親知らず

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親知らず

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親知らずの悪夢


ある朝、鏡を覗き込んで異変に気づいた。
右奥の歯茎が赤黒く腫れ上がり、触れると硬い突起が皮膚の下から押し上げていた。

「……親知らず、か」

二十五歳にもなって今さら生えてくるとは。妙に遅い気もしたが、人によって違うのだろう。とりあえず様子を見ることにした。


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一週間後。歯を磨いていると、あの異物感が消えていることに気づいた。舌で探っても、鏡で見ても、突起は影も形もなかった。

歯茎は元通り。まるで最初から何もなかったかのように。

「自然に抜けたのか……?」

だが血も出ていない。痛みもなかった。歯が抜けるときはもっと生々しいはずだ。不可解さを覚えつつも、面倒がなくなったと自分を納得させた。


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十日後の夜。再びあの場所に硬いものが現れた。今度は尖った白が歯茎を突き破り、じわじわと押し広げていた。

「……また、生えてきた?」

そんなことがあり得るだろうか。消えたはずの歯が、再び根を張るように現れるなど。検索しても症例は見つからない。

私は毎日写真を撮り、記録を残すことにした。親知らずは肉を裂くように伸び続けていた。


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三週間後の朝。舌に硬い異物が触れ、目が覚めた。吐き出すと、手のひらに転がったのは──親知らずだった。

根は異様に長く、蛇のようにくねり、赤黒い血管をまだまとっていた。そして、その根の先端が微かにと蠢いているのが分かった。

うねうねと、指先に絡みつこうとするように。


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帰宅後、机の上に歯を置いて観察した。

歯の表面はぬめりを帯び、まるで心臓の鼓動に合わせて脈打っていた。根は触手のようにうごめき、机の表面を這い回り、時折カチリと小さな音を立てた。

明らかに動いている。いや、生きている…?

私は慌てて瓶に閉じ込め、翌朝、歯科医院へ駆け込んだ。


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「ちょっと珍しいケースですね……」

歯科医はどこか落ち着かない様子で答える。

「レントゲンをとって確認しましょう。」

撮り終えて、歯科医がモニターを開く。
「ひっ!」
モニターに映し出された画像を見た瞬間、私は息を呑んだ。
歯科医は、顔を青ざめさせたまま言葉を失っていた。

顎の骨の中に──ぎっしりと歯が詰まっている。
だが、それだけではなかった。

こめかみの下、頬骨の裏、眼窩の影、鼻腔の奥、首筋の筋肉の隙間。まるで種をばら撒いたように、大小無数の歯が散らばり、規則性なく埋め込まれていた。

一本一本が人間の歯と同じ構造を持ち、根を持ち、硬質な影を落としていた。乳歯のように小さなものもあれば、犬歯のように鋭く尖ったものも混じっている。

そして──それらが静止していなかった。

レントゲンの中で、影がじわりとずれている。まるで蠢く幼虫の群れのように、歯が少しずつ位置を変え、神経や血管に沿って這い回っているのだ。

「……動いている?」私は震える声で呟いた。

は額に汗を滲ませ、震える指で画面を指し示した。
「ここを見てください。確かに……ずれて……」

彼の声が途切れる。
画面上で、ひときわ大きな歯の影が眼窩の方へと押し上がり、黒い塊が白い骨の隙間を割って進んでいくのがはっきりと見えた。

「これは……これはもう……」

医師の顔から血の気が引いていた。
普段は冷静な白衣の男が、子供のように後ずさる姿に、私は背骨を凍らせた。

「……医学的には、説明がつきません」

その声は掠れて震え、まるで懇願するようだった。

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その夜、地獄が始まった。

顔全体が内部から圧迫され、皮膚が裂ける寸前まで膨れ上がる。頬の下で硬質なものが擦れ合い、ゴリゴリと不快な音を響かせた。

鏡を見ると、皮膚が白く盛り上がり、やがて──裂けた。
血を噴き上げながら、鋭い歯が次々と突き出してきた。

頬から、額から、顎から、無数の親知らずが芽吹くように生えていく。
皮膚が引き裂かれるたび、肉片がぶら下がり、血が噴水のように飛び散った。

叫ぼうと口を開けた瞬間、喉の奥からも歯が生え始め、声は血泡に溺れて潰れた。

遠くで救急車のサイレンが鳴っている。だがもう遅い。

鏡の中の顔は、肉を破り突き出た白い牙に覆われ、赤と白の怪物へと変貌していた。

そして、私は理解した。
──この歯たちはまだ、生え続けているのだ。
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