アルカナセイド【ARCANUM;SEDO】

臂りき

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4-2 餞別

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「君の弟子は実に優秀だねぇ」
 農耕地帯の一角、借家から大きく離れた集落の一軒家。
 酔った妖精族アルフの「少女」が籐の椅子に凭れながら舌っ足らずの口調で絡んでくる。
 「小さき者」を意味するアルフは、エリン族と同様に外見だけでは歳を判断できない。大人になっても背の低い見てくれも相まって、それは最早子供にしか見えない。
 故にそれは、少女が不釣り合いなほど大きな杯を掲げながら酔い潰れている光景である。
「サチさん、朝から飲み過ぎですよ! また倒れても知りませんからね!」
 村の娘が「サチさん」と呼んだ女性の手から酒を取り上げ諫めている。それでも尚「飲んでないよぉ」とぼやく彼女も彼女だが、それを相手にする村娘も相当手慣れた様子だ。
 ちなみにサチさんは御歳八十のお婆さんである。
「めでたい日に飲むのが、酒でしょぉが……」
「はは。私からも、飲酒は程々にされることをお勧めしますよ」
 訪ねる度に飲んだくれた姿を見せる彼女だが、そこには触れず、ふらつく体をカインが支える。
 この様子だと師匠からあらぬことを告げ口される心配もなさそうだが、絡まれると後々面倒なので距離はなるべく置くことにする。
「もう行くんだっけ、街に。君は本当に変わり者だねぇ。あんなとこ行ったって何にもなりゃしな……あ。ま、頑張っておいで――」
「お師匠!! 遊びに来たよ!!」
 不穏なことを口走った女性に来客がある。
 けったいな、否。元気な様子の少女が家に駆け込んできた。それから木の床をばたばた弾ませ、酔いに任せてふらつき放題の「お師匠」に向けて脳天から突っ込んだ。
「今日はお天気もいいし、お外で遊びたいな!」
「……ああ」
 少女を受け止めたままの姿勢で悶絶するお師匠。飛び込んだ少女エイリはそんなことにはお構いなく、実に子供らしい欲求を爆発させている。
 実際、エイリはサチさんのことを本当の意味で師匠として見たことはないのだろう。「シショウ」というごっこ遊びの役を充てられた友達程度に思っているに違いなかった。
 無論エイリは師匠の正体も、<転生>さえ知らない。
「ではこのままゴドウのところまで散歩するのはいかがでしょう」
「ええ!? それはちょっと遠過ぎ――」
「お散歩!! する!!」
 サチさんやエイリの住むこの村もカインの村と等しく街から遠く離れた辺境だが、ゴドウさんのいる場所はここより更に馬で二日ほど離れた未開の地に位置している。「お散歩」するとなると街への出立は早くても月を跨ぐことになる。
「大丈夫だよズィンイ。彼はもうすぐそこまで来ているようだから」
 カインは村の先にある雑木林の方を指した。
 恐らく遠方の彼に向けて事前に今日のことを伝えてくれていたのだろう。さすが我が師と言ったところか。
 念話を嫌い、所在不明であるが故に手紙を送ることもできないゴドウさんと意思疎通するには、直接会うより方法はないのだ。ただでさえ広大な森林の中を動き回る彼を見つけ出すことは常人には適わない。権能者同士で引かれ合う何かがあるのだろう。
 島の隅々まで知り尽くしたカインを先導に、エイリ、サチさんを伴って森の方へと歩く。
 師の言うところの「すぐそこ」は遠く、歩く内に日は頭の天辺まで昇り切ってしまっていた。カインの時間や距離の感覚は長い年月の中で狂ってしまったらしい。
 始めは意気揚々と彼のすぐ横を跳ねていたエイリも今ではサチさんの袖に縋り付くので精一杯の様子だ。
 酔いもすっかり醒めたサチさんは頬に大粒の汗を流しながら弟子と共に足を引き摺っている。見兼ねた私が相変わらずの歩調で行くカインに声を掛けようと歩み寄ると、不意にその足を止めて振り返った。
「この先の川辺にいるはずだ。覚えているかな。君が初めて彼と会った場所なんだけど」
「ええ。覚えていますよ。確かあの時ゴドウさんは潜水していましたね」
 言われてみればこの開けた場所も水泳後に体を干した覚えのあるところだ。暑い日だったが、川が近いからか涼しい風もよく抜けて心地良かったのを覚えている。
 五年前の話だがここでの生活が充実していただけに、もう随分前のことのように思える。
 以前より少しだけ朽ちた倒木に腰掛け物思いに耽っていると、近くの茂みを何かが大きく騒がせた。
「――おお、カツミか。久しいのう」
 茂みから全裸の巨体が現れた。私に気付くや否や手を振り上げ近付いてきた。
 一糸纏わぬ体は至る所が隆起し、日焼けした傷だらけの肌も相まって岩石を思わせた。巨大な岩が迫り来るのだ。異様な緊張感を覚えずにはいられない――彼は何故いつも何も持っていないのか。
「お、お久しぶりですゴドウさん……お元気そうで」
「うむ、そちらも息災なようで何より。男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったものだ。あの頃よりも幾分か男らしくなりよった」
「実際随分と背が伸びたよズィンイは。鍛錬のおかげで体力もできたし、魔法の知識も付けた。君が思っているほど彼はもう子供じゃないんだよ」
 全裸のゴドウさんとカインはそれからしばらく話し込んだ。私に関することから始まり森や周辺の様子についての話題に至るいつもの調子だ。傍目から見ていても彼らが気の置けない仲であることが分かる。
 その間一同は風に吹かれながら体を休めた。何故だか先まで疲れ切った様子で木に凭れていたサチさんだけが異様な挙動で話し込む二人やその周囲を注視していた。少ないとは言え、外界での危険を知る彼女なりの対策なのかもしれなかった。
「すまないねズィンイ。すっかり話し込んでしまったようだ。そろそろ旅立つ頃合いだね」
「カツミ、達者でな」
 餞別の品だと言ってゴドウさんは年季の入った革袋をくれた。軽々と摘まんで差し出したものだから、受け取る際、危うく存外に重かった袋ごと地に伏すところだった。中には硬貨がぎっしりと詰まっていた。島で最も街に縁遠いと思われた彼が、何故これほどの大金を所持していたのかは全くの謎である――それをどこに所持していたかは更なる謎を呼ぶ。
 勿論有難く頂戴する。丁重に礼を述べ、街で精進することを誓う。
「あ――……私、からはこれと言ってないんだけども……うん! 頑張ってね!」
「お気持ちだけ受け取っておきます。サチさんも飲み過ぎには注意してくださいね」
 荷物を背負い、再度師からの言葉を貰えるものと期待したが、彼はただ笑顔のまま私を見守った。
「いってきます」と告げて去る際も静かに手を振った。


「何かごめんねカイン。どうやら君の弟子にとって私はただの飲んだくれみたいだ。私もゴドウさんくらい貫禄があったら尊敬されるのかねぇ。真似してみようかな」
「やだ。はだかんぼのお師匠なんて嫌いになっちゃう」
「じ、冗談だよぉエイリぃ! 嫌いにならないでおくれよぉ!」
 後ろから騒がしい声が聞こえる。
 もうだいぶ離れたはずなのに、午後の静かな森には不思議と少女の声がよく響く。
 悪い人たちではないのだ。ただちょっと煩いだけ。
 もしかしたら、街の喧騒に比べたら私にはこれくらいが丁度よかったのかもしれない。

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