟の苛立ちももっともである。
その時、マルティータの身体が揺れた。大きな音もしなかったのに、なぜ?
一瞬、勘違いだと思い気を取り直したところで、また一回。
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