世界の終わりとドラゴンとショタとショタコンのお姉さん。

Slugcat

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世界の終わりとその後

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 ガルサが目を開けると、そこはオレンジに染まる空ではなく、小汚い酒場だった。
 薄暗い店内にガルサ以外の客はなく、カビとアルコール臭が混ざったすえた匂いに満ちていた。
 カウンターを挟んだ向こうでは、無愛想なマスターが淡々とグラスをみがいている。

 悪酔いで重たい頭を強引に持ち上げると、目の前に、頼んだ覚えのないドリンクが置かれていた。中身を確認することもなくぐいっと煽ると、無味無臭の液体が喉を通過していく。

「おい、いくら何でも薄め過ぎじゃないか?」

「酒じゃなくて水だよ、酔っ払い。あんた、そろそろ取引の時間だろう?ちゃんと目ぇ覚ましときなよ」

 マスターはガルサの方に顔も向けず、慣れた様子でそう言った。
 街の中心部から遠く、客足のほとんどないこの店は、日頃からギャングの取引場所として都合よく使われていた。

 ガルサは年季の入った腕時計を一瞥する。約束の時間まで、まだ一服するくらいの余裕があった。

「マスター、タバコを売ってくれ」

「そんな高級品、うちに置いてるわけないだろう」

「どうか頼むよ。私達の仲じゃないか」

 ガルサはそう言いながらコートのポケットをまさぐり、クシャクシャの紙幣を数枚、雑に掴みだしてカウンターに乗せた。
 それを見て、マスターのグラスをみがく手がピタリと止まる。

「そこまで言うなら俺のとっておきを分けてやる。1本だけだぞ」

 マスターが差し出すつぶれたハコから、タバコをつまみ出し、ついでに嫌そうな顔をされながら火もつけてもらう。

「なんだい。恐い夢でも見たのかね?」

「いや、少し、昔のことを思い出しただけだ」

 ガルサは、まどろみに甦った在りし日の栄光を、タールの臭いとともに飲み下した。
 ぼんやりとした気分のまま、吐き出した紫煙がくゆり暗がりにとけていく様子を眺める。

 人間とドラゴンとの最終戦争から、数十年が経っていた。
 あの日、人類はドラゴンを退け、辛くも滅亡を免れたが、世界は大きく変わってしまった。
 ドラゴンの襲撃でほとんどの都市は瓦礫の山となり、多くの人間が灰となった。
 さらに、その後の気候変動も合わさって世界の人口は急減、事実上文明は崩壊した。
 生き残った僅かな人々は、都市の跡地に寄り集まってコロニーを築き、厳しい環境にさらされながら細々と命をつないでいた。

 ガルサが知る限り、戦争で生き残った兵士は彼女ただ一人だ。
 激戦の末撃墜されたガルサが再び目を覚ましたときには、もう戦いは終わっていた。
 見上げた広い空は雲一つない快晴で、そこには忌々しいドラゴンも、仲間たちもいなかった。

 老いることのない超人兵士であるガルサは、あの日と変わらぬ姿のまま、すっかり変わってしまった世界を独り放浪している。
 年齢は20代前半くらい。端正な顔立ちに白い肌、すらりとした長身と輝く銀色の髪。
 頑丈な飛行服を脱いで薄汚れたコートを羽織り、目立つ黄金の瞳を隠すために真っ黒なサングラスをかけ、彼女は現在、素性を隠し、ギャングの用心棒をして日銭を稼いでいた。

「なあマスター。さっきまで私といたクロウという男を知らないか?あいつが今日の取引を仕切ることになってるんだが」

 ガルサは酒場の中を見回してから、再び腕時計に目をやった。軍人時代から使っている年代物だ。
 まだ約束の時間ではなかったが、そう余裕があるわけでもない。

「あんたらのとこの若頭なら、あんたが寝てる間にフラっと外へ行ったきりだよ。結構たつし、そろそろ戻る頃じゃないか?」

 その時、錆びたベルが鳴り、酒場の入り口が開かれた。
 真昼の陽光が薄暗い店内を照らし、風に運び込まれた砂が乾いた陽射しの中を舞う。

「戻ったか、クロウ。お前、何しに外へ………ん?」

 戸口に立っていたのは、ガルサの知るクロウという男より随分と背の低いシルエットだった。
 白い光を背景に立つその小柄な人物は、砂よけのマントを羽織り、顔のほとんどを覆い隠すように、頭と口元に布を巻きつけていた。

「………あ、あの。ここ、宿屋……じゃない、ですよね………?」

 幼さの残る澄んだ声。おそらく、まだ年端もいかぬ少年だ。

 この寂れた酒場に客が来るというのは完全に想定外だったので、ガルサとマスターは何も言えず、思わず顔を見合わせた。
 しかし、どうやらその二人よりも、訪ねて来た少年の方が一層困惑しているようだった。

「あの、ま、間違えました!」

「いや、ここであってるぜ。さっさと入れよ、ほら」

 少年の背後に現れた背の高い男が、そう言って少年の背中を蹴飛ばした。
 身軽な少年は小さく悲鳴をあげて、酒場の床に転がった。

 質の良いコートを着込んだ若い男が、少年に続いて酒場に入ってくる。
 その男に向かってガルサは声をかけた。

「クロウ。一体どこへ行っていたんだ?」

「あ?ちょっと散歩さ。このくせぇ酒場にずっといたら、鼻がおかしくなっちまいそうだったんでな。ついでにいいもん見つけてきた」

 クロウに蹴り飛ばされた少年は体を起こし、困惑した様子で彼の方を振り向いた。

「あの、宿屋に案内してくれるって………」

「んー?ああ宿屋か。悪いな、聞き間違えちまったみたいだ」

 クロウは白々しくそう言った。

「クロウ、もうすぐ取引の時間だ。遊んでる暇はないぞ」

「遊びじゃなくて、小遣い稼ぎさ。なに、そんな時間はかからねぇよ。なあ、ボウズ?」

 クロウは下卑た笑顔を浮かべて、酒場の出入り口を塞ぐように立った。

 いかにもよそ者という身なりの憐れな少年は、そこでようやく騙されたことに気づいたらしい。
 警戒するように身構えて、弱々しくつぶやいた。

「お、お金なら出します。だから………」

「おう、話が早くて助かるぜ。だが、それだけじゃ足りねぇな。金目のもん全部おいてけ。ああ、そのぼろきれみたいな汚ねぇマントは残しといてやるよ」

「そ、それは、できません!」

「無理か、そりゃ残念だ。………おい、女!」

 クロウは、微塵も残念でなさそうに、むしろどこか嬉しそうにそう言ってガルサの方を見た。

「お前、2,3発ぶん殴ってこのガキに立場を教えてやれ。俺は服を汚したくないからここで見てる」

「………正気か?子供だぞ。それに、見るからに金目のものなんて………」

「いいから早くやれよ!お前はこういうときのために雇われてんだろ?それとも、俺のやることに文句つけるってのか?三下のお前がよ!」

 クロウは苛立ちをあらわにし、敵意さえ感じさせるような目つきでガルサを睨んだ。
 少年が金持ちか貧乏かは関係ない。この男はただ、誰かを虐げてやりたいだけなのだろう。
 クロウは、この街でかなりの勢力を誇るギャングのボスの息子だ。たいして実績はないが権力だけはある。もちろん、ただの雇われ用心棒であるガルサが意見できる相手ではない。

 ここでクロウに逆らえば、面倒な状況に追い込まれるのは明白だった。
 それにガルサが手を出さなければ、クロウは直接、より残酷な方法でこの少年を痛めつけることだろう。
 クロウの気が変わる様子がないと悟ったガルサは、ため息をついて立ち上がった。

「お、おい。うちの店の中で乱暴はやめてくれよ?」

「………それはこいつの態度次第だな」

 ガルサは努めて冷淡に聞こえるように言った。
 少年は、ガルサの声を聞いて身を竦める。
 ギャングが支配するこの街では、理不尽な搾取と暴力は日常茶飯事だ。
 金品を巻き上げられる者。ギャングの抗争に巻き込まれ、リンチを受ける者。
 こういう場合には、徹底的に脅しをかけてさっさと金品を諦めさせた方がいい。
 無一文にはなるが、体が無事なら何とか生きていけないこともない。
 
「お願いです、見逃してください!その………家族の形見で、大切な物なんです………」

「ハハ!そりゃあいいな!高値で売れそうじゃねぇか!」

 後ずさり、必死に懇願する少年を、クロウが心底楽しそうに笑い飛ばす。
 ガルサは少年が気の毒であるとは思ったが、罪悪感も義憤もほとんど感じなかった。
 この世界で生きていくには、他者への情けも余計なリスクも持たない方がいい。

 ガルサは、殺伐とした世界にすっかり適応している自分に嫌気が差した。
 無法者の若造に顎で使われ、弱者を痛めつける今のガルサを見たら、かつての部下達は卒倒してしまうのではないだろうか。いや、きっと失望して軽蔑するだろう。

「さっさと言うことを聞けば、私も手荒な真似はしなくて済むんだが」

 そう言って少年に詰め寄りながら、ガルサはわざとらしく腕をまくり上げる。

 その時、あらわになったガルサの手元を、少年がはたと見据えた。

「………その古い腕時計。あなたは、もしかして………」

「何だ?何か言ったか?」

「あ、あの………!」

 それまでガルサから逃れるように後ずさっていた少年が、突然、警戒心を無くしたようにぐっと近づいてきた。
 そして、その勢いのまま、ガルサの手を取る。
 少年の白い手は、冷たく、なめらかだった。
 少年は、息がかかるほどの距離で、下からガルサの顔を覗き込んだ。
 巻かれた布から間からのぞく青い大きな瞳が、食い入るようにガルサを見つめている。

「お、おい。何だ急に?」

「あ、ごめんなさい!その、ええと、僕………私は、とある人を探していて………」

 はっと我に返った少年は、慌ててガルサの手を離し、一歩退いた。

「………人を探しに?」

 思わず聞き返したガルサに、少年は頷きを返す。
 そして、少年は僅かに逡巡したあと、意を決したようにガルサを見た。先ほどまでの怯えた様子が嘘のように、堂々とした態度だ。

「私は、あなたを………あなたを探しに来たんです!大戦の英雄、伝説のドラゴンライダー!あなたが、ガルサさんですよね?」

 少年の透き通った瞳が、よどんだガルサの目を真っすぐに貫いた。
 その瞬間、頭の奥底にしまい込んだ過去の記憶が、ガルサの脳裏に甦る。
 空の青色。仲間たちの声。肌をなでる風の心地よさ。

 思いがけない言葉に、ガルサは動揺して言葉を失った。
 ガルサは長いこと素性を隠して生活していたし、半世紀近くも前の人間が変わらぬ姿でいるなんて誰も信じるわけがない。
 だから、ガルサのことを知る人間はもう、この世界に存在しないはずだった。

 呆然とするガルサに向かって、少年はさらに何かを言おうと口を開いたが、それは言葉にならなかった。
 痺れを切らしたクロウが、少年を後ろからひっつかんで床に引きずり倒したのだ。

「おいクソガキ!適当なこと言って逃れようとしてんじゃねぇよ!大戦の英雄だぁ?ハハハ!この女はただの俺らの使いっぱしりだぞ!なあ?」

 クロウはそう言いながら、床に倒れる少年を蹴り上げた。
 少年はされるがまま、ガルサの目の前まで床を転がり、痛みにうずくまる。
 衝撃で、少年の顔に巻かれた布がはらりと床に落ちていた。

 ガルサは思わず少年を助け起こしそうになったが、ギリギリのところで押しとどまった。
 素性がばれるのだけは、何としても避けなくてはならない。ドラゴンに滅ぼされた世界で、ドラゴンを操る力を持った人間が見つかれば、当然いい扱いは受けないはずだから。
 だから今は白を切って、クロウが言うように少年が適当なことを言ってこの場を逃れようとしているということにしてしまうのが最も賢い選択だ。

 ガルサは平静を取り戻そうと、大きく息をはいた。

「………クロウ、もういい。あとは私がやる」

「ったく、ちんたらやってんじゃねぇぞ」

 クロウは舌打ちをして少年から離れ、近くのテーブルに腰をおろした。

 ガルサはしゃがみ込み、床にうずくまる少年に顔を近づけた。

「残念ながら人違いだ。いいか、これ以上痛い目に合いたくなければ、さっさと金目の物を置いて行け」

「そんなはず………ないです。ガルサさん、聞いて………聞いて下さい。僕は昔から、よくあなたのことを話に聞いていたんです。それで、ずっと憧れてた。勇敢で、高潔で、誰よりも優しい心を持っていて………やっと、こうして会えたのに………」

「………………悪いが、そんな立派な人間に心当たりはない。私は薄汚いギャングの下っ端なんでね。おまけに短気だ。いい加減にしないと、二度と口のきけない体にするぞ」

 少年は痛みを堪えながら、懸命にガルサに語りかけた。
 だが、彼の想いに応える者はいない。

 あの戦争から、世界はすっかり変わってしまった。
 そして、ガルサも同様に変わってしまったのだ。

 戦争の英雄で、部下や同胞から敬愛され、空をこよなく愛していたガルサはもうこの世のどこにもいない。

 ここにいるのは、全てを失い、おめおめと生き残り、諦観とともに惰性で日々を生きるただの死に損ないだ。



「そんなはずない!」



 鬱々としたガルサの想いを否定するように、少年は力強く叫んだ。
 そして痛みを必死で堪え、歯を食いしばって上半身を起こした。しゃがみ込んでいたガルサと、鼻先数センチの距離で向き合う。

 その瞬間、ガルサは息をのみ、言葉を無くした。

 懸命な少年の熱意に打たれたわけではない。

 今まで布で隠されていた少年の素顔、そのあまりのかわいさに心奪われたのだ。

 歳はおそらく十代前半くらい。
 さらりと流れる金色の髪。白く透き通った肌。
 少女のように柔らかな頬は、僅かに赤みがさしている。
 長い睫毛の下に、まん丸とした大きな目。くっきりとした二重だが、角度の浅い眉のせいか、穏やかで優し気な印象を受ける。
 幼いながらも、鼻すじはすっと通っていて、その下にあるうすい唇が、今は痛みに歪んでいる。
 色素の薄い顔のなかで、赤い唇と、鮮烈なまでに青い瞳が目を引いた。
 彫刻のような美しさと幼気な愛らしさが混然一体となった、天使を思わせる相貌だった。

 少年の素顔を見た時、ガルサの全身を衝撃が駆け抜けた。
 それは長らく忘れていた、甘美と背徳の痺れ。
 ガルサは呆然自失となってその場に硬直した。

 そんなガルサの状態を知ってか知らずか、少年はたたみかける。

「何か事情があるのは分かります!でも、少しだけでいいから話を聞いて下さい!ガルサさん、お願いです!」

 少年は沈黙するガルサのそでに縋り、懸命に訴えかける。

「………………ダメ、ですか?」

 少年は豊かな睫毛を震わせ、庇護を誘うような潤んだ瞳で、上目遣いにガルサを伺った。

 それが、ダメ押しだった。

「……………………………………………いいょ」

「あ!?お、おい!何言ってんだ?」

 クロウの声ではっと我に返ったガルサは、大慌てで取り繕った。

「ああ、いや!えーと………ゴホンッ!そのぅ………この少年にちょっと聞きたいことができた。悪いがクロウ、席を外してほしい」

「は?てめぇ俺に命令してんじゃねぇよ!てかそんなことしなくても、とっとと一発ぶん殴っちまえば………」

「いいから!これは私の仕事だから!!いいからお前はちょっと外に出てろ!」

 あまりに迫真で鬼気迫るガルサの剣幕に、クロウは思わず押し黙った。
 サングラス越しで目は見えないはずだが、まるで捕食者に睨まれた小動物のように身を竦める。

「な、なんだってんだよ。………分かった。そこまで言うなら、任せてやる。………チッ、あんま時間かけんじゃねぇぞ………」

 何やら文句を言いながら、クロウはすごすごと酒場を出て行った。

 ガルサがマスターの方に目をやると、彼は何も言わず裏へと引っ込む。

 こうして、再び静寂が訪れた場末のうす暗い酒場で、ガルサと少年の二人は顔を見合わせる。
 少年は一連の展開にまだ頭がついて来てないようで、半分呆けたような表情をしていたが、ガルサの方を見て、ぎこちなく感謝の笑顔を浮かべた。

 ガルサは、衝動任せの行動に早くも後悔していた。
 今からでも、この少年の身ぐるみを剥いで追い出し、無難にこの場を納めることはできないだろうか。
 しかしガルサは、屈託のない少年の笑顔ときらめく青い瞳から、どうしても目が離せないのだった。



 世界が変わっても、人が変わっても、変わらずにいるものがある。
 
 それは例えば、憧れに輝く若き瞳の美しさ。
 それはあるいは、海より深く空より果てない、性癖という名の業。

 ガルサという女は、生粋のショタコンだった。
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