39 / 52
第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-
1-3 古の歌(12)
しおりを挟む少年が絶句したのも想定内なのか、青年は気軽に続ける。
「それで、これが手放せなくなった」
パーシィは、右耳を彩っていた銀色の耳飾りを外してセシルの手のひらに乗せた。
四枚の羽が外へ向かってはばたき、重心となる翡翠色の石がはめ込まれている。
温かさの残るそれをよく観察すると、瞳がするように石がまばたきをし、色をひらめかせた。
中では風が渦巻き小魚のようにいきいきとした姿を見せてはくるりと円を描いて泳いでいる。
「風のマナが入ってる……?」
「そう。これは、モルフェシアから買った特注の補聴器だ」
「補聴器? 機械なの? これ、魔法が入ってるのと同じだよ! モルフェシアって機械の、文明の国じゃないの?」
噛みついた少年の口に、パーシィが人差し指の戸を立てる。声が大きすぎた。
「文明国家モルフェシア。世界のどこよりも発展し機械が支配する顔は表向き。その内側にはマナストーンがある。どの機械の動力源も、そうだ。補聴器の石も。そしてすべての機械だけでなく、ケルムの街は六種類のマナストーン――〈マナの柱〉の均衡の上で成り立っている。と、いう伝説があるんだが、今のところまだ四つしか見つかっていない」
「待って、全然わかんない! それって、ケルムの人たちは知ってるの? 機械が全部、魔法で動いているって!」
パーシィは静かに首を振った。
「それを隠しておくため、議会の人間が街中で目を光らせている。不調があればすぐに大公に知らせて、対処を促す」
暗闇が誘っていたうっすらと心地良い眠気が、一気に遠のいた。
セシルは知らず知らずのうちに激しくまばたきを繰り返した。
「そんな大きな魔法を、たくさんのマナを使える人間なんて、人間じゃないよ! 魔女にもいない。魔女よりもすごいなにかだよ!」
セシルの十三年間の人生を思っても、そんな魔女はダ・マスケにいなかった。
少年が知らないだけかもしれない。
しかし日常を助ける分の小さな魔法とは桁違いのマナを使うのは想像に易かった。
「魔女よりも強い存在、か」
青年の声はひどく落ち着いていて、どこか腑に落ちたようだった。
「僕の仕事――探偵業は、モルフェシア公から与えられた。僕は彼と取引をした。ここに住まう代償としてモルフェシア議会の一員〈愚者〉として大公の目になり、モルフェシアを地下で支配しているマナストーン――〈マナの柱〉を探す役目を負った」
まだ真実のショックからさめないセシルは、うわ言のようにあえいだ。
「だから、オレの〈力〉が必要だったの?」
横たわっているのに頭がくらくらした。セシルはただ、自分の夢と幼馴染を探すために村を出た。そのつもりだった。それが今や世界の秘密、真実をたった一晩のうちに知ってしまい、さらにはその片棒を担がされようとしている。ダ・マスケの存在と己に流れる魔法の血を隠す方が、何倍も簡単にさえ感じられた。
愕然とする少年の頭に、なにか温かいものが載せられた。パーシィの大きな手のひらだ。
彼は亜麻色の髪に指を通し、撫ぜてくれる。
「それは全くの別件だ。ヴァイオレット殿から連絡をもらった。ダ・マスケから外に出たい子を保護するのは、僕たち一族の義務だから。妹は国を離れられない身だし、君はモルフェシアへ行きたいと言っていた。だから僕が引き受けた」
彼は、セシルの手から補聴器を受け取ると、上体を起こしサイドボードの上に乗せた。
そして鋭いひと吹きで蝋燭の明かりを消した。
「でも、理解した上で助けてくれると嬉しい」
訪れた暗闇は静けさの象徴なのに、なんだか騒がしく感じられた。
1
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる