王子と半分こ

瀬月 ゆな

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知りたい気持ち

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「我が王家の誇る庭園へようこそ、リリーナ・ディアモント様。本日はキース殿下並びにリリーナ様がごゆるりとおくつろぎとなられますよう、私共が最大限の能力を揮い、おもてなしをさせていただきます。どうぞ何なりとお申しつけ下さい」

 キースの後をついて開け放たれた状態の扉から温室のようなテラスに入ると、女性が深々と頭を下げた。

 良く見ると彼女のお仕着せのデザインは、他のメイドが着ているものとは少し違っているようだった。メイドたちは皆スタンドカラーにパフスリーブと、至ってシンプルなデザインの紺色のロングワンピースの上に白いフリルエプロンをつけている。
 対して彼女のお仕着せは袖口とエプロンの裾に、それぞれ金色の刺繍糸でラインが三本入っていた。どうやら彼女がこの場で甲斐甲斐しく動くメイドたちを取り仕切っているようだ。
 男爵家や子爵家の令嬢が行儀見習いに来ているのだろうか。背筋は当然として指先一つ取っても真っすぐに伸びて美しかった。

 庭園が良く見えるよう、テラスの先端寄りに配置されたテーブルへと先立って案内するその後をついて行きながら、リリーナはテラス全体をさりげなく見渡した。

 そういえばクレフが見当たらない。キースの名代を務めはしても、立ち位置は臣下に相応するものではないということだろうか。花束を届けてくれたことからも何となく、こういう正式な場には控えていると思っていた。

 よほどあからさまにきょろきょろと見回して不審がられたのか、キースの視線がわずかに向けられる。リリーナは反射的に庭園を見やった。

「本当に、どこを見ても素敵なお庭ですね」
「恐れ入ります」

 前を歩く女性が誇らしげに答えることに罪悪感を抱いたが、素敵だと思っている気持ち自体に嘘はついていない。出来るなら、この先も移り行く季節ごとの景色を眺めたいとも思う。
 でも気持ち的には誤魔化す為に口にした言葉のように感じられて自己嫌悪に陥った。

 だからと言って、表立ってキースにクレフの所在を尋ねるわけにも行かない。
 仮にリリーナの心がクレフにあって彼を気にかけていたのだとしても、それを知ったところでキースが何かを思うことはまずないだろう。けれど、キース本人が気にもかけないからと言って、周囲の反応も同じであるとは限らない。
 リリーナとて、自分が置かれるようになった立場がどれだけ注目を集めるものとなったのか、自覚くらいすでにある。あらぬ勘違いをされて困るのはリリーナではないのだ。

 自分の行動の結果、自分が困るだけなら何も思わない。でも間違いなく、キースやクレフに迷惑をかける。それはリリーナだって望むものではなかった。
 正直に言えばクレフに会いたいからではなく、困った時に助け船を出してくれそうな第三者にある程度近くに控えていて欲しかったからなのだが、しかし今いないということはおそらく今後もずっといないのだろう。

「庭園の見える奥の椅子に座るといい」
「ありがとう、ございます」

 二脚置かれた椅子のうち、リリーナは庭園に面した方を勧められた。これなら確かに美しい庭の風景も楽しむことが出来る。
 もっとも――正面に座るキース越しに、ではあるが。

 リリーナの戸惑いをよそに香り高く淹れられたティーカップと、何種類ものお茶菓子がテーブルに並べられた。役目を終えたメイドたちは規律正しく壁際に下がって行き、テラスにはキースと二人きりではないが二人だけの状況になった。

 王家側も二人の交友を深める為に気を遣い、椅子の配置を向かい合わせにしてくれたのだろう。でも残念ながら、やや冷たい印象を与えるきらいはあるが整いすぎた王太子の顔を眼前にして、背後に咲き誇る花々が綺麗だとのどかに楽しめるような心の余裕をリリーナは持ち合わせてはいなかった。
 あからさまに横を向くことも正面を向くことも叶わず、所在なさげに視線を彷徨わせるのが精一杯だ。
 そしてもちろん二人きりになったところで、会話が弾むような話題があるはずもない。

 気まずい空気が流れる中、リリーナは気がついてしまった。
 リリーナからキースの顔が正面に見えるということは当然、逆の状況も普通に発生しているということだ。

 こっそりとキースの様子を窺えば、顔はリリーナの方に向けられている。
 けれど熱のこもった眼差しで見つめているわけでも、冷淡に値踏みをしているわけでもなかった。
 バーバラの誕生日パーティーで初めて会った時と、帰りの馬車の中でリリーナではない名前を呼んだ時と同じだ。リリーナを見ているはずなのにリリーナを見てはいない。

 こんなことで上手くやって行けるのだろうか。だけど、幸せになるにはそこを上手くやって行くしかない。
 キースから話を振って来るなんてことはまずありえないから、話をしたいならリリーナから頑張って歩み寄るしかなかった。

「あの、先程のお話ですけれど」
「先程の話?」
「黒以外も見たいかどうかというお話です」

 内容を挙げると、キースは合点が行ったように小さく頷いた。自分から話しかけることはなくても、リリーナが話しかければ応えてくれる心づもりはあるらしい。
 リリーナはそこにわずかばかりの勇気を得て、思い切って口を開く。

「キース様はやっぱり、黒いお召し物が良いです」
「何故?」

 平坦な声色には何の感情も窺い知れない。でも、この程度でいちいち挫けていたらキースとは到底やって行けないだろう。それに今この場においては、嫌われているよりも無関心でいられた方がましだと自分に言い聞かせて言葉を続けた。

「そうしたら、他にどんな色があっても混じることなくキース様を真っ先に見つけられますから」
「……なるほどな」

 その唇の端が、初めて楽しそうに笑っているのが見えた気がして、リリーナの心臓がわずかに跳ねる。

 笑って、くれた?

 そんなはずはないと言い聞かせようとしてももう遅い。キースは再び不愛想な面持ちに戻ってしまったが、リリーナが見た表情が幻だとは思えなかった。

「私、思ったのですが」

 気が軽くなれば自然と口も軽くなる。今ならもう少し踏み込んでも受け入れてもらえるような気がした。

「あまりにもキース様のことを知らなさすぎます。今度からお会いする度、理解を深めて行く為の質問を一つずつしてもよろしいでしょうか」
「駄目だと言ったら?」

 キースの返答にリリーナはびくりと身構えたが、その後に続く言葉もないらしいことにほっと息をつく。
 あくまでも、言ったらどうするのかを確認されただけで拒絶されたわけじゃない。でも誰だって、拒絶される回数は少ない方が良いに決まっている。リリーナは質問したいという意思の強さをそのまま伝えるよう、キースの顔を見つめながら答えた。

「それでも質問はします」
「俺が嘘をついたり答えなかったりしても質問する意味はあるのか」
「あると思うから質問をしたいのです」

 理解を深めるなんてくだらない。そうあしらわれても仕方ないと思っていたから、話が続いているだけでも嬉しかった。リリーナには、それだけでも十分に意味のあることだ。
 それに、と自分の考えを重ねて告げる。

「私にはまだ言いたくないことがあるのも当然かと思いますし、嘘だとしてもキース様の人となりを知るきっかけになるとも思います。キース様もきっと、何もないところから嘘をつき通すには労力を要するはずですから」
「エドガーから答えを聞き出したりはしないのか」
「え?」

 リリーナは首を傾げた。
 どうしてここでエドガーの名前が出て来るのか理由がまるで分からない。それこそエドガーと会ったのだって、バーバラの誕生パーティーの一回だけだ。ましてや今後も会おうだとか誘われてもいなかった。

「申し訳ありません。キース様が仰っていることの意図を私では掴みかねます」

 するとキースはどこか罰が悪そうに視線を反らした。
 でもキースにはエドガーの名を出すだけの意味や根拠があったのだろう。そういえばエドガーの態度を思うにずいぶんと親しいようだが、一体どんな関係なのかリリーナは知らずにいた。気にならないわけではないが、キース個人について聞きたいことの方がたくさんある。ある程度知ることが出来たら聞いてみても良いかもしれない。

「キース様のことは、どんな些細なことでもキース様ご自身の口から聞きたいです。話したい範囲で構いません。キース様について私に教えて下さい」

 是とも否とも言われなかったが、それなら都合の良い方向に勝手に解釈してしまえばいい。それで少しくらい図々しくたって、いいだろう。

「頑張って質問を考えて来ますから、次回からよろしくお願い致します」

 そうしてキースに向かい、にっこりと微笑んでみせた。

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