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家族会議
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占い師の元から家に戻ったリリーナを、両親と兄が出迎えてくれた。早速、家の応接室に移動して家族会議が開かれる。
議題はもちろん、リリーナの魂に刻まれているという月の紋章に関することだ。占い師の言葉を出来る限り正確に伝えたが、しかし両親だけでなく兄もそんな伝承の類は一切聞いたことがないという。
「とりあえず、改めて調べるだけ調べてみようか」
「でしたら僕は離れの図書室に行ってきます。父上は母上とご一緒に書斎へ」
「お兄様、私も図書室に行くわ」
「ありがとうリリーナ。何か少しでも気にかかる本があれば持って行きましょう」
父の提案により手分けして書斎の本棚や、さほど大きくはない図書室に収められている、埃を被った古い書物まで引っ張り出して居間へと運び込んだ。幸い、と言って良いのだろうか。テーブルの上に三列に分けて積み重ねられた本は全部で十冊程度と少ない。
心なしか埃っぽくなった室内の空気入れ替えるべく窓を開け放ち、西に傾きかけた日差しを受けながら家族四人、誰も言葉を発することもないままに無言で本を読み耽る。
この国の歴史書をはじめ、古くから語り継がれている伝承をまとめた本、ディアモント家に関する事柄だけを記した書物と、ディアモント家で得られる知識の全てを紐解いてはみたが、いずれも芳しくはない結果に終わった。
「占い師殿によると呪いのような悪いものではなく、むしろ良い兆候のようですが」
そうだよね?と兄に同意を求められたリリーナは頷いた。
紋章が刻まれていると知らされ、不安に駆られたリリーナに対し占い師は安心させるように優しく微笑みながら言ったのだ。
リリーナが幸せになる為の目印のようなものだから、あまり気にしなくてもいい、と。
そうは言われても、当事者でありながら何故そんな状態になっているのかリリーナにも分からない以上、気にするなと言う方が無理な話だ。ただ一つだけ分かったのは、これから婚約の話が出たとして、相手がリリーナと対になる”太陽の紋章”を持っていなければ必ず破談になるという嬉しくも何ともない未来が待っているということ。
しかも、その紋章は見て分かる部分にあるわけではない。それ自体が人の目では見ることが出来ない、物と言うよりは概念に刻まれているものをどうやって確認したら良いのだろうか。残念ながら占い師はそこまで親切に教えてはくれなかった。
「幸せになる為の目印なのに、そのせいで破談になると言うのもおかしな話ね」
娘を想う母の嘆きも、もっともな話である。
けれどリリーナを含め、ディアモント家の誰もが占い師の言葉を疑ってはいなかった。
王家と繋がりのあるような身元の確かな占い師という安心感があったし、仮に詐欺師であったとしてリリーナやディアモント家を騙す必要性が感じられない。
あるいは、おそらくはまだ出会っていないだろう”太陽の紋章”を持つ相手と出会えたならば、お互いにそうだと分かるのだろうか。
魂で結ばれているなんて普通はないことだ。――少なくともリリーナの周囲には、そんな理由で添い遂げた人物はいなかった。
もちろん貴族だろうと恋愛結婚をするし、その際に相手を運命の人だと称することはままある。まさにリリーナの縁談が破談になるのはそういったケースに仮初めの婚約者が巡り会うからだ。
「せめて、何か外見的な特徴が分かると良かったのだけど」
読み終わった本を閉じ、リリーナはため息をつく。
結果として自分を裏切る形となった彼らの言葉を信じるのは皮肉な話だが、運命の人と出会えば分かるものがあるらしい。
けれどそれにしたって結局、リリーナに出来ることは限られていた。
婚約の申し出があれば受ける。そして話を進めた際に土壇場で心変わりされるかどうかで判断するという、何ら変わり映えのないことだけだ。
正直なところ婚約関係が結ばれない理由が分かっても手の打ちようが全くないのであれば、何の為に一か月も待って占い師に見てもらったのか分からない。
ならばいっそのこと、結婚はおろか婚約すら出来ない呪いをかけられていると言われた方がまだ気分的にましなように思えた。
両親も同じ考えなのだろう。一か月前よりもさらに悲痛な面持ちでうなだれている。
占い師の話ではリリーナに非があって破談が続いているわけではないようだが、自分のことで両親に沈んだ表情をさせている事実には変わりない。ひどく申し訳ないような気持ちになった。
「これが王家の花嫁探しなら、国中に大々的に公表して向こうから名乗り出てもらうという手段も取れますが、あいにくと我が家ではそうも行きませんね」
ヘンリーはリリーナの手元の本を見やると肩をすくませた。その言葉を受け、つい先刻閉じたばかりの本に視線を落とす。
この国で最も多くの人々に読まれたであろう古い童話だった。政敵の謀略により国を追われた王子が人知れず助けてくれた令嬢と深い恋に落ちるという、ありがちと言えばありがちな内容だ。
「懐かしいわねえ。私、そのお話がとても大好きで何度読み返したか分からないわ」
リリーナの手元から本を取った母は、少女時代を思い出しているのか楽しそうにページを手繰る。やがて手を止め、この場面が特に良いのだと笑みを浮かべながら読み上げた。
怪我も癒えていよいよ政敵から国を奪還しに戻る前夜、王子の無事を願う令嬢は自分が肌身離さず身に着けているルビーのネックレスをお守り代わりに手渡す。すると王子はお礼と、必ず迎えに来ると約束の証に自らのサファイアのネックレスを彼女の首にかけるのだ。
母に限らず少女たちにも人気のある場面だった。
「母上は相変わらず少女趣味ですね」
「あら、素敵なお話じゃない。リリーナだって、そう思うわよね」
「え、ええ……」
母から同意を求められたリリーナは曖昧に頷いた。
実を言うと、リリーナはこの童話自体があまり好きではなかった。
もっと幼かった頃、初めて読んだ時からそうだ。原因は何故かは分からなかったけれど、今ならそれも分かる気がする。
ヒロインの令嬢は王子を待たなかった。身分が違いすぎることを気にして、姿を消してしまうのだ。そして本当の名を告げられてはいなかったが為に、彼女の行方が分からなくなった王子は国中にお触れを出す。
好まれる物語だけあって最後は再会を果たして二人は結ばれる。つまるところ深く愛し合いながらも一度離れた恋人たちが、運命的に再び巡り会って幸せになる話だ。
けれど、と思う。
ヒロインは王子の前から姿を消す必要があったのだろうか。
王子を嫌いになってしまったというのなら分かる。でもヒロインはそうじゃなかった。好きなのに別離を選ぶのはどんな気持ちだろう。
「ねえお兄様」
でも今は架空の物語の展開を否定したところで何か思いつくわけでもない。思考が悪い方向に流れて行き詰まってしまうのを避ける意味も込め、テーブルの正面に腰を下ろすヘンリーに声をかけた。
珍しく頬杖をつき、思案に耽っていた様子の兄の邪魔をしてしまったかもしれない。謝ろうとするリリーナをやんわりと制し、ヘンリーは笑顔を向けた。
「どうしたんだい?」
「紋章の話はお兄様もご存知ないのよね?」
ヘンリーは自らの知識を探るように視線をわずかに上げたが、やはり目当てとするものに思い至らなかったらしい。再びリリーナを見つめると、ほんの少し肩をすくめる。
「そうだね。初めて聞く話かな」
「だったら私の魂の紋章と対になるものを持っている方は、紋章についてご存知なのかしら」
リリーナの言葉を受け、ヘンリーは未だ思案を続けている様子でカップを手に取った。
「そのことについては僕もずっと考えていたんだけど」
紅茶を一口飲み、考えを伝えてもいいかリリーナに尋ねる。
もちろん反対する理由などあるはずもない。一も二もなく頷き返した。
ヘンリーなら名案を思いついたのかもしれない。期待が多大にこもった家族三人の目が一斉に、この家で最も頼りになる存在へ向けられた。
「残念ながら相手が誰なのかは分からない以上、紋章の話を知っているかどうかは僕に分かる術はないけれど」
もっともな言い分だが、リリーナたちは目に見えて落胆の表情を浮かべてしまった。ヘンリーは分かりやすい家族の反応に苦笑しながらも「……ただ」と続ける。
「リリーナが婚約出来ないように、紋章の片割れだという相手も、ずっと婚約者探しをしては破談に終わっているという可能性は十分にあると思う」
「まあ、さすがヘンリーは鋭いわね!」
「そうだ、きっとヘンリーの言う通りに違いない!」
途端に両親は先程までの死にそうな顔もどこへやら、輝きに溢れた表情と親バカ全開で出来の良い跡継ぎを褒めそやす。
リリーナもまた尊敬の目で兄を見つめた。
ヘンリーの仮定は正しい気がする。
おそらくは”太陽の紋章”を持つ相手も、同じように”月の紋章”を持つ相手としか結ばれない運命に違いなかった。
でなければ何の為にわざわざ魂に刻まれているのか、それこそ意味と意図が分からない。
たちまち希望の光が差し込み、目の前が明るくなった。
高揚して来る気持ちを一旦落ち着かせようと紅茶を飲み、何をしたらいいかを自分に出来る範囲内で考える。
真っ先にするべきことはやはり情報収集だろう。闇雲に動いても徒労をもたらすばかりだし、迂闊で軽率な行動は家の品格を貶め、家族にだって迷惑をかけてしまうことにもなりかねない。
とても都合が良いことにリリーナは明日、子供の頃から親しい間柄にある伯爵家の令嬢が開くお茶会に招待されている。
そこに集まる顔ぶれは皆おっとりとして色恋沙汰には疎い――だからこそ破談続きのリリーナも要らぬ気を遣われたり遣ったりせず、楽な気持ちで付き合える――のだが、誰か一人でも多少の噂話を聞いていたりするだろう。……きっと。
“太陽の紋章”を持っているかどうかの判断材料はとりあえず二つ、思いついた。
一つは兄の言葉にもあったように、リリーナ同様に婚約の話が何度もまとまりかけては、寸前で破談になっていること。
もう一つは、たくさんの令嬢相手に浮き名を流していること。
他にもまだあるかもしれないが、明日のお茶会ではこの二つのうちどちらかだけでも該当する子息がいないか聞いてみるつもりだ。
「お兄様ありがとう! 私も頑張って”太陽の紋章”を所持されている殿方を見つけるわ!」
意気込んで拳を握りしめる妹に対し、兄は「運命の相手を見つかるといいね」と優しく笑った。
議題はもちろん、リリーナの魂に刻まれているという月の紋章に関することだ。占い師の言葉を出来る限り正確に伝えたが、しかし両親だけでなく兄もそんな伝承の類は一切聞いたことがないという。
「とりあえず、改めて調べるだけ調べてみようか」
「でしたら僕は離れの図書室に行ってきます。父上は母上とご一緒に書斎へ」
「お兄様、私も図書室に行くわ」
「ありがとうリリーナ。何か少しでも気にかかる本があれば持って行きましょう」
父の提案により手分けして書斎の本棚や、さほど大きくはない図書室に収められている、埃を被った古い書物まで引っ張り出して居間へと運び込んだ。幸い、と言って良いのだろうか。テーブルの上に三列に分けて積み重ねられた本は全部で十冊程度と少ない。
心なしか埃っぽくなった室内の空気入れ替えるべく窓を開け放ち、西に傾きかけた日差しを受けながら家族四人、誰も言葉を発することもないままに無言で本を読み耽る。
この国の歴史書をはじめ、古くから語り継がれている伝承をまとめた本、ディアモント家に関する事柄だけを記した書物と、ディアモント家で得られる知識の全てを紐解いてはみたが、いずれも芳しくはない結果に終わった。
「占い師殿によると呪いのような悪いものではなく、むしろ良い兆候のようですが」
そうだよね?と兄に同意を求められたリリーナは頷いた。
紋章が刻まれていると知らされ、不安に駆られたリリーナに対し占い師は安心させるように優しく微笑みながら言ったのだ。
リリーナが幸せになる為の目印のようなものだから、あまり気にしなくてもいい、と。
そうは言われても、当事者でありながら何故そんな状態になっているのかリリーナにも分からない以上、気にするなと言う方が無理な話だ。ただ一つだけ分かったのは、これから婚約の話が出たとして、相手がリリーナと対になる”太陽の紋章”を持っていなければ必ず破談になるという嬉しくも何ともない未来が待っているということ。
しかも、その紋章は見て分かる部分にあるわけではない。それ自体が人の目では見ることが出来ない、物と言うよりは概念に刻まれているものをどうやって確認したら良いのだろうか。残念ながら占い師はそこまで親切に教えてはくれなかった。
「幸せになる為の目印なのに、そのせいで破談になると言うのもおかしな話ね」
娘を想う母の嘆きも、もっともな話である。
けれどリリーナを含め、ディアモント家の誰もが占い師の言葉を疑ってはいなかった。
王家と繋がりのあるような身元の確かな占い師という安心感があったし、仮に詐欺師であったとしてリリーナやディアモント家を騙す必要性が感じられない。
あるいは、おそらくはまだ出会っていないだろう”太陽の紋章”を持つ相手と出会えたならば、お互いにそうだと分かるのだろうか。
魂で結ばれているなんて普通はないことだ。――少なくともリリーナの周囲には、そんな理由で添い遂げた人物はいなかった。
もちろん貴族だろうと恋愛結婚をするし、その際に相手を運命の人だと称することはままある。まさにリリーナの縁談が破談になるのはそういったケースに仮初めの婚約者が巡り会うからだ。
「せめて、何か外見的な特徴が分かると良かったのだけど」
読み終わった本を閉じ、リリーナはため息をつく。
結果として自分を裏切る形となった彼らの言葉を信じるのは皮肉な話だが、運命の人と出会えば分かるものがあるらしい。
けれどそれにしたって結局、リリーナに出来ることは限られていた。
婚約の申し出があれば受ける。そして話を進めた際に土壇場で心変わりされるかどうかで判断するという、何ら変わり映えのないことだけだ。
正直なところ婚約関係が結ばれない理由が分かっても手の打ちようが全くないのであれば、何の為に一か月も待って占い師に見てもらったのか分からない。
ならばいっそのこと、結婚はおろか婚約すら出来ない呪いをかけられていると言われた方がまだ気分的にましなように思えた。
両親も同じ考えなのだろう。一か月前よりもさらに悲痛な面持ちでうなだれている。
占い師の話ではリリーナに非があって破談が続いているわけではないようだが、自分のことで両親に沈んだ表情をさせている事実には変わりない。ひどく申し訳ないような気持ちになった。
「これが王家の花嫁探しなら、国中に大々的に公表して向こうから名乗り出てもらうという手段も取れますが、あいにくと我が家ではそうも行きませんね」
ヘンリーはリリーナの手元の本を見やると肩をすくませた。その言葉を受け、つい先刻閉じたばかりの本に視線を落とす。
この国で最も多くの人々に読まれたであろう古い童話だった。政敵の謀略により国を追われた王子が人知れず助けてくれた令嬢と深い恋に落ちるという、ありがちと言えばありがちな内容だ。
「懐かしいわねえ。私、そのお話がとても大好きで何度読み返したか分からないわ」
リリーナの手元から本を取った母は、少女時代を思い出しているのか楽しそうにページを手繰る。やがて手を止め、この場面が特に良いのだと笑みを浮かべながら読み上げた。
怪我も癒えていよいよ政敵から国を奪還しに戻る前夜、王子の無事を願う令嬢は自分が肌身離さず身に着けているルビーのネックレスをお守り代わりに手渡す。すると王子はお礼と、必ず迎えに来ると約束の証に自らのサファイアのネックレスを彼女の首にかけるのだ。
母に限らず少女たちにも人気のある場面だった。
「母上は相変わらず少女趣味ですね」
「あら、素敵なお話じゃない。リリーナだって、そう思うわよね」
「え、ええ……」
母から同意を求められたリリーナは曖昧に頷いた。
実を言うと、リリーナはこの童話自体があまり好きではなかった。
もっと幼かった頃、初めて読んだ時からそうだ。原因は何故かは分からなかったけれど、今ならそれも分かる気がする。
ヒロインの令嬢は王子を待たなかった。身分が違いすぎることを気にして、姿を消してしまうのだ。そして本当の名を告げられてはいなかったが為に、彼女の行方が分からなくなった王子は国中にお触れを出す。
好まれる物語だけあって最後は再会を果たして二人は結ばれる。つまるところ深く愛し合いながらも一度離れた恋人たちが、運命的に再び巡り会って幸せになる話だ。
けれど、と思う。
ヒロインは王子の前から姿を消す必要があったのだろうか。
王子を嫌いになってしまったというのなら分かる。でもヒロインはそうじゃなかった。好きなのに別離を選ぶのはどんな気持ちだろう。
「ねえお兄様」
でも今は架空の物語の展開を否定したところで何か思いつくわけでもない。思考が悪い方向に流れて行き詰まってしまうのを避ける意味も込め、テーブルの正面に腰を下ろすヘンリーに声をかけた。
珍しく頬杖をつき、思案に耽っていた様子の兄の邪魔をしてしまったかもしれない。謝ろうとするリリーナをやんわりと制し、ヘンリーは笑顔を向けた。
「どうしたんだい?」
「紋章の話はお兄様もご存知ないのよね?」
ヘンリーは自らの知識を探るように視線をわずかに上げたが、やはり目当てとするものに思い至らなかったらしい。再びリリーナを見つめると、ほんの少し肩をすくめる。
「そうだね。初めて聞く話かな」
「だったら私の魂の紋章と対になるものを持っている方は、紋章についてご存知なのかしら」
リリーナの言葉を受け、ヘンリーは未だ思案を続けている様子でカップを手に取った。
「そのことについては僕もずっと考えていたんだけど」
紅茶を一口飲み、考えを伝えてもいいかリリーナに尋ねる。
もちろん反対する理由などあるはずもない。一も二もなく頷き返した。
ヘンリーなら名案を思いついたのかもしれない。期待が多大にこもった家族三人の目が一斉に、この家で最も頼りになる存在へ向けられた。
「残念ながら相手が誰なのかは分からない以上、紋章の話を知っているかどうかは僕に分かる術はないけれど」
もっともな言い分だが、リリーナたちは目に見えて落胆の表情を浮かべてしまった。ヘンリーは分かりやすい家族の反応に苦笑しながらも「……ただ」と続ける。
「リリーナが婚約出来ないように、紋章の片割れだという相手も、ずっと婚約者探しをしては破談に終わっているという可能性は十分にあると思う」
「まあ、さすがヘンリーは鋭いわね!」
「そうだ、きっとヘンリーの言う通りに違いない!」
途端に両親は先程までの死にそうな顔もどこへやら、輝きに溢れた表情と親バカ全開で出来の良い跡継ぎを褒めそやす。
リリーナもまた尊敬の目で兄を見つめた。
ヘンリーの仮定は正しい気がする。
おそらくは”太陽の紋章”を持つ相手も、同じように”月の紋章”を持つ相手としか結ばれない運命に違いなかった。
でなければ何の為にわざわざ魂に刻まれているのか、それこそ意味と意図が分からない。
たちまち希望の光が差し込み、目の前が明るくなった。
高揚して来る気持ちを一旦落ち着かせようと紅茶を飲み、何をしたらいいかを自分に出来る範囲内で考える。
真っ先にするべきことはやはり情報収集だろう。闇雲に動いても徒労をもたらすばかりだし、迂闊で軽率な行動は家の品格を貶め、家族にだって迷惑をかけてしまうことにもなりかねない。
とても都合が良いことにリリーナは明日、子供の頃から親しい間柄にある伯爵家の令嬢が開くお茶会に招待されている。
そこに集まる顔ぶれは皆おっとりとして色恋沙汰には疎い――だからこそ破談続きのリリーナも要らぬ気を遣われたり遣ったりせず、楽な気持ちで付き合える――のだが、誰か一人でも多少の噂話を聞いていたりするだろう。……きっと。
“太陽の紋章”を持っているかどうかの判断材料はとりあえず二つ、思いついた。
一つは兄の言葉にもあったように、リリーナ同様に婚約の話が何度もまとまりかけては、寸前で破談になっていること。
もう一つは、たくさんの令嬢相手に浮き名を流していること。
他にもまだあるかもしれないが、明日のお茶会ではこの二つのうちどちらかだけでも該当する子息がいないか聞いてみるつもりだ。
「お兄様ありがとう! 私も頑張って”太陽の紋章”を所持されている殿方を見つけるわ!」
意気込んで拳を握りしめる妹に対し、兄は「運命の相手を見つかるといいね」と優しく笑った。
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